大浴場に行こう
大浴場の話をすると、イヴ姉は驚く程にテンションを上げた。
無料、というのと大きい、というのが嬉しいようだ。
仕事へ行く前、イヴ姉が俺にキャロルを誘ってみてくれと言った。出勤時間が被らないせいで会うタイミングがなかなか作れないのだ。
俺は頷いて送り出した。
イヴ姉はいつになく笑顔だった。
キャロルの仕事時間が終わる頃、いつも通り居間へ挨拶したキャロルに大浴場の話をした。するとキャロルは、喜ぶかと思いきや、難しい顔で考え込んでしまった。
「…行きたくない?」
「ううん。そうじゃないの。私とイヴが一緒に入るとして、レイヴンちゃんが一人になっちゃうじゃない」
「…どうして」
「どうしてって…」
キャロルは虚をつかれた顔になった。
「レイヴン。お前、まさか女湯に入るつもりだったのか?」
すると居間から出てきたギルが、馬鹿にしたいつもの笑顔で俺にそう言ってきた。
あれ、古代ローマとかって混浴だったような。ここは混浴じゃないの?
しかも、俺みたいな子どもは、性別違うお湯にも保護者と入れる制度あるよね?
「……入れないのか?」
むしろそっちが驚きなんだが。
どうして二人ともそんなに驚くんだ。
キャロルも、からかうつもりで言ったギルも、何も言えないらしく口が開いたままふさがらない。
気を取り直したキャロルが俺を優しく諭した。
「レイヴンちゃん。あのね、レイヴンちゃんは男の子なの。女の人は男の人に肌を見られるのは恥ずかしいことなのよ。だから、レイヴンちゃんにはどうでもいいことかもしれないけど、レイヴンちゃんは女湯に入っちゃダメ。わかった?」
日本の銭湯よりきっちり分けられているらしい。子どもであっても男は男。女の園には入れないようだ。
…あれ。じゃあ。
「…姉ちゃんと、キャロルと、別?」
「ええそうよ。だからどうしようかと考えているの」
え、何その地獄。
一人で人混みに揉まれてこいと。
知らない土地で一人放り出されてしまえと、そんな残酷なことを言うというのか。
俺が静かにショックを受けていると、大げさにため息をついてギルが両手を肩まで上げた。
「仕方ないな。赤ちゃんレイヴンは、俺が大浴場まで連れて行ってやるよ。」
何とギルが子守を名乗り出た。
嫌な予感しかしないわ。
「嫌だ」
「なっ」
拒否されるとは露ほども思っていなかったらしい。ギルの後にガーンという字が落ちてきた。
いやいや、そんな驚くことでもなくね?
普段の行い考えれば拒まれるのくらいわかってたでしょ。
「でも、それだと行けなくなっちゃうよ?一人で入らせるわけにいかないもの」
キャロルが至極真っ当なことを言う。
俺は、一人で放り出されなくて良かったと安心しつつ、喜んでいたイヴ姉の顔を思い出し困った。
行かない選択肢はない。
あんなに喜んでいたのに、俺のわがままで行けなくなったら俺は俺が許せない。
「…ギルとなら、いいの?」
「坊ちゃんが良いのであれば、連れて行って頂くべきじゃないかしら」
「…わかった」
ギルの勝ち誇った笑みが鬱陶しい。
俺は何故だかギルと出かけることになった。
こんな日がこようとは、夢にも思わなかったぐすん。