【閑話】バスチーユ鉱山襲撃事件
今回は12話も同時投稿しております。是非、そちらもご覧ください。
【閑話】とありますが、ほぼ本編と考えてください。
ーーーマクドネル伯爵ーーー
「閣下。連絡です」
配下の密偵が書簡を持ってきた。ワタシはそれを一読し、すぐさま暖炉の中へ投げ入れた。
「返事を書く。少し待て」
ワタシは机から紙とペンを出し、返事を認める。
書簡にあったのはダン殿下の居場所。彼は帝都近郊のバスチーユ鉱山で労働させられているそうだ。他にレナードの居場所も書かれてあったが、興味はない。奴は財産があってはじめて価値が生まれるのであって、それがなければただの下等な平民だ。
ワタシが反乱計画に参加したのは、大王国の密偵だと名乗る男に誘われたからだ。奴はこう言ってきた。
『閣下ほどのお方が伯爵程度の地位に甘んじているなど考えられません』
と。その後、反乱計画への賛同を求められ、その暁には侯爵位を授与すると言われた。さらに周りの貴族を引き込めば、王女の降嫁もあるという。ワタシはすぐに乗った。求めてやまないものをすべて提示されたのだから。これに乗らない手はなかった。
もちろんワタシもバカではない。誘いに乗ったのは勝算があったからだ。皇帝はワタシたち貴族の力を舐めている。マクドネル家のように古くから続く貴族がどれだけ強固な地盤を持っているのかということも。あのガキは軍権を取り上げてしまえば何もできないと思っているのかもしれないが、それは甘い。何代にもわたる貴族家がその地域にどれだけ浸透しているのかーーひと声かければ兵が千や二千は集まるだろう。実際、旧領の指導者たちに手紙を送れば色よい返事が届いている。反乱は成功するだろう。
素直に娘をワタシに嫁がせればよかったものを。所詮は下等な平民だったということだな。少しばかり才能があって成り上がったが、真の実力がなければこんなものよ。ああ、そうだ。せっかくだから配置を二手に分けよう。鉱山を襲撃する組と、皇城を襲撃する組とに。後者はワタシの軍だけだ。ダン殿下を救出してフィラノ王国を再興し、その褒美として皇女をすべて我が物に。幸い、あの一族は見た目だけはいいからな。たっぷり可愛がってやるとしよう。
ーーーウィリアムーーー
「隊長。ご報告いたします」
「帰ったか」
執務室で仕事をしていると、隊員が報告に現れた。俺は仕事の手を止めて話を聞く。
「マクドネルが企てている反乱計画の内容が明らかになりました。これがそれを記した書簡です」
決行は一ヶ月後。部隊を二手に分け、一方はバスチーユ鉱山で服役中のダンを解放。もう一方は皇城を占拠して皇族を捕らえるーーねぇ。
「他に何か?」
「殿下方を捕らえて辱めてやる、とも」
「へえ」
イラッとした。直接的に聞くのはこれが初めてだけど、父上はこれを何度も聞いてきたんだよな。あれほど怒るのも無理はない。俺も同じくらいムカついたし。
「よし。警備にあたる近衛には事前に伝えておくように。特殊戦闘隊は郊外のバスチーユ鉱山を囲め。ただ、一個隊(七五名)が外れているから、足りなければ密かに付近の部隊から応援を呼ぶように。くれぐれも悟られるな」
「承知しました」
隊員は俺の指示を伝えるべく退出した。
「それにしても……」
俺は隊舎の窓から外を見た。大通りには人垣が出来ていて、輪の中心では大道芸人が芸を披露していた。戯けた動きを見せ、観衆の笑いを誘っている。その姿はまさしく道化だ。大道芸人とマクドネル伯爵の姿が、俺にはピッタリ重なって見えた。
彼を踊らせているのは父上だ。そもそもこの反乱計画を考えたのは父上なのだから。父上の命で帝国の諜報組織が動き、国内の反乱分子を取りまとめた。彼らのやりとりは黒幕という名の政府がすべて仲介している。それに気づかず、成功した気になっているのだ。道化という言葉以外に当てはまる表現がない。
「つまんないなあ……」
マクドネル伯爵の件は頭から締め出し、意識を姉弟たちに向ける。エリ姉さんやエドたちは父上と一緒に大王国へ攻め込んでいた。対して俺は留守番だ。父上からは『三世皇帝なんだから内政もできないといけないだろ』と言われたが、エリ姉さんだってそうじゃないか! 不公平だよ。前へ出て戦うのは向いてないけど、こんな平穏な日々が続くとつまらない。
「いいなあ……」
戦っている姉弟たちが羨ましい。
ーーーーーー
変わり映えしない日常を過ごしていると、気づけば反乱決行の当日になっていた。俺は念入りに配置を確認する。つまらないが、だからといって適当にやっていいわけではない。
「敵の動きは?」
「傭兵を名乗る武装組織が相次いで帝都の宿泊施設に滞在しているようです」
「バカか? 帝国では傭兵を禁止している。他国にもその話は広まって、最近はほとんどいなくなったというのに」
「本人たちは『王国へ行くために立ち寄った』と言っているようです」
「理由になってないな。大王国から王国へ通じる街道は帝都ではなく旧王都を通っている。それに周辺国と戦争中の今は他国から往来できるのは軍だけだ。にもかかわらず大っぴらに武装して動いているなど、帝国の人間だと主張しているようなものじゃないか」
あまりに杜撰だ。これならこちらが主導しなくとも勝手に情報が漏れてきただろう。
「隊長。敵が動き始めました。目標はバスチーユ鉱山の模様」
「目標を絞った?」
「というより、数が集まらずにやむなくといった様子です。目論見では数千になるはずでしたが、実際には百名ほどしか集まりませんでした」
「なるほど。その数では鉱山を占拠できるかすらも怪しいな。なら鉱山に集中するのも当然か」
とはいえ、今回の父上の目的は国内の反乱分子を一掃すること。具体的にはダンを死刑にすることだ。すると残る旧フィラノ王国の関係者は元国王であるお爺様、アリスお母様、カールおじ様、レオノールお母様、アダルバート元公王と、お母様たちから産まれた子どもたち。それと、大王国のレイチェル妃とその子どもたちか。大王国は潰すからよし。お爺様やカールおじ様には法律を言い訳にすると言われていた。アダルバート元公王も、敵の恩赦の一環として既にこちら側に引き込んである。問題はない。
刑法では『死刑相当の罪で服役しながら脱走を企てた者は死刑』と定められている。これを適用しての処罰を狙っていた。反乱軍蜂起の日は偶然、人が少なくなっている。だから仕方なく監視部隊は撤退し、たまたま近くにいた味方に救援を求めるーーという筋書きである。
「では賊を討伐に向かうぞ。留守部隊は予定に従い、反乱分子の屋敷を占拠せよ。徒らに暴力行為を働かないよう、改めて各隊に徹底するように」
「「「はっ!」」」
俺は部隊に出動を命じた。同時に帝都編制の第一近衛連隊の留守部隊に協力を要請しーー父上から事前に話が通っていたーー反乱に参加した貴族の屋敷を押さえてもらう。他に何か隠しているかもしれないから、念のために。
ーーーマクドネル伯爵ーーー
クソッ! 下民どもめ! 悉くワタシを裏切ってからに!
「行けーッ! ダン殿下を解放し、悪のオリオン帝を滅ぼすのだッ!」
「閣下! 落ち着いてください!」
「黙れッ! ワタシに意見するのか、卑しい下民め! ーーわかったぞ。お前、内通者だな!?」
「え!? いえ、違います!」
「黙れ、黙れ、黙れーッ!」
「ぎゃっ!」
ワタシは内通者を斬った。まったく。こういう輩がいるから計画に誤算が生じるのだ。
「……おい。逃げようぜ」
「ああ。もう着いていけねえよ」
「だな」
「おいコラ! 逃げるな!」
「「「ヒイィ!」」」
ワタシは逃げる兵士を追いかけ回し、片っ端から斬っていく。
「閣下! お止めください!」
「ただえさえ少ない味方が減ってしまいます!」
「ワタシに楯突くな!」
「閣下。そんなことよりもバスチーユ鉱山が見えてきましたよ」
「あれか。よし、行け!」
ワタシの命令に従って兵たちが鉱山に攻めかかる。抵抗はまったくなく、簡単に占拠できた。
「ダン殿下! ダン殿下はいずこに?」
「ここだ! オレはここだ!」
「おお、殿下。よくぞご無事で」
「遅いぞ、マクドネル」
「申し訳ございません」
救出が遅いことを詰られたが、ワタシは我慢して耐えた。上手く旗頭になってもらわねば困るからだ。
「ははは。そなたのような憂国の士が現れるのを待っておったぞ。どれだけ集まった?」
「百ほどですが、殿下がお立ちになられたことを知れば数万となりましょう」
「そうかそうか。それほどオレの威光は轟いておるか」
ダン殿下は満足そうに笑う。そうだ。機嫌よくいてくれ。ワタシたちに担がれていろ。
「閣下。鉱山の受刑者は我々に味方するそうです」
「そうか。ならばここにある採掘用の道具で武装させろ」
戦力が増えるのは歓迎するが、受刑者はいつ裏切るかわからない。まともな武器を渡してやる義理はない。
「閣下! 大変です!」
そのとき、ひとりの男が飛び込んできた。よく見ればワタシの領地で鍛冶ギルドのマスターをやっていた者だ。
「どうした? そんなに慌てて」
「こ、鉱山が包囲されています! 我々は嵌められた模様!」
「「なんだとっ!?」」
殿下とワタシの声が重なった。
ーーーウィリアムーーー
反乱軍はバスチーユ鉱山に閉じ込めた。囲むのは特殊戦闘隊と近衛第一連隊の留守部隊。帝国でも精強な部隊だ。それらが鉱山の出入り口にバリケードを張り、待ち構えている。蟻一匹逃さない態勢だ。
「各隊の展開が完了しました」
「よし。では特戦隊は前進。反乱軍に占拠されたバスチーユ鉱山を奪回する!」
かくして攻撃は開始された。攻めかかり、反乱軍を追い立てる。受刑者が逃げてこないあたり、彼らは反乱軍に与したものと思われる。バスチーユ鉱山にいた受刑者はおよそ五百。反乱軍の規模は今現在およそ六百ということになる。対するこちらは特殊戦闘隊が二二五名、近衛第一連隊の留守部隊が五百名。総数にして七百強だ。かつ、攻撃を担当するのは特戦隊のみ。練度の差を考慮しても油断はできない。もちろん隊員たちはそれを重々承知していた。必然、歩みは慎重なものになる。
「いいか。焦らず、前に出すぎるな」
「わかってますよ、隊長。ーーよっと」
俺がしつこく注意する間にも戦闘は進む。隊員のひとりが気安く答えながらも敵を正確に射抜き、動揺したところを忍び寄った隊員が斬り伏せた。精鋭揃いの特戦隊のなかでも俺が率いる本部部隊は別格だ。超人の集まりといっていい。これくらいはできて当たり前だった。
「第一区、クリア」
「よし。このまま第二区へ進む」
「坑道はどうします?」
「もちろん封鎖する。留守部隊から人員を派遣してもらえ」
伏兵がいたら大変だからな。それは他から侵攻する隊長たちにも言ってある。そんなわけで、攻略はスローペースで進んでいった。石橋を叩いて叩いて叩きまくってからようやく渡る、といった調子だ。休憩も少し多いくらいに小まめに入れている。そんな地道な作業を続けること数時間。俺たちはようやく反乱軍の首謀者がいると見られる鉱山中央の事務所までやってきた。
「降伏せよ。さもなくば実力行使も辞さない」
「黙れ! 簒奪者の子ども風情が、フィラノ王国の正統なる後継者であるオレに指図するな!」
見たことない痩せこけた青年ーー口ぶりからしておそらくダンーーが降伏勧告に対してそう応えた。何を言うかと思えば……。父上はアリスお母様と結婚し、ルドルフお爺様の内諾を得た上で帝国を建国したのだ。非難されるいわれはない。むしろお爺様のご意思に反して王位を主張して国内を混乱に陥れたダンこそ非難されるべきだろう。とはいえ、そんなことを言っても今さら何の解決にもならない。主張を曲げることもないだろうし。
「生死は問わない。安全確実に制圧せよ」
「あれだ! あれが皇帝の息子だ! 奴を討ち取れ!」
戦闘に突入する。今回は奇襲ではなく、正面からの激突になった。敵味方ともに弓を射かけ、魔法を撃つ。仕方のないことだが、少なからず被害を受ける。
「ぐっ!」
「大丈夫か?」
「はい。申し訳ありません、下がります」
見たところ大事には至っていないようだが、心配だ。こんな下らない戦いで命を落としてほしくない。
「撃て! 撃て! 撃てーッ!」
ひたすら矢を射かける。魔法を撃ち込む。弓の装備数も、魔法使いの数もこちらが上だ。物量で制圧する。敵はたまらず盾を構え、防御魔法を使う。だが、
「させるか!」
俺は魔法でそれらを吹き飛ばす。父上の影響なのか、皇族の子女は魔法に高い適性がある。ひとりひとりが各国で精鋭といわれるだけのポテンシャルを持っているのだ。それが十数人。もちろん今後も増えていくだろう。他国からすれば脅威でしかない。
防御を許されず、敵の数は着実に減っていく。
「クソッ! 突撃だ! 斬り込め!」
マクドネル伯爵が攻撃を指示するがーーその判断は遅きに失した。戦闘が始まった直後ならまだ多少の損害を与えることはできたかもしれない。だが数を減らした現在では、ただの蛮勇でしかなかった。防御を捨てて我武者羅に突っ込んでくるため、敵はバタバタと倒れる。先ほどの倍以上のスピードで数を減らしていた。戦闘の終息は意外に早かった。敵は十数人しか残っていない。ダンとマクドネル伯爵、そして十人余りの反乱軍。
「もう一度訊く。降伏せよ」
「……命は保証するのか?」
「私刑にはせず、法によって裁くことを約束しよう」
「殿下! 騙されてはなりません! 簒奪者の言うことを間に受けるのですか!?」
「そ、そうだな」
ダンは流された。まあ、どの道死刑確定なんだが。
「お、オラたちは降伏します!」
「許してくだせえ!」
「お前たち、裏切るのか!?」
ダンが吼えるも彼らは耳を貸さない。
「貴様ら!」
「制圧!」
激昂したマクドネル伯爵が剣を振り上げた瞬間、隊員たちが矢を射った。それらはダンとマクドネル伯爵の肩や足に命中。動けなくする。駆け寄った隊員によって二人は捕縛された。
「よし。後始末にかかれ」
倒した敵の中から負傷者を見つけ出して救護する。また数日かけて坑道内を捜索。生き残りがいないかを探した。その間に他所から受刑者を手配する。鉱山労働の代わりに刑期半減を持ち出すと、かなりの応募があった。そうやって人員を補充し、反乱の後始末が終わると、鉱山はすぐさま操業を再開した。
なお、反乱に参加した者はすぐさま司法府に引き渡され、入所理由を加味した上で二つの道を辿ることになった。初犯の者は三審制の裁判にかけられて量刑が決まる。今回は国家反逆罪、皇室汚損罪が適用されるため、全員が死刑相当の無期懲役となった。 マクドネル伯爵は無期懲役である。
再犯者は、死刑か否かを決める一回限りの裁判にかけられる。そしてダンは予定通り死刑となった。本人はマクドネル伯爵に無理矢理参加させられただけだと主張していたが、多くの人々が進んで参加していたと証言した。死刑は免れないだろう。断頭台で発した最後の言葉は『約束と違う』だった。別に俺は命の保証をしたわけではない。ただ私刑にはせず、法に基づいた処罰をすると約束しただけだ。こうしてバスチーユ鉱山襲撃事件は終息した。敵対貴族のほぼすべてが一掃され、帝国は本格的に外地に目を光らせることができるようになったのである。




