迷子3
[エリオットside]
焦ってごちゃごちゃしていた心が落ち着き、そう言えば親御さんはどうしたのだという重大事を思い出してギリアスと青ざめていたちょうどその時、診療所の扉がノックされロッサが扉へ向かいながら返事をした。
「こんにちは、ロッサ先生の診療所で間違いありませんね。こちらに男の子が運ばれたと聞いて、お姉さんをお連れしました」
扉の向こうにはなぜだか、本部の騎士が立っていた。
私もギリアスも反射的にその場に居直る。
騎士が入ってきた後ろからぞろぞろと、飴色の髪の少女、明るい茶髪の少年、黄色い髪の少女が順に入ってきた。
「これは、バークレイズ家のエリオット殿ではありませんか」
騎士が、私と目が合うと目を丸くして軽く会釈をしてきた。
分署の粗野な騎士は家を知らない者も多いが、流石に本部の人間ともなるとバークレイズの名を知らない者はいない。
本来、本部に勤務すべき身分だが、気詰まりな職場が嫌であえて市民街の勤務を希望した。それが騎士の間では奇妙なことだと囁かれ、ありもしない噂をたてられていたり、憶測が飛び交っていたりと期待を裏切らない腹黒さである。
気まずく思い黙礼に止めた。
体の前で両手を握り合わせている飴色の髪の少女が、色々な人へ視線をやる。
「あの、弟はどこでしょうか」
「弟さんは奥にいるよ」
ロッサが飴色の髪の少女の背を押して促し隣の部屋へ通す。
「レ、イヴン…?」
「今は薬で意識が朦朧としているから、もう少ししたらはっきりしてきて話せるようになるよ」
「く、薬…?どうして薬を」
ロッサと少女が話し始めると、もう一人の少女と少年は所在なげに立ち尽くしていて、本部の騎士が、
「ここは私たちに任せて、家へお帰りください。送りましょうか?」
と言うと、少女は体を縮めて首を小刻みに振り、少年を伴って診療所を出た。
二人が帰ると、本部の騎士はさて、とがらりと顔を変えた。
こういうところが昔から苦手だった。爵位を持つ者たちにとって表情は武器であって、意思疎通をはかるためのものではないのだ。
上っ面だけ立派そうに振る舞うだけならまだしも、さっきの生々しい話が胃の中でわだかまって気持ちが悪かった。
「ここだけの話、あの少年は我々の監視対象なのですが…まさかとは思いますが、首を突っ込んできた、なんて真似はしていませんよね?」
「監視対象?」
ギリアスが不思議そうに返すと、本部の騎士は鼻で笑った。
分署の人間と油断しているのがうかがえる。
「ああ、ただの“いつもの面倒事”ですか。深読みし過ぎました。お気になさらず」
言い返せないのが何とも悔しい。
「あの方がたを案内していた騎士も軽薄そうな男でしたね。ジェット、とか言いましたか。私が本当に騎士かどうかも確認しないで立ち去りました」
「…まあ、あれは少し特殊ですよ」
「人をよく信用すると言えば聞こえはいいですが…それで仕事なんてこなせるのか甚だ疑問ですね」
「知りもしないで、何を言うんです。責任ある立場なら言葉に気をつけてください」
「おや、これは失敬」
本部の騎士は肩を竦めて謝罪の言葉を口にした。その目には明らかな軽蔑の色が浮かんでいる。
分署の騎士達がガサツなのは、上の人間ほどきっちりとした教育を受けられないからである。そこまでの資金がなかったり、家の手伝いで行かせて貰えなかったり、理由は様々だが、自分たちの力ではどうにもならなかった事情を飲み込んで、それでも努力して騎士になったのだ。
当然のように教養を身につけさせて貰えた身分の人間に、彼らの血のにじむような努力を馬鹿にされるのは許せなかった。
だがここで仮にお前らに何がわかるんだと叫んだところで彼らには何もわからない。そしてそれは永遠にわからないのだ。
いい生活をしている人には、どうしたって貧しいものの暮らしはわからない。
結局のところ成果を挙げないことに上の認識は変わらない。
つくづく己の失態のいかに痛手だったかを痛感させられる。
隣から飴色の少女とロッサが出てきて、双方表情が陰っているのでどんな話をしていたのだろうかと少し気になる。少女の手は相変わらず握りしめられて震えていた。
「騎士様…弟が、何か、したのでしょうか…どうして監視対象だなんて、そんな話に…」
「ロッサ先生、言わないでくださいよ」
「自分で言っただろうが」
「あれ、聞こえていましたか」
「ふん、白々しい」
「嫌だな、わざと聞かせるわけないでしょう、その対象に。」
「何か企んでる証拠だな」
本部の騎士とロッサの応酬は続く。
「何か…ですか……何かご存知なのですね」
「別に。ただ特殊な子どもだからな。何か“面白い”ことを思いついちまったのかと心配してるんだ」
「面白い…ですか」
「お前らは面白半分で人を弄ぶだろうが」
「知的好奇心と言ってくださいよ」
「否定しないんだな」
「……使えるものは、全て使う。それがモットーなのですよ。ただそれだけです。」
本部の騎士の無害そうな笑顔が、残酷な理性からくることを私は嫌と言うほど理解していた。
その次に吐き出される言葉を、私とギリアスは苦々しい気持ちで待った。
「彼には聞きたいことがたくさんありますし、とりあえず、こちらに少年の身柄を引渡しなさい。異論は認めない。」
「渡すと思うか?」
ロッサは憮然としてそう言うが、だめだ、これは従わざるを得ないに決まっている。
そんな気がする。
きっと、あの子達は、帰して貰えたわけじゃない。
「入りなさい」
騎士の合図で、扉から両脇を騎士に固められた黄色い髪の少女と少年が現れる。
黄色い少女は泣きそうに俯き肩を震わせ、少年は強がって泣かずにこちらを激しく罵倒しながら騎士を睨みつけているが、体が震え、強がっているのがすぐわかる。
「おいっはなせ!何すんだよ!」
「あなたがいけないのです、ロッサ。二人をこちらへ」
「…先生」
ロッサは無言で奥への扉を騎士達に開けた。
避けたロッサの前を騎士たちは無遠慮に通り過ぎる。ロッサの顔は怒りに燃えていた。
「少し聞きたい。姉まで連れていくのは?」
「言いましたよ。使えるかも知れないでしょう?……ああ、それと。私の言ったことは聞かなかったことにした方がいい。一族がこの国から根絶やしになるかもしれませんから。追いかけるのも、なしですよ。極秘の内に進めなければなりませんので。それでは。」
目を細め、にやりと笑って騎士は出ていった。
部屋には、立ち尽くす男三人と、後味の悪い静寂が残るばかりだった。
…ちょっと、飛躍気味?
そんなことないですよね…多分。