大浴場に行こう5
浴場は、大きな湯船がひとつ、部屋を占領していると言うもので、温度別に湯船が幾つもある日本の銭湯を見慣れている俺としては圧倒されるものがあった。
まあ、その湯船すら芋洗い状態の混雑ぶりに圧倒されたというのもあるが。
どのくらいの広さだろう。
ぱっと見二十メートル四方はあるだろうか。
そんなことを考えて突っ立っていたら、ギルが手首を掴んでぐいぐい引っ張りやがる。
半眼で不満を訴えたら「てめぇがちっこいのがいけねぇんだよ。はぐれんだろ」と言われた。
俺、多分あんまりギルと年齢変わんないと思うんだけどな、おかしいな。
あれだ、栄養状態的なアレだ。
入口正面、奥の流しが空いていたようでギルはずんずん歩いていく。
俺は主体的な行動が昔から苦手で、誰かについて行けばいいというのは居心地が良いものだ。
ただギルは俺のことなんて考えてないので人を避けるのが大変なんだけど。
着くとギルは桶にお湯をためて体を流す。
意外にも石鹸が置いてある。植物から作れると聞いたことがあるが、それだろうか。
頭も体もその石鹸で丸洗いらしい。
髪の毛が傷みそうだ。
「赤ん坊、ほれ」
ギルがなんの前触れもなく頭からお湯をぶっかけた。
ぶっかけたけど、温かくない。
かと言って冷たくない。
そういえば、ゲームだったっけ。
そういうことに、しておきたい。
にまにましつつ、ギルは石鹸を泡立てて俺の頭をわしゃわしゃ揺らす。
頭がぐらぐらする。
「…自分でやる」
「やめとけ。お前今爪ないだろ」
「痛くないし」
「…可愛くねぇ、ほんっと可愛くねぇ」
さっきより力が強くなる。
そうなのだ。忘れていたが、俺は今人差し指がグロいことになっていたんだった。
なんだろう。
ギルって何だかんだ面倒見いい兄ちゃんだよな。
だから子分を従えられるのか。
俺はそれから、黙って洗われていることにした。
ギルが目に指を突っ込んで来たのは鬱陶しかったけど。でも痛くなかったのが何とも不思議だ。ギルも、あまりに俺が無反応なのでつまらなそうにため息をついただけで、今度は目を瞑れと言ってから頭の泡を流した。
さすがに体は自分で洗おうとした。
しましたよ?ええ。
石鹸を手に取った瞬間にギルの目にクリーンヒットして取り上げられましたよ。はい。
一瞬、自分でも何が起こったのかわかりませんでした。
どうやら俺はものを掴むのが苦手なようで。
なんか駄目なんだよな。
どうやって力を入れればいいのかわからないというか。
触覚って、大事だ。
泡立てながら涙を流すギルに、多少申し訳なくなった。
泡立ててもらったその泡で、後はちゃんと自分で洗いました。はい。
洗い終わってぴかぴかになると、左目を真っ赤に充血させたギルがじっと俺の顔を見つめてくるので何だと見つめ返していたら、
「…なんだ、坊、大分見違えたな」
真顔でそんなことを言われた。
なんだそりゃ。
洗い場すぐの湯船のふちに立って、ギルは足先を突っ込んであちっと言い、俺はずんずん入ってギルを振り返った。
「……」
「なんだよ」
「……(フッ)」
「あ、今笑ったな?笑っただろお前!別に熱くないし!平気だし!」
そう言い放ってギルはずんずん入ってきた。
熱さに顔が凄いことになってますが。
鼻から息吐いただけですけど何か?
笑ってないからね。
ギルはやっぱりおこちゃまだなぁ。