収穫祭
秋の収穫祭、というものがある。
春の労働者祭、秋の収穫祭、冬の感謝祭で三大祝祭とされている。
収穫祭では家の前や玄関、有れば庭などに野菜を並べて、その野菜を可愛くペイントしたり、飾り立てて楽しむらしい。
ふっ。
うちの近所に、野菜を並べられるほど余裕のある家などない。
んなのあったらお腹いっぱい食べてやる。
労働者などの下層市民から、貧しい中流市民を名乗りたい人の集まるここ“掃き溜め”において、お祭り気分に浸れる人間と言ったらほんの小さな子どもか、隣のようなまだ金のある家庭の子どもだけだ。
今日を生きるのに必死になっているのに飾る野菜を捻出している場合ではない家庭がほとんどだ。
だが、そんな貧しい人間達にも、お祭りで楽しみにしていることが一つあった。
祝祭期間の真ん中辺りに、有料大浴場の無料開放週間が設けられているのだ。
普段風呂に入れない下層市民がこぞって集まるこの期間は、べらぼうに広い大浴場と言えど人間で埋まる。そして下層市民は少しガラの悪い人間が多いので小競り合いが頻発する。
そのため中流以上の市民は、この期間大浴場には決して近寄らないのだとか。
「だから、お前今度大浴場に行ってみろよ。ビンボー人はこんなときじゃないと行けないんだろ?」
とは、隣のやんちゃ・ギルの言葉。
あの三人組の中で隣の子どもだったのは、明るい茶色の、超ソフトモヒカンとでも言えば良いのだろうか、額にかかる中央の前髪が一番長く、後にいくにつれて短く刈られている少年だった。
一番背が高くガタイもいい。
三人組の、いつも真ん中に立っている、一番腹立つにやけ顔の奴。
今日も今日とて隣に預けられている俺は玄関で膝を抱えている。
その俺を、仁王立ちで見下ろすギル。
くっそ、こいつ学校帰りに屋台巡りしてきたなちくしょう。いい匂い撒き散らしやがって。
ギルはとってもイイ笑顔を浮かべている。
お腹がぎゅるぎゅる鳴った。
「…レイヴン、ねだったら、俺の肉詰めあげないこともないぞ」
馬鹿じゃないのか。
俺は匂いにつられて食べたところでガッカリするだけなんだよ。
別に味とか感じないし。
そもそもお前からの施しなど受けぬわ。
俺は、ギルの自信満々の笑みが面白くて、真顔でじーっと、ギルの瞳を凝視した。
じー
じー
じー
「…っひ」
ギルが喉から情けない声を出した。
慌てて手で口を抑えているが、俺は聞いたぞ、ギル。
退屈な待ち時間を楽しませてくれたお礼に、俺はそれ以上この怖い目を向けることはしないでおいた。
ギルは後ずさって、俺を刺激しないように少しずつ動いて、俺の視界から抜けたと見るや脱兎のごとく部屋に駆け込んだ。
玄関はまた静かになった。
俺は腕に顔を埋めて目を閉じた。