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異世界最強の自宅警備員  作者: 親交の日
第六章 拡大する帝国
79/140

6-12 灰かぶりの姫

拙作『お約束破りの魔王様』の方も是非ご覧下さい!

 



 ーーーオリオンーーー


 大王との会談を終えた夜。俺は提供された宿に戻ると、すぐさまカチンへ転移した。


「オリオン様。おかえりなさいませ」


「ただいま、アリス」


 そんな俺を出迎えてくれたのはアリス。嫁たちのなかで今回の戦いの煽りを受けていない暇人である。そうでもないとこの場にはいられない。


「なんとか間に合ったかな?」


「はい。子どもたちはもうダイニングに集まっていますよ」


「そうか。急がないと怒られそうだ」


「ですね。急ぎましょう」


 お互いに大王国のことは口にしない。私的な場では政治のことを言わないというのが約束事である、というのもあるが、アリスの姉が嫁いでいる国のことでもあり、口にしづらいという理由もあった。

 俺たちは急ぎ足でダイニングへと向かう。そこにはアリスが言うように子どもたちと、暇なラナ、クレアの妃二人。そして旧フィラノ王国国王のルドルフ公がいた。


「久しいの、オリオン。いや、もう皇帝陛下と呼ぶべきかな?」


「からかわないでください。別にここは公の場でもありませんし、名前で構いませんよ」


 というか、彼は俺が皇帝になるきっかけを作ってくれた人だ。あのゲイスブルク家から外へ出ることができたのはこの人のおかげである。そんな恩人に畏まられると恐縮してしまう。


「そうか。ならそうさせてもらおう」


「ところで、本日はどのようなご用件で?」


 これまでにも何度か会食したことはあるが、基本的に呼ばれなければこないというスタンスだった。しかし今回は呼んだ覚えはない。アリスが呼んだわけでもないだろう。これといった理由が思い浮かばず、結局本人に訊いてみた。


「なに。たまには娘や孫の顔を見たくなっただけじゃよ」


 などと笑うルドルフ公。だがその言葉を鵜呑みにするほど俺もバカではない。彼の言葉からすると、伝わってくるのは『家族を心配している』というニュアンスだ。それと昨今の状況を鑑みると、導き出される答えはひとつ。大王国に嫁いだレイチェル妃のことだ。実家と敵味方に分かれたため、その扱いが気になるのだろう。


「そうですか。ではこの後にでもお話ししましょう」


「頼む」


「ですが、まずは食事です。うちの主厨長が腕によりをかけて作ったものですから、是非ご賞味ください」


「そうだな。トクゾーの作った品は洗練されていて美味い。今日はどんなものが出てくるのか楽しみだ」


 と、ルドルフ公は年甲斐もなくはしゃいでいた。


 ーーーーーー


 食事を終えると少しの休憩を挟んでルドルフ公と会談する。


「では聞かせてくれぬか。レイチェルのことを」


「はい。実は自分、先ほどまでナッシュ大王国に行っておりました」


「そうなのか?」


 ルドルフ公は意外だと目を見開く。俺は頷くことで返事に代えた。


「皇帝としてではなく、全権大使としてです。そこで大王と今回の戦いの捕虜返還交渉を行いました。また、その折にレイチェル妃からも会談の申し込みがありました」


「受けたのか!?」


「お受けしました。お元気そうでしたよ」


「そうか。よかった……」


 ホッとしたようだ。しかし問題はここからである。できれば踏み込んで欲しくないのだが……。


「それで、レイチェルは何と?」


 やっぱり踏み込むよね。俺だってそうする。ここで機密だと言って撥ねつけるのは簡単だ。だがそれはあまりにも不誠実だ。特に俺が考えていることを実行するのなら、この人に言っておくのが筋だ。


「こちらに寝返らないか、と誘われました」


「っ!?」


 ルドルフ公の目が見開かれる。それが意味するところーー表面的なものではなくそこに込められた本音ーーを理解することは難しくない。要は自分に協力して帝国を打倒し、フィラノ王国の再興に力を貸せということだ。敵対する意思は明白である。


「お、オリオンはどうするつもりなのだ?」


「別に何も。攻めてくるなら撃退するまでです」


 戦争に絶対はないが、今の帝国が負けることはまずないだろう。領土はともかく、国力という点では比較にならない。仮にこの大陸全土の国を敵に回しても勝てる。それも辛勝ではなく、余裕を持っての勝利だ。ここ数年でそれだけの差がついてしまっていた。それも地球から持ち込んだ先進的な制度なんかのおかげではあるのだが。

 しかしルドルフ公が聞きたいのはそんなことではない。


「はぐらかさないでくれ。レイチェルはどうなるのだ?」


「ルドルフ公の娘さんで、アリスの実姉で、自分の義姉にあたる方ですから、もちろん無事でいてほしいと思いますし、努力もいたします。ただ、それに固執して他の大切な存在をうしなうような愚は犯しません」


 やや突き放すような表現になったが、まあそういうことだ。レイチェル妃は係累的には義理の姉にあたる人物だが、接点はほぼゼロである。話したのも今回が初めて。それなりの配慮はするが、助命のために手を尽くすーーとまではいかない。そこまでするには関係が薄すぎた。これはルドルフ公もなんとなく察していることだろう。


「それでいい。頼んだ」


 だからこそ強くは出られない。ルドルフ公は旧主であり、また恩がある。そんな人物の願いであるから、俺としてもできるだけ叶えたい。だが、それは私人としての話。公人の身としては義理や恩義以上に、皇帝として国民を守る義務がある。どちらを取るかはいうまでもない。国王という立場にいたルドルフ公もその点は重々承知している。それでも肉親への心配は尽きないらしく別れ際にも、


「くれぐれも、くれぐれも頼む」


 と頭を下げていた。俺としてもレイチェル妃について少し気になることはあったので、優先順位を上げてもいいかなとは思った。


 ーーーーーー


 カチンでルドルフ公との対談を終えるた俺は大王国に戻った。大使となれば来客もあるし、監視の目もある。さらに裏切りを誘われている身だから、それに関連してコンタクトをとってくる者がいないとは限らない。よって、カチンに泊まるという選択肢はなかった。そしてその予想は的中する。


「大使。お客様です」


「誰だ?」


「侍女です。大王妃様の使いだとか」


「会おう。通せ」


 ルドルフ公からも頼まれているし、ちょうどいい。かくして使節団の随員が連れてきたのは、まだ十代半ば程度の少女だった。

 しかし、驚くほどのことではない。何不自由なく贅沢な暮らしを当たり前のように送っているーーそれが一般人の抱く貴族のイメージだろう。だが、そんな生活を送れるのは上級貴族(伯爵以上)のみ。彼らは広大な土地を領有し、要職を独占しているため、潤沢な資金が得られる。ところがその他の貴族はそうもいかない。領地は零細で、役職もあまりよくない。そのため収入は上級貴族と比べると大きく見劣りする。下手な貴族より商人の方がいい生活をしている。なかには商人への借金で首が回らなくなる者さえいた。そんな下級貴族は家計の足しに子どもたちを使う。男子は軍や役所へ送り込む。女子は金稼ぎのための結婚をさせられる。側室ならまだいい方で、なかには商人の妾にされる者さえいた。さらに見目麗しい少女は王城や上級貴族のもとへ侍女メイドとして送り込まれることもあった。お手つきになってくれればラッキー、というわけだ。それで上とのパイプができ、出世の糸口になるかもしれないという淡い期待を抱いているのである。今回の少女もそのクチだろう。


「失礼いたします」


 俺の前で礼をした少女はターコイズブルーの髪色に、同じ色の瞳をしている。その声も落ち着いており、髪や瞳の色と相まって涼やかな印象を受ける子だ。


「面会のご許可をいただきありがとうございます。わたしはリアナと申します」


「竜帝国の全権大使、ジュタロー・コムラです。なんでも大王妃様の使いだとか」


「はい。伝言を言付かっております」


「そうですか。では、立ち話もなんですしお座りください。今、お茶を用意します」


「え? あ、いや、わたしごときが大使様と座って話すなどーー」


「まあまあ。ここには人目もありませんし、そんなに畏まらなくてもかまいませんよ。それにあなたのような可憐な少女を立たせたまま、わたしが座っているなど我慢できません。あなたが立つならわたしも立ちます」


 と、少々強硬に主張してみる。するとリアナと名乗る少女は、


「わかりました。では座らせていただきます」


 折れた。備えつけのソファーにちょこん、と腰かける。それを確認した俺は立ち上がり、紅茶を淹れる。するとリアナは慌てて立ち上がり、


「お茶ならわたしが淹れます!」


 と申し出た。が、俺はそれをやんわりと断る。


「侍女とはいえ、お客様です。そのようなことはさせられません」


 正直なところ、この国のーーというよりこの世界のお茶は美味しくない。製法やら淹れ方などが未だに完成されていないのだ。帝国では俺が普及させたため、主だった場所では地球で育まれた技術で淹れられたお茶を飲むことができる。だが半ば国交を閉ざしている状態なため、外にはあまり広がっていなかった。湯を沸かす時間が面倒なので、魔法を使って生み出す。茶葉は最高級品。水は硬水だ。ポットにお湯を注ぎ、蒸らしてから温めておいた茶器に注ぐ。そして砂糖やミルク、レモン、ジャムなどが乗ったトレーに乗せてテーブルに運んだ。


「あ、ありがとうございます……」


 リアナは恐縮しているようだった。俺だって偉い人にそんなことをされたら同じ気持ちになるだろう。だが、それこそが狙いだ。目上の人間からもてなされることで精神的な動揺を誘い、この場での主導権を握る。幼さゆえにその効果は覿面だった。もちろんそれだけではなく、


「あっ、おいしい……」


 この紅茶にも仕掛けがある。地球からやってきた洗練された淹れ方で淹れた紅茶は、この世界のそれよりもはるかに美味しい。そしてこれを味わった者が次に考えるのは、


「このお茶、とても美味しいですね。是非とも淹れ方をご教授いただけないでしょうか?」


 ということだ。


「構いませんよ」


「本当ですか!?」


「ええ。別に秘密にしているわけではありませんし、帝国ではこの方法が一般的になっていますから。伝わるのは時間の問題でしょう」


 貴族の世界ではこんな些細なことさえも『貸し』になる。塵も積もればなんとやらで、こういう小さな『貸し』を積み重ねておいて損はない。ま、こういう手は初見殺しなのだが。


「ところで、大王妃様の言伝とは何なのでしょうか?」


 場が和んだところで本題を切り出す。すると紅茶を楽しんでいたリアナは居住まいを正した。


「大王妃様の言伝は、正確には大使にではなく、皇后陛下とルドルフ様へのものなのです」


「なるほど。伝言ですか」


「はい。大使にこのようなお願いをするのは大変心苦しいのですが……」


「構いませんよ。伺いましょう」


 家族に対しての伝言なのだ。受けつけないはずがなかった。俺もそこまで非情ではない。


「ありがとうございます。ではーー『今までありがとう。私のことは気にしないで』と」


「っ! それはーー」


 俺は予想外すぎる伝言に驚いた。今までの彼女のスタンス的に、王国の再興に力を貸してくれ、とかそんな内容だと思っていた。だが今のその言葉はまるで死期を悟った者のそれだ。


「大王妃様は何かご病気でも?」


「いえ。大王妃様はお元気です」


「ではなぜーー」


「実は、大王妃様は脅されているのです」


「脅されーーって、それは祖国のことで?」


 脅される理由はそれくらいしか思いつかない。よほど込み入った事情があれば話は変わるがそういうわけではないだろう。半ば確信を持って訊ねると、リアナは首を縦に振った。


「大使様! お願いです! どうか大王妃様の言伝をお二方に! そして、皇帝陛下へもお口添えを!」


 そして伝言と、皇帝への直訴を懇願した。しかし俺はついていけない。なぜ一介の使用人でしかない彼女がこれほどまでに必死になるのか。それがわからない限りは簡単には頷けなかった。すると返事をしない俺に焦れたのか、


「……やはり信用できませんよね」


「いや、そういうわけではないがーー」


「わかりました。では本当であることを証明して見せます!」


 リアナは突如立ち上がると、着ていた服を脱ぎ去った。第二次性徴期の、少女と女性の狭間にある肢体が露わとなる。って、


「急に何を!?」


 咄嗟に目を逸らしつつ、彼女に抗議する。俺も男だ。美少女の半裸姿を見れて嬉しくないわけではない。だが、急に何の前触れもなくやられてもただただ困惑するだけだ。しかしリアナは完全にハイになっているようで、


「わたしを抱いてください! 報酬は先払いです! さあ! わたしはたとえ一生を独り身で過ごすことになっても構いません! ですから、信じてください! そして大王妃様の言伝をお二方にーー」


「あー、もう! 待て! 落ち着け! いいから服を着ろっ!」


 このままでは収拾がつかないため、演技をかなぐり捨てて少し本気で怒った。その威圧感はドラゴンたちも震え上がらせた折り紙つきの代物だ。リアナも肝が冷えたらしく、落ち着いて、言われた通りに服を着た。そしてソファーに座ってもう一度話し合う。


「お前の覚悟の程はわかった。だが、それだけでは信じられない」


「そんな……」


 おそらくあれが最終手段だったのだろう。それを防がれた挙句に誠意を認められなかったのだから、リアナは消沈した。


「人を動かすのなら形はどうあれ納得させなければならない。それはわかるな?」


「はい……」


 そう。人は納得しなければ動かない。言葉で諭されるのはもちろん、例え刃物で脅されたりしたとしても、それが動く理由として納得できなければ人間は動かないのだ。リアナ最初に前者、最終手段に後者の方法を採っていた。それは間違っていない。今回、問題となるのは二点。ひとつ目は、相手を測りかねたこと。脅しという手段はそれが確実にできるという確信がなければやるべきではない。二つ目は誠意を欠いたことだ。昼間に裏切りを示唆していた相手が、突如として態度を翻せばどう思われるのかーーそれを想像するのは難しくないだろう。さらに強引な手段に出たことも大きな失点だ。俺はそれらをひとつひとつ示した上で、


「俺が納得できる理由を、説明してくれないか?」


 と問うた。これは失策を犯したリアナへの救済措置であると同時にラストチャンスでもある。嘘や虚言は許さない、と目に力を込めた。すると彼女は、


「……わかりました。すべて、お話しします」


 観念したように項垂れ、やがてポツポツと話し始めた。


「まず、先ほどは申し訳ありませんでした」


「何のことかな?」


 はぐらかしているようだが、これは『なかったことにする』という言外のメッセージである。リアナも理解したようで頷いた。ちなみにこれも貸しである。どんなときにもポイント稼ぎは怠らない。受領は倒るるところの土を掴め、だ。


「なぜわたしの身を大使様に差し出すことが本気である証拠だと考えたのかというと、わたしが王女だからです」


「……は?」


 いきなりの爆弾発言に目が点になる。だが遅れて脳が言葉の意味を処理すると、視線を強めた。言わんとするは、『この期に及んで嘘をつくのか』。


「ほ、本当なんです。信じて、ください」


 リアナは半泣きになりながらも気丈に訴えた。本当だ、と。しかし悪魔の証明にも似て、確認することは不可能である。大王に訊けばあるいはわかるかもしれないが、なぜ彼女と一緒にいるのかという話になるのは明らかだ。さすがにそこまでの面倒事を背負いこむのは勘弁したい。となれば、頼りになるのは己の経験と勘。一番信頼できないやつだ。……ここは本当だと仮定して話を聞こう。二度目はない、ということを重く受け止めていると信じて。


「なら仮に王女殿下だとして、なぜそんな貴人が侍女を?」


「それは……母の家柄が低く、父や兄弟からあまりよく思われていないのです。それを大王妃様は不憫に思ってくださり、自らの側仕えにしてくださいました」


「信じられませんね。冷遇されていたとはいえ、王女であった方がそう簡単に侍女の立場になることをよしとするはずがありません」


 人間の欲望というものは際限がない。特に生まれながらにして特権階級にあると、それにしがみつきたくなるものだ。もしそれができたのだとすれば、伝説の聖人君子レベルの人格者だということになる。しかしそれを無条件に信じられるほど、俺は理想を抱いていない。何事にも疑ってかからなければならない、その自分の生き方が嫌だと感じることもある。だが皇帝という立場上、その責任がある。自分が国家の命運を握っているのだ。勝手は許されない。


「……大使様は何でもお見通しなのですね」


「いや。これが性分なだけです」


「はぁ……。まったく大使様に敵う気がいたしません。これでも弁舌には自信があったのですが」


「わたしの方が長いですからね。ですが、これからきっと伸びますよ。何事も経験です」


「そう思って精進いたします。ーーわたしの母の家柄が低いのは事実です。ですが、それでも王女。王族としての教育を受けていました。そして、その出来が兄弟の中で一番よかったのです」


「……なるほど。なんとなく見えてきました」


「さすがは大使様ですね。お察しの通り、それを兄たちはよしとしなかったのです」


 俺はトドリス王子とレノス王子を思い浮かべた。二人ともプライドが高そうで、噂になっているエリザベスに嫉妬していたほとだ。身内に自分より優れた存在がいることを、彼らが素直に認めるとは思えない。


「女であるわたしに負けたのがよほど悔しかったのでしょうね」


 リアナは自嘲するように笑った。馬鹿馬鹿しい。能力に男も女も関係あるかーーなんていえるのは、俺が地球からやってきたからだろう。まだこの世界では『性差』というものは激しい。地球にもあった白人至上主義ではないが、男性至上主義ともいうべき風潮がこの世界には蔓延している。帝国のように閣僚に女性が入っていること自体、かなり異端だ。


「最初は嫌がらせ程度だったのですが、誰が入れ知恵をしたのか、ある日からわたしへの風当たりが途端に強くなりました。さらにそれはわたしに留まらず、母の実家にまで及んだのです。結果、母の実家はお取り潰しに。小なりとはいえ後ろ盾を失った母は宮廷闘争に巻き込まれ、心労で亡くなりました」


 リアナは亡き母を偲んでか、ほろほろと涙をこぼす。この時代の結婚事はシビアだ。婚姻関係のほとんどは打算であるから、メリットーー嫁の実家が持つ利権の供与などーーがなくなると、途端に冷遇されるようになる。絶世の美女(平民)<ブス(大貴族の娘)という図式が平気で成り立つのだ。地球からきた俺からすると正気を疑う。最初これを知ったときには大きなカルチャーショックを受けた。だが異文化は尊重するべきである。だから何も言わない。俺は無視するだけだ。尊重することと従うことは違う。その点をはき違えてはいけない。


「それは……申し訳ないことを聞いてしまいました」


 そのような背景があるにせよ、彼女にとってそれは辛い思い出だろう。語ってくれた彼女に謝意を示した。


「お気になさらず。ーー周りが害されると、わたしはやり方を変えようと思いました。そのころにはもうなんとなく、成績がいいせいでこうなっているのかなと思っていたので」


 それまでは周りを見返してやろうと躍起になって勉強していたという。成績が上がるにつれて嫌がらせも酷くなったため、そのことに気づいたようだ。


「それでわざと成績を落としました。でも、嫌がらせはなくなりませんでした」


 味を占めたんだろうな。あるいは弱者を虐めることに愉悦を覚えたか。どちらにせよロクでもない。


「むしろ今までより立場は苦しくなりました。先生たちもわたしを冷たくあしらうようになって……」


 リアナは唇を噛む。そこには激しい後悔があった。


「そんなわたしを救ってくださったのか大王妃様でした。兄弟からの悪意から守るため、わたしを侍女として側に置いてくださったのです。正直なところ嫌でしたが、大王妃様は積極的に全国の名士を集めて講演を開かせていました。それがわたしに向けてであると気づいたとき、わたしは深い感謝を抱くとともに、いつか必ずこのご恩をお返ししようと思ったのです」


 レイチェル妃はリアナを自分の庇護下に置くことで彼女を守ったのだろう。なかなか賢い。それに名士を招待して講義をさせたことも評価できる。角が立たない方法で見事リアナに教育を受けさせたのだから。


「……なるほど。事情は理解しました。信じましょう」


「では……!」


「ええ。伝言も承りますとも」


「あ、ありがとうございます!」


 リアナは勢いよく頭を下げた。虐げられたことがいい方向に働いたらしく、謙虚で素直な性格に育っている。もしそのようなことがなければ、もしかすると自らの才能にあぐらをかいた高慢ちきなお姫様になっていたかもしれない。その意味では、虐められていた経験はよかったのかもしれない。


「そして、あなたがたの救出も具申いたします」


「え?」


 喜んでいたリアナだったが、続くこの言葉には首を傾げた。当然だろう。いきなり救い出すなんて言われても混乱するに決まっている。


「つかぬことをお訊きしますが、あなたは言うまでもなく大王妃様のお立場も悪いのでは?」


「それはーーはい……」


 リアナは咄嗟に否定しようとして、しかし諦めて肯定した。この世界の結婚事情を鑑みれば、祖国が滅びたレイチェル妃の価値はないも同然となっていることは容易に想像できる。最後の仕事は旧フィラノ王国を復興させるという名目で帝国に攻め入るための旗印にすることだ。それが終われば完全に用済み。その末路は……。なら、帝国に引き込もうというわけだ。ぶっちゃけ話す前はリアナのことなんてまったく知らなかったし、レイチェル妃にもあまりいいイメージを持っていなかった。だがこうして話を聞くと二人とも聡明だ。そこで是非とも帝国に力を貸してほしいと思った。都合がいいということはわかっているが、それでも彼女たちが欲しいのだ。そのためなら多少強引でもいいよね、ということでここはひとつ交換条件でいこうと思う。


「これを受けていただけるのなら、伝言役をお引き受けいたしましょう」


「……わかりました。もしわたしたちのところへたどり着けたなら、そのときはご協力いたします。そのお約束でいいでしょうか?」


「はい。結構です」


 こうして口約束ながらも契約成立となった。

 苦境に立たされても強く生き続けるリアナの姿ーーその姿を見て灰かぶりの姫というフレーズが思い浮かんだ。灰かぶりの姫。またの名をシンデレラという。




【お知らせ】次回から新章に突入します。


【お詫び】以前、年内に終わるとアナウンスしましたが、見込みが立たなくなりました。よって来年も続きます。よろしくお願いします。新作については目処がつき次第、お知らせしたいと思います。

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