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異世界最強の自宅警備員  作者: 親交の日
第六章 拡大する帝国
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6-5 飛び火

拙作『お約束破りの魔王様』の方も是非ご覧下さい!

 



ーーーオリオンーーー


 隣国情勢が悪化している。第一王子派は俺たちの支援によって勢いを盛り返したものの、少しずつ、だが確実にその支配領域を縮小させていた。それは指導者層が非常に残念であることに加え、帝国が密かに第二王子派も支援していたためである。もちろん帝国名義ではなく、国策会社のオリオン商会ーーの息がかかった会社の支店の店長の従兄弟がやっている小さな会社の支店の店員のお兄さんが統轄する行商人組合の名義になっている。さすがにここまで迂回すれば帝国にたどり着くのは難しいはずだ。商品は例によって新米職人によって作られた安物。しかしそれは飛ぶように売れていた。彼らは大王国の支援を受けているため必要ではない。ただ第一王子派が商人から武器を買い込んでいるとの情報を得て、自分たちの勢力圏からの武器の流入を止めるために買っているのだ。おかげでこちらでも儲けさせてもらっている。おかげで双方ともに疲弊していた。

 そして今日、俺は第一王子派の使者と面会する予定だ。用件は知らない。だがなんとなく、嫌な予感がする。その疑念を抱きつつ、俺は謁見の間に入った。中には既に使者がいる。


「皇帝陛下への拝謁を許されたこと、恐悦至極でございます」


「うむ。して使者よ。今日はどういった用向きかな?」


「はっ。本日は我が国への支援の要請に参りました」


「支援? 既に物資を格安で販売させているが、足りないのか?」


「皇帝陛下のご厚意により我が軍は潤っております。ですが、劣勢に追い込まれておりまして……是非とも、軍事支援をお願いしたいのです」


「ふむ。対価は?」


「は?」


 俺の言葉に使者はぽかんとする。まさかそんなことを言われるとは思わなかった、という表情だ。まさかタダで援軍を出してもらえるとか思っていたのだろうか? もちろん、そんな甘い話があるわけない。


「え、えっと……」


 こりゃ考えてなかったな。バカだバカだと聞いてたが、まさかこれほどとは……。仕方ない。


「まあよい。使者殿も疲れておろう。後日、改めて会談を設定するゆえ、それまでに打ち合わせを済ませられよ」


「はっ!」


 これにて第一王子派との謁見は終わった。次は第二王子派の使者である。定型句である挨拶を交わし、本題に入る。


「貴国の商会による第一王子派への物資の販売を止めていただきたい」


「ふむ。そう言われても商会は朕の統制下にはない。帝国では商売は自由に行えるとしているのだ」


「それは存じています。ですから、その原則を曲げてお願いしたいのです。もちろん、タダとは申しません」


「というと?」


「北部の東半分を貴国に割譲します」


「なるほど……」


 それが対価ね……。これだけで帝国がどう思われているかがわかる。


「残念だが、その提案には乗れぬ。お引き取り願おう」


「なぜです!? 領土を得られるのですよ? それをみすみす逃すなどーー」


「勘違いするな」


「っ!?」


 少しばかりドスの効いた声で使者の言葉をぶった切る。彼はあからさまに怯えていた。


「領土が手に入る? 朕はそこらの獣ではない。短絡的にエサには飛びつかぬよ」


「!?!?」


 ますます驚いているな。罠が看破されたことが余程意外だったようだ。そう、これは罠だ。普通に聞けば領土が増えるラッキー、と思うかもしれないが、割譲されたとはいえ異なる国家に属することになるのだ。民衆の反発は避けられない。場合によれば反乱鎮圧のため軍を割かなくてはならなくなる。注意がそちらへ向いた途端、お仲間が背後から急襲。そちらを対処すれば、王国が手薄な旧領を奪い返す。あわよくば帝国領もいくらか吸収するすもりだろう。それらを見透かした上で拒否したのだ。エサという表現は皮肉である。その意味は使者も正確に理解した。


「そ、それは残念ですな……失礼します」


 使者は尻尾を巻いて帰った。ーーと思いきや数日後のこと。


「レイチェル・マリア・ナッシュ様の名代として参りました」


 まさかの大王国おやぶん登場である。しかも大王妃ーーアリスの姉を盾にして。その名前が隠れ蓑であるのは明らかだが、それなりの対応をしなければ帝国の沽券にかかわる。とりあえず謁見の場にはアリスも同席させた。


「ご苦労」


「それで、お姉様のお名前を出されてどのようなご用件でしょうか?」


「レイチェル様は妹君の国が滅ぶことを大変恐れておいでです。そこで大王様に折衷案を提案され、ここにわたくしめを派遣されました。ご一読を」


 そういって差し出されたのは大王からの国書。それには皇太女エリザベスの大王国留学と王子との婚姻、第一皇子ウィリアムと大王国王女との婚姻が提案されていた。


「……これはどういうことかな?」


「両国の友好のため、互いに婚姻を交わそうというご提案です」


 実ににこやかな使者。ぶん殴りたくなった。その衝動をこらえ、俺は冷静に訊ねる。


「なぜ、皇太女がそちらへ留学するのだ?」


「古来、女王が立てば国が乱れるのが常。レイチェル様もそれを心配なさってこのようなご提案をなさったのでしょう」


「ほう。ならばアリスが女王となったフィラノ王国はどうだ? 国は乱れなかったぞ?」


「ダン殿下が反乱を起こされたではないですか」


「それはアリスが立つ前のことだ。だからアリスが立って乱れたのではなく、乱れたから立ったのだ。勘違いするな」


「そもそも、後継者を一方的に国外に出すなどあり得ん。人質かと勘ぐってしまいそうだ」


「ーーっ! ひ、人質なんて人聞きの悪い……。そもそも皇帝陛下は奴隷女の娘ごときにそこまで気を遣いますか?」


「ん?」


 今、こいつなんつった? 『奴隷女ごときの娘』?


「使者。今の発言を取り消せ」


「はい?」


「今の発言を取り消せ、と言った。あれは皇妃や皇女に対して無礼であろう」


「まったくです。シルヴィア皇妃は確かに奴隷でしたが、それは今や過去のこと。撤回しなさい」


 俺の言葉にアリスも同調する。その剣幕に使者は少したじろぐ。だが、


「事実を言ったまでではないですか。そもそも奴隷の娘が王になっても誰も服しませんよ」


 と反省の色はない。仕方ない、か。


「アリスーー」


「構いません」


 嫁からの了承もとれたので、俺はメイドに言ってあるものを持ってこさせた。メイドによって使者に手渡される。


「……これは?」


「最後通牒という。これより先、貴国に対しては軍事行動を含むあらゆる手段を講じるという通知だ。さしあたっては交易の停止だ」


「なっ!? それは戦争をするというお考えですか!?」


「その可能性もある、とだけ言っておこう」


 使者は信じられない、という顔をした。そりゃそうだろう。これは、大陸すべての国家を敵に回すことになるからだ。認めよう。確かにこの方法は下策だ。本来ならじっと耐え忍ぶのが正解かもしれない。しかし、生憎と俺は愛する人々をバカにされて黙っていられるほど大人ではないのだ。この落とし前はきっちりつけさせる。


「後悔しなければよろしいですな!」


 最後通牒を突きつけられた使者は肩を怒らせて帰っていった。


「ふぅ……すまないな、アリス」


「いくらお姉様でもあの言い方はあんまりです。オリオン様が了承されても、私が全力でお止めするつもりでした」


「そうか。もしかすると、お前に辛い思いをさせてしまうかもしれない。そのときはーー」


「私は大丈夫です。ですからご存分に」


 そうアリスは笑いかけてくれた。俺は頷き、そして一切の遠慮はしないと決める。もしこのとき、アリスの言葉がなければ俺は迷っていたかもしれない。アリスに感謝だ。


ーーーーーー


 翌日。大王国は教国と第二王子派の王国と同盟を組んだことを通知してきた。これが対帝国同盟なのは明らかである。使者が言っていた『後悔しなければいい』という言葉は、水面下でこのような動きがあったからだと悟る。だからといって今から方針転換する気もないが。とにかく大王国にいる大使には皇妃ならびに皇太女に対する侮辱の撤回と謝罪を求めさせた。さらに国内の商人たちに働きかけ、大王国での商売を自粛させる。従わなくても知らない。ともかく大王国から人員を引き上げさせ、次に大王国の商人たちの身柄を確保。その資産を差し押さえる。交戦国に対する資産凍結だ。自国の商人を引き上げさせたのは、同様の措置を相手がとった場合の被害を避けるためだ。いよいよ戦争の機運が高まる。

 さらに俺は第一王子の使者を呼び出し、再交渉を始めた。多少は考えを改めたかと思いきや、


「帝国は近々、大王国などと戦争をされるとか。ならば我々が味方する代わりに軍事援助と婚姻を結びませんか?」


 などと、近頃の情勢を見てさらに強気に出てきた。こちらも交渉は打ち切り、ついでに支援も打ち切りである。かくして帝国は国際的に完全に孤立したわけだが、ちっとも負ける気はしない。むしろ、仕掛けていた爆弾をこうも早く爆発させることになるとは思わなかった。エリザベス以後の話かと思ったが……時代の推移は予想以上に早かったようだ。

 俺は広間に人を集めて宣言する。


「ここに帝国は準戦時体制へと移行する。各々、帝国の戦勝のために死力を尽くせ!」


 準戦時体制とは、戦時体制の一歩手前の段階である。いつでも戦時体制に移行できるように準備せよ、という皇帝の命令である。これにより必要のない外出は禁止。召集がかかれば一週間以内に最寄りの連隊や大隊に合流できるようにしておかなければならない。

ただ、実際に戦争の火蓋が切って落とされたのはその五年後のことであった。




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