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異世界最強の自宅警備員  作者: 親交の日
第七章 平和へ向けて
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7-8 落日の聖都

 



 ーーーオリオンーーー


『壮観』


 もし今の光景を表すならば、これほど適当な表現はないだろう。白亜の建造物(聖都)を前に、帝国軍旗が数多とひしめいている。北からは第四軍(総兵力四万五千)。西からは第三軍(総兵力五万)。南からは第二旅団(五千五百)。総勢十万五千もの大軍がここに集結しているのだ。とても勇壮であり、男として魂を刺激される。


「皇帝陛下。各隊、配置につきました」


「よし。客はいるか?」


「はっ。賓客はおりませんが、上客が少しいます」


「まあ上出来か。作戦通りにいく。改めて全軍に徹底させよ」


「了解です!」


 報告を終え、また新たな指示を受けた兵士は本陣を出て行った。

 現在、俺は第四軍ではなく第三軍のさらに後方に本陣を構えている。どこかの司令部に居座るよりも、独立した方が何かと楽だろうと思ったからだ。仮に総司令部とでも呼ぶことにする。

 聖都に籠もる敵は意外にも城外へ出てきた。さらに東からは大王国軍が迫っているらしい。おそらく援軍だろう。安易に籠城しなかったことは評価に値する。なぜか。野戦でなければまず勝ち目がないからだ。

 そもそも籠城とは何のために行われるのか。それは相手の補給が切れるのを待っているのだ。現代においては自軍の補給は自分たちで賄うことになっている。だが、移動手段が発達していない中世などでは、物資の補給は掠奪に頼っていた。当たり前の話だが、物は有限である。そう長くは保たない。籠城とは、その補給限界点を待つために行われる。

 ーーで、残念ながら帝国では物資の自弁に成功していた。すべては経済のスペシャリストであるソフィーナのおかげである。多くの国にまたがる大商会で得たノウハウが活きたのだ。つまり囲まれれば、敵の方が兵糧攻めに遭う。この時代においてはなかなか非常識な存在といえた。このままではすり潰されることは必至である。だから打って出るのが正解だ。とはいえ、


「少ないよなぁ……」


 諜報部の報告によれば、聖都に籠もる敵の数は概算で一万五千。大王国からの援軍も一万。合計二万五千は帝国軍の四分の一である。数が少ないからといって油断はしないが、国家の存亡がかかった戦いでこれはあまりにも寂しいような気がする。

 ところで先ほど兵士としていた会話だが、戦争の真っただ中で呑気に来客をもてなそうというのではない。『客』とは敵のことだ。この場合では援軍の大王国軍である。『賓客』とは王族などの将を指し、『上客』は貴族の将を指す。そして敵軍全体を『客』という。まあ、簡単な隠語だ。

 俺の皮算用では大王国軍を撃破し、聖都の守兵の心を折って降伏ーーということになっている。最後は強攻することになるかもしれないが、そこは誤差の範囲だろう。しかしそれは早々に破綻することになる。なぜなら、


「おいおい。あれは何だ?」


 先に出てきたのは完全武装の兵たち。その数およそ一万五千。諜報部の情報は間違っていなかった。問題は続けて出てきた人々。それを見て俺以下、帝国軍はざわめいた。

 民衆だった。正規軍ではない。彼らは普段着だけで鎧をつけておらず、装備も槍や剣を持っていれば上等。そのほとんどが鋤や鍬、鉈や斧、はては包丁などで武装しているだけ。さらに男だけでなく、女子どもまで混じっていた。その数はおよそ七万。数からして都市の住民ほぼ全員だ。


「これだから宗教は質が悪いんだ!」


 俺は吐き捨てた。敵である以上は殺さなければならないが、これでは士気が上がらない。それに俺も、無辜の民を殺せと命令はできなかった。


「至急、全軍の司令官を集めろ!」


 直ちに召集をかけ、俺は会議を開いた。話し合うのはもちろん民衆への対応だ。しかし議論は暗礁に乗り上げる。誰も有効な策を出せないのだ。民を徒らに殺したくない。だが戦争で手加減などできない。ひとり二人ならともかく、万単位の人間を無傷で制圧することは不可能だ。


「アナスタシア様ならば、なんとかしてくださるかも」


 誰かがポツリと言った。たしかに、元聖女である彼女の言葉には耳を傾けてくれるかもしれない。


「頼めるか?」


「やってみます」


 アナスタシアは決然とした面持ちで承諾した。陣頭に立った彼女は聖都の民たちに熱弁をふるう。そこには民を助けたいという彼女の真摯な願いが込められていた。しかし現実は無情である。彼女の演説によって少なからず動揺を誘えたのだが、


「落ち着け! よく考えろ! あれは聖女様の偽物だ! 本当の聖女様は邪教徒に囚われ、今はこの世にいらっしゃらない!」


 という教国の見解を持ち出した敵の指揮官により、あっという間に治ってしまった。くっ。ダメか……。


「あれはダリオ枢機卿!」


 護衛をしていたシルヴィが敵の指揮官の正体に気づいた。あれがダリオか。以前、新教国で大虐殺ジェノサイドをやった狂信者……。これは一筋縄ではいかないかもしれない。


「エキドナ。里まで飛んで、ドラゴンを呼んできてくれ」


「かしこまりました」


「全軍、これより自衛以外を目的とした戦闘を禁じる」


「「「はっ!」」」


「それと第四軍に所属する部隊のうち、近衛師団以外は分離独立させ、第五軍とする。その司令官にシルヴィア。軍参謀長クレア。参謀にアナスタシアとエリザベス、カレンをつける。第五軍は急速東進。接近する大王国の援軍を撃破せよ」


「え? お、お待ちくださいオリオン様。私がそこへ行くと、身辺の警護はどうなさるのですか?」


「第四軍司令官は?」


「部隊の統率はすべて朕がやる」


 彼女らの懸念を一蹴した。


「オリオン様、まさか……」


 シルヴィはさすがに付き合いが長いだけあって俺の意図に気づいたようだ。彼女は何か言いたそうだったが、それを呑み込んで引き下がってくれた。エリザベスたちをなだめ、指示通りに動いてくれるようだ。俺はそんな彼女に感謝した。だから彼女が愛おしい。


 ーーーシルヴィアーーー


 私はオリオン様のご命令に不満なクレアさんたちを連れて総司令部を出ました。


「シルヴィアさん! あなたは平気なのですか!?」


「お母様! なぜお父様はあのようなご命令を!?」


 特にクレアさんとエリザベスは興奮しています。二人は私に詰め寄ってきました。


「シルヴィア殿下は何かお気づきだったようですけど」


「陛下のお考えをお察しになられたのでは?」


 アナスタシアさんは冷静ですが、言葉を最後まで言わないところは怖いです。怒っているのはよくわかりました。そしてカレンちゃんも鋭い。さすがはオリオン様が目をかけられた子ですね。

 あまりオリオン様のお心を言いふらすべきではないのですが、そうでもしなければ治まらないでしょう。それに、この方々ならばお話ししても問題ないでしょう。


「おそらくですが、オリオン様はこのまま聖都を陥落させるおつもりです」


「「「「えっ!?」」」」


 四人は目を丸くしています。無理もないでしょう。常に民のことを案じ、心優しいオリオン様がそのようなことをなさろうとしているなど、あの場の誰が考えたでしょうか。


「お、お母様。今は冗談を言っている場合ではありませんよ?」


「そうです。オリオン様がそんなことをされるわけーー」


「もちろん今すぐにというわけではないでしょう。ですが、間違いなく実行されます」


「どうしてそう言い切れるのですか?」


「証拠は?」


「私たちを外したのが何よりの証拠です」


「まさか、わたしたちに民を殺したという悪名を背負わせないために!?」


「お父様……」


「陛下……」


「……」


 クレアさんがまずその意図に気づき、エリザベスはオリオン様の名を呟き、カレンちゃんも同じようにオリオン様を呼びました。アナスタシアさんは静かに瞑目しています。


「っ! 早くお父様をお諌めしないとーー」


「ダメですよ」


「どうして!?」


「オリオン様はそれを望まれていないからです。あなたも知っているでしょう? オリオン様は身内が傷つくことを一番嫌われていることを」


「それはーー」


 エリザベスは反論しようとしましたが、すぐに口を閉じました。事実、その通りだったからです。

 オリオン様はとても温厚でお優しい方ですが、身内に手を出されることをことの外嫌われます。私であればゲイスブルグ家で嫡子のフィリップさんが私を奪おうとした際、オリオン様は庶子でお立場が悪くなることもいとわずに助けてくださいました。

 クレアさんであれば、クレタ島の争いで大氏族の脅迫を受けた際に、オリオン様はーー当初は失地回復だけのはずでしたがーーその敵を倒し、全島を統一してパース家の安定化を図りました。これもクレアさんの安全のために行われたことです。

 エリザベスであればナハ戦役でしょう。あのときも最初はエキドナさんだけを連れて助けに行こうとされていましたからね。止めるのが大変でした。ですがそれも、エリザベスをはじめとした家族を大切に思っているがゆえのことです。

 カレンちゃんの場合は少し特殊ですが、アクロイド公爵家に国から何らかの処分が下されることを見越して、先んじて彼女を庇護下に置いたのでしょう。もし彼女があのままアクロイド公爵家に留まっていれば、間違いなく王家に人質として差し出さざるを得なかったでしょうし。籠の中の鳥でいるには、彼女はあまりに大きな才を秘めていました。

 事例を上げればキリがありませんが、なんにせよオリオン様は私たちをとても大切に思ってくださっています。エリザベスに関しては二世皇帝でもありますから、その風評はとても気にしておられるようですし。


「エリザベス。納得いかないのはわかります。私もそうですから」


「お母様も?」


「ええ。私も妃として、そのような悪名を背負わなければならない立場です。ですがオリオン様はそれを許されない。すべてご自分で引き受けようとされています。ならば私たちは、代わりに矢面に立ってくださっているオリオン様を支えるべきだと思うのです」


「それならわたしもそうです」


「クレアさん……」


「わたしだってオリオン様の妃。その覇業を支えることが使命です」


 クレアさんは私に賛同してくれました。自分の考えが認められるのは嬉しいことですね。


「私も、陛下には大きなご恩があります。なぜ陛下が私を手元に置かれたのか、今ならわかります。私を自由でいさせてくれるためだったということを……。ですから、このご恩は一生かけて返していきます」


「カレンちゃん……」


「……私は、まだ納得いきません」


「エリザベス……」


「ーーですが、それがお父様のご意志ならば止めません。だから私は誓います。二世皇帝として、お父様の名誉は必ず守るということを!」


 エリザベスはその言葉の通りに色々と思うところがあるようですが、それはどうしようもないこととして自分で解決することにしたようです。


「さあ、オリオン様のために敵を倒しましょう」


「「「はいっ」」」


 私たちは軍を率い、接近する大王国軍の撃破へと向かいました。


 ーーーーーー


 周辺の調査を行った結果、私たちは谷の出口に布陣しました。ここは敵が聖都に向かう最短経路上にあり、出口が狭く各個撃破しやすいという理由から選びました。残念ながら悠長に陣地を構築している暇はありませんが、かなり楽に戦えるはずです。


「全軍進めぇぇぇーッ!」


「神聖なる聖都を異教徒に汚されるな!」


「正面突破せよ! 最速で聖都へ向かうぞ! 絶対神様のご加護は我らにあり!」


「「「絶対神様のご加護は我らにあり!」」」


 大王国からの援軍は信者たちが大半を占めているようで、絶対神様の加護や聖都の防衛を声高に叫びながら突撃してきました。その気迫はかなりのもので、一般人なら気圧されてしまいそうです。ですが、私たち帝国軍は各地で戦ってきた猛者揃い。今さらその程度で尻込みする者はいません。


「猟兵隊、前へ! 順次射撃を開始せよ!」


「構えーっ……てッ!」


 士官が指示した通りに兵士は前へ出て、それぞれ弓矢を構えます。そして命令を受けると、一斉に矢を放ちました。先頭に立っていた騎兵は次々と倒れ、その亡骸は後続の障害物になります。幸運にも死を免れた馬は、しかし矢の痛みに暴れまわり、主を振り落として味方を傷つけました。

 帝国軍はすべての兵士が弓矢を装備し、各自に十本の矢を携行しています。そのなかでも特に熟練した者ーー年一度の競技会で成績優秀として射撃徽章を授与された者ーーで構成されるのが猟兵隊。敵軍が突撃をかけてきた際、まず彼らが射撃によってその勢いを削ぎ、衝突の直前に後方に控える通常歩兵と交代するーーこれが野戦における帝国軍の基本戦術です。オリオン様曰く、『肝心なことは敵の勢いを殺すこと』。事実、敵軍の足は鈍りました。


「撃ち方止め! 歩兵隊前へ!」


 敵騎兵の生き残りがこちらへ迫り、いよいよ至近距離での白兵戦となります。猟兵隊は下がり、代わって歩兵隊が前へ出ました。彼らは訓練通り、素早く陣形を組みます。最前列は盾隊。その後ろからは槍がハリネズミのように突き出ています。そこへ敵騎兵が突入。串刺しとなって息絶えました。


「ぐっ! ぬぅっ。なんのこれしき!」


 なかには槍が身体に刺さっても、そのまま近づいて捨て身の攻撃をする敵もいました。素晴らしい気概ですが、百戦錬磨の帝国軍はそのような者にも冷静に対処します。一本で足りないのなら二本、三本……次々と槍を突き立てていきます。そこに一切の躊躇いはありません。なぜなら、その躊躇いが自分や仲間の命を危険に晒すからです。

 盾隊は敵軍の攻撃を完全に受け止めました。中央軍は動きません。敵は中央突破を目指して闇雲に突っ込んでくるばかりです。その間に両翼が前進しました。やや浅いですが、これで敵は半包囲された形となります。


「撃てーッ!」


 ここで矢の雨が敵を襲います。後方に控えていた猟兵隊によるものです。全軍から放たれた矢は正面からのみならず横合いからも飛んでくるため、敵に逃げ場はありません。これを十字クロス砲火ファイアというそうです。オリオン様が名づけられました。これにより敵軍は恐ろしい勢いでその数を減らしています。

 戦闘は数時間に及びました。わずかな合間を縫って交代と休息をとらせましたが、兵たちの疲労はかなりのものになっています。戦闘の後半では目に見えて討ち漏らしが多かったです。ただ、それらも後ろにいる第二段の部隊が討ちました。突破を許した数は、目算でゼロ。完璧な勝利といえるでしょう。


「まず負傷者を探してください。敵であっても分け隔てなく助けるのです!」


 帝国軍は基本的に敵も味方もなく助けます。味方優先などということはありません。負傷者をすべて収容し、優先度は医師が判定する怪我の深刻さによって決まります。まあ、同程度の怪我をした敵味方がいれば、味方が優先されることはあるかもしれませんが。

 一方、戦場の片隅では穴が二つ掘られていました。大きいものと小さいもの。前者は大王国軍の戦死者を、後者は帝国軍の戦死者を埋葬するためのものです。遺体は持ち帰れないため、こうして埋めます。ちゃんと作業が行われているかを確認して回っていると、陣頭指揮を執るエリザベスとカレンちゃんがいました。


「あ、二人とも」


「お母様」


「お疲れ様です、師匠」


「二人もね。怪我がなくて何よりーー」


 だね、と言おうとして言葉を切りました。そして見間違いではないかともう一度、二人の全身をチェックします。……残念ながら、見間違いではなかったようです。


「二人とも、その血……」


「え? あ……」


「……」


 エリザベスな自分の姿を見て声を漏らし、カレンちゃんは必死に目を逸らしています。


「二人とも、前に出て戦ったね?」


 白い鎧に赤い血はよく目立ちます。見たところ傷はなかったので斬られたわけではないようです。ならばなぜついたのか。ほぼ間違いなく戦ったからです。


「いや、そのお母様?」


「たまたま付いた返り血かもしれませんよ?」


 あたふたと二人は弁明を始めますが、私をバカにしないでください。その態度を見れば誰の目にも明らかです。


「どうしてそんなことをしたんですか? ダメとオリオン様にも言われていますよね?」


「……それは」


「ムシャクシャしたからです」


「え?」


「陛下が私たちを除け者にして、おひとりですべてを背負おうとされていると聞いて、ムシャクシャしたからです」


「……私も。だから前に出て戦って、敵を倒すことに夢中になりたかった。その間は、嫌なことを忘れられるから」


 それはとても子どもっぽい理由でした。


「まったく」


「「痛い!」」


 私は二人に拳骨を落としました。二人は恨みがましくこちらを見ますが、自業自得です。


「いいですか。敵とはいえ人間です。そのような自分勝手な都合で殺すなんてことはあってはなりません。わかりましたか?」


「「……はい」」


「では二度とやらないように」


「「あれ?」」


「どうしました?」


「てっきり、もっと怒られるんだと思った」


「あはは。そうですね。本当はもっと怒りたかったですよ。でも、理由を聞いていて納得したのでこれ以上は怒りません」


 ほっ、と二人は胸を撫で下ろしました。


「ただし、次にれまた同じことをすれば今回の分も含めて怒りますからね」


「「はい」」


 二人は嬉しそうに作業に戻って行きました。本当にわかっているのか心配です。


「……空が青いですね。よく晴れています」


 願わくば、帝国のーーオリオン様の行く末も、この空のように晴れ渡ったものとなりますように。私はそっと願いを込めました。


 ーーーオリオンーーー


 アナスタシアを使った懐柔策も失敗したことで、俺は敵を皆殺しにすることにした。もう民間人だ何だと言ってはいられない。敵対するものは殺す。とはいえ大虐殺はいけない。できるだけ数は減らすつもりだった。

 まずドラゴンを呼び、脅す。信仰心よりも生物の根源的な恐怖が勝れば戦意を失うはずだ。兵士たちには盛んに『降伏すれば許される』と吹聴させ、降伏を促した。結果、五千あまりが投降してきた。……少ない。

 次にとったのは麦城戦術。既に占領した地域にいる親族を呼び集め、降伏を促すというものだ。いわば情に訴えるのである。これは三国志にある話で、呉軍が蜀の名将関羽にとった戦法である。麦城に籠もる関羽軍に対し、呉軍は城下に親類縁者を集めて投降を訴えさせた。結果、わずかな供回り以外は降伏してしまったという。これを利用しない手はない。早速俺はこれを実行した。帝国軍に護衛させ、親族に投降を訴えさせる。


「お父さん、もう戦いなんて止めて帰ってきて!」


「あなた! 見て! この子はこんなに大きく育って……。あなたがいなくなったら、わたしだけじゃなくてこの子も悲しむことになるのよ!」


「パパー!」


「バカ息子ッ! 親より先に死ぬなんて許さねえぞ!」


 期限は三日と明確に区切ったため、彼らも必死だ。その必死さが伝わったのか、今回は五万もの投降者が出た。なかには聖騎士団の人間もいる。これでかなり削られた。投降してきた者については、約束通り親族と共に故郷へ帰らせる。投降の呼びかけは期限の三日目が過ぎ、攻撃日の朝方まで続けられた。


「皇帝陛下! お願いします! もう一日、もう一日だけお待ちください!」


「まだ息子が帰ってきていないのです!」


「どうか! どうか!」


 帝国軍が攻撃準備を始めると、親族の訴えの矛先は俺に向いた。残念ながらそれに応えるわけにはいかない。ただえさえ一連の作戦をするために当初の予定よりも遅れているのだ。さすがにこれ以上は待てない。俺は心を鬼にして、彼らの訴えを黙殺した。三日、投降を促しても帰らなければ攻撃すると話していたーーそのことを免罪符にして。


「かかれ!」


 手を振り下ろす。俺の指示に従い、帝国軍は総攻撃を加えた。数の差は歴然であり、敵は一時間も保たずに壊滅した。


「神敵オリオンめ! 必ずや神罰が下らん!」


 敵将ダリオはそう叫んで討ち取られたという。まったくだ。俺の来世は地獄行きだな。閻魔様が手ぐすね引いて待っている。この話は瞬く間に大陸に伝わり、俺の悪名は否が応でも高まった。とはいえこれで教国は滅びた。残すは大王国のみだ。




次回の投稿は9日になります。よろしくお願いいたします。

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