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異世界最強の自宅警備員  作者: 親交の日
第七章 平和へ向けて
94/140

7-12 妖精の使者

今回は【閑話】も同時投稿しております。是非、そちらもご覧ください。

 



 ーーーオリオンーーー


 トドリス率いる大王国軍を壊滅させてからおよそ一ヶ月。俺たちは大王国北部を切り取り、その統治に腐心していた。将来的には役人による統治に移行するが、未だに領域が確定していないのに占領地域へ投資することはできない。そのため貴族領を没収するだけに留め、軍政を敷いていた。

 軍が統治するとなると強権的なイメージが先行しがちだ。否定はしない。だが軍政が強権的なのは占領間もなく、民心が穏やかでないーーあるいは統治に馴染んでいないーーという理由もある。むしろ、その段階で役人を送り込んだところで誰も言うことを聞かず、無法地帯と化すことだろう。

 とはいえ行政事務などは軍に出向している帝国政府の官僚たちが担当する。そのあたりは経験や専門的な知識も必要になるためだ。職業軍人は治安維持などの警察業務が仕事である。

 とはいえまだまだ治安は悪い。各地で所領を没収されたことを不服とする反乱が頻発し、その都度、占領地を巡回する部隊(大隊規模)が鎮圧しているといった状況だ。そして、そこで活躍しているのは少佐以下の若い世代の指揮官たちだった。その筆頭は、喜ばしいことに(?)俺の子どもたち(+カレン)である。

 クレアの子どもであるエドワードは次期パース公爵であり、クレタ島の総督になることが確定している。既にクレアから行政事務を任されているようで、そこで培った経験を遺憾なく発揮していた。頻発する反乱にも的確に対処し、部内からは称賛の声が上がっている。

 オーレリアの娘のメアリーも優秀だ。彼女はどういうわけか軍事方面に天才的な才能を持って産まれてきたが、文官の家の血を引くだけあってそちらも苦にしない万能選手である。反乱を武力で鎮圧する一方、話し合いで解決した事例も何件かあった。その外交手腕は王国時代から働く外務官僚も舌を巻く。

 カレンもまた、ブレストをわずかな期間とはいえ統治していた経験がある。やはり海千山千の官僚たちを唸らせる敏腕ぶりを見せた。

 この三人に代表される優秀な人材の活躍もあり、占領地域の統治はーー反乱は起こるもののーー比較的平穏に進んでいた。想定よりも民衆が馴染むのも早い。そんなとき、カレンからある一報がもたらされるのだった。


 ーーーカレンーーー


 わたしは陛下より第一一二大隊の大隊長に任じられました。任務は占領地域の治安維持です。さらに陛下からご信任を受け、コニンという街の統治責任者となりました。ブレストでの統治を評価してくださった結果だそうです。


『カレン。お前ほど安心して任せられる存在はいない。期待しているぞ』


 出発の直前、陛下がかけてくださった言葉は今も耳に残っています。やる気満々で街へと乗り込んだわたしでしたが、待っていたのは矢の雨でした。反乱です。首謀者はコニンの領主。領地を取り上げられたのが不服のようです。わたしはすぐに鎮圧し、幹部を捕らえました。ひとまず平穏を得たわたしは、早速領内の把握に取りかかります。隠している田畑がないよう徹底的に。それらをまとめ、記録していきます。

 郊外のみならず、街にも変革を起こします。ギルドは廃止。こちらは反乱を主導した幹部がギルドの親方だったので、反抗はあまり強くありませんでした。わたしたちに逆らえばどうなるかーー親方たちが身を以て示してくれましたからね。それでも逆らう人はバカです。

 また、『反乱に協力した可能性がある』という理由で店に立ち入り検査に入ります。そしてわたしたちが来る前の法と照らし合わせ、脱税分を徴収していきます。もちろん反乱に協力したことが明らかになった場合は、それ相応の処罰を与えました。こうして多くの大商人が没落し、代わって政治色の弱い中小の商人が台頭します。いわば、市場を一度リセットしたのです。あとはあまり関わらず、税をとるだけに留めておきます。そうすると彼らは税さえ払えばわたしたちが何も言わないことに気付き積極的に反抗しなくなります。『感情よりも利益を優先する。それが商人だ。だから恐ろしいが、操りやすい』ーーとは陛下のお言葉ですが、実に的を射た表現です。

 法に関しては既に触れたように以前のものを使用しますが、税に関しては帝国のそれを適用します。税の銭納です。そのためにオリオン商会が出店しています。農民が税金として納めていたのは小麦。それを全国一律の値段(公定価格)で買うことが役目です。陛下曰く、『小麦などの農作物は豊作不作で価格に差が出る。地域によって価格が異なると、金額が同じで換金する量が変わってしまう。それは不公平だから、値段を予め定めて税を払うのに必要な作物の量を均一にしてやるんだ』とのことです。これに対してソフィーナ様から『それだとわたしたち(商会)が損するじゃない』とのご指摘がありました。それに陛下は、『多少の損には目を瞑るべきだろう。税は俺たちが贅沢するために集めているんじゃない。人々を救うために集めているんだ』と答えられました。

 帝国貴族の禄は屋敷の維持費を除けばごくわずか。それは公爵家でもあまり変わりません。宮廷費として計上されている金額は式典のための費用、宮殿などの維持費だけ。皇族の方々の生活費は軍や省庁で働いて得たお給料から出ています(例外は皇帝と皇后)。

 この方式では業務が煩雑ですが、逆にいえば多くの雇用を生み出すことになります。最初のうちは貴族の子弟(内乱で没落した貴族を含む)でしたが、帝国の版図が広がった現在は彼らだけではとても賄いきれません。そこで登場したのが、学校を出て貴族レベルの学識を身につけた平民たち。彼らは陛下が始められた学校教育の卒業生たちでした。陛下が打たれた手が、ここにきて効力を発揮しています。陛下は未来予知のお力があるのでしょうか?


「ーー少佐」


「大尉。どうされましたか?」


「お忙しいところ失礼いたします。本日、皇帝陛下への拝謁を望む者たちがやって参りました。つきましては、その判断をしていただきたく」


「どのような者たちなのですか?」


「この近くに住む、妖精族の長だと名乗っております」


「わかりました。陛下に訊ねてみます」


 わたしは手紙を認め、丁度提出するところだった戦闘報告とともに陛下のもとへお送りします。お返事は数日後に届きました。早いです。手紙を見てすぐに返事を書いたのではないでしょうか。早馬を使っていることからしても間違いありません。


「えっ!?」


 開いて読んだわたしはびっくり。それは翌日には陛下御自らやってくるというのです。対応が早すぎる気がしながらも、わたしは急ぎお迎えの準備をするように指示をしました。


 ーーーオリオンーーー


 俺はエキドナに乗り、現地へ急行した。妖精族ーーその名を俺は知っていた。数々の文献でその名は上がるし、なんならそのひとりとも会っている。

 この世界でいう妖精族は、正しくいうと複数の種族の総称である。森妖精エルフ土妖精ドワーフ火妖精サラマンダー水妖精ウィンデーネの四種族の連合体で、自然豊かな山奥で暮らしているという。彼らは揃って長命種であり、様々な技術や知識を持っている。俺は是非とも協力関係を築きたいと思っていた。せっかくの機会であるし、自分から赴いて誠意を見せようというわけだ。本当なら即日行きたいところだったが、どうしてもやらなければならないことがあって、一日空いてしまった。

 コニンでは駐屯する大隊が勢揃いしていた。その数は目算で二百。大隊の定数が五百だから、少し足りない。おそらく治安維持などの理由で出払っているのだろう。


「陛下。お待ちしておりました」


 一団の先頭に立つカレンが出迎えてくれる。


「カレンか。ここは比較的よく治めているようだな」


 俺は挨拶代わりに彼女の統治を褒める。しかし彼女は表情を曇らせた。


「はい。ですがまだまだ反抗する者たちは多く……」


「新たな支配者に対して馴染まない輩は必ずいるものだ。仕方がない。だが、反抗しない無辜の民が迷惑するようなことはあってはならない。そうならないよう、根気強く治めよ」


「はい」


 民のために頑張れと激励すると、カレンの表情も少しく晴れた。


「ところで、妖精族はどこに?」


「はい。彼らには旧領主邸に泊まってもらっています。これからそちらに向かいます」


「案内してくれ」


「では馬車で向かいましょう」


 カレンが用意した馬車に乗り、旧領主邸へ向かう。周囲は数十名の兵士がガチガチに固られ、さらに先行して人払いを行なっている兵士もいた。帝国本国ではまずありえない光景だ。


「陛下。くれぐれも窓を開けないでください」


「ああ」


 ついでに窓を開けることも禁止されている。遠くから矢で狙撃されるかもしれないからだ。


「ところで師匠シルヴィアはご一緒ではないのですか?」


 道中、カレンが訊ねてきた。彼女のなかでは俺とシルヴィはセットになっているらしい。俺は嘆息してから答えた。


「シルヴィは留守番だ。別にいつも一緒にいるわけじゃないからな」


 一緒にいることが多いのは認めるが、だからといって俺の行くところすべてにいるわけではない。そもそも、シルヴィにだって自分の仕事がある。それはどの妻も同じだ。しかし彼女はそれらをいつも真っ先に片づけ、俺の側に侍っている。それだけだ。どうも商人時代に護衛をしていた感覚が抜けないらしい。ただ今回は軍務であり、王国のときのように安定していないからその場を離れられないだけである。


「そうなのですか。残念です」


 晴れていた顔が再び曇った。なんだか申し訳ないーーあ、忘れてた。


「カレン。シルヴィはこられなかったが、代わりに手紙を預かっているぞ」


 そう言って俺は手紙を渡した。これはシルヴィが出発の間際に渡してくれたものだ。カレンに届けてくれと。手紙を熟読したカレンは顔を綻ばせた。内容が気になった俺は彼女に何が書かれていたのか訊ねる。


「何て書いてあったんだ?」


「『私は行けないので、オリオン様の護衛はあなたにお任せします』と。陛下、愛されていますね」


「あいつ……」


 やっぱり護衛としての意識が抜けていないようだ。


「護衛はしっかり勤め上げますのでご安心ください、陛下。ーーと、着きました」


 馬車が止まり、扉が御者によって開けられた。俺は馬車から下りる。そのとき。


 ーーバシッ!


 薪を割ったような音がした。何事かと目を向けると、抜剣したカレンが残心をしているところだった。足元には折れた矢。……危ねえ。まったく警戒してなかった。そんなアクシデントに、周囲はにわかに騒がしくなった。


「下手人はあそこよ! 捕らえなさい!」


「お前たち、行くぞ!」


「「「応ッ!」」」


 護衛の兵士たちが捕縛へ動いた。フードを被った下手人を追いかける。俺がその様子を見ていると、カレンが近づいてきた。


「陛下。お怪我は?」


「ない。すまないな、カレン」


「いえ。それよりも陛下に弓引く下手人を野放しにしていたこと、死んでも償いきれません。どうか如何様にもご処分ください」


「その件は護衛の任をまっとうしたことで不問とする」


「ありがとうございます」


 暗殺未遂というアクシデントがあり、会談は中止にするかも検討された。だが俺は関係ないと一蹴。すぐさま会談を行った。場所は旧領主邸の応接室。金や宝石が各所に散りばめられている。とても豪華だ。あまり趣味には合わないな。皇城も対外向けの区画は同様に豪華だが、普段生活している区画は質素である。金や銀、宝石などはまず見られない。

 部屋で待っていたのは四人の男女だった。緑髪碧眼笹葉耳(ただしまな板)の美女、樽に手足がついたようなヒゲもじゃのおっさん、水色の髪にカサゴのヒレのような形の耳をした美女、髪も目も服も赤い暑苦しいイケメンーーの四人である。俺が入ると四人は緩慢な動作で立ち上がった。


「遅れて申し訳ない。少々いざこざがあったものでな」


「お気になさらず。それよりも遠路はるばる皇帝陛下御自ら足をお運びくださったこと、感謝申し上げますわ」


 俺の謝罪に、四人を代表して森妖精の美女が返答した。挨拶を終えると、俺たちは座って自己紹介を始める。


「朕は竜帝国皇帝、オリオン・ブルーブリッジである。隣は竜帝国陸軍少佐、カレン・アクロイドだ。この街を治めているため同席させた」


 俺の紹介に、カレンは黙礼した。内輪ならルーズな関係のままで問題ないが、こうした公の場では立場を弁えた行動をとらなくてはならない。今回だと、俺は国家元首。妖精族の四人も国家元首に準じる存在と見ていいだろう。対してカレンは一介の少佐。街を治めていても、国と国との関係に口を挟むことは許されない。


「わたくしはパルミラ。森妖精族の族長であり、妖精女王の称号を得ていますわ」


「ワシはヴェルンド。土妖精族の族長だ。ヴェルンドというのは、種族で最も腕のいい鍛冶師に贈られる名のことだ。ワシで七代目になる」


「アタシはセリーオラ。水妖精族の族長をやってる。水に関わることなら何でもお任せさ」


「オレはジルベルト・アンドリア。火妖精族の族長。戦いには自信があるぜ」


 四人の挨拶が終わったが、驚いた。まさか族長自らやってくるとは思いもしなかったからだ。せいぜいその一族くらいだろうと思ってはいたが……。


「これは族長方。此度はどのようなご用件かな?」


「本日は陛下にお願いがあって参りました。どうか、わたくしたちを帝国にお迎えください。わたくしたちはこれまで大王国に味方してきました。大王国を建てたユーリスとは盟友。そのよしみで付き合ってきましたが、最近は高圧的な態度が目立つようになってきて、付き合いきれないと感じたのです」


「なるほど。こちらとしてもそれは望むところです」


 大王国というのは、実は小国の連合体である。王の王ということで『大王』を名乗っているにすぎない。貴族たちも、先祖は王と名乗っていたのである。領域も、元は都市国家が乱立していた場所だ。

 それらを統一したのが初代大王のユーリス・ナッシュ。彼は有能な臣下を従え、勇猛なナッシュ兵たちを率いて大王国を建国したーーと伝えられているが、実はもうひとつ大事な要素がある。それが妖精族との同盟だ。これがなくては、ユーリスは大王国を建国できなかっただろう。なぜなら彼も彼の部下も、そして精鋭と呼ばれたナッシュ兵も、すべて土妖精が鍛えた武器や防具を使っていた。戦争の帰趨を決める戦いには火妖精の傭兵が参加していた。開墾には森妖精が、治水には水妖精がそれぞれ知恵を出していた。つまりは、ユーリスの覇業は妖精族ありきなのである。それを彼自身がよく理解し、妖精族の領域は保存して丁重に扱ってきた。ところが時が流れ、そういった経緯が忘れられると蔑ろにされるようになったのだろう。

 まあ何にせよ、妖精族を迎え入れることに変わりはない。ただし、


「いくつか条件をつけさせてもらっても?」


「……ええ。お願いしているのはこちらなのですから」


 パルミラーー妖精女王というからには妖精族全体の意思決定も行えるのだろうーーは頷いた。ただ、その表情は苦々しい。彼らは総じてプライドが高いそうだからな。条件をつけられるのが屈辱的なのだろう。とはいえ、彼らを無視するわけにはいかない。ある程度の枷を嵌める必要がある。


「条件としては帝国の州のひとつになること。それに付属して外交権の没収、帝国法の優越、独立の禁止、独自通貨の禁止ーーといったところか」


「それは呑めん!」


 勢いよく立ち上がったのはヴェルンド。セリーオラ、ジルベルトも厳しい目を向けている。パルミラは黙したままだ。俺は訳がわからない、とばかりに首をかしげる。それに憤ったのがヴェルンドだった。


「ふざけるな! ワシらに従属しろというのか!?」


「有り体に言えばそういうことだ」


 それは明らかなので、俺は取り繕うことなく肯定した。


「オレたちを甘く見てるんじゃないのか?」


 ジルベルトがややドスのきいた声で訊ねてくる。俺は肩をすくめて見せた。


「まさか。妖精族の力を甘く見てなどいない。むしろ、そちらが甘く見ているのではないのか?」


 そして挑発的に返答する。場の空気は一気に剣呑なものへと変わった。空気が張り詰めたところで、俺は不意に笑顔を作る。


「まあ急な話でもあるし、少し時間を置こう。もう昼の時間だ。それが終わってからまた話し合うということで」


「そうですね」


 黙考していたパルミラが同意し、いったん食事休憩を挟むこととなった。さて、その間に色々と準備するか。


 ーーーーーー


 食事は応接室ではなくダイニングで行われる。出されるのは軍隊食が基本だが、今回は来客がいるということで特別に料理が提供された。メニューはスパゲッティである。味はミートスパかカルボナーラ。王道といえば王道だ。

 食事の形態としてはビジネスランチに近い。欧米では仕事を食事や私生活には持ち込まない。会議室で口角泡を飛ばしていた者同士も、いざ食事が始まれば和やかに会話するーーそれが普通だ。俺もそれに倣ってケロリとした顔で食事をし、積極的に話をした。……もっとも、妖精族の方は気が立っていたが。


「ふん。この食器はなんと質が悪いのか。鉄が泣いておるわ」


 ヴェルンドがやれやれとため息をつく。高い技術を持つ土妖精的には粗悪な品が許せなかったのだろう。とはいえ、それは数打ちの安物。帝国軍が使う武器を賄うため、熟練の鍛冶師は忙殺されている。結果、民生品は未熟な職人が担当することになり、質が落ちる。こればかりは無理からぬことだ。しかし、その状況も長くは続かないだろう。ギルドを解散したことにより、これまで弟子身分に留まっていた親方クラスの人材が現れるだろうからだ。


「この食材、森妖精たちのものよりも美味しくないね。青くさい」


 セリーオラもご不満である。それ、この付近の農民が作ったものだからね? さすがにクール便はできなかったため、帝国から運べるのは保存食に限られる。俺の能力やエキドナを使えば生鮮食品を運べるが、そこまですることはない。地産地消ともいうし。


「美味いな! これが森妖精たちの食材ならいいのにーーおかわり!」


 ジルベルトはそんなことを言いながらガツガツと食べていた。どっちなんだよ。

 パルミラは何もコメントすることなく黙々と食べ進めていた。残念ながら美味しいもので懐柔作戦は失敗したようである。

 会談の続きは食後の休憩を挟んでから、ということになった。一時間の間に用意が整ったことを確認する。そして俺は会談場所であるテラスへ向かった。ここからは中庭がよく見える。


「陰鬱な話になりそうだったので、場所を変えさせてもらった。いい場所だろう?」


「はい。木や風が心地いいです。水も清く、いい場所ですね」


 パルミラはそのように評した。さすがは森妖精といったところか。そんな会話の後、会談は再開された。


「では話し合いに戻ろうか。はて。どこまで話したか……」


「惚けるな。覚えておるくせに。いいか。ワシらは従属しない。それは変わらん」


 ヴェルンドはあくまでも頑なな姿勢を崩さない。俺は首肯した。


「それはわかっている。……だが、朕としては国内に独立勢力があることは容認できない。そもそも大王国と轡を並べられないから帝国の庇護を得ようとしているのに、こちらの要求が一切通らないのでは話にならない」


「どうしてだい? アタシたちが敵対しない、ってだけでもそちらからすれば美味しい話じゃないか」


「……あまり甘く見るな。それはこの戦争だけの話だ。長期的に見れば妖精族ーーとは限らないが、ともかく独立勢力は敵となり得る可能性がある。外交権その他を除いた自治を認める、というのが最低ラインだ」


「オレたちもバカにされたもんだぜ」


「そちらも、こちらを過小評価しすぎだ」


 売り言葉に買い言葉。両者譲らず、元の険悪な雰囲気に戻った。……結局、話し合いで解決はできなかったか。仕方ない。俺は仕掛けの発動のため、後ろ手に合図を出した。


「主様」


「エキドナか」


 テラスへエキドナが入ってきた。パルミラたちは冷静さを装いながらも、驚きに目を見開く。彼女の名は俺の名とともに知れ渡っている。その正体がドラゴンだということも。

 ドラゴンの恐ろしさはよく伝わっているが、実際にどうかというとーー微妙なところだ。というのも、ドラゴンは気配を隠すことに長けている。彼らは何も食べずに生きていけるが、動物を食べることもあった。たまには美味しいものを食べたい、という生物として至極当然の欲求だ。ところがいつものように気配をバンバン垂れ流していると、獲物たちは萎縮して逃げてしまう。そのことに気づいたドラゴンたちは巧みに気配を絶つようになった。これにより獲物が獲れるようになったのだという。だから、普段のドラゴンは物語で語られるような威厳たっぷり、目の前にしたら絶望を味わうことのできる存在だが、一度気配を絶てばその存在に気づかないレベルになる。山などでドラゴンが気配を絶つと、周りに動物が寄ってくるらしい。そのなかから一番美味しそうなものをパクリーーというのがドラゴンの狩りなのだそうだ。

 そして現在。エキドナは気配を絶った状態である。パルミラたちはドラゴンらしくないエキドナに驚いていた。そうして気が緩んだところで、俺は見えないところで合図を出した。直後、エキドナは気配解放。


 ーーゾワリ


 恐怖という名の絶対零度の冷気が場を吹き抜ける。ガタガタ、とパルミラたちは一斉に椅子から転げ落ちた。


「あ、ああ……」


 言語能力まで奪い去る、恐ろしさ。彼らは骨身に沁みたことだろう。


「エキドナ」


「はい。主様」


 俺がひと言かけるだけで、エキドナはあっさりと気配を絶った。パルミラたちはよろよろと立ち上がる。俺は悠然と座ったまま、彼らに問いかける。


「さて。エキドナだけでもこの有様だが、そんなことでドラゴンの軍団に勝てるのか?」


「「「「……」」」」


 誰も答えない。無視は悲しいな。なら答えられるようにしてやろう。俺は再び合図を出す。エキドナが気配を解放。パルミラたちは再び腰を抜かす。今度は俺が言うまでもなく気配を絶った。だが、パルミラたちは立つことができない。なぜなら、エキドナのそれよりもはるかに濃密な気配が彼らを襲っていたからだ。その正体はーー俺は口にせず、黙ってテラスの先の空を指さした。パルミラたちは辛うじて動く頭を、俺の仕草につられてそちらへ向ける。そして絶望を知った。

 空が曇る。原因は雲ではない。ドラゴンだ。いつぞやのように千を超す数のドラゴンが大挙して襲来したのである。先頭を飛ぶのは勿論、竜王ファフニール。ドラゴンたちは大空を悠然と飛び、コニンの上空をグルリと旋回した。四体で一個の編隊を組んでおり、統制が効いていることが一目でわかる。そのなかからファフニールと、その横を飛ぶ小さなドラゴンとが出てきた。二体はテラスから見える中庭にふわりと着地した。


『父上! 母上!』


 小さなドラゴンは嬉しそうに言う。この小さなドラゴンの名前はジーク(正しくはジークフリート)。俺とエキドナの間に産まれた子どもである。もうひとりフレイ(正しくはフレースヴェルグ)という女の子もいる。こちらはまだ幼い。二人とも人とドラゴンのどちらにもなれる。今は修行と称してドラゴンの里に送り込んでいた。さすがにドラゴンの修行を帝都でやられては困るからな。

 ジークは光に覆われたかと思うと、次の瞬間には小さな子どもになっていた。そして一目散に駆け寄ってくる。近衛たちが屋敷に迎え入れようとしたーーバルコニーは二階にあるーーが、甘い。ジークはドラゴンの子である。身体能力は他の子と比較にならないほど高いのだ。

 右足を蹴り、ピョンと跳躍。空中で身体を一回転させてスタッ、と着地。……満点! そう言いたくなってしまう。それくらい惚れ惚れとする動きだった。


「父上! 母上!」


 ジークはそう言って俺とエキドナをその小さな腕をいっぱいに広げて抱きしめる。俺は頭を軽く撫でてやり、それから言葉をかける。


「久しぶりだな、ジーク。だけどその前にお客さん」


「あ……。失礼しました。ぼくはジークフリート・D・ブルーブリッジ。父帝オリオンとエキドナの息子です」


 ペコリと挨拶。うん。可愛い。


「ど、どうも……」


 パルミラが引き攣った声で返した。無理もない。未だにファフニールの気配は残っているのだから。彼のそれはエキドナが可愛く思えるほど濃密だ。命の危険をバンバン感じる。帝国兵たちはエキドナで比較的慣れてはいるが、それでも少し距離をとっている。仕方ない。

 これでいいですか、とジークが目で訊いてくる。俺が頷くと、彼はエキドナに張りついた。彼女もこらこら、と言いつつ抱きしめ返す。言動が一致していない……。


「さて。待たせて悪いな、竜王」


「皇帝オリオン。ジークは強いのぉ。あと数年すれば、ドラゴンでもトップクラスの実力になろう」


「……」


 出会った当初の威厳はどこへやら。すっかり好々爺になってしまったファフニール。孫ができるとあんな感じになるのか? エドワードやウィリアムもそろそろ結婚する年齢だし、俺も将来ああなるのかな? というのが俺の最近の悩みだ。


「あと我も引退だな。あと百年もすれば勝てなくなる」


「俺生きてないぞ」


 多分。ちなみにその後、ジークは本当にファフニールを凌駕する強大なドラゴンへと成長する。祖父のように独裁体制を敷くかに思われたが、そこに彗星のごとく強力なライバルが登場した。妹のフレイである。自分と同じくらいの力を持つ相手がいるため好き勝手することは出来ず、二頭体制になるのだがーーそれはまた別の話だ。


「ーーさて」


 瞬間、ファフニールが纏う空気が変わった。ホワホワとした好々爺のものから、鋭敏な竜王のそれへ。


「妖精よ。分を弁えず、過去の栄光に縋る愚かな者たちよ。我はオリオンの友であり、また義父でもある。今回の事の次第は聞いている。随分と虫のいい話をしているようだが、それはいささか望みすぎであろう。ゆえに我はオリオンに味方する。そなたらの郷を焼き払えと言われれば、喜んで焼き払おう。もちろん、ドラゴンの総力を以ってな」


 いや、そんなこと頼むつもりはないーー黙ってろって? はいはい。ファフニールに睨まれた俺は大人しく引き下がった。


「ここで呑んでおいた方がよいぞ。後々はドラゴンの指揮をとるのはこのジークだろう。オリオンの子息ーーつまり、皇帝との繋がりが強い。我よりも容赦はないぞ。それでもいいのか?」


「「「……」」」


 妖精族三人は黙る。しかしここで我慢ならない者がいた。ジルベルトである。


「なんだよそれ!? 結局はドラゴンの力でオレたちに服従を求めているだけじゃないか!」


 そのように喚き散らす。


「黙りなさい」


 ジルベルトを止めたのはエキドナの冷ややかな声だった。


「主様はわたくしたちを統べるお方。わたくしたちが行くのは、主様がわざわざ出向く必要もないからです。主様がその気になれば、あなたがたの郷などいつでも滅ぼせます。にもかかわらず、主様はわざわざ話し合いで解決なさろうとしているのです。主人様の行いはいわば、雑草に切られたくなければそこをどけ、と言っているようなものなのですよ?」


 例えば微妙だが、言わんとしていることは十分伝わった。そして郷を殲滅できるか否かという問いにはイエスと答えておこう。だって色々知ってるし。大量殺戮の方法。例えば絨毯爆撃とか、生物兵器とか、核兵器とか。すべて実現可能である。能力がある限り。


「こんな奴!」


「「「ジルベルト!?」」」


 とここで緊急事態。逆上したジルベルトが俺に襲いかかってきた。マジか。自殺行為? 俺に手を出せば黙っていない人物に心当たりがある。迎撃したいところだが、生憎と俺は白兵戦が一番苦手なのだ。武器もないし。さて、どうしたものかなーーと考える間もなく解決された。横に侍るカレンが割り込み、背負い投げで制圧した。


「ぐっ……」


 ジルベルトは痛みに呻く。カレンは彼には目もくれず、俺を見ていた。


「しばらく拘束しておけ」


 とだけ言い、目をパルミラたちに向ける。


「で、この始末はどうつけるのかな?」


 あくまで笑顔で、しかし威圧感を込めて彼らを睨む。またしても彼らは黙り込んだ。しかし、俺に危害を加えようとした責任からは免れられない。思いがけず決定的な案件ができてしまったが、折角用意したものが無駄になるのはもったいない。というわけで追い討ちをかける。


「ところで今朝、朕は襲撃を受けたのだが、その下手人が捕まった」


 ピクッと反応したのはパルミラ。俺は心の中で笑みを浮かべる。そして今日、彼女が大人しかった理由も理解した。彼女はこの件を知っていたのだろう。少なくとも、俺が暗殺を仕掛けられることは知っていたはずだ。


「その下手人は森妖精だった」


 もったいぶらずに言う。瞬間、妖精族たちの目がパルミラに向いた。


「まさか、皇帝の暗殺を!?」


「話し合いで解決しようと言ったのはあなたじゃない!」


「ち、違います! わたくしに陛下を害する意思はなかったのです! ただ、部下たちの暴走を止められず……」


 後半になるにつれて言葉は尻すぼみになった。しかし問題はそこではない。


「さて。どう責任をとるのだ?」


 俺は詰め寄る。ここで決着をつけるのだ。賠償の代わりに先程の条件を呑ませる。


「部下の不始末は上司の不始末。それ相応の賠償を求めたいところだが、不問に付すのもやぶさかではない」


「……パルミラ。あんたーー」


「ダメじゃ。こうなれば諸共ーー」


「アタシはご免だね。勝手に死にな、土民」


「なんじゃと!? 住処の定まらぬ流民風情が……!」


 ついにはセリーオラ、ヴェルンドまで喧嘩を始めた。妖精族は完全に割れてしまっている。連携も難しいだろう。だからこそーー


「…………わかりました。先の条件を呑みます」


「よろしい。では調印に移ろうか」


 こうして妖精族は帝国の支配下に入ることになった。森妖精族の短慮によって、対等の同盟から従属同盟へと形式が変わってしまう悲劇はあったが。

 俺は早速、彼らの郷を見物することにした。妖精郷だ。興味がそそられる。俺はある人物を呼び寄せ、その到着を待ってからパルミラたちの帰郷に同行する形で郷を訪ねた。




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