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異世界最強の自宅警備員  作者: 親交の日
第六章 拡大する帝国
75/140

6-8 戦場の鬼ごっこ ※もちろん命がけ

今回もエリザベス回です。


拙作『お約束破りの魔王様』の方も是非ご覧下さい!

 



ーーーエリザベスーーー


 急報を受けた私は兵を率い、予め定めた迎撃点に進出して陣を張りました。そこは盆地になっていて、正面には平野、背後に山が広がっています。これなら例の作戦が実行できそうです。しかし安堵してばかりではいられません。この間にも敵は迫ってきているのですから。


「よし、作業にかかれ!」


 大隊長の号令で、随行してきた農民の方々がすきくわを使って地面を掘っていきます。木こりの方は近くの木を切り倒し、大工の方はそれらを柵にしていきました。商人や町人の方々には物資の輸送の手助けをしていただいたいます。これはナハの近隣集落の総力を結集した作業です。皆さん精力的に動いてくださっています。


 ーーモー


「おいこら、言うこと聞け!」


 牧場主さんには、山の上に作った簡易的な柵に連れてきた牛を管理してもらうことにしました。苦戦されているようで、先程から牛に怒鳴っています。


 ーーキャン! キャン!


 その隣で犬も吠えていました。ただ牛たちは全然怖くないのか、呑気にモーモーと鳴いています。その対比がとても面白かったです。

 またある所では、


「なんだってこんな穴掘りしなきゃいけねえんだよ」


「まったくだ。これなら弓の鍛錬でもしてた方がマシだぜ」


 と、若い村人たちが不満を口にしていました。その後ろには近衛兵がひとり。鎧にある階級章は軍曹です。そんな彼は村人の後ろから声をかけます。


「死にたい奴は穴を掘らなくてもいい。だが、死にたくなければ穴を掘れ! 一センチでも、一ミリでも深くだ! そのわずかな差が命運を左右するぞ!」


「だけど兵隊さんーー」


「何か文句があるのか?」


「あ…………ありません」


 軍曹に睨まれると、村人は黙って作業に戻りました。粛々と穴を掘っています。兵たちに監視されているとわかると(もちろん兵たちも作業をしています)、先程まで盛んに飛び交っていた私語も消え去りました。残ったのはザクザクと土を掘る音だけです。

 そのように構築されている陣地の見回りを終えて本陣の近くに戻ってくると、


「殿下。行って参ります」


「よろしくお願いします。あなたがたの働きにこの作戦の成否はかかっています」


「命に代えましても、必ずやご期待に添ってご覧に入れます。ーーでは」


「出陣ッ!」


 ここからさらに前進する第一、第二中隊長のお二方と、その部下たちに会いました。彼らの任務は敵の足止めです。しかし如何に精鋭といっても、わずか百名の小勢。正面から挑んだのでは容易く蹴散らされてしまいます。そこで何度も襲撃を繰り返し、損害を与え続けることで敵に再編成の時間をとらせて進撃を遅らせるーーそれが目的です。敵の到着が遅れれば遅れるほど、この地にできる陣地は堅固になります。私は作戦の成功を祈りつつ、彼らの背中を見送りました。


ーーーーーー


 ここにきて十日が経ちましたが、そのわずかな期間に陣地は着々と完成していきました。既に馬防柵と空堀、盛土の構築は終わり、塹壕を掘る段階に入っています。これも全員が昼も夜もなく働いた結果です(夜もあちこちで篝火を焚いて昼のように照らしました)。その調子で頑張ってください。

 あれこれと忙しい陣地ですが、今日は特別忙しいです。それはアリスお母様と弟たちが訪ねてきたから。……帝都へ送還したはずなのですが?


「……あなたたち」


「「「……」」」


 私が目を向けると、送還の護衛を担当していた兵士たちが一斉に目を明後日の方向に向けました。


「怒らないであげて。彼らは私たちのお願いに応えてくれただけなんだから」


「はぁ。お願いですか……」


 私は呆れ声になり、ため息をつきました。もし兵たちがアリスお母様の『命令』に従ったのなら軍規違反ですが、民間人の『要請』に応えたのなら不問にすることもできなくはありません。任務放棄は立派な軍規違反。しかしそれを帳消しにするような何かがあれば可能です。言い訳を聞こうと隊長に目を向けると、私が問いを発する前に弟たちたちが口を開きました。


「姉上。俺たちもこの戦いに加えてください」


「「「お願いします!」」」


 まさかの参戦要請でした。ですがウィリアムをはじめとした彼らは概ね七、八歳。理由もなく戦場に立つには早すぎます。


「ダメです」


 当然、拒否します。しかし弟たちは食い下がりました。


「姉上ばかりズルいです」


 代表して言ったのはウィリアム。私の後に生まれたーーお父様の子どもとしては第二子になるーーアリスお母様が産んだ男子で、私の後の第三代皇帝の地位を約束されています。貴族たちの間ではウィリアムを皇太子に、との声も根強いようですが、お父様はもちろん、アリスお母様たちも私を二世皇帝にする方針には変わりないようです。気を揉んでいるのはシルヴィアお母様くらいでしょう。もっともあの人の心配は奴隷だった自分の子が皇帝になっていいのだろうか、という実に庶民的なものですが。ともあれ、私とウィリアムは政治的に対立関係にあるといえます。では互いに仲が悪いかというと、そういうことはありません。むしろ仲はいい方です。


「僕たちも戦えます!」


 続いたのはエドワード。クレアお母様が産んだ男子で、次代のパース公爵位とクレタ島(オリオン命名)の全島総督となることが決まっている。彼の生家であるパース公爵家は、帝国の前身であるフィラノ王国王家の血筋を引くフィラノ、マクレーンの両公爵家やお父様のご寵愛を受けるシル・ブルーブリッジ公爵家に並ぶ権勢を誇ります。それは貴族たちもよく知るところで、お父様は私の後に皇統となるフィラノ家を除き、先に名前を挙げた三家を『御三家』などと呼んでいます。ただしパース家はクレタ島の全島総督になる代わりに皇帝の地位には就けませんが。そのことは編纂された『皇室法』に定められていますし、何より島への愛情が強いクレアお母様の提案だといいます。ちなみに『御三家』の下部組織ーー考えたくはありませんが、それらの血筋が途絶えたときの非常策ーーとしてオーレリアお母様、ラナお母様、そしてやがて輿入れするキャンベル侯爵家の令嬢が産んだ子息を家祖とする公爵家三家による『御三卿』の発足も計画されています。これらの枠を外れるミリ・ブルーブリッジ公爵家は財務を司り、帝国の重きを担うことで他家との勢力バランスをとっています。

 ……話が逸れましたが、エドワードは皇族のなかでも特に武勇に優れています。同時に正義感も強く面倒見もいいため、島の豪族たちーー現在はその多くが帝国貴族に列せられていますーーの子弟の間で絶大な人気を誇っています。そんな彼が大王国の侵攻とナハの危機という状況を前にして黙っているはずがありません。自分たちも戦うと強硬に主張しています。


「ダメです。帰りなさい」


 ですが、それは許可できません。姉としてはそんな弟たちの申し出は大変ありがたいことですし、歓迎すべきことでもあります。ただし出発するときにお父様に約束しました。『お母様や弟妹きょうだいには指一本触れさせません』と。私にはそれを果たす義務があります。こうしてこの場に留まっているのも、ナハの住民たちの生命と財産を守るというのも理由のひとつですが、一番はやはり彼らが逃げる時間を確保するためです。それなのに弟たちを矢面に立たせるなど、本末転倒です。

 私は一顧だにせず拒否しましたが、なおも弟たちは食い下がります。


「武術や魔法には覚えがあります」


「僕だって魔法も得意だし、狩りで弓矢も鍛えてる」


「鍛錬や狩りと実戦は異なります。死にますよ?」


「そんなことない! 姉上のわからず屋!」


「それなら姉様も同じではないですか! この頑固者!」


「なんですって!?」


 というかただの罵倒でした。さすがに看過できず、彼らを怒鳴ります。そしてそのまま喧嘩を始めてしまいました。掴み合いの喧嘩こそしませんが、その分、口で言いたい放題、悪し様に相手を罵ります。徹底的に。そして何を言われようと泣いてはいけません。それは負けを認めることになりますから。

 ですが、それはすぐにアリスお母様に止められました。


「三人とも止めなさい! ウィリアム、エドワード。あなたたちはエリザベスに助勢にきたのでしょう? なのに喧嘩してどうするのです!?」


「「……」」


「そしてエリザベスも、姉であり指揮官なのですからもっと寛容さを持ちなさい。陛下なら怒りませんよ」


「はい……」


 そこでお父様を持ち出すのは反則です。何も言い返せないではないですか。

 アリスお母様の一喝で場は静寂に包まれました。と、そこへ折りよく兵士が駆け込んできました。丁度いいところへ、と思い振り向いてーー凍りつきました。その兵は身体のあちこちに矢が刺さり、鎧には彼のものか他の人のものかわからない血糊がべっとりとついています。それに漂う血の匂い。これが戦争なんだ、と初めて実感が湧きました。そして彼の惨状は私が命じた結果……。


「矢が刺さっていますけど、大丈夫ですか?」


 私は湧き上がった恐怖心を、兵士を労わることで逸らします。兵士が問題ない、と答えている間に心を落ち着けました。指揮官が狼狽えていては下の者を不安にさせてしまいますから。


「ーーと、報告です。我々は大王国の軍勢に対して遅滞戦術で挑み、敵の進軍を鈍らせることに成功しました。しかし敵は翌日にもここへ現れるでしょう。我々は今夜に最後の斬り込みをかけて撤退します」


「ご苦労様でした。あなたは治療を受けてから休んでください」


「はっ。お気遣いありがとうございます」


 そう言い残して兵士は下がりました。さて、いよいよですか……。


「敵が近くまで迫っているのですか。ならばここにいる護衛たちも貴重な戦力なのでは?」


「ついでに僕たちも」


 と、ウィリアムたちがしたり顔で言ってきます。とても腹立たしいですが、今は少しでも多くの兵士が欲しいところ。私は彼らの参戦を認めるしかありません。


「危なくなったらすぐに逃げること。これが条件です」


 最後の抵抗として、条件つきでの参戦を認めました。


ーーーーーー


 翌朝。まず地平線から現れたのは味方の特務第二大隊の第一、第二中隊でした。誰もが多かれ少なかれ傷を負っています。数もかなり減っていました。


「報告します。我が隊は殿下のご命令通り、優勢なる大王国軍に遅滞戦術を展開。その足止めに成功しました。なお、我が隊の損害は戦死傷あわせて三十余名」


「ご苦労……様でした。あまり時間に余裕はありませんが、ゆっくり休んでください」


「はっ」


 先任指揮官として部隊全体の指揮に当たっていた第一中隊長は、報告を終えるとすぐさま下がっていきました。それにしても、損害が三十余……。部隊のおよそ二割超の損耗率です。お父様の講義に従えば後退して態勢を立て直すべきでしょうが、現状、後を任せられる部隊は存在しません。踏ん張って戦うしかないのです。


「大隊長。敵軍に関する報告は?」


「偵察兵が見張っております。昨晩届いた報告では、我が軍の夜襲を受けた敵は再編成を行っているとのことでした。推察するに、今晩か翌朝にはここへ到着するかと」


「私も同意見です。では、A作戦を今晩に、B作戦を翌朝に発動できるように手配を。それと、第三中隊を半個借ります」


「どうなさるおつもりで?」


「敵の進軍を調整します。私がいれば、敵も目の色を変えるでしょう」


「それは危険です! どうしてもと仰るなら自分がーー」


「大隊長は作戦を完璧に発動させるために監督していただかないと。私ではどこかでミスをしてしまいそうなので」


「……ではせめて、第三中隊を全部連れて行ってください。残りは帰ってきた第一、第二中隊にやらせます」


「それでは彼らの疲労がーー」


「殿下が命をかけて敵に当たるのです。『疲れた』などとぬかす奴は、近衛師団にはいませんよ」


 大隊長は自信たっぷりに断言します。彼も苦渋の決断といった様子ですし、ここが妥協点でしょう。


「わかりました。ではよろしくお願いしますね」


「殿下も、ご武運を」


「ウィリアムたちもついてきなさい」


「「「はいっ!」」」


 こうして私は第三中隊とウィリアムたち途中参戦の弟たちを率い、大王国軍の誘導作戦に取りかかりました。


ーーー大王国軍指揮官ーーー


「クソッ! 忌々しい奴らめ……」


 未だ周囲にプスプスと音を立てて燃える自陣から、儂は遠ざかっていく騎兵の後ろ姿を眺めながら吐き捨てた。夜が白み始めた段階で引き揚げて行くその引き際のよさが実に腹立たしい。

 大王様の命を受け、教国の協力を得て帝国に侵入した儂らの目的はナハに滞在する皇族の捕縛だ。その身柄を押さえれば外交的に有利になる。そんな目論見から下った命令だった。しかし侵入直後から敵騎兵に断続的な襲撃を受けていた。敵が寡兵であるから損害は軽微だったが、被害状況の把握などに時間を要して進軍が滞ってしまう。それに、


「おい。アレは確かに近衛軍なんだな?」


「はい。間違いありません。ドラゴンが翼を広げた意匠は帝国と皇室の紋章です。さらにあの旗は房が金でした。あれは敵の近衛のみに使用を許されたものです」


「なるほど……」


 紋章官が明瞭に答える。やはり奴らは近衛で間違いないようだ。その役目は皇族の守護。そんな者たちが寡兵で襲撃をかけてくるということはーー、


「やはり空振りか」


「時間稼ぎでしょう。……急がなければ」


「うむ。そうだな。大物は逃したが、雑魚なら捕まえられるだろう。ナハへ急ぐぞ」


 肝心の目標である皇族は逃したが、ナハは有名な別荘地だ。他に貴族もいるだろう。なかには大物もいるはずだ。皇族レベルとまではいかずとも、大王国の利益になるだろう。だが大物を捕まえたいという気持ちもある。そこでつい、傍で処理に当たる副官に訊く。


「捕虜はいないのか?」


「ええ。今回もいません。死体も。まったく器用なものですね。まさか、撤退する途中に死体も負傷者もすべて回収していくとは」


 副官が呆れたように言う。儂も同感だった。そんなことを平然とできる敵がおかしい。もちろん勇敢に戦って逝った勇者たちを辱められないようにするのが理想だが、そこまでするかと思わなくもない。ともあれ考えるのは後だ。一刻も早く追撃し、ナハを確保しなければ。


ーーーーーー


「将軍! 前方に敵襲!」


「数は!?」


「およそ五十!」


 五十!? あまりに少なすぎやしないか。側にいた副官とたまたま目が合う。彼もまたキョトンとしていた。それはそうだろう。どこの世界に一万の軍勢に五十で立ち向かう者がいるのか。……何か裏ーー罠や伏兵ーーがあるのではないかと疑う。いや、そうに違いない。


「何かなかったか?」


 副官が斥候に訊ねた。たしかに現場を見た者なら何か気づいたことがあるかもしれない。


「特には……。あ」


「何か思い出したか!?」


「旗がありました」


「どんな旗だ!?」


「今まで見たことがない、黒地に銀糸でドラゴンの紋章があしらわれた旗でした。房も銀色です!」


 ふむ。ドラゴンの紋章ということは帝国軍を表すものだろう。だが近衛のものは白地に黒でドラゴンがあしらわれており、房が金でできている。紋章官によれば、一般の部隊は近衛と同じく白地に黒でドラゴンがあしらわれた旗に房が紫だという。斥候の報告にあったような旗の存在は知らされていない。儂はすぐさま紋章官を呼び、報告にあった旗について訊ねた。すると、


「……まさか!」


 紋章官は思い当たる節があるようで、激しく反応した。


「その旗は一本だけか?」


「はい。近衛の旗のなかに一本だけありました」


 斥候が答えると、紋章官は深く頷く。一体どういうことなんだ!?


「紋章官。どういうことだ?」


 儂の声を代弁するかのように副官が訊ねた。するとその問いには明確に答えず、意味深な答えが返される。


「将軍。意外な大物が釣れそうですぞ」


 ーーイラッ。


「……儂は迂遠な表現は好かん。端的に答えろ、紋章官。どういうことだ?」


 やや低いドスのきいた声でその真意を問う。すると紋章官は肩をすくめてから答えた。


「報告にあった旗は、おそらく皇太子ーーいえ、後継は皇女ですから皇太女ですか。その旗です」


「つまり?」


「そこには皇太女がーー帝国のナンバー2がいるということです」


「ならば最初からそう言え」


「失礼しました。以後、気をつけます」


 そう言い残して紋章官は去っていった。……紋章官は食いっぱぐれの貴族子弟が就く仕事だが、どうも貴族気質が抜けとらん。今も肩をすくめたのは『こんなこともわからないのか』と儂を馬鹿にする意図があったのだろう。それくらいは平民だった儂にもわかる。だがあのような者にかまってなどいられるか。儂には大王様のご命令を果たす義務があるのだ。

 しかし……


「運は儂にあるのかもしれん」


 思わず笑みがこぼれる。それからすぐに全軍へ前進を命じた。五十の小勢など軽く踏み潰し、皇女を捕らえてやる。


ーーーエリザベスーーー


 敵が土煙を上げながら行軍しています。さすがに一万人もいると迫力があります。もっとも帝都に駐屯する帝国軍はこの倍以上いるので、大した数ではありません。問題は彼らの発する威圧感です。殺気ーーいえ、闘気という表現が適当でしょうか。ともかく私と戦う、殺すという意思に満ち満ちていることが、遠くからでも肌で感じられます。


「大軍ね」


 敢えて私は気安い調子で言う。するとウィリアムが乗ってくる。


「僕たちは五十人ですしね。でも、これで勝てば永久に歴史に残りますよ」


 ウィリアムが軽口を叩くと、


「よしっ。やってやるぞ!」


 エドワードがお父様から拝領した剣を鞘から抜き放ちます。いっそ迫力すら感じさせるその剣は、獲物に飢えた肉食獣を連想させます。それくらい物々しいというか、獰猛さのある剣です。


「待ちなさい、エドワード。お父様が仰っていたでしょう? 『将たる者は後方でどっしりと構えてーー』」


「それでは僕たちには当てはまらないね」


 私の言葉をウィリアムが途中で遮りました。お父様のお言葉を遮るとは不遜ですが、ウィリアムが邪魔をしたことに困惑しました。この子はどちらかというと大人しく言うことを聞く子なのですが……。


「どうして?」


 思わず問い返すと、


「僕たちは将ではないからです。なので存分に暴れさせてもらいますよ。ーーとはいえ、僕は剣があまり得意じゃないので、魔法で戦いますが」


 そう言いながら杖を取り出すウィリアム。その杖もまたお父様から下賜されたもので、ドラゴンの里に生えている樹齢一万年以上という木から作られています。木は古ければ古いほど魔力の通りがよくなり、杖の質も上がります。樹齢一万年の木で作られた杖などは、まごうことなき最高級品です。いえ、もう国宝レベルです。ドラゴンたちに顔が利くお父様だからこそできることで、他国ではせいぜい数百年の木を使えれば御の字というところでしょう。やっぱりお父様はすごいです。ーーって、感心している場合ではありません。


「そんな屁理屈こねたってダメなものはダメです。大人しくしていなさい」


 お父様に無事に帰ってくると約束しているのです。危険なことはさせられません。


「えー。折角なんだから戦いましょうよ、姉上」


 エドワードがいじけます。これは……一度くらい当たらないと暴発するかもしれません。


「わかりました。……少しだけですよ?」


「わかってるって。さすが姉上」


 エドワードがいい笑みを浮かべています。ウィリアムも密かにガッツポーズをしていました。はあ。まったく私の弟たちは……。

 そんな問答をしている間にも、敵はどんどん近づいてきます。そしてついに魔法戦の間合い(約二百メートル)で相対しました。五十対一万。その戦力差は蟻と巨人のようなものですね。覚悟していたとはいえ、やはり実際に目の当たりにすると考えていたよりも明らかな差を感じます。これがお父様の言う『百聞は一見に如かず』ということなのですね。


「おい! 敵の指揮官は誰だ!?」


 接近していた敵から、初老の大男が前に出て指揮官を訊ねてきました。これは……答えてはなりませんね。礼儀がなっていません。人付き合いにおける基本中の基本が。もしかすると、あの方はお友達が少ないのかもしれませんね。なので右隣の中隊長に目配せをします。彼は小さく頷くと、馬を少し進ませて応じました。


「無礼者! 名を訊ねるのなら、まず自分から名乗れ!」


 と、怒鳴りつけます。いささか迫力に欠けますが、よしとしましょう。いきなり怒鳴られて相手は面食らったようです。まず先制はできたようですね。そして相手は意外に真面目な方だったようで、


「こ、これは失礼した。大王国の将軍であるギルバートだ」


 素直に名乗りました。てっきり怒ると思ったのですが、予想が外れましたね。そして相手がこちらの言う通りに名乗ったのなら、こちらも名乗るのが礼儀というものです。私はハクのお腹を足で撫でます。わざわざ蹴らなくても、この子は私の意思を汲んでくれるとてもいい子です。そうして前へ出て、中隊長よりも馬の体半分ほど前でハクを止めました。


「竜帝国皇太女エリザベス・シル・ブルーブリッジです。皇帝陛下より、近衛の一軍を預かっています」


 その瞬間、敵がニヤリと笑った気がしました。それでいいのです。目の前にある極上の獲物を見ていれば。


「皇太女殿下。降伏されよ。そちらは五十、こちらは一万。降伏は恥にならないでしょう」


 何でもないことのように言ってきたのは、敵将の隣にいた線の細い華奢な男性でした。なんとなく見覚えがあると思ったら、社交界でよく見かける貴族子弟と同じなのだと気づきます。宮廷を舞台にした権力闘争と、自らを飾りたてることにしか関心がない貴族。私は明確な理由は見つけられずにいますが、なんとなくそのような人々が嫌いです。ただ、彼の心の中は透き通った水面を覗き込むようによくわかります。降伏すれば自分の評価が上がる、といったところでしょう。もちろんそんなものは、


「お断りします」


「なぜですか? このまま戦っても敗れるだけだというのに。ここは部下のためを思って勇気ある決断をーー」


「うるさい! 既に皇帝陛下からうかがっています。お母様や私を侮辱しておいて、そのようなことがよく言えますね!」


 私はそんなことをした大王国を許しません。必ず討ち滅ぼします。それがたとえ、アリスお母様のお姉様が嫁がれた国でも。


「交渉は決裂のようだな。ではーー構え」


 敵将の言葉に私は熱くなった心が急に冷めるのを感じました。弾かれたように前を向くと、そこには杖を構える敵の姿と浮遊する複数の火球が。しまっーー


「撃て!」


 次の瞬間、それらが一斉に撃ち出されました。


「【シールド】!」


 私は得物を取り出す間もなく、自分と中隊長の身を守るので手一杯。私に向かって飛んできたものはすべて防ぎましたが、他は対処できませんでした。もしかするとーーと、最悪の結果が脳裏をよぎります。ですが隊の長として見届けねばなりません。私は恐る恐る背後を見ました。そこにはーー私と同じように魔法で防ぎ、無傷でいる兵士たちがいました。ウィリアムが杖を掲げているから、きっと彼が防いだのでしょう。


「無事なのね」


「姉上こそ」


 と笑い合います。一方、敵将は苦虫を噛み潰したような顔をしています。あの不意を突いた攻撃で決まらなかったのが悔しいのかもしれません。その気持ちはわからなくもないですが、今この場においては無駄。そして油断といっていいでしょう。なぜなら、


「突撃ッ!」


「いけっ!」


「かかれ!」


 私、エドワード、中隊長の三人が三者三様の表現で、同じ命令をしました。直後、ただ五十人の勇士たちが一万の大軍勢に突撃を敢行します。一見すると無謀の極み。ですが、私とウィリアムがお父様から受け継いだ卓越した魔法の力と、姉弟きょうだいで随一の武闘派であるエドワード、そして何より帝国が誇る精鋭集団近衛師団ーーこれら三つの要素が揃うことによって、“無謀な自殺行為”は“乾坤一擲の大勝負”へと昇華されます。突撃した私たちは早速、精鋭ぶりを発揮。騎乗してなおかつ突撃しながら矢を射かけます。騎射は馬上の揺れを克服しなければならないため高等技術とされていますが、近衛たちは当たり前にできます。敵も弓や魔法で反撃してきます。ただしこれらが味方に当たることはありません。私とウィリアムが【シールド】と【ブリザード】で魔法も矢も防いでいるからです。こうして敵へ接近した私たちはーー敵前で大旋回。その場から急速に離脱します。


「なっ!?」


 その常識はずれの行動に敵将は呆気にとられたようでしばし硬直します。ですがすぐさま、


「追え! 追うんだ!」


 と命令します。彼の号令一下、一万の軍勢が動き出しました。さあ、命がけの鬼ごっこの始まりです。




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