7-1 西部特種演習
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ーーーオリオンーーー
大王国から帰還した俺は、その結果をアリスたちや関連部署へと通達した。形態としては正式な約定(捕虜返還協定)であるため、帝国法に基づいて条文は公表される。一部では公開して大丈夫なのかと心配する意見もあったが、今回のそれはありふれたものだから秘密にするようなものでもない。ちなみに肝心の内容は、
一、帝国はナハ近郊で捕縛した大王国将兵を返還する。ただし、大王国は兵士十名につき金貨一枚。将校については一名につき金貨十枚を支払うこと。支払いは一括払いとする。
二、大王国はナハ近郊で捕縛した帝国将兵を返還する。その条件については一条のものを適用する。
三、この協定の履行は一ヶ月後。両国国境にて行われる。
四、両国はナハでの戦闘に端を発する交戦関係を修繕する努力をする。
といったところだ。
ここで注目すべきは四条。関係修繕の努力義務についてだ。なぜ協定のみの締結となったのかというと、プライドが原因だった。俺(帝国)は以前、シルヴィやエリザベスを奴隷の親娘と大王国から侮辱されたことを怒っている。ぶっちゃけ、ナハでの戦いでは『見下してた相手に負けてやんの、ザマァ!』と思ったものだ。
一方の大王国は、大陸最大の国家として威張ってきた栄えある歴史がある。彼らからすれば格下である(と思っている)帝国に『ごめんなさい』をするのは、その矜持が許さない。だから謝罪要求を受け入れられないのだ。
大王国はプライドかもしれないが、帝国は国が舐められるか否かの問題だ。譲る可能性は万が一にもない。そしてそれは相手も同じ。よって改めて交渉が行われても、妥結する可能性はないだろう。ーーとなればやることはひとつ。戦争だ。今度は局地戦ではなく、大陸で一、二を争う大国同士の全面戦争。おそらく大王も同じことを考えているだろう。
「はぁ……」
また戦争……。金がいくら飛んでいくことか。少し想像しただけで気が滅入る。今のところ税収と商会の利益でまかなっているが、今度はそうはいかないだろう。もちろん対外的にはそのような弱みは見せずに余裕綽々の態度を演じているのだが、たまに何やってるんだ自分とセルフで突っ込んでみたりする。
「お兄ちゃん……」
そしてここにも頭を悩ませる人物がひとり。誰あろう、ソフィーナである。彼女は皇妃という身分を得ても未だに『お兄ちゃん』呼びを崩さない。そんな鋼の精神を持つ鉄の女の担当は帝国の財政。戦争で頭を抱えるハメになる部署筆頭だ。
「どうした?」
「あちこちとの関係がこじれて、利益が全然出ない」
「マジか!」
ということは俺の貯金が減るということ(商会の資本金は俺が貸し出した金がほとんど。ソフィーナはなるべくこれに手をつけないようにしているが、現在の商会の規模ではそれは不可能)。老後の資金が! 大変由々しき問題だが、それよりも問題なのは、
「となると税収も減るか?」
「うん」
ソフィーナはコクリと頷いた。可愛い、ではなく本当にヤバい。帝国が他国よりも経済規模が大きいのは『固定資産税』を取っているからだ。これにより大商人から金を搾り取ることができる。普通の国ならばまずできない芸当ーー大商人は為政者に金を貸しているケースが多く、政治的にも大きな発言力があるーーだが、俺は自身の経済規模を背景に黙らせた。内戦で敵対した貴族についていた豪商が軒並み没落したのも大きい。貴族が没落して貸した金が返ってこず、財産も戦争協力の罰として没収。残ったのは何も生み出さない紙切れだけ。商人の没落ルートの典型例をたどっていた。そんなラッキーもあって帝国は商人の影響力を排除。彼らに大きな課税ができるようになった。
ちなみにオリオン商会については課税の対象外となっている。それは資本金の大半が俺の金。ということは公金が流れているよね。商会独自のお金もあるけど微々たるものだし。もうこれ国家機関も同然でしょ、という暴論によって免税とした。誰だって己の財産が減るのは嫌なんだよ。
さて、そんな帝国で税収が減るということはどういうことかというと、商人の儲けが減ったということだ。まだ『関係がこじれた』程度なのでマシだが、やがては国交断絶という事態になって市場が縮小することは目に見えている。戦争とはすなわち経済力であり、帝国の精強な軍隊も潤沢な税収によって維持されている。このままではそれらが崩壊ないしは縮小する恐れがあった。やはり交易ができないのは痛い。
「時間が経てばそれだけ国力は下がるのか……」
金は有限である。もちろん貨幣の鋳造権は握っているわけだが、先行き不透明というだけで量産して国内にインフレを起こさせるほど暗君ではない。その前になんとかしなければ。
ーーーーーー
「ーーで、どうしてお金をかけるかな?」
隣にいるソフィーナが批難してくる。俺は怖い財政担当さんから全力で目逸らしした。
窮した俺が熟慮の末に編み出した策は西部での大演習だった。東の大王国、南の教国に備える軍だけ残し、帝都から俺も参加する。結果、総勢十万を超す大軍が集まった。これだけで金貨が千単位で飛んでいる。
金策で悩んでいるのになぜ金がかかることをするのかと思われるかもしれないが、これは誘いだ。某国のように軍事演習や兵器実験で威嚇して譲歩を迫ろうというのではない。
ではこの演習が完璧なブラフなのかというと、これまた否だ。そんなすぐにバレるようなことはしない。お題目の通り、大真面目に演習をやる。まず開会を宣言すべく全軍が行進した後に整列。大平原を埋め尽くす十万人の兵士たちを前にして、俺は訓示を垂れる。
「先ほどの行進は見事であった。あれだけでも諸君らが大陸最強の軍団であると確信した。今回の演習はかつてないほどに大規模なものであり、かつ経験したことのない新たな用兵が行われるであろう。それらをこの機会に十全に習得し、今後も帝国を護持する最強の存在であり続けてほしい。ーー以上だ」
そう締めくくると、すぐさま演習が始まった。今回はある兵科の試験運用が行われる。それは機械化歩兵。俺が想像する軍隊は現代軍だ。戦車やヘリ、戦闘機なんかを使う。だが文明水準が低いこの世界でそんなものを作ることはできない。それでもなるだけ近づけたいと思うのが人の心というものだ。そこで考えついたのが機械化歩兵。本来は戦車やトラックに乗って移動するものを馬車で代用した。それでどのような効果が得られるかーーそれを今回の演習で把握しようというのだ。
結論ーー整備された道でしか使えない。
街道であればスイスイと動けるが、道なき道となった途端に車軸が折れるなどのトラブルが多発。使い物にならなかった。期待していたのに残念だ。しかし街道での移動には使えるので、輜重部隊に採用することになった。第一次大戦のフランス軍のような有様だ。あれは馬車ではなくタクシーだったが。
期待の新部隊誕生ーーとはいかなかったが、その他は特に問題もなく、順調に日程を消化した。最終日を終えると、主要な指揮官が俺のいるテントに集まってくる。反省会だ。
「では今回の演習の反省会を行いたいと思います」
そう切り出したのはシルヴィ。近衛師団長として司会を務めている。まず議題に上がったのは機械化歩兵部隊について。
「陛下が発案された機械化歩兵ですが、今回は失敗でしょう」
そう断じたのは第一軍司令官のキャンベル侯爵。階級は陸軍元帥。俺は彼の歯に絹着せない物言いを買っている。彼のようなご意見番的な存在は組織にとって必要だ。そんな俺の意向もあって、この場にいるのは忌憚のない意見を皇帝に対して堂々と言えるような人物のみである。そんなわけで、俺が発案した機械化歩兵案は批判の豪雨を浴びた。その一方で、
「ですが、構想は素晴らしいと思います。器材を改良すれば形になるでしょう。研究する余地はあると思いますが」
と言ったのは皇太女として特別参加のエリザベス。たしかに完成形を知っている俺も最初からそこを目指した。カチンの領主だった時代に。ひとりで。ところができた代物は貴重な物質をふんだんに使った、走る宝箱のようなもので、採算性? なにそれ美味しいの? といわんばかりのゲテモノだった。さすがの俺も断念したよ。必要な技術が形になるには百年以上かかるんじゃないかな? とはいえ彼女を筆頭に機械化歩兵を実用化しようという考えの持ち主は一定数おり、最終的に今後の研究課題となった。
次に議題となったのは今回行われた模擬戦について。参加人員が多いため、赤軍と青軍に分かれて実戦に近い演習を行った。その形式の是非について話し合う。
「非常に臨場感があっていいのではないでしょうか」
「本番さながらとはいいますが、この方式はまさしく本番のような緊張感と高揚感を与えてくれます。実戦を知らない兵士たちにはいい経験になったでしょう」
などと実戦部隊からは好意的な意見が相次いだ。一方で、
「衛生科としますと、怪我人が多いのが……」
「これだけの規模でやるとお金がどれだけかかると思ってるの?」
軍医総監が怪我人が多いことを、ソフィーナは費用をそれぞれ難点に上げた。しかしこのような機会を作ってあげたいとも思う。そこで俺は提案した。
「ならこの大演習は四年に一度やるというのはどうだろう? それだけあれば、陸軍予算から積み立てて支出できると思うが?」
「……それならいいわ。陸軍に割り当てられた予算をどう使おうと、それは陸軍の勝手だから」
頭の中で算盤を弾いていただろうソフィーナは、わずかな間を置いて頷いた。ただしちゃんと報告書を書け、と脅してはいたが(帝国では財務報告に不備があった場合、前年度の予算が下りるようになっている)。
「あと折角の機会だから、大演習の指揮は若手の士官にやらせよう」
「それはなぜに?」
「腕試しのいい機会ではないか。それにいい経験になる」
万単位の人間を指揮できることなど若いうちはまずない。だが経験することで、課題意識などを持ってくれるといいな、と俺は思った。
「なるほど。たしかにそうですな」
俺の提案にキャンベル侯爵をはじめ、多くの軍関係者が頷いた。それから今回の演習での戦い方はどうのこうのと話が進む。そんなときにソフィーナのところへ財務官僚が寄って行って何かを耳打ちする。すると彼女は目を見開いて驚き、すぐさま俺のところへやってきた。
「お兄ちゃん」
その声は少し緊張していた。
「どうした?」
と軽い調子で訊ねると、
「国境に王国の軍が集まってるって」
待ち望んだ報告がなされた。ソフィーナは後に『このときほどお兄ちゃんが悪い笑みを浮かべたことはない』と言った。どうやらそれほど俺は悪い笑みを浮かべていたらしい。




