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異世界最強の自宅警備員  作者: 親交の日
第七章 平和へ向けて
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7-14 高松城方式

 



 ーーーオリオンーーー


 用事ーー能力を込められるものを探すことーーも済んだし帰るか、と思ったがやらなければならないことが残っている。妖精族のトップ決めだ。前日の取り決め通りその会議が開かれたのだがーー、


「ワシじゃ!」


「いいや。アタシだね!」


 土妖精の族長ヴェルンドと水妖精の族長セリーオラとが激しく言い争っている。ただ、どちらも感情的に相手を非難するばかりで、建設的な意見はまったく出ていない。さらに飛ばされる非難が売り言葉に買い言葉となり、収集不可能なレベルで炎上している。要するに手がつけられなかった。

 俺はこの二人には見切りをつけ、どうにかならないかとひとり考える。火妖精の族長ジルベルトは論外だ。今も政治には興味ない、と欠伸を噛み殺している。完全な傍観者だ。論争している二人もダメ。となるとパルミラになるのだが、こちらはどこぞのバカ森妖精がしでかした暗殺未遂事件により立場を失っている。結論、適合者なし。


「さて、どうしたものか……」


 つい声に出しまった。


「どうにかしてパルミラさんに実権を握り続けていてほしいところですが……」


 俺の呟きに反応して、横に控えるエキドナがボソッと漏らした(ラナはヴェルンドの工房に籠り中)。


「そうだなぁ……」


 戦況も気になるところ。いつまでも郷に縛られているわけにはいかない。サクッと決めなければ。前世に丁度いい制度はなかったかな……。あ、いいこと考えた。


「ヴェルンド、セリーオラ。そなたたちはどちらもトップの座を譲るつもりはないのだな?」


「もちろんじゃ」


「当たり前だよ」


 俺の問いかけにノータイムで返答する二人。やる気満々だ。やる気だけは、な。


「ならば共にトップになるがいい。このままでは千年経とうが決まらんからな」


 本来ひとりのトップを二人にするというウルトラC。ただ、それだけでは今度はどちらが政治の主導権を握るのかで争い始めるだけである。そこで俺は考えた。


「二人はともに妖精王、妖精女王となる。期間はまあ、十年としよう。そして代表権を一年ごとに交代で持つ。政策はあくまでも族長会議で決めるがな」


 いわば江戸幕府の月番制みたいなものだ。権力を行使できる人物がコロコロ変わることで、強権を持つ人物が現れることを防ぐ。さらに重要なのは、政策決定のためには議題が族長会議にかけられる必要があるということ。これによりトップによる独裁的な政治を防ぐことになる。

 また共同代表となった種族の敵対は必至。ならば他種族を味方に引き入れなければならないが、そこで大きな意味を持つのが森妖精と人間族だ。議決に必要なのは三票。自身の一票に、火妖精の一票があれば合計二票。残りの一票を得るためには、森妖精か人間族を味方にしなければならない。これなら森妖精に一定の影響力を残すことが可能である。


「なお、この機構が維持されているかはリンドヴルムに監視してもらう」


 このことを伝えると渋っていたが、アーサーが作った郷を荒廃させてもいいのか? と言うと掌を返した(チョロい)。リンドヴルムはエキドナに言いくるめられてから彼女を認めたようで、手綱を握っているといっても過言ではない。立派に務め上げてくれるだろう。

 最初はトップとなる二人から否定的な意見が出たが、郷を作った功労者のひとりであるリンドヴルムが賛成したとなっては『NO』とは言えない。よって俺の提案は承認された。


 ーーーーーー


 妖精郷での用事はすべて済み、俺はラナを回収して郷を後にした。ラナは『もうちょっと〜』と駄々をこねたが、有無を言わせず連れ帰る。子どもじゃないんだから、まったく。ジークも呆れてたぞ。そんなひと幕を挟みつつも俺は大王国討伐軍に復帰、ラナは帝都へ帰還した。

 現在、帝国軍は二手に分かれている。街を攻め取る部隊と、占領した街を維持する部隊だ。軽視されがちだが、占領維持する部隊の役目は重い。帝国は運べるもの(小麦や武器の類)は本国からの補給に頼っており、補給線を確保するためにも占領地域の治安維持は必須だった。


「ーーというわけですので、部隊を縮小して前線に転出させました」


 留守を預かっていたシルヴィが不在の間の経緯を説明してくれる。俺があちこち動き回っているうちに初期に占領した地域は治安が安定してきたらしく、部隊は前線に出てきたようだ。これでやや不足気味だった兵力は回復した。俺は再び進撃を命じる。

 帝国軍は当たるべからざる勢いで侵攻した。しばらく時間があったため大王国軍も軍を再編成したようだったが、その程度でどうにかなるはずもない。最初の会戦で大破され、敗走するばかりであった。

 しかしいつまでも快進撃とはいかない。王都を目前にして帝国軍は壁に阻まれた。王都へ至る道にある城塞都市ソンヌに。


「……包囲して三ヶ月。粘るな」


「申し訳ございません、陛下。我々の力不足でございます」


「いや、責めているわけではない。元々、攻城戦というのは数ヶ月単位、あるいは年単位でやるものだからな」


 俺は謝罪する部下に手をひらひらと振って気にしていないと伝える。しかし困ったのも事実だ。このままでは大王国に時間的猶予を与えすぎる。下手をすると王都を脱出されるかもしれない。ゆえにソンヌの迅速な攻略は急務なのだが、このように手間取っていた。

 ソンヌは大王国北部から王都へ向かう街道の近くにあり、放置はできない。だが城は近くを流れる大河の水を利用した堀に囲まれ、攻め寄せるのにもひと苦労だ。加えて、


「この雨だからな……」


 大王国は雨季といえる時期に入っており、連日雨が降り続いていた。おかげで地面はぬかるみ、行軍に支障をきたしている。こんな状況では攻め入ることもできない。視界も悪いし……ん? 雨、視界が悪いーーそうだ!


「シルヴィ。ちょっと」


 俺はシルヴィを呼び寄せ、彼女にある指示を下す。それはすぐさま実行に移された。まず、城より下流の地点で大河の水を堰き止める。大工事だが、雨が降るなか行われたために気づかれることはなかった。もし気づかれたとしても城から何かできるというわけでもないが。

 堰き止めるための堤防は半月で完成した。それ以後も雨は降り続き、城を囲む堀はその水かさを増していった。雨が上がって晴れたある日、ソンヌの城兵たちは周囲が湖になったことに初めて気づく。


「す、すごい……」


「一面が湖のようだ……」


「すごいです、オリオン様」


 幕僚たちが唖然とする一方でシルヴィは賞賛した。最近は肯定しかしなくなったな。大丈夫か、この娘?


「まあ、ここは盆地だからな。近くに川があったのも幸いした」


 城は要害に建っているが、今回はそれが仇になった。これでソンヌの城は孤立した。補給も絶たれ、あとは飢えるばかりである。少なくとも一ヶ月は水が引くことはないだろう。これぞ高松城方式。これだけあれば王都を囲んで降すことができる。


「よし。ここには一個旅団を残し、残りは王都へ向けて進軍!」


 俺の号令により、帝国軍は王都へ進撃した。その速度は速い。なぜなら、王都へ至る街道を自転車で駆けているからだ。


「いや〜、楽だな。敵がわざわざ侵攻路を造ってくれたんだ」


「ですね」


 俺は上機嫌で言い、それにシルヴィが同意した。

 帝国に侵攻した際の生き残りが進言したのか、大王国では王都周辺から道の整備が進んでいた。道を整備して軍の移動速度を速めることは、前線と王都が離れている大王国にとっては急務だったのかもしれない。しかし、それが今回は裏目に出た。本来ならば自分たち(大王国軍)の移動速度を速めるはずが、俺たち(帝国軍)の移動速度を速めてしまったのだから。皮肉以外の何物でもない。

 行程を半分ほど消化して王都まで目前に迫ったとき、俺たちに援軍が加わる。それはジルベルト以下の妖精族の軍隊だ。大王国に敵対する意思を明らかにすべく、形だけでもと参戦するように『命じた』のだった。彼らを加え、帝国軍はさらに進撃。三日後には王都を完全に包囲した。


 ーーークレアーーー


 大王国南部を平定したわたしは、帝国に帰るとすぐにクレタ島に駐屯する海兵師団の指揮を任されました。その任務は大王国北東部の港町であるウェバを占領すること。以後は北西部を切り取る第一軍と呼応してーーもっぱら沿岸部をーー南下。北東部を切り取りつつ、王都東側から圧力をかけます。その途上、


「あんたがクレア殿下かい?」


「……あなたは?」


「おっと。自己紹介がまだだったね。アタシは水妖精族の族長で、妖精女王のセリーオラさ。おかみから殿下を助けてやるように言われてきた」


「ああ。あなた方が。はい。連絡は受けています」


 妖精族が帝国の傘下に入ったことは、既にオリオン様から伝え聞いています。援軍がやってくるということも。

 水妖精といえば水上移動に長けていることで有名です。頼もしい援軍といえるでしょう。


「お上から殿下の指示に従うように言われてる。いつでも命令を」


 そんな感じで海兵師団はセリーオラさんを加えて進撃を続けました。彼女たちには海岸線を船で伝ってもらいます。わたし率いる本隊は陸地を移動。敵が迎撃してくれば、セリーオラさんたちが横合いから攻撃して敵を乱す作戦で勝利を拾っていきました。


「閣下!」


 あるとき、斥候がわたしのところへ駆け込んできました。


「何事です?」


「報告いたします! 前方に敵が布陣。数は三万!」


 ……わたしたちの倍ですか。これは少し厳しいかもしれません。なのに、セリーオラさんは笑っています。


「劣勢だねぇ。面白いじゃないか」


「不謹慎ですよ、セリーオラさん」


「いいじゃないか。仲間は大事だけど、こういうシチュエーションを楽しまないと」


 その感覚はよくわかりません。戦いというのは戦う兵士たちを慮ってこそです。意見の相違はありましたが、考えは一緒。敵を倒すことです。

 方針としては従来通り、帝国軍が正面を。妖精族が側面を攻撃することになりました。攻撃開始は明朝。無理攻めはしません。手堅くいきます。


 ーーーーーー


「閣下! 閣下!」


「んぅ?」


 側付き(女性)の声で目が覚めます。わたしは重い身体をやっとの思いで起こしました。


「……どうしましたか?」


「敵陣から火の手が!」


「なんですって!?」


 誰かが仕掛けたの!? でも帝国軍が命令違反することはあまり考えられません。部族時代には功を焦って先走る者はいましたが、帝国軍において命令違反は基本的に厳罰に処されます。にもかかわらず敢えて攻撃するなど考えられません。ですが、心当たりはあります。ひとつだけ、その規律を守らない可能性がある集団が……。

 わたしは鎧を着込み、外へ飛び出しました。火の手を見て確認に向かっていた斥候から報告を受けます。


「報告! 敵は妖精族の夜襲を受けた模様!」


 やはり……。


「馬を! 全軍に伝達。総攻撃です!」


 供回りには馬を用意してもらい、全軍には攻撃命令を発しました。朝に攻撃する予定だったので、準備は整っています。攻撃が始まるまでそう時間はかからないでしょう。わたしは夜間警戒していた一小隊を率いて状況の確認ーー必要ならば救援ーーに向かいます。

 敵陣は海に注ぐ川ーーその川は王都につながっていますーーの両岸に布陣していました。妖精族は敵陣の最後方から攻撃を仕掛けたようです。深夜、川の上流から下流へ猛烈な風が吹いていました。敵陣に放たれた火は風に煽られ、陣地から陣地に飛び火して、猛火となって敵軍を追い立てます。妖精族はその火とともに敵軍を攻めていました。


「セリーオラさん!」


「おっ、殿下じゃないか」


 わたしは数の多い敵軍に巻き込まれることを嫌い、大きく迂回して妖精族の下へたどり着きました。そこではセリーオラさんが戦闘の指揮をとっています。


「事前の打ち合わせと違う行動をしないでください! 帝国軍はおかげで大慌てなんですよ!?」


「あー、それは済まなかったね。いや、丁度いい風が吹いてきたから好機だと思ったんだよ」


 セリーオラさんは悪びれもせずに言います。しかし、わたしはすぐに嘘だとわかりました。なぜなら、妖精族がいたのは河口付近。大王国軍の後背から攻めるには戦場を大きく迂回する必要があります。そんなことをその日の夜に察知して実行するなど不可能。であるならば、日中から準備を進めていたはずです。そのことを問い正すと、セリーオラさんは開き直りました。


「バレちまったかい。ああ、そうだよ。アタシたちは知ってた。昼は水のある場所から陸へ、夜は逆に風が吹くってね。郷での経験だったけど、外でもそれは同じだったようだ。だから実行したのさ。殿下たちの作戦じゃ、長引きそうだったしね」


「わかっていたなら、打ち合わせのときに言ってください。勝手をされると困ります!」


「だってさ、アタシたちみたいな新参者が意見を言ったって聞き入れないだろ?」


「そんなことはありません! 新参だろうとかつての敵だろうと、仲間は仲間です。そういった偏見があることは否定しませんが、帝国軍では敵であった人でも受け入れています!」


 その代表例はカレンちゃんやアダルバート元公王です。セリーオラさんは目を丸くしていました。


「殿下……済まなかったね。たしかに最初に相談するべきだった」


 そして頭を下げてくれました。まあ過ぎたことですし、成功もしたのでとりあえずよしとします。その後、態勢を整えた帝国軍が加わって大王国軍を大破。赫々たる戦果(戦死七千、捕虜五千)を挙げました。ですが、未だに万を超える敵が残っています。


「敵を逃してはなりません! 騎兵隊、追撃ッ!」


 わたしは足の速い騎兵隊を追撃に出します。彼らは次の手として残しておいた兵力で、戦闘による疲労もありません。命令を受けるとすぐさま飛び出していきました。そして逃げる敵兵に食らいつきます。帝国の騎兵の練度は高く、特に精鋭と呼ばれる部隊は神業じみた芸当をします。

 追撃に出た第二海兵騎兵大隊(百五十名)は軽騎兵に分類されますが、彼らこそ神業曲芸集団に他なりません。ひとりあたり三頭の馬を保有し、下馬せず騎乗したまま馬を乗り換えて行軍し続けます。その行軍速度は普通の騎兵の倍以上。戦闘となればやはり馬に乗り走りながら遠巻きに矢を射かけます。手持ちの矢が尽きると剣を持って突撃ーーというのが彼らの戦法です。

 他国にこのような芸当ができる騎兵はいません。わたしも指揮官の端くれですが、こんな集団に出くわすなんて考えたくもありませんね。特に平地では悪夢です。そんなことになったら匙を投げます。

 そして残念ながら、大王国軍が敗走する先はその平地でした。王都は大王国の本来の拠点ではなく、穀倉地帯に面し、物流の拠点でもあるがゆえに拠点が移され、王都となったのです。帝国騎兵は数こそ少ないものの、その機動力を遺憾なく発揮。戦場を文字通り縦横無尽に駆け回り、万に上る大王国軍を分断し、各個撃破していきます。翌日からは自転車を装備した部隊も加わり、追撃はさらに苛烈になりました。

 最終的に帝国軍は五百余名の損害を受けたのに対し、戦死一万以上、捕虜八千余にまで戦果を拡大しました。脱走兵も多くあり、王都へ逃げ込めた者は五千もいなかったといいます。こうして帝国は東部でも圧倒的優位に立ち、王都でオリオン様率いる本隊と合流。同都市を包囲しました。いよいよ、この戦争にも終止符が打たれようとしていますーー。




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