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閑話:弟

[イヴside]


弟は、その異質さから両親にすら怯えられ、疎まれて、私と同じようには愛されなかった。


私が幼い頃は仲の良かった両親も、五歳下の弟・レイヴンが何らかの障害を持って生まれてきてしまったとわかってからは、毎日喧嘩の嵐だった。

どこか恐ろしく、ニコリともしない幼子の世話をしなければならない母のストレス。

仕事から帰ってきて妻から笑顔のひとつも向けられず、愚痴を聞かされるばかりの父のストレス。

二人の間に生まれたひずみはだんだんと大きくなっていった。

両親は普通の人だった。

どちらも、昔から素行はよく、何事もなく大人になって、父は就職し、母は家に入り、両親ともに健在で、娘である私も、お行儀よくできる少しませているだけの普通の子どもだった。


何がそうさせたのか、未だに私には理解できない。

いつからかその“普通”が、苛立ちと狂気にまみれた異常へと変貌した。


両親はいつも呪われているかの如く同じ言葉を口にした。

「レイヴンさえいなければ」

私は両親が仲の良かった頃を知っていて、笑顔を向けられて育ったので笑うことが出来たが、呪詛を吐かれ続けた弟は、普通なら学校へ通う歳になっても笑うことが出来なかった。

それどころか、他の子のように喋ることもできなかった。

それがより一層、両親や周りの弟に対する嫌悪感を掻き立てたようだった。

レイヴンは私の知らないところで、毎日、たくさんの暴力を振るわれた。

それでもレイヴンは、ただぼんやりとしていた。もしかすると、どうすればいいのか知らなかったのかも知れない。

周囲からの暴力はレイヴンにとって日常だったのに、レイヴンは何事もない顔で私と同じ空間で同じ空気を吸い、甘えてくることも助けを求めることもなかった。


正直に言ってしまうと、その頃の私は、心のどこかで異質な弟を拒んでいたのだ。

暴力を振るわれていたことを知らなかったとは言え、それでも年齢に似合わず落ち着き払った弟が気味の悪いものと映った。


けれど、弟が高熱を出し死にかけた時、私は弟を連れて家を出ることを決心した。

何故ならば、看病をしないどころか苦しむ弟に向かって両親が吐いた言葉が、私の両親に対する信頼を決定的に損なうに足る信じられないようなものだったからだ。


「やっと死んでくれる。ああ、良かった!」


両親は二人して笑い、安堵したかのごとく夫婦で何年かぶりの抱擁を交わした。

そこで、鈍い私は、ようやく何かがおかしいと気がついた。日々を蝕んでいた違和感の正体に、ようやく気がついた。

目の前の弟の尋常でない数の痣が何を意味しているのか、ようやく理解したのだ。


その時の恐ろしさは今思い出しても胃がつねられる。寒気が這い上がってきて鳥肌が立つくらいに。

可愛がってくれて、甘えていた両親の残忍な朗らかさを、私は受け入れられなかった。


すぐに、持てるだけの荷物を鞄に詰め込み、弟を抱きしめ家を飛び出した。

優しい私の両親の皮を被った異常な人達から逃げたくて、私は有り金をはたいて汽車に乗った。

出来るだけ遠くにいこうと、あるお金だけで行ける遠い街まで汽車に揺られて、着いたのはヨーザというこぢんまりとした街だ。

ほぼ無一文で知らない街に放たれた私は、弟を抱きしめ、その肩に顔を埋めた。


「レイヴン。お姉ちゃんが、何とかするから。」


弟は何の反応も返してくれない。

寂しさが吹き出してくる。それでも、弟には私しかいないのだ、そう思うと力が湧いてきた。

挙動がおかしくても、七歳で話せなくても、生まれてきた子には幸せになる権利がある。生んだ人には、幸せにする責任がある。先に生まれていた者は、支え助けてやる義務がある。

たとえ弟が人間として異端な存在だとしても、私は弟をこの身に代えても守って見せよう。

笑えない弟の代わりに私が笑おう。

話せない弟の代わりに私がたくさん話しかけてあげよう。

いつか、おしゃべりに花を咲かせて笑うレイヴンが見られる、その日まで。


私は、私と弟を受け入れてくれる場所を、屋根のある場所を貸してくれる人を探すために人混みの中を歩き出した。

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