6-3 深夜の来訪者
拙作『お約束破りの魔王様』の方も是非ご覧下さい!
ーーーオリオンーーー
会議の後、教皇が助命を嘆願してきた。しかし俺は是とも非ともとれる曖昧な回答をして帰した。もちろん助ける気などさらさらない。彼は自分には利用価値があると自信満々に言っていたが、俺にはそう思えない。むしろ、無駄に不穏分子を抱えることになる。マイナス要素しかない以上、彼を受け入れる気にはならなかった。しかしこれだけでは終わらず、それからも新教国の高位司祭たちがひっきりなしに来訪しては助命や亡命を願い出た。なかには見目麗しい娘を連れてくる者もいた。俺はどいつもこいつも、と思いながらもそれらに丁寧に応対しては却下していった。なぜお前らのようなクズのためにリスクを背負わなければならんのだ。
「あ〜、疲れた」
最後の来客が帰っていったあと、俺はソファーに深くもたれかかった。
「お疲れ様でした」
メイドーーではなくシルヴィがお茶をテーブルに置いてくれる。ありがたく飲む。
「それにしてもあいつら、好き勝手言いやがって……」
俺は彼らの物言いに憤慨していた。というのも、誰も彼もが高慢なのである。教皇の利用価値がある発言にはじまり、自分を高位司祭として帝国に迎えろだとか、亡命させてくれれば娘を好きにしていいだとか。立場がなけれ今すぐにでもこの世から消し去りたいほどムカつく奴らだった。そんな奴らを相手にしてストレスが溜まりまくっている。だからつい愚痴っぽくなってしまう。
「それにしても聞いてたか、あいつらの言い分」
「はい。私も聖人教会を信じていましたが、教国も新教国も酷い人ばかりです」
「方や神の名の下に大虐殺。方や保身のために金銀財宝、はては己の娘まで差し出す。宗教なんてこんなものさ」
もちろん立派に戒律の類を守っている信者もいるだろう。だが上層部なんてこんなものだ。いくら立派な題目を掲げたところで、こうして世俗に染まる。司祭なんかの高位聖職者は、その多くが王侯貴族や商人といった裕福な家庭に生まれた。庶民より高度な教育を施された彼らは心のどこかで悟っているのだろう。この世に神などいない、と。だから世俗化するのである。……いや、もう暗い話はやめよう。気が滅入る。
「ところでこちらにきてしばらく経つが、どうだ?」
「これといって問題は発生していません。一部、軍令に従わずに処罰された者がいますが」
「多少は仕方ないだろう。本国も大きな問題は発生していない。エリザベスも元気だ」
「陛下。そのーー」
「エリザベスが皇太女から外されないか心配か?」
「お気づきでしたか」
「そりゃ気になると思ってたよ。そして結論からいえば、その心配はない」
そもそもエリザベスという名前も、イギリスのエリザベス女王を意識してつけたからな。彼女のような強い女性に育ってほしい、と。
「そうだな。少し話をしようか」
そうして俺はシルヴィに思い描く帝国の将来像を話した。エリザベスを次の皇帝にすることは決まっているが、三代目はアリスとの子どもが継ぐことになる。そして以後はアリスの血統ーーフィラノ家ーーが皇位を継いでいく。他の公爵家は補佐に回ることになるだろう。本家が断絶した場合は、俺の妃の序列に従って皇位が継がれる。アリスがダメなら次はレオノールちゃんだ。
「なるほど。そのようなお考えがあったのですね」
「ああ。だから心配は無用だ」
「はい」
シルヴィがもたれかかってくる。舞台を客間からベットに移して、しばらくお仕事に励んだ。
ーーーーーー
お仕事が強制終了させられたのは、満月が南中したころだった。メイドが来客を告げたのだ。こんな夜遅くにアポなしでやってくるとは非常識。即刻追い返せと言えば、メイドは驚くべき報告をした。
「それが……その方は自分が聖女だと申しているのです」
「聖女?」
それはおかしな話だ。彼女は新教国建国の旗頭になり、国家元首ということになっている。しかし実態は講和会議に教皇が出席したように、司祭たちが実権を握っている。聖女はいいように利用され、建国後は幽閉されているという話だった。彼女に賛同した司祭たちは中央での出世街道から脱落して地方で干されていた司祭たちだ。彼らは聖女と民衆を利用して地方のしがない司祭から、一気に中央で華々しく活躍する司祭へと栄転を遂げたのだ。そしてそんな司祭たちにとって、聖女が外に出ることは断じて容認できない。不都合だからだ。その聖女が出てくるーーあり得るだろうか。個人的にはないと思う。だが本人がそう言うのだから会ってみようと思った。もし本人なら利用できるからだ。俺は急いで身支度を整え、客間に出る。そこにはシスター服に身を包んだ少女がいた。ウィンプルから金髪が覗く。俺を見る瞳は金髪碧眼。そこから強烈な『意思の波動』というべきものを感じた。
「はじめまして。わたくしは新聖人教会の聖女、アナスタシアです。夜分遅くに来訪したこと、どうかお許しください」
「竜帝国全権公使のジュタローです。失礼ですが、わたしどもは聖女様は幽閉されている、と伺っております。ですから、あなたが聖女だと証明していただきたい。話はそれからです」
「わかりました。では、あなたの正体を当ててみせましょう」
「正体?」
「はい。少し前に、わたくしは絶対神様よりお告げを授かりました」
聖女とは神の代弁者である。彼女らは神の声を聞くことができ、それに従って行動する。神による宣託をもって証明しようとしているのだ。ということは、
「あなたの名前はジュタローなどではなく、竜帝国の皇帝オリオン・ブルーブリッジです」
やっぱりばれてーら。ま、この程度どうにでもなるのだけれど。
「はははっ。これはご冗談を。皇帝陛下御自らやってくるわけないではないですか。いやはや、さては正体は聖女様ではなく吟遊詩人などですかな? いや、その方が向いておられますよ」
図星を突かれた犯人の常套句。『とても面白い。君は小説家に向いているのではないか』である。ま、早い話はぐらかしたわけだ。これは単純でコロッと騙されればよし。そうでなくても深くは追求するな、という警告である。
「……なら、そういうことにしておきましょう」
そして聖女(仮)はそれ以上何も言わなかった。賢明な判断である。なぜ(仮)がついているのかというと、正体を言い当てられたからといって神託とは限らないからだ。もしかすると単に察しがいい一般人かもしれない。あるいはカマをかけられただけかもしれない。いずれにせよ断定してしまうのは好ましくないのである。
「ではこちらではどうでしょう。わたくしども高位聖職者のみが着用を許されるロザリオです」
そう言ってアナスタシアが見せてきたのは聖人教会のシンボルであるリンゴをかたどったロザリオ。これは身分によって材質が異なり、平民の信者は銅製、王侯貴族と司祭は銀製、高位聖職者は金製となっている。銅や銀は手入れをしないと錆びてしまう。錆びたロザリオは信仰心の欠如を表すとされ、軽蔑される。だから持ち主は毎日手入れを欠かさないという。一方、高位聖職者が錆びない金製のロザリオを身につけるのは、完成された信仰心を表すとされるからだ。これを持っているということは、何らかの罪を犯しているのでなければ、高位聖職者、あるいはその腹心という証明になる。
「わかりました。ではご用件を伺いましょう」
「簡単ですよ。新教国は間違いなく取り潰されるでしょう。その領土は帝国と教国とで折半ーーであれば、わたくしたち新聖人教会の保護を帝国にお願いしたいのです」
「それはできかねますな。先ほども教皇をはじめとした高位聖職者の方々が見えられてそのように打診されましたが、帝国では信教の自由を認めると同時に政教分離を国是としています。なのでそういった国家による保護はーー」
「いえ。彼らが言っているような保身ではないのです。お願いしたいのは、信仰の灯火が消えないようにしていただくことです。教国は長い歴史がありますが、その組織は腐っています。横行する賄賂、救済と称した貧者たちからの搾取。高位の聖職者たちは日々、酒池肉林の生活を送って肥え太り、そこには信仰の欠片もありません。ただ利用しているだけです。だからわたくしは地方の司祭たちの力を借り、新教国を建国したのです。絶対神様の真なる教えを広め、実践するために」
アナスタシアは建国の経緯を熱心に話した。どこかで聞いた話だと思えば、ヨーロッパの宗教改革そのままである。腐敗したカトリック教会に反感を持った者がプロテスタントという新たな宗派を創り、バチカンと抗争を繰り広げるという話だ。ヨーロッパの場合は新教有利ながらどちらも存続したが、この世界の場合は新教が敗北している。このままでは地下に潜ってマイナーな宗派として細々とやっていくしかない。アナスタシアはそれを回避しようというのだ。俺たち帝国に組み入れられることによって。
「それにしては、お仲間の司祭たちは欲望に忠実な方々でしたな」
「そればかりはなんとも。彼らも甘い汁を吸えるとあって、考えが変わったようです」
ま、そんなもんだわな。特に宗教国家の場合、お偉いさんはバカでも務まってしまう。なぜならどんな無茶苦茶な命令でも『神のご意志』という魔法の言葉で万事解決してしまうからだ。こうして部下に仕事を丸投げし、自らは蓄財と出世工作に邁進するのである。トップにいる彼女も幽閉されていたためブレーキをかけられなかったのだろう。そのわりには幽閉先から抜け出したり、皇帝に直談判するなど驚嘆すべき行動力と、これ以上ない時期に売り込みにくる目と政治力を持っている。これは建国に派手に失敗したからだろう。失敗は人を成長させるのだ。ただし、『取り返しのつく』という修飾語は必要だが。これと似たパターンがクレアだな。彼女も失敗を糧に成長し、今や内務大臣である。アナスタシアもそれだけの大器ということだ。だてに聖女はやっていない。
「なるほど。そういうことなら皇帝陛下に奏上いたします。その間はこちらにご滞在ください」
「ご厚意、感謝いたします。あと、皇帝陛下にはわたくしを自由にしていただいていい、とお伝えください」
「そのようなことをされても陛下のご判断にはーー」
「ご安心を。聖女としてでなく、ひとりの女として扱っていただいて構いません」
ここで飛び出したびっくり発言。俺はニヤリと笑った。アナスタシアも妖しく笑った。今日の会談はこれまで。聖女が行方不明になったことに慌てているであろうから、戻るのは危険。しばらく俺が保護することにする。
翌日の会議では教皇が心ここに在らずといった様子で行われた。俺は事情を知っているが敢えて訊ねてみたところ、聖女が行方不明になっているとの回答を得た。あっそう。それは災難なことで。ちなみにうちの駐屯地に聖女らしき人物はいますがね。もちろんそんなことを教える気はないし、交渉でも容赦はしないのだが。俺は昨日の教皇の申し出は却下し、代わりに聖女を戴いて帝国に編入する領土の統治を行うことに決めた。そこで新聖人教会の幹部は処刑。領土は等分して東を教国、西を帝国が併合することで合意した。もちろん教皇は反対したが、すぐさま教国の兵士に捕らえられて連行されていった。翌日には広場で『絶対神様の教えを悪用し、民衆を虐げた悪者』ということで教皇以下の司祭たちは刑場の露と消えた。
聖都は帝国領になるため教国側は翌日には引き上げていった。大量の戦利品(司祭たちの家族)を引き連れて。彼らは命を奪われない代わりに絶対神様へ絶対奉仕する小間使い(要するに奴隷)となるそうだ。それにしても聖人教会は絶対っていう言葉が好きだな。何が彼らの琴線に触れるのだろう。謎だ。
それはともかく、帝国も新たな領土の統治を始めた。建国時にも行った、時間をおいて新体制に移行することでなるべく混乱を抑える方式だ。その陣頭指揮をとったのは聖女のそっくりさん。本物はどうも病死したそうです。それにしても顔は瓜二つだし、名前まで一緒。いや〜、偶然って怖いね。
「そうですわね」
件の聖女のそっくりさんことアナスタシアも頷く。
「陛下、それはいささか無茶かと……」
シルヴィ。無茶ではないぞ。国内の貴族たちも反発したが、無事に治めているのだから問題はない、と押し切った。逆らえば嬉々として爵位を没シュートである。人件費が浮いてありがたいね。ソフィーナがとても喜んでいた。




