部屋を出よう
薄暗い石造りの部屋で過ごしていると、どうにも暇で暇で暇で暇で仕方がない。
ここまで暇だと、座学ですら楽しいのではないかと思えてくるくらい精神に異常をきたす。
ああ、飛んでるハエの座標の固定について語られてもいいから誰か暇つぶしを……。
暇で仕方がないので、石の壁の隙間から見える空を眺める。
空は好きだ。ただ眺めているだけでささくれだった心が凪いで行く。
枠のない空が見たい。写真のように、絵画のように、額に収まってしまうような空は心惹かれない。どこまでも続くのだと予感させるものがいい。収まりきらない大きさを感じさせてくれるものがいい。
その壮大さに圧倒されたい。
俺は基本、空を眺めていれば一日なんてあっという間に過ぎていく。もともとぼんやりしているせいもあるだろうが、空の美しさに勝るものはないと思っている。だから飽きもせず、ずっと、長いこと、そうしているばかりで時が過ぎた。
ずっと差し入れて貰っている昼食が今日も来た。種類豊富な小皿がいくつも乗せられた盆は、味見程度の量しかないものからたっぷり揺れるものまでまちまちだ。多分サドの好き嫌いが反映されている。
生命維持の為に仕方がないので食事を流し込む。言ってみれば、ある意味これも暇つぶしだ。何か、意識を向けて、動くことの出来る何かがあればそれは暇つぶしに出来るとことここに至って学んだ。
暇つぶしの為に毎日柔軟体操をしていたから、以前よりも健康になっていないとも言えない。少なくとも、石の床で眠ることによる体の凝りは今のところない。
それは成果と言えるんじゃないだろうか。
食事を流し込み終わると盆が下げられる。
サドはお金持ちらしく、俺への餌やりは全てメイドがやる。メイドは機械のように仕事をこなすだけで、顔に表情らしいものが浮かんだこともなければ、言葉を発したこともない。
メイドが出ていくとまた、静けさが部屋に満ちた。
俺はまたしても暇になったので、食事の直後だからと動かずに眠ることにした。
眠ることもまた上質な暇つぶしだ。
特に、お腹が膨れた後の眠りは最高だ。至福のときと言って過言ではない。眠りすぎると夜に眠れなくなってしまうが、正直昼も夜もない生活でそれを気にすることにはあまり意味が無い。
うとうとしていると、嫌なことに誰かが俺の安眠を妨害する。石の床に軽やかに響く硬い靴の音は男物のブーツのヒールだ。低くてまろやかな音がする。
「ねえ、起きて。移動するよ」
誰だ。俺は眠いのに。
「あれ?いよいよ死んじゃった?」
そんなこと言うのはサドさんですね。ご無沙汰してます。
毎日通って来てたあなたがしばらく来なかったから、てっきりもう忘れ去られたおもちゃなのかと。
「ねえ」
サドさんが格子によりかかる俺の背中を硬いブーツのつま先で蹴る。
びたん、と前に倒れ、サドさんを恨めしげに見上げると、嬉しそうなサドさんの笑顔があった。
「どうして睨むんだ、喜んで。この牢屋から出してあげる」
え、本当に?
冗談でしょ。
「嘘だと思ってる?本当だよ。来て」
サドさんが俺のか弱い腕を乱暴に掴みあげるもんで、うっかり肩が外れそうになる。立ち上がる力がそんなにないので、半ば引きずられるように牢屋を出る。
「ね?」
黙って引きずられる俺にサドさんが振り向いて言った。
ああ、俺いよいよ処分されるのか。
腕とかもがれて麻袋とかに詰められて、地面に埋められるんだ。
もしくは首を絞められながら水中に突っ込まれて笑うサドさんに跨がられるか。
まあ。別にいいか。今までのと似たようなもんだし。
死を理解した頭は異様に冷静で、死んだらどうなるのだろうと気になりだした。
ゲームオーバーで何か起こるのだろうか。
実はこれは夢で、夢から覚めて現実に戻るのだろうか。
どちらにしたって今よりはきっと面白い。
「……ころすの?」
尋ねると、サドさんは立ち止まって首を傾げた。
「どうして?」
いやどうしてて。
さんざん拷問したでしょあんた。
もう用済みだから殺すんじゃないのかい。
「殺すわけないじゃない。君には利用価値があるのだから」
ああああああ最悪なんかこれ最悪なパターンな気がする!!!
俺はサドさんを見上げながら一人戦慄した。