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異世界最強の自宅警備員  作者: 親交の日
第七章 平和へ向けて
95/140

7-13 妖精郷にて

 



 ーーーオリオンーーー


 カレンが治めるコニンを離れてしばらく。妖精族の郷を目指して旅立った俺は深い山の中にきていた。


「意外に遠いな」


「だね〜」


 俺の呟きに同意したのはラナ。工務大臣である。普段は工場に引きこもって滅多に外に出ることはない彼女だが、妖精郷に行けると聞くや参加を表明した。先進技術の巣窟だということは知られており、研究者である彼女がこのチャンスを逃すはずがなかった。

 ある意味で予想通り、ある意味で予想外だったのがラナとヴェルンドが意気投合したことだ。予想通りなのは技術者として通じる点があるだろうと思っていたためであり、予想外だったのは帝国の傘下に入ることを嫌がっていたヴェルンドがすんなりとラナを受け入れたことである。実際、『小娘ごときに職人が務まるか!』と言って騒動が起こることを覚悟していたのだ。それがなくて俺は拍子抜けした。

 二人は積極的に意見を交わしている。話を聴くと、基礎工業力という点ではほぼ互角のようだ。やはり応用的な内容は劣るが、かなり健闘している。一部の分野では帝国側が進んでいるという。例えば製鉄。妖精族ではたたら製鉄が行われているが、帝国ではコークスを利用した方法がとられている。この方法は木材の消費量が少ないという利点がある。つまり木材を他の用途に使用できるというわけだ。帝国では主に造船業に投入していた。もちろん、どこぞの日の沈まぬ帝国のように伐採のしすぎで禿山にするなんてことはしない。山は治水にも大切だからな。

 妖精族が優れているのはラナが研究している魔法陣関連の技術ーー魔力と親和性の高い金属の製法や、武器に魔法陣を彫り込む技術だ。帝国にも同じ技術はあるが、発揮できる性能が段違いである。あとで俺たちの武器も改修してもらえることになった。


「あんた(ラナ)いいな。ワシのとこの若い衆を紹介したいぜ」


「ごめんね〜。わたし〜、おーちゃんの奥さんだから〜」


「チッ」


 ヴェルンドは俺に向かって舌打ちした。相変わらず俺のことは嫌いらしい。


「主様。妖精族は服従したとはいえ、未だ信用は置けません。くれぐれも油断なさらぬよう」


「わかっているさ。頼りにしているぞ、エキドナ」


「はい」


 注意喚起してきたエキドナを褒めてやれば、たちまち笑顔になる。こうすれば喜ばれることを学んだ。

 今回の護衛は彼女である。カレンは任地を離れられないからだ。仕方ない。そして護衛ではないが、随行者がもうひとり。ジークだ。


「父上、母上! こうして馬車で旅をするのもいいですね」


「ああ。そうだな」


「そうですね」


 窓に張りついてはしゃぐ我が子を見てほっこりする。馬車で移動することも多々あったのだが、そのころはまだ赤ん坊だったから記憶にないのだろう。少し成長すると教育のため城に缶詰め。ドラゴンに変身できるようになると、エキドナから飛び方を学んでドラゴンの里で修行だったからな。新鮮らしい。

 大陸全土、さらには華帝国の地理を詳らかにする帝国情報部だが、妖精郷に関しては情報がまったくといっていいほどない。わかっているのは所在地のみ。あとは文献での記述くらいだ。アリアにも訊いたが、覚えていないらしい。だからまったく未知の世界に踏み込むことになる。危険だが、楽しみでもある。


 ーーーーーー


「ここが入り口です」


 山奥で馬車を降りるよう促されると、パルミラがそのように言った。たしかに目の前の空間には何らかの力が働いている。


「これは……」


 エキドナも何か感じたようだ。


「これはどういう仕組みなんだ?」


「龍脈に流れる魔力を使い、郷全体を結界で覆っています。多少の負荷には耐えられますが、さすがにドラゴンの攻撃には耐えられませんので気をつけてください」


 との説明と注意を受けた。守れよ。特にジーク。


「それと、この印章を」


 渡されたのは宝石が嵌め込まれた指輪。


「この印章がなければ郷に入ることはできません。くれぐれも失くさないよう、お願いいたします」


「了解した」


 ファンタジーっぽくていいな、こういうの。そしていざ妖精郷へ足を踏み入れる。

 ただ真っ直ぐ前へ進んだだけなのに、ゼリーに手を突っ込んだような感覚を覚える。その先にあったのは、青い空と白い雲。所々立ち昇る煙。かと思えば大森林。黄金色の小麦畑。澄み渡った水をたたえる湖。

 ……普通だなぁ。のどかな田舎である。建ち並ぶ家々も、樹上の家ーーなんてものはなく、普通に石造りの家だ。特別なことといえば、住んでいるのが人間ではなく妖精族だということだけ。これなら帝国でも少し遠くの農村へ行けば見られるだろう。ナハ近郊などはこんな感じだ。イメージと違ってつまらない。


「どうですか、郷は?」


「うん。悪くないな」


 悪くはない。悪くはないが、物足りない!


「よし! ラナ姫! 工場へ向かうぞ!」


「そうだね〜」


「待てい」


 俺はヴェルンドに誘われて別行動を取ろうとするラナを引き留めた。


「工場は後。まずは条約の調印。視察はそれからだ」


「え〜」


 抗議の声が上がるが黙殺する。そもそも俺たちは観光に来たのではない。妖精郷を帝国の領域に収めにきたのだ。まず条約に調印し、約束に拘束力を持たせる。帝都で行うのが一番だが、妖精族にも配慮して皇帝が出向いて郷で調印することで、彼らの面子を立てる。高圧的すぎると無駄に反感を買うだけだからな。それが終わると視察。何があるのかを記録し、対妖精族政策の参考にするのだ。

 まず俺たちが案内されたのは街の中心部にある会議場。ここで彼ら妖精族のトップが集まり、色々と政治をやっているのだという。ここで条約の最終調整を行い、書面を作成する。それを外務省の職員が確認し、問題がなければ広場で行われる調印式に臨む。いつぞやのように襲撃されるかもしれないので、俺の側には常にエキドナが控えていた。気配も『少し怖い人』という程度に漏らしている。

 危惧された調印式だったが、実際はかなり大人しく終わった。というより、批難が失態を演じたパルミラ以下の森妖精たちに向いているのだ。まったく予期せぬ形ではあったが、彼らが上手くスケープゴートになってくれた。今後の統治も先は明るいだろう。

 そんな妖精族だが、彼らは『族長会議』といわれる議会の決定に従って行動している。だが偶数であるーー議長役はいるが議決権を持っているーーため決まらないことが多い。そのような場合の最終的な判断は妖精王ないし女王が独断と偏見で決めるのだという。なかなか上手くいかないものだ。

 そこで俺は提案をした。なら人間族代表として俺も参加できないか? と。これからは妖精郷とはいえ、人間も出入りすることになる。そこでその代表として皇帝が出るのだ。クソ忙しいから代理になるだろうが。あとは人間族代表には妖精王や女王になる権利はない。それでも奇数になれば変わるはずだ。


「「「「異議なし」」」」


 俺の提案は族長会議にかけられ、満場一致で可決された。問題は次だ。郷に不利益をもたらしたパルミラたち森妖精の問題である。俺が事前に伝えているのは、下手人の森妖精は帝国の法によって裁かれるということだ。使節団の護衛とはいえ、帝国は受け入れを表明していないからだ。カレンは使節団を宿泊させたが、あくまでも客人に当然のもてなしをしただけにすぎない。外交特権を与える権利があるのは皇帝であり、俺は承認していない。よって外交特権は適用されず、当たり前だが治外法権などなく、下手人は帝国法における『不敬罪』として裁判にかけられることになるーーそう理論武装すると、妖精族も諦めた。

 下手人が裁けないとなると矛先は森妖精に向く。針の筵なのはパルミラだ。各方面から妖精女王の座から退くように求められている。これがどう転ぶかわからないから、調印式を先に済ませておいた。この話で揉めているのは次のトップが誰になるのかということ。それで森妖精を除く二種族ーー土妖精と水妖精とが激しく争っていた。


「だから、貴様らのように年中水に住んでいるような輩はリーダーに相応しくない! なるならワシじゃ!」


「いや、アタシだ。あんたたちこそ、頭の中は鍛冶のことで一杯じゃないか」


 と論戦を繰り広げている。これを押さえるべきジルベルトは欠伸をして早く決めてくれ、と言っている。火妖精は脳筋であるため政治に興味がなく、よって未だに妖精族のトップになった者はいないらしい。逆に、歴代で最も多くのトップを輩出した森妖精は今回の失態を犯した張本人であり、発言力はないに等しい。まとめ役が不在の議論ほど空しいものはない。結局、その日は予定の時間を過ぎても決まらず、後の予定もあるので明日に流れることとなった。

 そして次はいよいよラナお待ちかねの視察である。妖精郷は盆地に位置している。周囲を鉱物資源が豊富な山々に囲まれ、その近くには土妖精たちがこぞって工房を構えていた。彼らの仕事には鍛冶のみならず採掘もある。自分たちで取った鉱石を自分たちで加工しているのだ。なお、ヴェルンドのように腕のいい者は鍛冶に専念するべく街に工房を構えるそうだ。

 湖などの水辺には水妖精が住む。その仕事は水に関わることすべて。農業用水や飲用水の管理、治水、漁業などもそうだ。川船の建造技術にも優れる。

 森妖精は森の管理、建築や農業に優れている。特に長年研究して生み出した小麦は、病気に強く収穫量も多い。薬学にも詳しいそうだ。

 火妖精は郷の警備に従事する。また土木作業などの力仕事も彼らの仕事だ。郷の外へ出て傭兵として戦っている者も多いという。筋金入りの脳筋集団だ。ステータスがそちらにすべて振り向けられているために、その強さは折り紙つき。そうして金を稼ぎ、土産を持って帰ってくるという。

 視察では土妖精の工房は後回しにする。なぜなら、


「わ〜!」


「どうだ!」


 えっさほいさと作業する土妖精たち。その手際は素人の俺が見ても見事だとわかる。ヴェルンドは横でドヤ顔をしていた。お前は何もしてないだろうが。そして目を輝かせて食い入るように見つめるのがラナ。……こうなると思ったから一番最後にしたんだ。満足するまで帰らないだろう。まあいいや。明日はトップ決めの会議があるだけだし。のんびり観光でもしよう。ボディーガードとしてエキドナを置き、俺は工房を去った。ここは専門家に任せるとしよう。


 ーーーーーー


 翌日。俺は郷の外れに繰り出していた。妖精郷は盆地にある。山に囲まれた円形の土地があり、中心部にある湖から見てやや南側に街がある。

 湖の東側には山から湖に水を供給する川があり、上流付近には鉱山がひしめいていた。土妖精たちはそこで採掘活動を行なっている。

 湖の西には湖から下っていく川があり、付近には農地がある。小麦、各種の野菜などを森妖精たちがせっせと世話していた。

 そして湖の北側。そこには鬱蒼とした大森林があり、森妖精が管理している。主に使用するのは火妖精たちであり、格好の狩場なのだそうだ。しかし彼らが奥地に進むことはない。そこには入ってはいけないとされる聖域があるからだ。


 世界樹。


 妖精族たちの間ではそのように伝わっているそうだ。妖精郷を創り出した神が木に身を封じて郷を守っているーーそのような信仰があるのだ。この作り物めいた配置を考えると、そのように考えるのも頷ける。だが、肝心なのはそこではない。俺が気になったのは、道中聞いた話のひとつ。『世界樹の奥には精霊がおり、道中の試練を乗り越えて会うことができれば願いを叶えてくれる』というものだ。そして何人もの挑戦者が挑み、誰も帰ってこなかったという。聖域とされる場所に入れるのは世界樹の管理と、試練への挑戦のため。俺は試練に挑むという体で視察にきていた。そして精霊に会うための試練の前(洞窟)にきたわけだが……。


『無謀なる者よ。汝が威を示せ』


 と、門番らしきゴーレムに通せんぼされた。さらに後ろにはゴーレムが二体ほど並んでいる。困ったなぁ。でも大人しく帰してもらえそうもない。仕方ないからこいつらだけでも片づけよう。幸い、ここは能力の適用範囲内らしいし。


「《風槌ウィンドハンマー》」


 風の塊を叩きつける。ただそれだけの単純な魔法だ。威力は増し増しだが。ゴーレムはあっという間にバラバラになった。


「す、すごい……」


 世界樹の管理を担当するパルミラが目を丸くして驚いていた。普通だろ。子どもたちもこれくらいはできる。


『無謀なる者よ。汝が智を示せ』


「《風槌》」


 やはりというべきか、後ろからゴーレムが出てきた。智を示せと言われたが、そんなこと関係なく破壊すればいいんだろ、と同様に魔法を発動。先ほどと同様にバラバラにしたのだが、その石が組み合わさって元通りになった。


「そんな!?」


 パルミラが悲鳴を上げる。そんななか、俺は同様に《風槌》を発動。バラバラになる。再生ーーとなった。


「うーん。どうするかなぁ……」


 このまま逃げるのは癪なので、どうにかならないか考える。黙っていたら攻撃してきたので、《風槌》で粉々にし続けていた。結構手間だな。


「陛下。逃げた方がよろしいのでは?」


「断る。負けた気がするから」


 と言いつつ、弱点などがないかを確かめる。何度破壊したかわからなかったが、あるときカランコロンと何かが足下に転がってきた。


「石版?」


 それは小さな石版だった。そこには『emeth』と彫り込まれていた。


「ああ、そういうこと」


 ゴーレムが言った『智を示せ』という言葉の意味がようやくわかった。なんとベタな展開なんだ。


「《風矢ウィンドアロー》」


 何度目かの再生を終えたゴーレムに風の矢を撃ち込む。《風槌》と比べれば威力は低い。だが、ゴーレムは呆気なく崩れ去って再生することはなかった。


「え……?」


 パルミラは何が起こったかわからない様子。そんな彼女にタネ明かしをした。


「あの石版に書かれている文字は『emeth』ーー異国の言葉で『真理』という意味だ。しかし、そのうち最初の『e』を消して『meth』にしてやると『死』という意味になる。そのような伝承を知っていれば簡単に倒せるというわけだ」


「なるほど。陛下は博識なのですね」


 そういうわけではない。元の世界ではそれなりに有名な話だ。そう。元の世界では。……まさかとは思うが、ここを作ったのは地球から来た人間じゃないだろうな。疑いは深まるが、今は次だ。


『無謀なる者よ。汝が徳を示せ』


 徳? どうしろというんだ。……いや、待てよ。もしかすると、


「パルミラ。この郷は朕の支配に服しておるな?」


「は、はい。寛大なお心で我らをお赦しくださり、陛下の支配に郷の者は服しております」


 俺を前にして否とは言えない。不興を買えば郷ごと潰されるのだから。しかし大事なのは形はどうあれ、妖精郷が俺の支配に入っているということだ。それが『徳を示す』ということ。そしてその予想は正しかったらしく、


『素晴らしい! 合格だ!』


 ゴーレムはそう言って爆散した。


「さて、これで障害はなくなったわけだ」


 俺は気楽に足を踏み入れた。中はそれほど深くなく、あっさりと最奥部に着いてしまう。かくしてそこで待っていたのはーー


「ドラゴンの死体?」


 ファフニールのような巨体のドラゴンの死体だった。最奥部はホールになっている。このサイズのドラゴンが入ることなど不可能ーーいや、できる。人型になれるのなら。もしかすると前に聞いた人型になれるドラゴンの遺体なのかもしれない。


「中はこうなっていたのですね……」


 パルミラが感慨深そうに言う。精霊はいなかったが、偉大なるドラゴンがいたというわけだ。だが肝心の願いが叶う云々は眉唾だったということになる。


『そういうわけではないぞ』


「ん?」


「わわっ」


 急に声をかけられたせいで驚く。パルミラにいたっては尻餅をついていた。


『驚かせてすまぬな。妾はリンドヴルム。かつて人を愛したが故に子を不幸にした、愚かなドラゴンじゃ』


「あなたが……」


 俺はそう言葉をこぼす。眩くきらめく金髪に金の瞳。絶世の美女がそこにいた。彼女が美の女神フレイヤと言われても疑わない。


『ほう。そなたは妾を知っておるのかえ?』


「ええ。当代の竜王より」


『そうか。そなたは竜王の友か。入口のゴーレムが容易く敗れたことも納得がいく』


 リンドヴルムは愉快そうに呵々と笑った。


『それにしても、そなたは妾がドラゴンだと聞いても驚かぬのじゃな。さすがは竜王の友というべきか』


「いえ。実は身近に同様なドラゴンがいましてーー」


『なにっ!?』


 リンドヴルムは詰め寄ってきた。


『それで、その者はどうしておる!?』


 実態があれば襟首を掴んで揺さぶられていそうだが、霊体的な形態ゆえに俺の身体に触れることはできない。それがもどかしくて仕方ないようだった。


「自分のところにいます」


『……連れてきてくれるか?』


「…………わかりました」


 やや躊躇したが、最終的に俺は頷いた。やはり会って心構えを説いてほしいと思ったから。間違いなく俺はエキドナより先に死ぬ。そのとき、彼女が不幸な道を歩まないように。


「主様。どうされましたか?」


「いいから」


 俺は何も言わずにエキドナを連行してきた。警備の関係上、ラナとジークも連れてきている。ラナを連れ出すことにヴェルンドが騒いでいたが、無視した。

 リンドヴルムは残していたパルミラと話をしていた。話しかけられているパルミラは恐縮していたが。


「連れてきたぞ」


『おお、待っておったぞ。ふむ……この気、妾に似ておるな。そなた、もしやファフニールの子かえ?』


「え、ええ。たしかにわたくしの実父は竜王・ファフニールですが?」


『そうかそうか。あの引きこもりの根暗ぼっちにも子ができ、竜王になったか』


 ね、根暗ぼっち……。


「父上を侮辱するなら許しませんよ?」


 エキドナが剣呑な気配を纏う。静かに怒りを露わにしていた。常人なら怯むだろう。事実、パルミラは震えている。だがリンドヴルムは動じた様子もなく目を細めていた。


『いい覇気じゃ。さすがは妾の姪というところか』


「「め、姪!?」」


『そうじゃ。妾はファフニールの姉ぞ』


「「ええっ!?」」


 驚いたのはエキドナとーー俺。いや、だってまさか伝説として語られているドラゴンがエキドナの叔母だったんだぞ? 驚かないわけがない。というか、伝説となる存在がひと世代前って……。ドラゴンばねえっす。それからリンドヴルムがどのような存在なのかを説明した。


「なるほど。そうだったのですね」


『そこでーーじゃ』


 話が落ち着いたところでリンドヴルムが視線を鋭くする。


『エキドナよ。そなたはそこな男を愛しておる。そうじゃな?』


「はい。主様に一生お供するつもりです」


『……人間は妾たちよりも先に死ぬ。それでも愛するのか?』


「はい」


『寂しさに耐えかねるかもしれぬぞ?』


「子どもたちがいますから」


 リンドヴルムの質問に、エキドナは淀みなく答えていく。『子どもがいる』と言われたところで、リンドヴルムの視線がジークへと向いた。


『……そういえば、まだ小さいがなかなかの気を持っておるな。その小さな輩が子か?』


「はい。名前はジークフリート。他にもその妹であるフレイがいます」


 自らの子どもを紹介しながら、ジークに挨拶するように促すエキドナ。彼は緊張した様子で一歩前に出た。


「ぼくはジークフリート・D・ブルーブリッジ。父帝オリオンとエキドナの息子です」


『そうか。ジークフリートか。いい名じゃ。生まれてさほど時も経っておらぬのにいい気をしておる。幼きころのファフニールくらいはあるじゃろう。将来は竜王たる器やもしれぬな』


「ありがとうございます。精進いたします」


『うむ。……いい子じゃ』


 その言葉はジークだけでなく自分にも向けられているような気がした。


『じゃが、子ができぬかもしれぬぞ? 妾の子ーーリヴァイアサンもそうじゃった。アーサーに似て強く聡明だったのじゃがな。子ができず、義娘とともに海の底へ潜ってしまった。アーサーに申し訳が立たぬよ』


 リンドヴルムは寂しそうに語った。その表情はとても悲痛だ。しかしエキドナは動じない。なぜなら既に話し合ったことだからだ。俺たちの腹は決まっている。


「叔母様。感謝申し上げます」


『……どういうことじゃ?』


 首をかしげるリンドヴルム。述懐していたところで感謝の言葉をかけられれば誰だってそうなる。


「里では叔母様のお話はよく知られています。わたくしも幼少のころから聞き及んでいました」


『ファフニールの差し金じゃな。あ奴め……』


 恨めしそうである。そりゃ、自分の失態の話をされて気分のいいはずがない。まして、広く知られているというのは。


「主様に出逢ったとき、わたくしは悩みました。この方のお子を残したい、と。ですが、言い伝えのこともあります。わたくしはどうすればいいのかわかりませんでしたが、とりあえず主様に思いの丈をぶつけてみました。すると主様は考えられる可能性をお示しくださいました。伽の前にはもし子どもができたら話のことをちゃんと伝えようと仰ってくださいました。ですが、すべては叔母様のお話があってこそです。これで完璧とは申しませんが、それでも有効な手を打てたのは事実です。なので、叔母様には感謝しております」


 エキドナは自身がなぜそう思うのかを話した。そこには嘘偽りない感謝の念があった。


『……そうか。ならばよい』


 リンドヴルムは静かに頷いた。


『その選択を後悔するでないぞ?』


「はい」


 エキドナもまた頷く。


『さて。話は脱線したが、元に戻そうではないか。ーー門番たるゴーレムを撃ち破ったことを称えよう。そしてそなたーー名は何と申したか?』


「オリオンです」


『そうじゃったな。オリオンには竜胆を与える』


「竜胆を!?」


 エキドナが驚く。てか、竜胆ってなに?


『悠久の時を生きたドラゴンが宿す宝物じゃ。オリオンにはこれを与えよう。武威に優れ、知略に長け、人徳に優れたそなたならば悪用はすまい』


 小さなゴーレムがトコトコと歩いてきて、俺に小さな玉を差し出した。濁った赤色をしているか、これが竜胆なのか? ちょっと汚いな。あんまり触りたくない。


『その竜胆にはいかなる願いも叶えるという、力が宿っておる。さあ、そなたが望むことを願うがいい』


「なら、能力を付与できる宝珠が欲しい」


 と言った瞬間、竜胆が光り輝き鮮血のような赤色に変わった。試しに取り上げてみると、先ほどまでのグロさはどこへやら。宝物というに相応しい、美しい姿に変貌していた。……これでいいのか? よくわからない。だがものは試しだ。俺は自身の能力を思い浮かべ、宝珠に込める意識で念じる。すると宝珠は再び輝いた。


「エキドナ。使ってみてくれ」


 宝珠を渡す。受け取ったエキドナは緊張した面持ちで魔力を込めた。瞬間、辺りを眩い光が覆う。気がつくとリンドヴルムの遺骸が生前の姿のものに戻っていた。


『むっ!?』


 そして霊的な存在だったリンドヴルムは、ゴミが掃除機に吸い込まれるように元通りになった遺骸に吸い込まれる。ややあって、リンドヴルムはゆっくりと体を起こした。


「い、生き返った……?」


 パルミラが信じられないといった様子で呟く。同感だ。まさか俺の能力がここまで万能だとは思いもよらなかった。

 起き上がったリンドヴルムは体の調子を確かめるようにあちこちを動かし、落ち着くと光を発して人間の姿になる。


「エキドナよ、そなた何を願った?」


「叔母様が元の姿に戻るように、と。竜胆を失ったドラゴンは生きていられないーーということも伝わっておりますから」


「……」


 リンドヴルムは何とも言えない顔をしている。なんとなくだが、彼女が残っていたのは竜胆のせいではないだろうか? それを俺に渡してようやく愛しい人のところへ行けると思いきや、こうして現世へ繋ぎ留められた。……その心中はいかばかりか。


「叔母様。愛しい人と共に過ごしたいと願う気持ちはわかります。ですが、それでいいのですか?」


「……どういうことじゃ?」


「残されたその方の、あるいはご自分の骸をどうなさるおつもりなのですか?」


「そんなものは抜け殻じゃ。あれにアーサーらおらぬ!」


 怒りの咆哮が空気を揺らす。パルミラは今日何度目かわからないが腰を抜かした。しかし俺たちからすれば突風が吹いた程度の感覚でしかない。まあ、常人ではないから無理もないが。


「たしかにいません。ですが、それでも守る意味があります。人間とは醜い存在です。死を悼んで墓を作る者たちがいれば、そこにあるものを盗む不届き者もいます。あまつさえ骸を引きずり出し、弄ぶ輩も。いくら抜け殻とはいえ、そのようなことをされて平気ですか!? 赦せますか!? わたくしにはできません!」


 エキドナは切実に訴える。


「時代が移ろい、存在を忘れ去られた墓が見つかった。そのとき、葬られた当時のままで見つかるのと、盗掘され骸ひとつで見つかるのと、どちらが喜ばしいですか!?」


「それはーー」


「前者に決まっています。幸い、わたくしたちドラゴンには寿命がありません。ゆえに墓の番人として、オリオン様を生涯お守りいたします!」


 エキドナはそう言い切った。あ、愛が重い。というか、そこまで厳重に守らなくてもいいんだが……。って、あれ? もしかしてーー


「ここって、まさかそのアーサーがいるのか?」


「……うむ。遺体はこの下に、埋まっておる。妾たちは共にこの地で果てたのじゃ」


「そうだったのか……」


「エキドナの申す通りじゃな。よし、ではオリオンよ。この地を大きな墓とするのじゃ」


「なぜ俺が!?」


 急に振るな! リアクションに困るから!


「そなたは権力を持っているのだろう? ならばアーサーに相応しい壮麗な墓地を作るのだ!」


「まあそれくらいなら」


 能力を使えばタダで済むし。問題はどのような意匠にするか、ということだ。


「リンドヴルム。アーサーという人物はどういう人なんだ?」


「アーサーは森妖精の初代王じゃ。分裂していた妖精族をまとめ、この郷を妾とともに作り上げた」


 うわ。凄い人だ。


「パルミラ。森妖精の葬儀はどのようにやるんだ?」


「は、はい。死者は古来から荼毘に付し、お骨は森に撒きます。その霊魂は森に宿るとされているので」


「そうなのか……」


 となると霊廟は難しいか。森ひとつを新しく作るというのも手間だし。……ええい、面倒な。こうなりゃウルトラCだ。


「よし、決めた」


 俺は能力を使い、ホールの天井を透かし、日光だけが降り注ぐようにする(雨水は通らない)。そしてホール中央に木を生やした。そこに縄文杉っぽい木だ。下にはアーサーの遺体がくる。周りはアーサーという名前にちなみ、アーサー王伝説の絵画をモチーフにした壁画を描いていく。


「この神木がアーサーの墓標代わりだ。それからパルミラ。これからは森妖精の墓はこのような形態にせよ。初代アーサーに敬意を表してな」


「ふむ。よいではないか。そのようにせよ」


「はい。周知いたします」


 ということになった。俺とリンドヴルムに言われてはパルミラは逆らえない。さて、目的も達したし帰るか。




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