金貨は硬貨の五百倍です
ついて行くと、薄暗い店に連れて来られた。
なんと言うか、怪しげで多分久しくお客さんなんて来てないんだろうなぁ、って感じのホコリ具合。
「あの、ボス、お客人です」
俺をここへ連れてくることにした男が、奥のカウンターにいるおじさんに声を掛けると、おじさんはこっちを向いた。
「…なんだ、そいつは」
うんいかにも興味なさげだね。
お客さんに興味ないならどうして店なんて経営してるのかな。
「例の、時計を持ってきました」
「……ほう」
おじさんが背筋を伸ばす。
時計に興味を示したらしい。
よかった。こいつは高く売れるな。
「時計を」
男が言い、俺をカウンターの方に追いやる。
見せてこいってことかな。
俺は時計をおじさんの目の前にぶら下げた。だって取られちゃったらもったいないもん。カウンターに置くような馬鹿な真似はしない。その辺、抜かりないんだ俺は。
「……確かに、こいつは本物だな」
「本当に、あの…?」
「間違いない。この紋章が証拠だ。お客さん、どこでこれを?」
おじさんの目がぎらりと光る。穏やかそうに見えて、実は男たちの中で一番危ない奴のような気がする。
え、なになに。やっぱりやばいやつなの?
取ってきましたって言ったら即斬!みたいな。
俺は動揺を隠すために目を細める。
「…そんなこと聞くなんて、裏の人間らしくもない」
「ああ、すまんな。野暮なこと聞いた。おい、奥から金貨持ってこい。」
き ん か !!
金貨!なんだそれ!
持ったことない!
懐中時計と引き換えに、金貨百枚が手渡されました。
怖い。
こんな金額持って帰ったら怪しまれる。
どこにもしまうところないし。
「五枚でいい。ありがとう」
他を押し返すと睨まれた。
ええ、何で。
「…どういうつもりだ。何が目的なんだ。」
「こんな大金持いらない。ただそれだけ。他意はない。」
俺はかっこよく言って店を出た。
……うん。今日はちゃんと、買って帰ろう。
[オッズside]
「ボス、まさかあんな子どもが」
「子ども?はっ、あれがか」
俺はボスの苦い顔の意図を計りかねて黙った。
あの時計は、この国に薬を密輸していたヘルド・ロックという組織の紋章が入っていた。
しかも彫られた名前は「シーザー」。
ヘルド・ロックの幹部の名で、シルギアとの薬の売買で重要な役職にいた奴だ。
それが最近、別の案件で捕まえた裏の職人がヘルド・ロックに仕事を任されていたと白状した。時計の文字盤が、受け渡しの日時と場所、金額、商品の量になっているらしい。
それが分かれば先周りをして現場を抑えられる。
今目の前にある懐中時計は、時計盤が確かに妙な形態をしていて、何かが隠されていることは確かだ。
あの少年がもたらしたものは実に重要な物なのだが、ボスの表情は優れない。
「あの時計、本物なんですよね。まさかわざと掴まされて罠に嵌められようとしてるのでしょうか」
「わからん。だがヘルド・ロックは子どもを使わない。あれは別の組織と見るべきだろうな。だが、あの子どもはそんじょそこらの奴の手に負えるようなタマじゃない。何が目的かわからないが、金じゃないとしたら後々、これを持ち出して何か要求をのまされる可能性もないとは言いきれない」
俺はごくりと喉を鳴らした。
俺が肩を掴んだ時のあの迫力は、今まで感じたことのない凍てついた殺気だった。
殺気ともまた違うかもしれない。
とにかく鋭くて、他者を拒む意思を感じた。
あの目は相当狂っている。子どもの皮を被った手馴れた悪党と言われれば頷いてしまう。
それくらいの、修羅場をくぐり抜けてきた者にしかない重苦しさがたたえられた目だった。
「あの子どもが何者かつき止めろ。もし雇い主がいるならそれのこともだ。」
「はい!」
国に仕える騎士として、なんとしても国を腐らせる者達は排除しなければならない。
気持ちも新たに、他の仲間と共に店を出てそれぞれの仕事へと向かった。