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異世界最強の自宅警備員  作者: 親交の日
第七章 平和へ向けて
85/140

7-4 風姫

 



 ーーーカレンーーー


「姫様! 姫様!」


 侍女の呼びかけで目を覚ます。


「もう。どうしたのよ。まだ日も昇ってないじゃない……」


 わたしは不機嫌なのですが、寝起きが弱いためあまり声が出ません。なので起こされて駄々をこねる子どものようになってしまいます。なんとか改善しなければ。


「姫様。マクドウェル将軍が至急お伝えしたいことがあると参っております」


「そうなの? ならあなたが聞いてきなさい。私はその間に身支度を整えます」


 淑女たる者、寝起きの姿を殿方にさらすものではありません。私のこの姿を見る異性は、かつてはお父様ーー今は絶対に見せませんーー、今はおらずーー兄に見せるなど虫唾が走りますーー、将来的には旦那様ですね。素晴らしい殿方にお逢いできるといいのですけど、今のところそのような方はいません。


「承知いたしました」


 一礼して侍女は下がりました。さて、まずは沐浴でしょうか。寝汗を洗い落とさねば。ゆっくりお湯に浸かると、身体の凝りが解れるので私は沐浴が大好きです。朝、昼、夜と三回は必ず入ります。


「はぁ……」


 大きく息を吐き、身体の中の悪いものを吐き出します。本当にそのようなことができるわけではありませんが、そんな気分になるのです。


 ーードタドタドタドタ!


 そんな風にリラックスしていると、静かな雰囲気をぶち壊す足音が聞こえてきました。


「姫様!」


「何事ですか、騒々しい」


「大変です! 港にーー」


 侍女が何か言いかけたときでした。


 ーーゴゴゴゴゴ


 凄い音がしたかと思うと、地面が激しく揺れました。


「今度は何!?」


「姫様! ご覧ください! 城壁が!」


 侍女に言われ、私は沐浴場にある小さな窓から外を見ました。そして見たのは倒壊する城壁と空を乱舞する多数のドラゴン。海上には大きな船が横一列に並んでいます。


「何ですか、あれは……」


「敵です。帝国軍がブレストに侵攻してきました!」


「っ! 急いで鎧を用意しなさい! それと武官に命じ、急ぎ兵を集めるように伝えて!」


「「「はいっ!」」」


 私の命令で侍女たちが一気に動き始めました。ゆっくりと身支度をしたいところですが、敵が攻めてきているのであれば仕方ありません。私はお湯から上がり、身支度を簡単に済ませました。


 ーーーーーー


 甲冑を着て剣を帯び、広間に出ます。そこにはブレストに残された文武官が揃っていました。

 私はブレストを預かるアクロイド公爵家の直系として、お父様に代わってこの場の指揮を執る責務があります。その証として、いつもならお父様がかけている席に座りました。


「マクドウェル将軍。状況を」


「はっ。皆さまご承知の通り、現在このブレストは帝国軍の侵攻を受けています。最初の奇襲によって沿岸部に甚大な被害を受けたほか、沿岸側の城壁も破壊されました。公爵様には救援を求める使者を既に送っております。よって我々は援軍が到着するまで耐え抜かなければなりません」


「敵の兵力と私たちの兵力は?」


「味方は三千ほどです。敵は海上にいるため詳細は不明。ただ、船の数は大小おびただしく、推定すると総兵力は三万」


 マクドウェルは淡々と報告してきますが……これはかなり厳しいですね。半数が漕ぎ手としても、なお一万五千が陸戦兵力として使うことができます。

 一方、味方は寡兵。さらに防衛側の利点である城郭も、もはや意味をなしません。正直、無理だと言って逃げ出したいです。できませんけど。


「聞いての通り、事態はとても深刻です。この状況を打開する策がある者は?」


「「「……」」」


 訊ねますが、誰も答えません。ええ、わかっていましたよ。こうなることは。私は悪い方に予想が当たって憤然とし、広間に沈黙が下ります。そこへ丁度、兵士がやってきました。


「報告いたします! 敵が上陸! 守備隊はこれと交戦しましたが、お味方大敗!」


 そんな!? どれだけ兵士は減ったのでしょう?


「被害は!?」


「敵に包囲され、千あまりが戦死。負傷者は数知れず」


「「「…………」」」


 広間は完全にお通夜状態になりました。どんよりとしています。そのとき、隣のマクドウェルが私の方を向きました。


「姫様。敵は船に乗ってきました。つまり、船にはまだ多くの兵がいるということです。港湾部を占拠された場合、より多くの敵が上陸してより強大化します。ここは港湾部に兵を送り守りを固めるべきです」


「そうですね。あなたに任せます」


「お待ちください。将軍。あなたが仰ることはもっともだ。しかし崩壊した城壁はどうするのです? 残り少ない兵力で守りきれるのですか?」


「不可能でしょう。そこで民たちに協力を仰ぐべきだと考えます」


「それを都市の防衛にあてるということですか?」


「その通りです」


 マクドウェルはその指摘に頷きました。なるほど。それなら兵力の不足を補えます。お父様が駆けつけてこられるまで耐えられそうです。


「ではそのように」


「「「はっ!」」」


 そういって広間の人たちは慌ただしく出て行きました。民たちは快く協力してくれて城壁の隙間に簡易的な陣地を造り、それを正規の兵士たちが監督してもらいます。目処がつけば、簡単な訓練も受けてもらう予定になっていました。私は有力者に感謝を伝えて回ります。これでひと息つけると思っていたのですが、その想定は甘いと思い知らされたのはわずか一時間後のことでした。


「報告いたします! 敵は港湾部を占拠いたしました!」


「なんですって!?」


 早い。あまりにも早すぎます。こちらはようやく戦力の再編に目処を立て、陣地の設営に取りかかろうとしていたというのに。


「しょ、将軍。どうすればいい?」


 文官のひとりがオロオロとした様子でマクドウェルに訊ねました。すると堰を切ったように彼へと批難が集まります。


「そうだ! 解決策を出せ!」


「元はといえば、将軍が港湾部に兵を入れろと言い出したのだ!」


「貴重な兵力を徒らに失わせた責任はとっていただきますぞ!」


 などなど。誰もがマクドウェルを糾弾し始めました。そんなときに荒れる場を制したのは家宰のフランシス。つまり文官のトップでした。


「皆、静まれ!」


 張りのある声が出て飛び、場はその声に気圧されたように静まりました。それを確認したフランシスは、ゆっくりとマクドウェルに向き直りました。


「さて将軍」


 と声をかけただけなのに、マクドウェルが肩を震わせました。完全に呑まれています。


「今はアクロイド公爵家の危機。そんなときに仲間内で争う理由はありません。ーーが、それなりの責任はとっていただかねばなりますまい」


 言い方は穏やかですが、言っていることは先ほどまでと同じです。


「わ、わたしは……」


 とだけ言ってマクドウェルは項垂れます。完全に戦意を喪失していました。


「なに。ここはひとつ、わたくしめが治めて見せましょう。それなりの誠意を見せてくださるならば、何も言いますまい。本当にアクロイド公爵家に忠誠を誓っているのなら、そのくらい容易いことでしょう」


「なっ!?」


 要はフランシスに何かしらの謝礼を払えば、特に罪には問わないということですね。言葉の端々に、マクドウェルが帝国と通じているのではないかと疑っていることをチラつかせています。さらに私たちアクロイド家にも利益が入ることから、止め難くしているてんも抜かりありません。さすがは海千山千のフランシスですね。


「…………承知、しました」


 マクドウェルはしばし逡巡していました。誇りと保身の間で揺れていたのでしょう。それでも彼が選んだのは保身でした。これで彼には首輪がつくこととなります。それはマクドウェルに代わってフランシスが軍事の実権を握ることを意味しました。


「では皆さん。将軍もこう仰っていますし、ここはわたくしめに免じて許していただけないでしょうか?」


 フランシスに対して否と言う者はいませんでした。


「さて、姫様。ここでひとつご提案があります」


「なんでしょう?」


「ここは将軍に任せ、姫様は援軍を仰ぎに公爵様の下へ向かっていただきたいのです」


 っ!


「それはできません!」


 私は咄嗟に答えていました。


「なぜです?」


「私はお父様からこの地の守備を任されました。その任務を放棄するわけにはいきません」


「ですがもうーー」


「まだ手はあります。……あまり使いたくはなかったのですが、仕方ありません。私に続きなさい!」


 これは絶対に成功させなければすべてを失います。だから言ったようにあまり使いたくはなかったのですが、お父様に任せられた仕事を放棄してはいけません。私は女ですが、それでもアクロイド公爵家の直系としての責任があります。私は槍を持ち、馬に跨って出陣しました。


 ーーーオリオンーーー


 先頭を進むカレン・アクロイド以下、千ほどの部隊がこちらへ向かってくる。最初はカモが葱を背負ってやってきた、と喜んだが、冷静に考えれば何をするつもりなのか首をかしげる。

 俺が想定したのは二つのパターン。ひとつはブレストの住民を動員しての籠城戦。もうひとつは逃亡である。ブレストを急襲したのは王都付近に出てきたアクロイド公爵軍を挟撃して壊滅させるためだ。だがブレストを放置すると挟撃したところを挟撃される恐れがあるため、その機能を一時的にせよ奪う必要がある。そこで一時的に占領しようと考えたのだ。

 つまり、今回の作戦目的はブレストの戦闘能力の喪失。具体的には守備隊正規軍へ壊滅的打撃を与えることと、指揮官の間引きである。その後、ブレストを一時占領して一個大隊を置き、本隊は王都方面へ進むことになっていた。特に守将を排除できれば最高の結果だ。今はその絶好の機会である。俺は全軍に攻撃態勢をとらせた。

 しかし予想に反して、敵はカレンと数人の供廻りだけで近づいてきた。さすがにこれを攻撃しては外聞が悪すぎるので構えを解く。


「総大将はいるか!?」


 突如、カレンの横に侍る男が声を上げた。味方は一斉に俺を見る。


「……確かに朕は皇帝だが、部隊長は師団長ではないか」


「いえいえ。皇帝陛下を差し置いて自分が出しゃばるわけにはいきません」


 などと断られた。


「待て待て。そなたが現場指揮官だろう?」


「そうですが、自分は中将。一方、皇帝陛下は皇軍を指揮される大元帥。一軍の司令官の言葉と陛下のお言葉、どちらが優先されるかは自明でしょう」


「むう……」


 そう言われては何も言えない。注目されるのは嫌いだが、兵士たちが俺を見たことで相手からも注目されてしまっている。逃げ道はない。俺は仕方なく進み出た。

 ……名乗るべきか? って、名乗るべきだろうなぁ。やっぱり。


「あんたが総大将か? 若いな」


 そう言ってきたのはいかにも武人という容貌の大男。筋骨隆々で黒人といえるレベルで日焼けしている。全身にある傷が古兵といった風格を与えていた。

 若いですよ。まだまだ二十代ですからね。これでも皇帝をやってるんですよ。平穏な生活を送りたいと思っていた俺の志は一体どこへ? と思わなくもないが、それはさておき。


「黙れ、下郎」


 まずは先制の一発。男が剣呑な雰囲気を纏う。だが、これはまだまだジャブである。俺は相手が何か言う前に言葉を継いだ。


「竜帝国皇帝、オリオン・ブルーブリッジである」


「「なっ!?」」


 俺が名乗ると、相手は目を丸くした。後ろにいたカレンも同じだ。彼らも、まさか皇帝がいるとは思うまい。


「それで何用だ?」


「それはーー」


「あなたに一騎討ちを申し込みます!」


 男の声に被せるように言ったのはカレン。これで事情はほぼ把握した。敗色濃厚な情勢を打破するため、大将同士の一騎討ちで白黒つけよう、と提案してきたわけだ。勝つことを諦めないその姿勢は好ましいが、あまりにも杜撰な考えである。なにせ俺が『嫌だ』と言っただけで計画はご破算だからだ。逃げ道を塞ぐとか、とにかくもう少し工夫がほしかった。


「そうか。だがことわーー」


「私が受けて立ちましょう!」


 俺の言葉に被せてきたのはシルヴィ。ギョッとして彼女を見る。普段は慎ましい彼女がこうしてグイグイと前に出るのは珍しい。なぜだろう、と思っていると、


「先ほどから見ていれば皇帝陛下への無礼極まりなし。許せません」


 という言葉で即座に理解した。要は腹に据えかねたらしい。


「あなたは?」


「第三皇妃、シルヴィア・シル・ブルーブリッジです」


「か、【風姫】……」


 ここで飛び出したるはシルヴィの二つ名【風姫】。二つ名のネーミングについては、彼女が戦場において風魔法を多用するため、戦場を白馬に乗って風のように疾駆するためなど諸説ある。

 ちなみに他の妃たちにもそれぞれ二つ名があり、メジャーなものではソフィーナの【金姫】、レオノールの【黒姫】などである。色以外ではアリスの【華姫】だ。

 二つ名があるということはそれだけ人々の印象に残っているという証だ。そしてシルヴィのそれは、すなわち戦場で相手が抱く畏怖。その現れである。


「いいでしょう。ならば私はあなたに勝ち、必ず皇帝に挑戦する!」


 と意気込むカレン。だが待ってほしい。俺は受けるとはひと言も言っていないのだが?

 そんな俺の心の声を無視して、二人の姫騎士はゆっくりと前に進み出る。もう決定したらしい。だから俺の意思は?


「「……」」


 二人はおよそ十メートルの間隔を空けて対峙する。両者とも動かず、その隙を虎視眈々と狙っていた。張り詰めた緊張感が漂う。

 カレンの得物は槍。貴族令嬢のお遊びのために作られたものではなく、戦場で使える実用的なものだ。それでいて貴族受けするように花とツタのの装飾も施され、なかなかの銘品である。構えも様になっており、それなりに心得があるようだ。

 対するシルヴィの得物は方天画戟。武官になるにあたって、俺が使う武器と同じものを希望した結果だ。俺のもそうだが、装飾といえば刃の根元についている房が唯一であり、実用一辺倒である。

 だが柄には希少金属のミスリル、刃の部分は玉鋼が使われている。ほとんどがミスリルでできているため軽く、女の子でも使いやすい。さらに魔法によって様々な強化がされており、軽くて切れ味抜群。さらにいくら斬っても切れ味が落ちないという、夢のような武器になっていた。これ一本で庶民が一生豪遊してなお使い切れないレベルの、べらぼうな値がつく。

 こういう戦闘では一瞬の隙が致命的になる。逆にいえば、その一瞬を逃さないために絶えず緊張状態を強いられるということだ。我慢勝負であるーーと習う。そして先に隙を見せたのはシルヴィだった。


「っ!」


 その瞬間を逃さず、カレンは突進する。そして槍を突き出した。

 シルヴィは鷹揚に動き、得物を中段に構えた。明らかに後手に回っている。カレンは勝利を確信しただろう。だが、これはすべてシルヴィの罠だった。直後、シルヴィは神速の動きを見せる。刃と柄の間にカレンの槍を巻き込むと、手元でグルリと円を描く。するとカレンの槍が弾き飛ばされた。梃子の原理を利用したのだ。あっという間に無手になったカレン。咄嗟に剣を抜こうとしたのはさすがだが、それをさせないのがシルヴィである。直後、刃のついていない方でカレンを叩き、彼女を落馬させる。そして彼女の胸に得物を突きつけた。シルヴィが少し力を込めれば、その刃は鎧を物ともせず、容易くカレンの命を奪うだろう。


「……」


 呆然とするカレン。何が何だかわからないといった様子である。いちいち説明してはいられないので、俺は単純に告げた。


「勝負あり、だな」


 俺の声は大きくはない。しかしその場にはよく通った。一瞬の静寂。直後、


「「「ウオォォォッ!」」」


 帝国軍から大歓声が沸き起こった。


「「「皇妃殿下万歳!」」」


「「「シルヴィア様ッ!」」」


 シルヴィの熱烈なファンも多く、いつまでも止むことはない。対してブレスト守備隊はお通夜状態。士気は極限まで落ち込んでいる。


「よくやったな、シルヴィ」


「ありがとうございます」


 俺が褒めると、シルヴィは返事とともに一礼した。大歓声のなかで言ったので相当聞き取り難かったはずなのだが、彼女にはバッチリ聞こえていたようだ。この辺りはさすがである。


「さて、カレン嬢。決着はついた。どうなさるのかな?」


 シルヴィは後で褒めるとして、今はカレンである。俺は早く敗北宣言をしろ、と催促する。


「……」


 彼女は現実を受け入れられないのか、なかなか返事をしない。焦れた俺はーー酷いようだがーー脅しをかけることにした。

 左手を軽く掲げる。俺がとった行動はただそれだけ。しかしその効果は大きかった。やんややんやと騒いでいた帝国軍が静まり返り、直後に猛烈な闘気を発する。一瞬にして彼らは戦闘態勢を整えた。後は俺が手を下ろすだけで、ブレスト守備隊は蹂躙されるだろう。早くしろ。さもなくば後ろの仲間を潰すーーという脅しである。

 面食らったのはブレスト守備隊。彼らの頭にはカレンが敗れた瞬間に『戦闘』という文字は消えていた。だから突如としてその矛先を向けられたことに大いに驚いたのである。もちろん準備も何もあったものではない。それはカレンもわかっている。だからこそ、この脅しは効果的に作用した。

 彼女は地面に手をついて、


「降伏します」


 と宣言した。後方にいるブレスト守備隊にも依存はなく、ここにブレスト攻略戦は終結したのであった。




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