6-7 侵攻、大王国!
今回はエリザベス回です。
拙作『お約束破りの魔王様』の方も是非ご覧下さい!
ーーオリオンーーー
大陸諸国との関係が決定的に破綻して五年の歳月が流れた。その間の出来事を少し整理してみたい。
まず俺たち帝国が支援していた第一王子派は、支援が打ち切られるや半年で崩壊した。西の内乱は終結したのである。しかし国土は中部から北部まで、度重なる戦火に見舞われたために荒廃。さらに王国北東部は帝国の経済圏に併呑され、王国であって王国でないという状況になっていた。どういうことかというと、戦火に加えて第一王子による暴政が敷かれた結果、王国北東部は社会が崩壊した。食料は何もなく、働き手もいない(男はほとんど徴兵されてしまった)。金はあっても物はなく、わずかな食料を巡る争いが絶えない。慢性的な飢餓状態に陥り、治安は悪化した。救いの手を差し伸べるべき中央政府は戦争に夢中で見向きもしない。このような状況で帝国は商人を派遣して格安で食料品を売った。もちろん現地民による爆買いが発生。安かろうと、数が売れればそれなりの儲けになる。まず帝国はそこでガッチリ稼いだ。
第二王子が国王になるとちらほらと商人が現れて食料を売るようになったが、彼らは住民の足元を見て高値で売りつけようとした。王国南部から運ばざるを得ず、輸送費が高くついたのもある。そこへ帝国商人を投入。それらの商人よりも近距離から仕入れることから、王国商人よりも安く売ることができる。需要はこちらに向いてやはり儲かる。安売りに出てきたが、それなら輸送距離の短いこちらのもの。相手に勝ち目はない。最終的に王国北東部のシェアはほとんど帝国が独占し、事実上の帝国領に組み入れたのである。これについて第二王子ーーいや、国王が文句を言ってきたが、我が国は自由経済の国。合法的な経済活動を規制する理由はない、と歯牙にもかけなかった。言い分としてはなかなか強引だが、かといって国内ズタボロの王国が帝国に挑むのは自殺行為。それは相手もわかっているのか、軍事行動に出ることはなかった。
教国は目下のところ内紛の鎮圧に苦心していた。というのも、帝国がナカイコウ学校で養成した工作員たちが主に教国側の旧新教国領で暗躍。住民に教国への不信感を植えつけていた。帝国側の旧新教国領を統治しているアナスタシアをバックにした《護法救世軍》を組織し、大規模な反乱を主導。教国の聖騎士団をゲリラ戦術で翻弄していた。このような背景もあり、教国はほぼ無力化されている。
そして大王国は、『フィラノ王国のアリス女王は王位の簒奪者であり、その後継国家である竜帝国の皇帝オリオンもまた簒奪者である。正当なる後継者はルドルフ王の長女、レイチェル大王妃であるから、大王国は彼女の即位を支援する』と発表。帝国との対決姿勢を鮮明にした。また帝国商人の資産没収を行なったが、大店は既に国外退去していて、零細の行商人くらいしか捕まえられなかった。こちらの作戦勝ちである。
国内へ目を向けると、大王国をはじめとした外国との内通を理由に国家反逆罪を適用され、貴族家の多くが潰れた。五年前には三百を超えていた貴族家の数が、今や百に満たない。摘発できたのは国中に存在するオリオン商会のネットワークのおかげだ。商人は情報が命。だから下手な諜報員よりも商人の方が有能だ。そのトップであるソフィーナ(表向きの代表は古参店員でエルフのアリアが務めているが、実際はソフィーナの支配下にある)はさらに有能だから、商人たちを見事にまとめ上げて貴族を監視している。そんななかで残ったのは、ほとんど内戦で味方だった者たちだった。この五年間に起きた貴族の大量粛清は後の世で『血の粛清』と呼ばれることになる。
このことをきっかけに、俺は行政制度を封建制から道州制に改めた。日本的にいえば廃藩置県に相当する。帝国軍(皇帝直属)の圧倒的軍事力を背景に、有力貴族(永代貴族)に所領を率先して返還させ、他の貴族にもそれに倣わせたのだ。その代わりに上級貴族に長官の地位を与え、任地の統治を任せる(長官にあるのは執政権のみで軍権はない)。長官にならなかった者はその下で働くことになる。
またこれに伴ってアナスタシアは帝国にある聖人教会を指導する法王(公爵相当)になり、同時に旧新教国領の長官にもなった。この地が宗教的性格が強いことが理由だ。この期に及んで俺に逆らうバカはおらず、すんなり承認された。
子どもたちも新しく生まれた子もいるし、上の子はエリザベスが九歳、ウィリアムたちが八歳で続く。みんな大病もせず、平穏無事かつ立派に育ってくれた。庭で元気に遊んだり、鍛錬している子どもたちを見て思う。この子たちのためにも大陸の戦乱は俺の代で収めよう、と。
ーーーーーー
帝国が建設されて八年あまり。まだまだ国としては若いが、それでもそれなりの慣習らしきものは現れてくる。皇族の行楽もそのひとつだ。季節を問わず毎年一度、一週間を上限として皇族が帝国各地へと出向く。これは俺がしきりに提唱し、イアンさんに認めさせたものである。その目的は見聞を広めるためだ。『百聞は一見に如かず』ということわざがあるように、狭い宮殿に籠もりきりになるよりも外へ出て、色々な物事を体験できるようにしたいという意図があった。あと、成人皇族の場合は家族サービスという目的も加わる。
そして今日はエリザベス以下の皇族子女(上は九歳から下は三歳まで)が旅立つ日だ。アリスとレオノールも引率として同行する。さすがに子どもたちだけで行動させるわけにはいかない。護衛は近衛師団の第二特務大隊(一五〇)だ。
近衛師団は他とは異なり、戦闘部隊だけでなく儀仗部隊としての役割や、皇宮警備など複数の役目がある。要人警護もそのひとつで、専門に担当するスペシャリストたちが特務大隊(二個隊。三〇〇)に集っている。この規模なら中隊とされるのが普通だが、そこは『特務』ということで特例としている。実際は軍の運用規範で、大隊以上でなければ単独行動がとれないことにしているための措置だ。部隊の性質上、単独行動は十分にありえる。
彼らに任せれば大丈夫だとは思う。しかし親の性か、心配は尽きない。俺は騎乗するエリザベス(職制上、この一団の団長になっている)に声をかけた。実母であるシルヴィの愛馬シラセの子どもであるハクに跨がるエリザベスは、母親に似て凛とした雰囲気をまとっている。髪色も瞳も母親そっくり。俺との共通点は……特にない。別に悲しくはないぞ。共通点はなくてもれっきとした俺の娘。俺にはもったいないくらいよくできた娘だ。
目に入れても痛くない愛娘に、俺はよくよく言い含める。
「道中気をつけろ。近衛がいるから大丈夫だとは思うが、決して油断はするな」
「はい、お父様。お母様や弟妹には指一本触れさせません」
「それは頼もしいな。だが、自分の身も案じろよ。何度も言ったと思うが、お前は大将なんだ。大将はあまり前に出ず、後ろでどっしりとーー」
「構えていろ、ですよね。心得ていますし、無理をするつもりもありません。ご安心を」
俺が言わんとしていることを先回りして言われた。本当によくできた娘だ。
「では行って参ります!」
ハクの腹に蹴りを入れて歩かせるエリザベス。彼女に続いて一五〇の近衛、皇族が乗る六頭だての巨大馬車二台が進む。俺は彼女たちが見えなくなるまで見送った。
「ーーでは、執務に戻りましょう、陛下」
ああ、エリザベスが行ってしまった……という感傷に浸る間もなくイアンさんが声をかけてきた。
「あのさぁ。家族を送り出したあとの寂寥感に水を刺さないでいただけます?」
「帰ってくるんだからいいじゃないですか」
イアンさんが冷たい。ただこのまま引き下がるのは癪なので、少し反撃してみる。
「ふーん。そういうこと言うか。先月、珍しく執務が滞ってると思ったら『娘がいなくて寂しい』なんて言ってた人と同一人物とは思えないなー」
そんなことを言うと、予想通りイアンさんが焦りだす。
「そ、それは秘密だとお願いしたじゃないですか!」
「え? なんだって?」
聞こえないフリをする。今日たった今に限り、俺は難聴系主人公だ。
そんな風に笑っていられたのだが、しばらくしてシャレにならない事態が発生して俺を悩ませるのだった。
ーーーエリザベスーーー
年に一度の小旅行。私にとっては楽しみであり、同時に緊張を強いられる。お父様の大切な家族ーーもちろん私にとっても大切だーーを一時的にしろ預かるのだから。私はこの日を迎える度に決意している。決して家族には指一本触れさせない。お父様の大切な家族を。たとえドラゴンが相手でも生きて帰らせる。全員。そのために日々、剣術、魔法、体術、もちろん勉学にも励んでいる。
特に軍学はお父様と交流を持てる数少ない機会。お父様は必死に私たちとの時間を取ろうとしてくださっているけれど、やっぱり忙しいし数も多い。だからどうしても回数は減ってしまう。でも『講義』としてなら時間を取ってもらえる。公式に。そして軍学はお父様が仰る『皇族として恥ずかしくない、最新の高度な教育』を実践しようとすると、必然、お父様が講義することになる。その分野では帝国における第一人者だから。
正直言って、お父様の軍学は異常だ。貴族の兵や傭兵に頼らず、民衆によって編成された、民衆によって運営される軍を作ることも。常に軍隊を維持し続けることも。まして少数の専門部隊(護衛や工作、諜報など)なんて、これまで誰も思いつかなかったこと、あるいは否定されてきたことだ。けれどお父様はフィラノ王国の内戦で実行し、成功をおさめている。その成功がお父様を軍学の第一人者としている理由。軍の学校で最初期ーーお父様がフィラノ王国の侯爵だった時代ーーに仕えた者たちが教官として指導にあたっているけれど、お父様からすると『まだまだ』という評価。なら私はお父様が掲げる目標を達成するために、お父様から教えてもらえるというわけ。それにお父様は教えるのも上手。時折、適当な雑談や余談、逸話などを交えてくれてとてもわかりやすい。身内贔屓と思われるかもしれないけれど、少なくとも教材をそのまま読み上げてノートをとるだけで終わる講義よりは上手いといえる。
でもそんなお父様ともしばらくは会えない。本当は家族総出で行きたいのだけれど、どんなに頑張っても皇帝と皇太女が同時に帝都を離れるわけにはいかないから。こういうとき、自分の生まれが恨めしい。皇族などではなくーーそう、例えば商人の家ならそんな縛りもなかったかもしれないのに。
「ーー殿下。皇太女殿下!」
「っ!? どうしたの? 敵?」
自分の世界に没入していると、近衛のひとりに声をかけられた。私はすぐさま周りを見回す。いつでも戦闘に移れるよう、腰に吊るした剣の柄に手をかける。
「いえ、そういうわけでは……。まもなく目的地のナハに到着いたします」
「そう。もう着いたのね……あ、ご苦労様。下がっていいわ」
「はっ」
私がひと言労いの言葉をかけてから下がるように言うと、近衛は馬を翻して隊列へと戻っていった。その姿を見送りつつ、心の中で意外に早かったことに驚く。
ナハの街は帝国領にある、有名な別荘地。王国時代から貴族たちがたくさんの別荘を建てている。それらはほぼすべて五大湖といわれる湖の畔にあった。商店などは湖の東側にあるのだけど、風光明媚なためついつい湖畔に建ててしまうとか。かくいう私たち皇族の離宮もまた、五大湖のひとつであるスペリオル湖の畔に建てられている。新教国の成立により敵対国との国境線 に近くなったことから一時はその人気も下火になっていたけれど、新教国が滅亡したことから人気が再燃した。
貴族たちの別荘地ということで、ナハには軍用道路が接続されている。幅が十二メートルもあり、石畳でできている立派な道路。フィラノ王国時代は土で雨が降ると場所によっては馬車の車輪がはまって動けなくなったりしたらしいけど、石畳なら心配は要らない。ちなみにこの規格はカチンに造られたものが元になっている。お父様すごい。
私たちはそんな軍用道路を通って帝都からナハにやってきた。離宮に入り、旅の疲れを癒す。ここには温泉も湧いていて、私を含めて多くの皇族が楽しみにしている。帝都にもお風呂はあるけれど、やっぱり天然温泉には敵わない。
「はぁ……やっぱりいいお湯」
「エリザベス。ちょっと長すぎない?」
お湯を右手ですくって左腕にすり込む。そうしていると、先に上がっていたアリスお母様が浴場に入ってこられました。もう一度入られるためにいらっしゃったのかと思いましたが、白いワンピースを着ておられるため違うと悟りました。長風呂の私を注意するためにわざわざ足を運ばれたようです。
「気持ちいいんですから、仕方ないじゃないですか」
「それはわかるけど、限度があるでしょう。何度かに分けて入りなさい」
「でも……」
「『でも』じゃありません。あなたたち、やりなさい」
「「「はいっ!」」」
アリスお母様が促すと、湯着を着たメイドたちが殺到してきました。そして私の腕や腰を掴むと、負傷した兵士を下がらせるように担ぎ上げて脱衣所へと運ばれます。
「ちょ、ちょっと貴女たち!?」
「ささっ、姫様。早くお上がりになられないとのぼせてしまいますよ」
「姫様のお身体に大事があれば陛下が卒倒されてしまいます」
あー。それはありそうですね。仕事なんて放り出して駆けつけそうです。便利なお力を持っていますし。そう考えるとメイドたちの行動も納得できますね。そう考えた私は抵抗を止めて大人しく運ばれます。脱衣所ではメイド服を着たメイドが数人、タオルや扇を持って待機していました。わたしは起き上がるや彼女たちに取り囲まれ、濡れた湯着を脱がされ、扇で煽がれながら肌の水気を柔らかなタオルで拭き取られていきます。メイドたちにされるがままになっていると、アリスお母様の声がしました。
「よくやりました。では約束通り、しばらく温泉に浸かっていていいですよ」
「「「ありがとうございます、皇后陛下!」」」
湯着を着たメイドたちは揃って礼をすると、一斉に浴場へと駆け出していきました。
「あっ、ズルい!」
思わずそんな言葉が漏れます。私もまだ入りたいのに!
「ズルくありません。私たちが独占してばかりではメイドたちが入れないではないですか」
アリスお母様から叱られます。ナハ離宮に限らず、皇族が利用する施設では皇族用と使用人用の浴場は分かれています。しかし温泉だけは希少なため、分けることはできず共用になっています。とはいえ皇族が使っているときに使用人が入るのは不敬とされ、逆に使用人が使っているときに皇族が入るのははしたないとされます。使用人が皇族を追い出せるわけがないので、私が入り続けていればいるだけ、使用人が使えなくなる時間が増えてしまうのです。すっかり失念していました。このままでは物語の暴君と同じです。決まりが悪い私は、側つきのメイドのひとりに小声で言います。
「彼女たちにはよろしく伝えておいてください」
「承知しました」
今から私が浴場へ行って謝るのが正しいのでしょうが、それだとメイドたちが恐縮してしまいます。なので同僚からそれとなく謝意を伝えさせるのがベストですーーとアリスお母様から習いました。たしかに私がメイドでも、主人に直接謝られるよりもそれとなく伝えられた方が気が楽です。
「さあ、行きましょう。冷たいお茶を用意させています」
「はい、アリスお母様」
私はアリスお母様に促されて脱衣所をあとにしました。
ーーーーーー
ナハ離宮にやってきて二日目。あれから私は朝昼晩の三回、温泉に入っていた。アリスお母様からはまだ多いと言われたけど、こればかりは譲れない。数時間の論争の末、諦めてくれました。
ではそれ以外に私たちが何をしているのかというと、色々と好き勝手にしています。例えばウィリアムたち皇子組は近衛やナハに滞在する貴族たちを引き連れて狩りに行っていますし、皇女組はおままごとや読書などをしています。私は先ほどまで温泉に浸かって火照った身体を冷やしつつ大部屋でくつろいでおり、同じ部屋にいるお母様たちは絵画や詩作をされています。題材はどちらもお父様。……まったく、お二人ともお父様が好きすぎです。そう言っている私も、趣味でお父様を題材にした詩を作っていますが。他の人には秘密です。でも、お父様以上に素晴らしいお方はいないと思います。武力、知力、権力、財力、名声。いずれもお父様を超す者はいません。つまり、お父様がこの世で最高の男性。惹かれるのは仕方がないのです。
お母様たちが思い思いに活動する隣でお茶を飲みながらそんなことを思っていると、レオノールお母様が唐突に話しかけてこられました。
「ところでエリザベス」
「はい」
「あなたは好きな子いないの?」
「いません」
言い切ります。まさかお二人を前に『お父様が好き』とは言えません。私としては本心を答えたのですが、レオノールお母様は納得がいかなかったのか追求してきます。
「本当?」
まるで罪人を追求するように、ジトッとした視線を向けられます。まるですべてを見透かされているような気になります。……これが《外務省の悪魔》ですか。レオノールお母様は文部大臣だけでなく、外務副大臣を務めています。オーレリアお母様とともに帝国の外交交渉を担当され、主に王国の外交を任されています。そこで王国北東部が帝国商人に席巻されていることに抗議してきた使者を散々に言い負かし、泣かせていたとかいないとか。メイドたちの話では、相手に話させてからその弱みにつけ込むのが常套手段なのだそうです。ならなるべく話さず、情報を与えないようにしなければなりません。……どうして家族の団欒でこのような腹の探り合いをしなければならないのでしょう?
「……嘘ではないみたいですね」
やがてレオノールお母様はゆっくりと頷きました。そせて私にかかっていた猛烈なプレッシャーも解かれます。ふうっ。死ぬかと思いました。この恐怖感はドラゴンの里に行ってファフニールおじさんに会ったとき以来です。
「どうして急にそんな話になったのですか?」
「私たちが陛下を好きになったのは今のエリザベスくらいの歳だったから」
アリスお母様が説明してくださいますが、それは知ってます。昔から耳にタコができるほど聞かされましたから。
「そういうことですか」
なんとも安直な理由ですね。その後の姿勢は本気に思えましたが。
「大変だ!」
そんな風にどこかズレた団欒をしていると、突如としてウィリアムが飛び込んできました。狩りのために動きやすさを重視した簡素な麻服が汗で身体に貼りついています。本来ならノックも先触れもなくやってきたことを叱るべきなのでしょうが、ウィリアムの姿は尋常ではありません。まずは理由を聞くのが先でしょう。
「どうしたの?」
「敵がーー大王国の軍がきた!」
「「「なんですって!?」」」
これにはさすがに冷静にはいられませんでした。それは一大事です。
ーーーーーー
大王国軍来襲の報はウィリアムたちがたまたま出くわした行商人がもたらしたのだという。それには驚いたものの、まだ不確定な情報。裏を取るために同行していた近衛を斥候として放って調べさせると、その言葉通り大王国の旗を掲げた一団がいたという。その数はおよそ一万。それがナハの南側ーー教国の領土となっている旧新教国領を通ってやってきている。……今、レオノールお母様の目がギラッと光った気がした。気のせいだと思いたい。
「それで、どうしますか?」
近衛の隊長が訊いてくるーー私に。
不思議な話だけど、この場の最高指揮官は私。帝国軍の指揮権は小隊なら所属中隊といったように上位組織に握られ、最終的に宰相を頂点とする行政府へと帰属する。ただそこには例外があり、それが近衛師団。彼らは皇帝直属の部隊で、指揮権は皇帝が握っている。王国でいう騎士団だ。これを指揮できるのは皇帝、師団長(皇族)、そして皇太子/皇太女。つまりお父様、お母様、私。この場にいる指揮権を持つ人間は、私だけ。まだ九歳の小娘でしかない私がこの一団の運命を握っているのだ。……気が重い。
「皆はどう思いますか?」
とても私ひとりでは決められないので、大人たちに助言を求める。近衛部隊の士官は内戦や新教国との戦争を経験した経験豊富な者が多い。きっと的確な意見が得られるはず。
「後退しましょう」
「自分もナハから撤退すべきだと思います。ですがその前に早馬を出し、この情報を帝都と各地の連隊や師団司令部に報せましょう」
特務大隊の大隊長と先任(古参)の中隊長が立て続けに意見してきた。他の士官も軒並み頷いている。やっぱりそうなりますか……。
「待てください! ナハの住民はとうするのですか!?」
「「……」」
撤退という方針に決まるかと思われたとき、若手の士官ーー階級章は中尉ーーが声を上げた。彼の声に応える者はいない。なぜなら抗戦は無意味だからだ。一万対一五〇。とても勝てない。
だけどーーだけど、それを延ばせるとしたら?
私はふと、お父様から教わったある戦いの経過を思い出した。うん。これならいけるかも。何より民を見捨てるわけにはいかない。わずかでも可能性があるならやるべきだ。
「私は中尉の意見に賛成です」
「しかし殿下ーー」
「私に策があります。これなら数日は稼げるはず。あとは早馬を飛ばして援軍を待ちましょう」
私は決断しました。逃げることなく民を守るのだ、と。
ややファザコンなキャラになってしまったエリザベス。どうしてこうなった……。
それはともかく、エリザベスは女帝になってからのお話(番外編)が予定されています。お楽しみに。




