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異世界最強の自宅警備員  作者: 親交の日
第七章 平和へ向けて
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7-6 走れ、帝国銀輪部隊

 



 ーーークレアーーー


 わたしは王国からカチンに戻っても、第四軍司令官の職を解かれずにいました。そのことからすぐに新しい作戦命令が出るんだな、と察していました。はたして新たな命令が下ったわけですが、わたしは少し驚きました。

 作戦目的は教国の占領。そのために組まれた日程は……とても無茶なものです。街道を通るとはいえ、旧王都から教国の国境付近の街まで三日しかないなんて。準備期間が一週間もあるのに、これはおかしいです。わたしはオリオン様に抗議しました。


「オリオン様。作戦日程がいささか厳しくありませんか?」


「ん? ああ、これか。たしかに厳しいよなーー」


「そうですよね」


「普通なら」


 オリオン様がとても悪い笑みを浮かべています。こういうときのオリオン様は、悪魔的なことを考えておられます。……止めなくては。わたしが犠牲になる前に!


「ど、ドラゴンには乗りませんからね!」


 以前、オリオン様とのお出かけでエキドナさんに乗せてもらったとき、わたしは怖くて怖くて仕方がありませんでした。思えばマストの上にも怖くて登れなかったわたしが、空を飛ぶなんてことが間違っていたのです。そのことはオリオン様もよくご承知のはずですが……。


「わかってるよ。高所恐怖症のお前にはやらせない」


 ということは誰かにやらせるんですね……。いえ、それはともかく。


「ではどのようにするのですか?」


「ちょっと訓練場に行こうか」


 そう言ってオリオン様に連れてこられた訓練場では、兵士たちが銀色の物体に乗っていました。あ、こけた。痛そう。ですが、すぐにまた乗って、またすぐにこけます。……何をしているのでしょう?


「今回の作戦ではこれを使う」


「これは何ですか?」


「自転車だ」


 ……やっぱりよくわかりません。オリオン様はたまに奇怪なことを思いつかれます。今回のこれもそうです。跨って転ぶだけのものが、作戦の役に立つのでしょうか?


「信じてないな。なら見せてやろう。これがどれだけ凄いかを。カレン、ちょっと一台持ってきてくれ」


「はい」


 オリオン様に言われて駆けていったのは、ブレストでスカウトされたカレンさん。驚くべきことに、アクロイド王国の重鎮アダムス・アクロイドの娘さんだという。どうしてそんな人をスカウトできたのかとても疑問です。まあ、そんなミラクルを起こされるところも好ましいのですが。

 そんなカレンさん(今はオリオン様の侍従武官をしています)が持ってきたのは自転車。兵士たちが使っているのと同じものです。金属の棒二つに車輪がついていて、椅子と取手がついています。


「これにこう跨ってだな……」


 そう言いながらオリオン様は本当に自転車に跨りました。そして黒い踏み板に足をかけ、そのまま前に進みます。って、


「こけますよ!?」


 もし玉体に怪我でもされたら……アリスさんたちに殺されちゃいます。とくにシルヴィアさんは危険です。彼女の場合、オリオン様にもしものことがあれば下手人を殺した上で後を追うでしょう。奴隷から引き上げてもらったシルヴィアさんは、その恩義を返すべく、すべてを捧げています。『死ね』と言われればすぐに自殺するでしょう。わたしはさすがにそこまではできません。悲しみに暮れる自信ならありますが。

 そんなわたしの心配を他所に、オリオン様は自転車に跨ったままスイスイと前に進んでいきます。ーーあれ? こけない? 徐々にスピードを上げていき、左へ右へ、自由自在に自転車を操っています。


「おい、あれ見ろよ」


「陛下が自転車に乗ってるぞ!」


「さすが陛下!」


 それを見た兵士たちは口々にオリオン様を称賛します。兵士たちの歓声に、オリオン様は右手を挙げて応えます。心臓に悪いのでやめてください。

 訓練場をぐるっと一周したオリオン様はわたしの前に戻ってきてキキッ、という音を立てて止まりました。


「どうだ?」


 オリオン様は得意気に言います。こっちの気も知らないで……とは思いますが、自転車がすごいことはわかりました。何がすごいかといえば、高速移動を馬に頼らなくていいことです。

 馬が生き物である以上は繁殖させ、エサやりなどの世話をしなければなりません。さらに軍馬として調教するにも時間がかかります。そのためのお金や時間は膨大なものとなり、軍の予算の多くを騎兵隊の維持費が占めています。

 騎兵の戦闘力は欠かすことはできません。その一方で、維持費によって数があまり揃えられないという弱点があります。現在の帝国では歩兵師団は六個を数えますが、騎兵はすべて合わせても一個師団に満たない数しかいません。騎兵をすべて集めたとしても、単独では城を落とすことは難しいです。いえ、無理と断言してもいいでしょう。

 ですが、この自転車があれば話は変わります。馬ほど速度はありませんが、生物ではない。生物でなければ、繁殖や世話をする必要がないのです。その上、移動時間は人間に依存します。これなら全軍に装備して、騎兵に劣らない速さで移動することが可能です。

 わたしが考えたことを述べると、オリオン様はおもむろにわたしの頭を撫でてくれました。


「よくわかったな」


「もう。子どもじゃないんですから」


 なんて嫌がってみますが、もちろん本気ではありません。照れ隠しみたいなものです。もっともこのことがエリちゃん(エリザベス)にバレたら嫉妬されそうです。あの親娘は揃ってオリオン様が大好きですから。特にエリちゃんの場合は『結婚しない』とまで言っていますからね。後継者が他にいてよかったです。


「これならあの行軍日程はこなせるだろ?」


「ええ。……ですが、兵士たちが乗れることが前提になるのでは?」


「問題ない。早い者で数時間、遅くても二、三日あれば習得できる。諸々の訓練を施す時間も込みで、一週間の作戦準備期間を設けたんだ」


「そんな簡単にーー」


 いくのだろうか、と言いかけて止めました。ひとりの兵士がーーオリオン様ほど軽快ではありませんがーー転ぶことなく自転車を操ったからです。


「よしっ。できた!」


 それを皮切りに、兵士たちは次々と自転車を乗りこなして見せます。あっという間に大半の兵士が乗れるようになってしまいました。


「問題ないだろう?」


「……そうですね」


 もう一度訊いてきたオリオン様。わたしは肯定するしかありませんでした。


 ーーーオリオンーーー


 教国打倒を目的とした『アヴァランシェ作戦』が発動された。これに伴って再編された帝国軍ーー具体的には第四軍のうち第三軍からの抽出部隊が原隊に復し、代わって第二軍から多くの部隊が編入されたーーはすぐさま作戦行動に移る。

 先陣を切ったのは第三軍。戦場に最も近いのだから当然だ。アナスタシアを旗印にする第三軍は、国境地帯に張った陣地での防御戦闘から攻勢に転じた。前線にいた兵士たちは消耗が激しかったが、王国から転戦した部隊は休養を十分にとっており、同じく疲弊していた教国軍を大破した。

 教国に入った第三軍は、現地の新教国残党勢力であるレジスタンスを吸収。その規模を大きくする。これに対し、教国は西部のアスティという地に防衛線を張って待ち構えた。そこへ到達した第三軍も、今度は強硬策をとらずに布陣。両者睨み合いとなる。

 ーーと、ここまでは予想通りの展開。計画では、第三軍は睨み合いをしつつも兵力の補充や休養をとることになっている。対教国戦線は膠着状態になった。このまま何もしなければズルズルと長引くだけの戦争になる。第一次世界大戦ヨーロッパ戦線の再現となってしまう。だがそんなのは御免だ。状況打開のために投入されるのが、カチンで錬成を終えた第四軍。後の世に名高い『帝国銀輪部隊』であった。

 カチンから伸びる街道を自転車の大集団が走る。目指す先は帝国東部。そこから南に転じて教国へ侵入するのだ。珍妙な集団を、街道周辺の人々は奇異の目で見ていた。

 自転車にとって上り坂は天敵である。しんどいことこの上ない。だが元来、帝国は平坦な地形をしている。そこにはわずかな坂しかなく、数少ない坂は自転車の旅に添えられたスパイスとなるのだ。すなわち、


「ヒャッホー!」


 坂を下る快感である。苦労して登った先で、何もしなくても高速で進むことの快感は筆舌に尽くしがたい。ゆえに簡潔に気持ちいい、とだけ言っておく。

 その後ろからは、


「陛下! そんなにはしゃがないでください! 万が一のことがあったらどうするのですか!?」


 とクレアが追いかけてくるーー馬で。まったく風流を解さない無粋な輩である。もう少しカレンを見習うべきだ。


「もっと、もっと速く! 流星になるのです、スター!」


 自分の自転車ーー軍の高官および俺に近しい人物には個人用に与えられているーーに名前をつけ、下り坂でもペダルを漕いでいる。彼女はどうもスピード狂のようだ。この人が運転する車には乗りたくない、という典型的な人物である。……エキドナには絶対に乗せないでおこう。一番被害を受けそうだ。

 そんなひと幕がありつつも、進軍はとても順調だった。第四軍は歩兵が主力の部隊だが、この世界では驚異的なスピードで進軍。通常十日ほどかかる行程を、ただの四日ーーつまり半分以下ーーで消化した。そんな速度で進むから、最初から食糧は現地調達としている。といっても民家から略奪するのではない。事前に用意してある。小麦などの主食はレジスタンスの拠点から。保存がきかない生鮮食品は近場から購入、あるいは狩りで調達した。

 そして進軍五日目。俺たちは教国北部の街に到達。まさか北から攻められると思っていなかった敵はろくな抵抗もできないまま占領された。


「よし、次!」


 そこを起点に次々と村町を統治下に収めていく。たった数日で教国北部一帯は帝国の占領下に置かれた。そのころになると遅れてやってきた輜重部隊が到着。物資を運び入れ、教国北部は帝国軍の一大拠点となっていた。


「次に目指すのは聖都です」


 事前の作戦計画の通り、東部に配置した抑えの兵を除いた第四軍主力は南下。教国の首都である聖都へ迫った。


 ーーーダリオーーー


 わたしは枢機卿次席のダリオ。絶対神様にお仕えする存在であるから、家名は捨てた。少し前までわたしは枢機卿の第三席だったのだが、枢機卿筆頭が背信行為ーー帝国との内通ーーにより死刑となったため繰り上がって次席となった。

 そんなわたしだが、昇進してもやることは変わらない。担当は聖騎士団の統括である。帝国が王国に攻め込んだことを受けて、我々教国は絶対神様の思し召しを汲んで帝国と開戦した。


『絶対神様の御加護の下、その僕たる我々の断罪の剣は神敵オリオンとそのともがらを必ずや貫くだろう!』


 というのは、わたしが聖騎士団に対して述べた訓示だ。しかし実際に戦争をするのはわたしではない。同じく軍務を司る枢機卿第八席。名前はーー忘れた。彼は聖騎士団とは別の『使徒団』を統括している。他国風にいえば民兵部隊だ。ひとりひとりの強さは聖騎士団に劣るが、数はこちらの方が多い。絶対神様の御使い(使徒)として戦う、勇猛果敢で死を恐れない者たちだ。

 教国の軍事行動は絶対神様がその可否を決められるが、具体的な実行は我々に委ねられている。どのようにするかを決定するのが聖都で開催される『宗教会議』ーー教皇猊下ご臨席の下、枢機卿たちによって運営される会議である。


「背信者の国たる旧新教国は、元はといえば教国のもの。前回の聖戦では帝国の口車に乗せられて共同で攻め込み、挙句は領土の半分を割譲することとなってしまったが、この聖戦は失地奪回のまたとない好機!」


 と対帝国強硬派の枢機卿が言えば、


「私に秘策がある。旧新教国に住む背信者一族に『従軍すれば家族に免罪符を与える』という恩赦を与え、使徒団に編入するのだ。そうして数を増やした使徒団をもって帝国領旧新教国へと攻め込めば、背信者どもを一掃しつつ勝利できる」


「おおっ!」


「それはいい考えだ!」


 などと賛成したのは聖戦と無縁の生活をしてきた政治畑の枢機卿たち。だがわたしにはバカの妄言としか思えない。数は力であるが、何の訓練も受けていない素人がいてもお荷物にしかならないのだ。

 だが反対意見を言うことはできない。枢機卿筆頭が失脚した際、同時に対帝国穏健派も軒並み失脚した。代わって教会上層部に入ったのは、当然ながら強硬派。今の状況で彼らに反抗すれば、即刻『背信者』の烙印を押されて族滅の憂き目を見ることになる。事実、数人の人間が反対意見を述べて消された。

 わたしはどちらにも与しない中道派だ。そのような政争には関わりたくない。わたしはあくまでも絶対神様の思し召しを地上で体現するための僕なのだから。言い換えれば、そのためには手段を選ばない。その時勢に応じてつく相手を変える。大事なのは今の立場を失わないこと。それだけだ。

 政治畑の枢機卿たちの意見が通り、旧新教国の住民に邪教に与したことに対する免罪符を与える代わりに、男を使徒団へ編入することになった。そうして戦力をーー数の上ではーー増強して帝国軍に挑んだが、戦況はよくないらしい。教皇猊下、枢機卿筆頭は気を揉んでいる。


「使徒団は何をやっているのだ!」


「信心が足りないのだ!」


 などとヒステリックなことを叫んでいる。信心だけではどうにもならない。絶対神様は我々にどのように行動すべきか、すなわち正義とは何なのかをお示しくださるだけで、それを執行するのは個人の資質による。だからたゆまぬ鍛錬と努力が必要なのだ。彼らはそれをわかっていない。

 そして事態は後ろで喚いているだけでは解決しない。新たな報告によれば帝国軍は使徒団を破り、逆に教国が統治する旧新教国に攻め込んできた。時を同じくして抵抗を続けてきた新教国の残党も蜂起したそうだ。おかげで会議は荒れた。


「勝利を約束された聖戦ではなかったのか!」


「これ以上、男手を使徒にされてはお布施(税)が払えません!」


「こ、こんな老人まで使徒にするというのか!」


 相次ぐ敗戦に信者たちは動揺している。前線で戦う使徒団の消耗も激しく、開戦時と比較して兵力の四割を損失しているとの報告があった。これを補填しようと使徒を募っても集まらないーーというより出せないというのが実情のようだ。お布施が聖戦を支えるために増額されており、これ以上使徒を増やすと一部でその分を捻出できない事態に陥るからだと経済担当の枢機卿は説明していた。

 ……結局のところ、我々は帝国を甘く見ていたのだろう。事ここに至っては邪教徒を使役して勝とうなどという小賢しいことは止めるべきだ。正統な教えを受けた我々が矢面に立ち、絶対神様の御意思を実現するしかない。


「これ以上、教国の危機を座して眺めるのは耐えられない! 我ら聖騎士団が出る!」


「……やむを得まい」


 わたしがやや強気に言えば、教皇猊下をはじめとした会議の参加者たちは渋々ながらも肯定した。こうしてわたしは聖騎士団を率いて西部へと帝国軍迎撃に赴いたわけだが、その途上、急報が入る。


 教国北部陥落!


 南部に新教国残党の大集団出現!


 この相次ぐ報せに、聖都は大混乱に陥ったという。三方から半包囲されているのだから無理もない。聖騎士団はすぐさま呼び戻された。本能的な行為だったのだろうが、珍しく妥当な処置だった。

 戻ると即座に会議である。議題はこの国難をどう切り抜けるか、ということだ。まず冒頭で、


「この会議は国家の危機を話す会議ではない。このままでは絶対神様の御意思を実現するための存在が失われるーーつまり、絶対神様の教えの危機に瀕しているのだ。これは信仰の危機である! 諸君にはこれを打開するための建設的な意見を議論していただきたい」


 枢機卿筆頭はこのように述べた。その信仰の危機に瀕してなお、対帝国穏健派を呼ばないあたりはさすがといえる。

 何はともあれ始まった会議はーー開始早々に意見がまとまってしまった。まずそれぞれの意見を開陳しようとなったのだが、そのときの発言は揃って大王国への援軍依頼だったのだ。もう頼る先がそこしかないというのが実情だが。

 しかし会議は終わらなかった。問題はその先にあったのである。すなわち、誰が使者として大王国へ行くのかという問題だ。誰もが自分と言って譲らない。これでわたしは察した。使者という名目で国を出て、そのまま大王国に居座るつもりなのだと。要は逃げるのだ。彼らも口ではまだ戦えると言っているが、理想しか見えていないバカではないらしく、勝ち目がないことを理解しているようだった。

 喧々諤々の議論の結果、教皇猊下の鶴の一声ーー代表者が赴くべきだというものーーで猊下自ら大王国へ行くことになった。だがそれで諦めるはずがなく、あれこれと理由をつけて同行者を増やしていき、最終的に強硬派全員がついていくことになった。


「ではダリオ枢機卿。よろしく頼みますぞ」


 枢機卿筆頭はそう言い残して街道を爆走していった。魂胆が丸見えである。その他の逃亡者たちも同じようなことを言って聖都を出て行く。残されたのは中道派と対帝国穏健派。そのトップはなんとわたしだった。『よろしく頼む』とはそういうことである。まったく前途多難だと思いつつ、わたしは指示を出し始めた。




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