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異世界最強の自宅警備員  作者: 親交の日
第六章 拡大する帝国
78/140

6-11 ナッシュ大王国

拙作『お約束破りの魔王様』の方も是非ご覧下さい!

 



 ーーーオリオンーーー


 現在の帝国は先の大王国軍奇襲の後始末に追われている。外務大臣であるオーレリア、次官のレオノールを筆頭に、あちこちの行政機関がてんやわんやの大騒ぎである。軍部も暇ではなく、一万近い捕虜の管理や反攻の準備に忙しい。

 さて、そんななか俺は帝国全権公使・ジュタローとして大王国へと乗り込んでいた。その目的は不当な侵略行為に対する抗議と、捕虜の処遇について協議するためである。万が一に備え、懐には宣戦布告の通知書も用意してある。話がまとまらなければこれを叩きつけることになっている。こちとら可愛い子どもたちが危ない目に遭ったのだ。沸点はいつになく低い。このことは妻たち、そして家臣一同も賛成だった。落とし前はつけさせる。

 大王国の王都へ乗り込んだ俺は、早速会談を申し入れた。許可はすぐさま下り、翌日にその席が設けられた。指定された場所は謁見の間。宮殿の建物はビザンツ建築を彷彿とさせ、内装もそれに近しいキリスト・イスラム折衷様式のようだ。そこへ乗り込んだ俺は居並ぶ王侯貴族を睥睨する。すると彼らは一様に顔をしかめる。広間の正面に座る、やたらと豪華な服や装飾品で身を固めたヒゲモジャ男が声をかけてきた。


「使者よ。大王たる余に平伏せぬとは何たる無礼か」


「はははっ。これは面白いことを言われる。他国に攻め入っていながら礼儀を求めるとは、なんとも傲慢なことですな」


「なんだと!?」


 俺の言い草に腹を立てたのは大王ではなく、その右隣にいる甲冑姿の大男だった。防具に覆われていないわずかな隙間からはムキムキの筋肉が覗いている。咄嗟に思い浮かんだのは『脳筋』の二文字。出で立ちと体格からしてこの国の将軍なのだろうが、単細胞っぽい。しかも短気らしかった。その短気な単細胞将軍を諌めたのは大王。


「止めよ、将軍」


「はっ。ですがーー」


「よい。礼儀も弁えぬ輩の言動にいちいち腹を立てていてはこちらの品も落ちるというものだ」


「なるほど」


 大王の言葉に納得した様子で引き下がる単細胞将軍。ところでさらりと自分も貶されていることに、果たして彼は気づいているのだろうか?


「はははははっ。これは面白い。実に滑稽で面白い。いやー、面白すぎて笑いが止まらない。あははははっ!」


「な、何がおかしいというのだ」


 さすがに笑いすぎたのか、単細胞将軍が俺を奇異の目で見ていた。いけないいけない。でも、笑いが止まらない。それでもなんとか言葉を絞り出す。


「我々が無礼者なら……くくくっ……あなたがたは野蛮人だな……と。ふふっ」


「なに?」


 これは看過できなかったらしく、大王が声を返してきた。


「他国の領土を通って攻め入るなど……。いやはや。貴国に領土という概念は存在しないようだ。そんな国家など野蛮。そこに住まうあなたがたは野蛮人と呼んでいいでしょう」


「「「……」」」


 その場の誰もが閉口し、俺を憎々し気に見ている。やがて大王は絞り出すように、


「……よく回る口だな」


 とだけ言った。喧騒が消え、場に沈黙が下りる。そこで俺は本題を切り出した。


「ところで、今回わたしがやってきたのは戦後の調停のためです。早速そちらを行いたいのですが?」


「承知した。では別室に移動して話をしようではないか」


 大王はそう言って玉座を立ち、奥へと引っ込んだ。俺はどうすればいいのかしらん、と思っていると横から使用人らしき人物が現れた。


「ご案内いたします」


 と言って先導してくれた。その途上、


「もし」


 廊下で声をかけられる。その相手は女の人。ただ、その出で立ちから貴人には見えなかった。服装はとても質素で、いかにも使用人といった風体である。


「何か?」


「大王妃様がお会いしたいと」


 そして持ちかけられたのは王妃との面会だった。


「なるほど。承知いたしました。大王妃様といえば皇后陛下の姉君。喜んでお受けいたしましょう。大王様との交渉が済み次第、お伺いいたします」


「いえ、大王妃様は今すぐお会いになられたいとのことです」


 と、ここで予想外の申し出を受ける。彼女は今何と言ったのか。その意味を理解するのに数瞬の間を要した。さらに理解してからは驚きのあまり目を丸くする。彼女の言に従えば大王ーーすなわち一国の元首との約束を反故にしろということだ。とても首を縦に振れる話ではない。


「申し訳ない。わたしはこれから大王様との会談があるのでーー」


「ご安心ください。大王様には既にお話を通していますので」


 そう言うからには許可をもらったのだろう。本来なら大王との会談を優先すべきだろうが、主君の姉の命に強く逆らうことはできない。特に断る理由もなく、俺は行き先を大王妃ーー義理の姉のもとへと変更した。


 ーーーーーー


「よくきてくださいました」


 入室するとレイチェル大王妃に話しかけられる。俺は儀礼的に片足をついて跪いた。


「お初にお目にかかります。レイチェル大王妃陛下。わたしは竜帝国のジュタロー・コムラ子爵です」


「レイチェル・マリア・ナッシュです。これからどうぞよろしくお願いします。さあ、お立ちになって。ソファーに座ってください」


「恐れ入ります」


 挨拶を交わすと座るように勧められた。それに素直に従う。ここは一度断るべき場面でもない。


「本日お呼び立てしたのは他でもありません。祖国フィラノ王国についてです」


 そんな国は既にないーーそんな言葉が喉元まで出てきたが、話の腰を折るわけにはいかないので黙って続きを聞く。


「単刀直入に申します。祖国の復興にお力を貸していただきたいのです」


「それは……」


 何といえばいいのか、言葉に迷う。もちろんにべもなく断ればいいだけなのだが、急すぎて体のいい断り文句を思いついていなかった。野蛮人と言った手前、ここで適当に断ることができない。自分の発言に縛られてしまった。ここは取り敢えず断る姿勢を滲ませて時間を稼ごう。


「わたしは皇帝陛下より格別のお引き立てを賜り、一介の浪人から子爵という貴族に列していただきました。大恩のあるお方ゆえに裏切ることは……」


「そう言わないでくださいまし。わらわの夫であるヴラド陛下は皇帝より器が広くていらっしゃいます。ご協力いただけるなら広大な領地と侯爵位、そして王族との婚姻をお約束いたしましょう」


 レイチェル大王妃は裏切った際の報酬をポンポンと提案してくる。高い貴族位と広大な領地では、少し後に討伐エンドとなりかねない。だからこそ王族との婚姻を持ち出したのだろうが、それでも次の代で『王位を簒奪しようとした』なんて適当な罪に問うことができる。どちらにせよ待っているのは滅亡エンドだ。都合よく使い潰そうという意図が丸見えである。

 さらにいえば信用ならない。なぜなら領地や爵位の授与を決めるのは大王だからだ。その妃の言葉を鵜呑みにはできない。……いや、もしかするとこれは大王の差し金かもしれない。妻を溺愛していて甘いというなら納得できるが、生憎とそのような話は聞いたことがない。だがこの話を持ちかけたのが大王ならば色々と辻褄が合う。ここにきて裏の事情をようやく掴めた気がした。


「それは大変魅力的なお話ですね」


 と、ここは敢えて乗り気であるかのような態度を示す。するとレイチェル大王妃の笑みが深まった。


「ええ。それと、コムラ子爵にご協力いただいた帝国貴族の方々も、陞爵と領地の安堵はお約束いたします。さらに近隣の敵対勢力の領地を加増することもできますから、是非ともご活用ください」


 これは仲間内に声をかけて裏切る貴族を増やせということか。先に示された内容を手土産にして。なるほど。この調子なら他にいくつかの貴族にも声をかけていそうだ。帰ったら早速ソフィーナに調べさせよう。もっとも彼女のことだから、既に嗅ぎつけているかもしれないが。


「わかりました。それではわたしはこれで。大王様をあまりお待たせするわけにはいけませんから」


「そうですわね。ではコムラ子爵、頼みましたよ」


「御意に」


 そう言って別れ際のやり取りを済ませた。部屋を辞した俺は足早に大王が待つ部屋へと向かった。


 ーーーーーー


「お待たせして申し訳ない」


 そんな断り文句とともに入室した俺。大王は子どもと遊んでいた。


「すまないな。レイチェルがそなたと面会したいというから、空いた時間に子どもたちと遊んでいた。このようなときでないと満足に子どもと遊べないからな」


「お気になさらず。わたしも仕事柄、外国を転々としておりますので、子どものことは妻や家臣に任せてばかりです」


 俺は大王に対して笑いかけながら同意を示した。実際は皇帝という立場にあるため帝都からはあまり出ない。だから公務でもない限りは朝昼晩の三食を一緒に食べるようにしている。さらに昼休憩では年少組、夜は年長組と談笑する機会も設けていた。なんとしても家族と交流しようとするのは、俺の前世が日本人だからだろう。だが今は敏腕外交官コムラ子爵だ。皇帝の代わりにあちこちを飛び回っている設定だから、家族と頻繁に交流していると悟られるわけにはいかない。だから話を合わせた。

 やはり似たような境遇であると親近感が湧くのか、謁見の間でのピリピリした空気は消え失せて和やかな雰囲気になる。そして親によくいるのが、子どもの話となると途端に自慢したくなる人だ。大王もその例に漏れず、子ども自慢が始まった。


「紹介しよう。これは長男で太子でもあるトドリス。こっちは次男のレノスだ。二人ともレイチェルに似て利発で、余に似て武勇にも優れている。他にも何人か子はいるが、この二人が最も優れている」


「トドリス・ナッシュだ」


「レノス・ナッシュである」


「これはこれはご丁寧に。わたしは竜帝国のジュタロー・コムラ子爵です。本日は両殿下のご尊顔を拝することが叶い、恐悦至極に存じます」


 子どもながらに精一杯威張っていて、自尊心の塊であることが見てとれる。問題は、果たしてそれが周りの『よいしょ』なのか、はたまた本当の実力なのかという点だ。しかし今すぐにはわからない。今後は彼らにも注意を払っておこう。


「コムラ子爵。エリザベスはどのような人物なのだ?」


 ここでトドリス王子から質問が飛ぶ。しかしなぜエリザベスの話題が出てくるのか。


「おい、トドリス。仮にも他国の皇族なのだ。ちゃんと尊称をつけんか! すまない子爵。まだ若いゆえに許してくれ」


「いえいえ。お気になさらず。それよりエリザベス皇太女殿下のことですか」


「うむ。近ごろ、エリザベス殿が武功を挙げたと耳にした。トドリスはエリザベス殿と同年代。それに刺激されたようで、自分も戦場に出たいと申すのだ」


「なるほど。そういうことでしたか」


 事情を聞いてようやく質問の意図が読めた。ライバルの動向に耳をそばだてるその気持ちは理解できる。なら、当たり障りのない範囲で教えてもいいだろう。そんなわけで簡単にエリザベスの行動と結果を話して聞かせた。


「ふむ。ただの一五〇で一万の我が軍を足止めしたのか……」


 大王は興味深そうに聞いていた。一方の王子たちは難しい顔をしている。自分たちにはできない、と思ってしまったのだろう。だがそれは間違っていない。なんならエリザベスにもう一度やってみろといってもできないだろう。率いていたのが近衛軍だったこと、大王国軍の足並みの乱れーーその他、挙げればキリがないほどの『偶然』の結果が奇跡的な勝利だったのだ。

 ーーと俺は思うのだが、プライドの高そうな王子たちに訊けばどうなるのだろう、という悪戯心が湧いた。そこで二人に水を向けてみる。


「王子殿下はどう思われますか?」


「ふ、ふんっ。女にしてはなかなかやるようだ。だが俺ならばそのような小勢ごとき蹴散らして、都へと攻め上ることもできただろうに」


「まったくだ。不甲斐ない。下賎な平民が指揮をするからこのようなことになる」


 俺はそんな二人の発言にコクコクと頷きつつ、内心ではほくそ笑んでいた。これから大化けでもしない限りは恐るるに足らず。特に第二王子。身分を勝ち負けの理由にするなど、戦争を舐めているとしか思えない。


「ははは。我が子は実に剛毅なことだ」


 大王もそれを感じたのか、少々褒め言葉が苦しい。その後、すぐさま二人に退出を命じた。


「いや、見苦しいところをお見せした」


「ご子息は実に勇猛であらせられますな。いやいや、大王様が羨ましい」


「それは光栄だ」


 もちろん皮肉である。副音声は『脳筋乙』といったところだろうか。とにかく褒めているようで褒めていない。もちろんそのことには大王も気づいていて、だからこそ返事もあっさりしていたのだ。だがそこで大王の目が挑戦的になる。そして次なる言葉は予想通り、


「子爵のご子息はいかがかな?」


 というものだった。こちらの子を貶したのだから、貶し返すぞコラ、といったところだろう。まあ実在しない人間のことだから何とでもいえるが、ここは控えめにいこう。大事なのは短所を見せることだ。


「わたしには二男一女がおります。どれも優秀なのですが、腕っ節が強くないのが玉に瑕でして。将来は文官にしようと考えております」


 なんて、架空の子どもたちの足りないところを自嘲的に言ってみる。すると大王は愉快そうに笑い、


「そうかそうか。子爵の子息には武勇が足りぬか」


 と、声高に言う。……ちょっと、いやかなりムカついた。本当のこと言いてえ。俺がエリザベスの父親ですって言いてえ。言えないんだけどね。はぁ。さっさと終わらせよう。


「ところで捕虜の返還などについて話し合いたいのですが」


「おお。そうであったな。では始めようではないか」


 といってようやく話は本題に入った。よく外交交渉と個人的な親交関係は別だといわれるが、無関係な人間よりも一定の親交がある方がやりやすいと思う。もっとも厳しい要求を突きつけなければならないときは、かえってそれが良心の呵責を引き起こすことになるのだが。要は何事も中庸が大切ということだ。

 さて、肝心の交渉だが、これはすんなりとまとまった。うちが身代金の国際相場を守り、過大な要求をしなかったからだろう。ついでにいうと、大王に身代金の支払いを拒否するという選択肢はない。なぜなら、兵士は村や町の生産年齢人口だからだ。もし兵士たちが帰ってこない場合、村や町における農作物や商品の生産量が減る。すると税収もダウン。そして国力もダウンするという負の連鎖に陥る。さらに少なくない貴族を捕らえているから、地方の統治も緩む。貴族家で当主争いでも起これば目も当てられない。そのような事態を防ぐには、帝国に身代金を払って一刻も早く損害を回復しなければならない。だからすんなりと交渉が終わったのだ。具体的には経費(捕虜の治療費や食費)の内訳を説明。次いで返還の日時を決め、最後に捕虜とした日から逆算して身代金の総額を提示した。大王は了解した、のひと言である。以上。終わり。

 しかし次の話題ーー和平については難航した。すなわち、どちらが上の立場に立つのかということだ。帝国側は今回勝ったのは自分たちなのだから、当然こちらが上だと思っている。だが大王国は今回はたまたま負けただけ。本気を出せば自分が強いと言い張る。議論は延々と平行線をたどった。結局、和平については先送りし、捕虜返還をを先に行うことで合意。条文を交わし、俺は宛てがわれた宿へと戻った。




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