7-3 Bデイ
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ーーーオリオンーーー
アダムス・アクロイドが率いる軍勢が迫っているとの報に接した俺は軍勢をクレアに預け、すぐさま回れ右をした。同行するのはシルヴィだけ。これにより近衛師団は丸ごと総予備隊に回ることになる。師団長が不在なのだから当然だ。
王国北東部、旧王都を経て帝都に帰還。そこで若干の買い物とエキドナを捕まえ、今度はパースへと飛ぶ。
「お待ちしておりました、陛下。ならびに第三皇妃殿下」
パースで俺たちを出迎えたのは総督府で働く役人。この来訪は急なものではなく、予定されていたことだ。だから皇帝の来訪にも混乱はない。
「フクロウ便を受け、既に艦隊は出撃しています」
「いつ出た?」
「三日前になります」
役人はそう報告してきた。三日前に出たのならば、悪くない位置にいるはずだ。俺はそう当たりをつける。
「ご苦労」
と役人を労った。休憩を勧められたが、ここでのんびりとはしていられない。それを断り、簡単に食事をとり、買い物をしてから西の海上を目指して飛ぶ。そして六時間ほど飛行すると、やがて遠くにポツポツとゴマ粒のように船が現れた。
遠くから見ると小さな船だが、近づくと人体とは比較にならないほど大きい。
「うわー。凄いです、オリオン様!」
シルヴィは大興奮だ。船自体は見たことがあるが、やはり空から眺める光景はまた別物ということだろう。
なお、艦隊はガレオン、クリッパーで構成された戦闘艦隊、ガレオンのみの輸送艦隊の二つに分けられる。前者は千トン級のガレオン二十隻、千トン以下のクリッパー十二隻。後者は千トン前後のガレオン三十隻で、比較的中型のものが多く占めている。
そのなかにあって異彩を放つのが、三隻いる二千トン級の船である。これを見た現代人が連想するのは空母だろう。そしてその指摘はあながち間違いではない。ただ、この船が発着させるのは航空機ではなくドラゴンだ。海上をノロノロ移動する船と、大空を自由に飛翔するドラゴン。彼我の速度差は大きく、また通信技術も発達していないこの世界では海空の共同作戦は難しい。その問題を解決するために俺が考えついたのが、船にドラゴンを乗せてしまおうというものだった。そうして生まれたのがこの空母型の船である。全通式甲板の上にドラゴンに乗ってもらう。そうすれば艦隊の移動速度に、ドラゴンが無理なく合わせられるというわけだ。
俺たちはそのうちの一隻に降り立つ。
ーーGryu! Gryu!
俺やエキドナの到着を歓迎するようにドラゴンたちが鳴いた。それはこの船だけではなく、他の船に乗るドラゴンたちも同様である。
『皆、主様を歓迎しております』
「そうか。みんなありがとう」
そう返した。するとドラゴンたちの声はさらに大きくなる。……少し照れくさい。
しばらく交流していると、やがて甲板に制服を着た士官たちが集まってきた。艦長以下の幹部たちだろう。
「皇帝陛下、ならびに第三皇妃殿下のご来艦を歓迎いたします。自分は竜母ハーミズ艦長のネルソンです」
「出迎え大義である。初めての実戦だが、問題はないか?」
「はっ。今のところありません。訓練通りの行動ができております」
「それはよかった。状況は?」
「あと二日で作戦海面に到着する見込みです」
「予定通りだ。素晴らしい」
「恐縮です」
ネルソン艦長とそんな話をしながら船内にある長官公室へ向かう。ここは艦隊司令官やVIPが使うために設けられた区画で、船内で最も豪華な部屋だ。なお艦長は使えない。
この部屋の用途としては作戦会議や、部屋の主の仕事部屋である。偉い人に会いたければここに来れば会えるよ、というものだ。
翌日。俺は各艦を巡ってカチンやパースで買い込んだ食料を配った。海上で生鮮食品が食べられるのは出港して間もないときだけ。あとは塩辛い干し肉や、フランスパンが柔らかいと思えるほど硬いパンだ。野菜も食べることはできず、ビタミン不足から起こる壊血病などは大敵である。ザワークラウトに似た食品を配備して予防はしているが、それでも新鮮なものの方がいいに決まっている。だから肉や野菜を配り、ついでに『諸君らの奮闘に期待する』なんていうコメントをつけて皇帝の配慮というものを演出してみた。
上陸してひと段落してから聞いた話では、どこの兵士にも好評だったという。それを聞いてやってよかったと思えた。やはり感謝が示されるというのはとてもありがたいし気持ちいい。
ーーーーーー
三日目。いよいよ作戦海面ーーブレスト沖に着いた。朝の三時といったところか。当たり前だが周囲は暗い。それでもやることはたくさんある。
まず沿岸の防御施設の位置を把握するなどの偵察。これは作戦の成否に直結するといっても過言ではない。ナカイコウ学校を出た優秀な諜報員が小舟で密かに近づき、詳細を記録して持ち帰る。
偵察が行われている間、残された人間が暇かというとそれも否だ。武器や防具の点検、作戦内容の徹底などやるべきことは多い。
朝五時。本格的な作戦準備が始まる。偵察から帰った諜報員が報告を上げ、それを元に俺以下の司令部が事前の作戦案を具体化する。その間、実戦部隊は上陸第一波(第一梯団)から順次、上陸用舟艇を下ろしていく。司令部で具体案が固まれば、すぐさま実戦部隊に連絡。上級部隊長から下級部隊長へと伝達され、最終的に分隊単位で兵士たちに伝わる。
同時期にドラゴンたちも飛び立つ。先頭に立つのはもちろん俺とエキドナ。シルヴィは第三梯団(司令部)に配属された。
最後にひとつ。先ほどの伝達経路を通して俺の言葉が届けられた。
「皇帝陛下のお言葉だ。『本作戦は帝国の対王国戦における最大の山場である。各員、一層奮励努力せよ』」
「いいか。この作戦の成否にすべてがかかっている。ーー大丈夫だ。諸君らの日頃のたゆまぬ努力は裏切らない。だから安心してかかれ」
「「「はっ」」」
士官の訓示に兵士たちは密かに、だがその分濃密に作戦を成功させるという決意を声に表した。
かくして作戦の準備は整い、日の出と同時に攻撃が始まる。
開戦の号令はドラゴンのブレスだった。
「いいか。絶対に船に当てるなよ!」
いかにもフリだが、ドラゴンたちは素直に従ってくれる。とてもいい子たちだ。
「ーー撃てッ!」
俺の命令に従ってブレスが放たれ、次々と着弾した。目標はブレストの街を守るために作られた防御施設ーー砦や城壁ーーである。最強生物の攻撃はやはり最強。目標をあっという間に瓦礫の山に変えた。
ここまでが現代の上陸作戦でいうところの前座ーー航空攻撃にあたる。次は艦砲射撃だ。
都市が攻撃を受けたことで、兵士たちがわらわらと出てきた。さながらアリの巣を崩したときのような状態である。何が起こっているのかまったく把握していない彼らに対し、少し申し訳なく思うもののガレオンに搭載された投石機で岩を投げ込む。あえて脆い石を使っているため、着弾の衝撃で粉砕され、四方八方へとさながら榴弾のように飛び散る。小さな礫とはいえバカにはできない。事実、多くの兵士が死傷している。
ガレオンの投石機による攻撃で面制圧が終わると、いよいよ部隊の上陸だ。上陸用舟艇に乗り込んだ第一梯団(第二海兵連隊)が前進を始める。
「ほら行け! オールを漕げ! もっとだ! もっと速くッ!」
「お前ら! ビビってんじゃねぇぞ!」
「海兵隊の恐ろしさを見せてやれ!」
そんな部隊長の声に押されて、五十あまりの小舟が岸へと殺到する。敵も新たに出てきた兵士たちが陣形を整えて待ち構えていた。弓矢が降り注ぎ、一部が命中して海兵隊員を傷つける。その拍子に海へ落ちる者もいた。
あるいはわずかに残った城壁の上から、投石機によって岩が飛んでくる。それがたまたま舟に当たり、木造の舟は粉微塵となった。
このように部隊は上陸するまでサンドバッグにされる。だからこのとき重要なのは味方がどれだけやられても怖じ気づかないガッツだ。そして部隊長たちも、兵士が怖じ気づかないように過激な言葉で叱咤する。
わずかなーーしかし当事者にとっては永遠に続くかのように錯覚する矢の雨をくぐりぬけた舟は、ようやく岸へと乗り上げる。海兵隊員たちは喊声を上げ、矢のように飛び出した。敵も応戦する。戦場は激しい剣戟の音で満たされた。
しかし優位に立つのは海兵隊側だった。なぜならそもそものやる気が違うからだ。海兵隊の背後は海。そこからは味方が続々と押し寄せてくるため逃げられない。前面は敵しかおらず、退路が存在しないのだ。だから前へと進むしか彼らが生き残る術はない。
一方、ブレスト守備隊は早朝に叩き起こされ、事態を十分に把握しきれないまま、命じられた通りに動いている。寝ぼけた人間の集まりでしかなく、作戦に備えていた海兵隊とは大きな違いがあった。
そんな事情もあり、両者が拮抗したのはほんの一瞬だった。すぐにブレスト守備隊が押され始める。そんなときにダメ押しの第二梯団(第三海兵連隊、第一海兵騎兵大隊)が上陸した。歩兵同士の乱戦が繰り広げられるなか、騎兵隊が戦場を迂回。敵の土手っ腹に突撃した。特徴である突破力を遺憾なく発揮した騎兵隊は戦場後方を横断する。これにより敵は寸断され、一部は袋の鼠となった。敵は大混乱を起こし、そこを海兵隊に袋叩きにされる。はたして敵は壊滅し、上陸部隊は橋頭堡を確保。作戦の第一段階は完了した。
「手を緩めるな! 作戦はまだ終わっていないぞ!」
「負傷者は船内へ収容。各級指揮官は部隊の人員を掌握せよ!」
「第三海兵連隊はただちにブレスト港湾部を確保する!」
などと怒号が飛び交う。それに急かされるように、海兵隊員たちはあくせくと動き回っていた。
沿岸部から敵勢力を駆逐した上陸部隊は戦力の再編成に追われていた。その一方で損害がほとんど出ていない第三海兵連隊は、急ぎブレストの港湾部を占領しに行った。ここに艦隊を停泊させ、司令部兼野戦病院にするためだ。設備はやはり艦艇の方が整っている。重傷者をなるべく救うためにも、これは欠かせない。他にも補給物資の揚陸が容易だという理由もある。
そんななか、満を持して上陸したのが第三梯団。海兵隊で最精鋭の第一海兵連隊に護衛された師団司令部とシルヴィである。ところでシルヴィが降り立つ際にひと騒動あり、
「「「皇妃殿下! どうぞ我々の上をお通りください!」」」
と兵士たちがシルヴィに言う。
「えーっと。お気持ちは嬉しいのですけどーー」
彼らの前で困惑するシルヴィ。というのも、舟が止まったのは浜辺の中ほど。そこからはビチャビチャと海水の中を歩いて上陸しなければならない。だがここで兵士たちが『皇妃殿下の御御足を濡らすわけにはいかない』と息巻いた。彼らはその場に次々と四つん這いになり、砂浜へと続く人の橋を作り上げたのだ。そしてその上を通って行け、という兵士と遠慮するシルヴィという図になったのだ。
……もし他の皇妃が同じ状況になってもこうはいかないだろう。それだけシルヴィは兵士たちに人気があった。彼女の出自は広く知れ渡っており、その経歴から『平民皇妃』として親しまれていた。加えて本人が優しく、誰にでも分け隔てなく接することから人気は絶大である。別に他の妃が嫌われているというわけではないのだが、そのなかにあって彼女の人気は抜きん出ていた。宗教化しつつあるといってもいい。
断ろうとするシルヴィだったが、兵士たちはそうはさせじと言い募る。
「そんなこと仰らずに」
「殿下が無用に汚れるなど、我々は我慢なりません!」
「どうか使ってください」
「あ、あはは……」
シルヴィは困り果て、力なく笑った。なぜこんなことになったのかまったくわからない、といった様子だ。だがこういう評価というものは意外と知らないか、過小評価している部分もあるからわからなくもない。
助けを求めるように視線がこちらに飛んできたが、俺は黙って首を振った。諦めろ、というサインである。がっかりされたが、無茶をいわないでほしい。ここで止めようものなら、そこで橋になっている兵士たちにフルボッコにされてしまう。そんなのはご免だ。
しばらくの間、己の良心と戦っていたらしいシルヴィだったが、やがて諦めたように小さなため息をつき、
「で、では失礼して」
とおっかなびっくりで渡り始めた。ちなみに彼女が着ている帝国軍の女性用軍服は、規定によりブーツを採用している。ピンヒールというわけではないが、踵にかなりの力が加わっているはずだ。彼らは痛くないのだろうか?
「くうぅぅっ!」
「殿下が……殿下が俺の背中を……ッ!」
「生きててよかった……」
とても嬉しそうにしていた。
「あの、痛かったら言ってくださいね。降りますから……」
「「「そんなことはありません! 羽毛のごとく軽いです!」」」
十余人が異口同音に同じことを口にした。だがこれでさすがに諦めがついたらしく、それからは何も言わずに彼らの上を歩いた。俺は最後のひとりの背にたどり着いた彼女の手をとり、砂浜へ降りる介助を行う。
「ありがとうございます」
とは言うが、その顔は不満をありありと示すふくれっ面だ。俺はぷにぷにほっぺをつついて空気を抜いてやる。そして気障っぽく、
「うん。これで可愛くなった」
なんて言ってみる。最初はこれで誤魔化せていたのだが、慣れとは恐ろしいもので、彼女たちも順応していた。
「オリオン様。それでは先ほどまでの私は可愛くなかったのですか?」
なんてシルヴィも言葉を返すようになっていた。最初の頃の、褒められるたびに赤面していた彼女が懐かしい。時というのは実に残酷である。
しかし慣れるのは彼女だけではない。俺もそのような言葉返しに対する返しの術を会得していた。
「いや。シルヴィがもっと可愛くなったと言いたかったのさ」
今回初お披露目である。その効果は絶大だった。途端に顔を赤くして恥ずかしがるシルヴィ。とてもほっこりする。その証拠に半身ずぶ濡れの兵士たちは彼女の可憐さにやられて海没し、全身ずぶ濡れとなった。まあ、これは頑張った彼らへのサービスということで。
なお、このエピソードはシルヴィの知らぬところで歴史書(正史)に掲載され、後世に『平民皇妃の人橋渡り』というタイトルでモニュメントが建つことになる。そして史上初の本格的陸海空三次元上陸作戦『Bデイ』とともに、人々の間で長く語り継がれることとなった。
シルヴィのおかげですっかり和んだ戦場だったが、仕事を忘れていたわけではない。
「報告! 第三海兵連隊は港湾部の敵守備隊を撃破! 同地の占領に成功しました!」
「「「おおっ!」」」
兵士が駆け込んできて報告を上げる。その内容に兵士たちの士気が上がった。
「よし。では敵の掃討を行い、連隊長が安全と判断すれば艦隊に連絡して入港させよ。お前たちも負けていられないな」
「陛下! 第一海兵連隊は既に集結を完了しています!」
「第二海兵連隊、再編成終了! いつでも動けます!」
「第一海兵騎兵大隊、兵士のみならず馬もやる気まんまんです!」
俺が発破をかけると、部隊長たちが乗ってきた。彼らも他所に負けてはいられない、とそれぞれがアピールする。チラリと兵士たちを見ても、他部隊の活躍に刺激されたのかやる気に満ちた表情をしている。とてもいい雰囲気だ。士気は最高といっていいだろう。
そしてそこへ運悪くやってきたカモがいた。
「報告! ブレストから敵部隊がこちらへ向かってきます! その数およそ千! 先頭に立つのはカレン・アクロイド!」
「ほう」
俺はニヤリと笑う。どうやらカモは行儀よくネギも背負ってきたらしい。




