6-6 帝国軍ナカイコウ学校
拙作『お約束破りの魔王様』もよろしくお願いします!
ーーーオリオンーーー
竜帝国が建国され、その諸制度は変化を強いられた。ただ、あまり急進的だと要らぬ反発を招くため、多くは時間をかけてゆっくりと変わっていくことになる。
しかし、そこには当然だが例外も存在する。その代表例が軍隊であった。以前のフィラノ王国であれば、国が抱えるのは騎士団のみ。これは精鋭だが数が少ない。数を補うのが各貴族が独自に用意する私兵だった。その中身は農民の徴用兵、傭兵など雑多。装備もバラバラ。戦争のときにしか集まらないから、統一的な指揮など期待できない。ヤクザの集団も同然である。これではこれからの戦争に対応できない。そこで俺は近代の兵制を参考に、軍隊の制度を大きく改めた。
常備軍として王国騎士団を中核に編成した近衛師団一個(一万五千)、東西南北と中央の五個師団(各二万)、騎兵旅団一個(五千)、海軍将兵(五千)、教導隊(五千)の合計十三万。戦時には倍以上の増員が可能だ。また各部隊の基本的な比率は新兵:2、現役兵:6、予備役兵:2である。将兵も下は二等兵から上は元帥の階級に分けていた。
これらの部隊を指揮するのは国から任命された士官としている。ただ、こちらに関しては上級指揮官に貴族しかいないのが現状だ。今までは貴族しか戦争の指揮をしたことがないのだから当然だ。もちろん、士官学校を設立して古代から現代までの戦術を教え込んだ士官を育成してはいるが、彼らが上級指揮官になるのはまだ先のことである。
ここまでが表向きの改革。裏ではまた別の改革が存在した。それは諜報機関の再編である。フィラノ王国にも諜報機関は存在した。俺は前フィラノ国王に協力してもらって彼らを吸収する一方、帝国生え抜きの諜報員を養成することにした。目指すはCIAだ。そこで開設したのが帝国軍ナカイコウ学校である。ナカイコウとは、日本軍が残置諜報員を養成した中野学校、忍者の里として有名な伊賀と甲賀から文字をとって作った名前だ。潜入、工作、諜報のエキスパートになってほしいとの願いが込めてある。しかし大っぴらにスパイ養成学校とするわけにはいかないので、表向きは『帝国軍士官学校ナカイコウ分校』として活動していた。実際に士官候補生を受け入れて夏季特別訓練プログラムが行われている。その主な狙いは適性者の選抜だが。
ナカイコウ学校本来の教育はゲリラ・コマンド戦術の教授、研究と諜報員の養成だ。ここの卒業生はすぐさま帝国諜報部入りーーとはならず、適当な部隊に分散される。でないと存在を秘匿している意味がなくなってしまう。もっとも彼らが行く先は諜報部の息がかかった部隊(つまり隠れ蓑)なのだが。
今回は秘密のベールに包まれたナカイコウ学校の一端を紹介しよう。
ーーーある士官候補生ーーー
オラはジャック。とある村の貧しい農家の八男さ。歳は十五。家は貧しいから、口減らしのために十二になると家を出される。オラの兄貴たちも、ほとんど家を出ていった。大概、同じ村の大地主様の小作人になるんだけどな。でも、オラはそうしなかった。どうしてかって? それは戦争に行って帰ってきた兄貴が言ったのさ。『今日から小作人なんか辞めて、兵隊として食ってく』って。オラはびっくりした。農家の小倅が兵隊で生きていけるんだ、って。でも、それができるならオラもそうしてみたい。だから家を出されると貯めていた駄賃を使って帝都に出た。そこで暮らしてる兄貴に勉強を教えてもらって、兵隊の募集をしてる学校を受験した。とっても難しかったけど、なんとか入学できた。入学した人のなかでは最下位だったけどね。周りはお貴族様のご子息ばかり。少しだけ商人や大地主様の子息がいて、貧農なんてオラくらいだった。兄貴からも喜ばれた。
「やったよ、兄貴!」
「凄いじゃねえか。お前が士官候補生ーーもしかすると俺の指揮官になるかもな」
「そんなことないよ」
でも、そうなればいいな、とも思った。
兄貴に褒められて頑張ろう、って決意を固めて入学したオラだったけど、待っていたのは地獄だった。入学式が終わってまず始まったのはランニング。夜通しで。歩くのはよかったけど、動きを止めると教官に怒られる。グラウンドの横にパンと水が用意されていて、飲食は自由。でも走りながら飲み食いしないといけない。オラも含めて、たくさんの人が立ち止まって吐いた。それでも走らされた。終わったのは朝日が昇ってからのことだった。オラたちはグラウンドに整列させられて、教官からの訓示を受けた。
「諸君! 早速の訓練ご苦労だった! この訓練を受け、今までの生活とこれからの生活が異なるものだということを理解してくれただろう。ここでは社会的立場など通用しない。身分の貴賎も存在しないのだ。たとえば入学試験を上位の成績を取った者ーー訊くが、このランニングでも上位だったか? おそらく大半が違うだろう。それで自分が上位者といえるのか? 違うだろう。ゆえにこれからは己の才能と真摯に向き合い、努力を惜しまないことを期待する」
こう言って教官は演壇から降りた。この言葉にオラは勇気をもらった。そしてこれからの訓練を頑張ろう、って思ったんだ。あ、この日の訓練は別だよ。さすがに食事休憩を除けばぶっ続けの訓練なんて誰もこなせない。その日は寝られることがとても有り難いことなんだと知った。
ーーーーーー
オラはとても頑張った。勉強も難しかったけど、学校にある図書館を使って時間ギリギリまで勉強して、どうしてもわからないことは教官に質問した。そのおかげで成績は真ん中くらいに上がった。でも、
「おい平民。このオレよりも成績がいいなんて生意気だぞ」
「そうだそうだ」
「ボクを誰だと思ってるんだ。ノヴェロ子爵家の長男だぞ」
って言ってくる人もいる。そのほとんどがお貴族様。教官のお話だと、帝国では一部を除けばお貴族様は世襲ができなくなっているらしい。だから職を求めて軍の士官学校や国営の大学に子弟を通わせているんだ。教育機関として小学校と中学校ができたけど、まだまだ学識ではお貴族様には及ばない。教官も『平民宰相が出るのはまだ先だろうなぁ』とおっしゃっていた。今までなら次期当主として不自由のない生活を送ってこれたけれど、これからは働かないといけない。その腹いせと、軍という貴族の特権に平民が入ってきていることが気に食わずに排除行動に出ているというお話だった。特にオラは平民のなかで一番成績がいいから格好の標的だって。……オラを妬むより努力すればいいのに。オラみたいな貧農の子どもでも頑張ればいい成績がとれたんだ。お貴族様ならもっといい成績をとれるはずだ。そう言ってみると、
「はあ? なんでオレたちが努力しないといけねぇんだよ」
「そうだそうだ」
「平民ごときが高貴なボクたちに『努力しろ』とは何様のつもりだ!? いい気になってんじゃねぇぞ!」
ますます怒った。ええ? オラ、間違ったこと言った?
「何をやっている、貴様ら」
「「「いえ、何も。ただの雑談です」」」
教官が現れると、お貴族様たちは途端に直立不動になった。そして口を揃えて何でもない、って言う。でもさっきオラに暴言をしてたぞ。
「教官。実はーー」
かくかくしかじか。オラは事実をありのままに話した。するとにわかに教官のお顔が厳しくなる。
「……なるほど。もしそれが本当なら、重大な校則違反だな」
ちなみに校則の第一条は『軍は階級序列を基とし、社会身分または門地、性別などにより、これ乱るることなかれ』だ。最初のテストに出たから、特に印象に残っている。
「教官! それはそいつの戯言です!」
「そうなんです!」
「よくお考えを!」
「ふむ。そうか。だが当事者同士の話ではどちらともいえん。この件は不問とする。ーーと、それよりもお前を呼ぶように言われていたんだ。一緒にこい」
「わかりました」
オラは教官についていった。そしてお貴族様たちから離れたところで、
「誰かが呼んでいるというのは嘘だ。お前をあの場から自然に離れるためのな。だがお前もあいつらが絡んでくるからと付き合う必要はないんだぞ。困ったら逃げて、近くの教官に話せ」
「はい。そうします」
「そうしろ。こちらも何か対策は考えておく」
「ありがとうございます」
「なに。お前は一番期待している生徒だからな。これからも勉強に励め」
「はいっ!」
本当にいい教官だ。
ーーーーーー
教官の忠告に従って、お貴族様たちに絡まれると教官のところへ行くという生活を続け、無事に夏を迎えた。そして始まったのが夏季特別訓練プログラム。行われるのは帝都カチンから離れ、竜たちが縄張りとする山々の麓にある士官学校の分校。ここでは山奥にあるという立地を活かし、平地にある本校ではできない特殊な訓練が行われるという。到着して間もなく。オラたちは早速訓練をすることになった。全員、緑色の訓練服ーー教官たちは迷彩服と呼んでいたーーに着替えてグラウンドに集合する。そして始まったのが、
「各員、駆け足でこの地図に示された場所まで集合せよ。時間は三十分。早く着けばそれだけ休憩時間が増えるぞ。ーーでは行け!」
「「「はいっ!」」」
教官の号令で学生たちが一斉に駆け出す。指定されたのは川のほとり。なら、川沿いを歩けば目的地に着ける。オラの予想通り、ほんの十分でたどり着く。
「集合がかかるまで休んでよし」
こうやって休める時間は貴重だ。しっかり休もう。できれば、他の人はもっとゆっくりきてほしいな。……そう思ったけど、残念ながらオラが着いて五分くらいするとみんな着いてしまった。
「二一六……これで全員揃ったな。では集合!」
教官の号令で集められると、訓練の説明がされる。
「夏季特別訓練プログラム最初の訓練は水中移動だ。今日は初回であるし、水に慣れていない者もいるだろう。ゆえに今回は軽めにいこうと思う。では総員、川へ入れ」
「「「はいっ!」」」
オラたちは躊躇いなく川に入る。夏だから水の冷たさが心地いい。
「あの棒が見えるだろう。あそこから先は水深が深くなっているから気をつけろ」
「なにをなさるのですか、教官?」
「言っただろう。水中移動の訓練だ。では一列に並べ。そうだな、体力に自信がある者は前に並べ。逆に自信のない者は後ろだ」
オラたちは言われた通りに並ぶ。ちなみにオラは真ん中だ。
「では順次、水の中へ。顔だけ出しておけ」
「「「は、はい」」」
オラたちはさすがに困惑を隠せなかった。だけど命令だから逆らえず、従う。ジャブジャブと水をかき分けて入っていく。ううっ。身体が重い。それに服が貼りついて気持ち悪い。服を着たまま川に入るなんてしたことないからなぁ。
「よしよし。全員入ったな。では、そこでそのまま一時間過ごせ」
「「「えっ!?」」」
「どうした?」
「こ、このまま過ごすのですか? 一時間も?」
「そうだ。特に難しくないだろう」
「ですが、その……ここは足がつかないのですが?」
「大丈夫だ。いける」
「ひえぇ」
質問していた生徒のひとりが情けない声を上げた。でもオラも同じ気持ちだ。こんなの無理だ。そしてやっぱり、オラも含めて大半の生徒が脱落した。体力が尽きて沈んでいくところを教官に引き上げられるんだ。同じように服を着て水に入っているのに、その動きは素早い。改めて教官をすごいって思った。
結局、この訓練をクリアできたのはたったの数人。彼らはそれから毎日行われたこの訓練を突破して、次の段階へ進んでいった。オラも三度目でようやくできるようになって、三度クリアするとまた別の訓練が課された。そうやってここではみんな一斉に課題に取り組むのではなく、個人個人が別々に取り組んでいく方式だった。オラは最初こそ苦戦したけど、最終的にはかなり上位で夏季特別訓練プログラムを終えた。
すべての日程が終了してみんなが打ち上げパーティーをしているなか、オラは教官に呼ばれて教官室にきていた。
「よくきたな。早速だが、呼び出したのはこれだ。読んでくれ」
教官が差し出したのは封筒。オラは言われた通り、開けて読む。その内容は目を疑うものだった。
「た、退学命令!? どうして!?」
自慢するつもりはないけれど、オラは成績もいい方だ。特に今回のプログラムではトップクラスにもなった。なのにどうして退学命令が出るんだろう? まさか、
「教官。これってオラが貧農だからーー」
退学になったのか、と言い切る前に教官がオラの言葉を遮った。
「そんなことは断じてない」
「ではどうして? 今回の特別訓練では特に成績もよく、これから頑張っていこうと思っていたのに!」
「……なら、なぜお前が退学になるのかを説明しよう。その代わり、お前は一生軍人という職に縛られることになるがーーそれでもいいのか?」
「はい」
辞めさせられるなら納得して辞めたい。そもそもオラが田舎に戻っても居場所なんてないし。
「そうか……。なら話そう。実はこの退学命令は偽装だ」
「偽装、ですか?」
「このナカイコウ分校は諜報、工作員の養成学校だ。それ以外に普通の士官候補生もいる。むしろそれが大半だが、一部はそうした特殊要員だ。そしてその存在を大っぴらにすることはできない。なのでこうして退学としているのだ」
教官が丁寧に説明してくれる。だけどオラはわからなかった。
「どうして退学にする必要が?」
「それは士官学校に本名で通っているからだ」
「???」
どういうこと?
「例えば退学にせず、お前をナカイコウへ転校させたとしよう。そして卒業し、晴れて工作員や諜報員になった。身元バレバレでな。そんなやつは役に立たん。だから士官学校を退学し、その補充ということで別名義で入学してもらう。これなら書類上はまったくの別人になるわけだ」
「そういうことですか」
ここまで説明されてなんとなくわかった。感想は、色々と考えてるんだなーってこと。
「では改めて、この話を受けてくれるな?」
「はい」
こうしてオラは士官学校を辞めてナカイコウ分校に改めて入学した。そのときの名前はジャックじゃなくて、イーサン。ナカイコウで工作員、諜報員としての教育を受けたオラは、卒業すると旧新教国領に配属され、そこで主に宣伝工作に従事した。
戦後、活躍が認められてナカイコウ分校の教官になり、最終的に分校の校長になる。その下では兄貴が教官をしていた。ちょっと形は違うけど、兄弟で同じところに勤めることになった。奥さんと子どももできて、田舎の家族を見返せたぞ。




