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異世界最強の自宅警備員  作者: 親交の日
第一章 成長
7/140

1ー6 合意




ーーーレナードーーー


 ーーカンカンカン

 樫製の重厚な扉越しに軽薄な音が響く。誰だ、こんな気の抜けたノックをする奴は。我がゲイスブルク家の恥さらしめ。儂は苛立ち交じりに入室を許す。


「入れ」


「失礼します」


 するとロバートが慌てた様子で部屋に飛び込んできた。儂はこのとき、さぞかし間抜けな顔をしていたはずだ。なにせあのロバートが……殺し屋の襲撃にも狼狽えないあのロバートが慌てているのだ。只事ではない。儂はどんなことが起こったのか、と身構える。そして慎重に訊いた。


「どうした?」


「あの者はなりません。あの者はなりません。あの者は……」


 同じ言葉をうわ言のように繰り返すロバート。これでは会話にならん。


「しっかりせい、ロバート! 何があった!?」


 儂はロバートの肩を掴んで強く揺らした。さらに頭上から大声を浴びせて意識をこちらに向ける。

 するとようやく別の反応を得る。おもむろに紙束を差し出したのだ。儂はそれを受け取り流し読みする。

 それを見て儂は驚愕した。紙束は試験問題だ。周りから“神童”と呼ばれて調子に乗っている愚か者の化けの皮を剥がさんと、貴族の家庭教師どもの尻を蹴って作らせた難問揃いのもの。ここだけの話、儂もほとんど解けん。これを五歳児が解けるはずがないーーそう思っていたのだが、それは間違いだったらしい。

 丸しかない。バツがないのだ。どこを探してもない。さらに読み進めれば実技試験の概略を書いたものもあった。それによると、どちらも試験官を倒して見せたという。


「こ、これを五歳児が……」


 儂が商人として王国に持っているツテを使い、できるだけ強い者を集めたはずなのだが……。正直、待機させている暗殺部隊よりも彼らの方が強い。強い試験官と当たり、()()()()()で死んでしまったことにする計画が、これでは実行不可能だ。

 これが事実なら、その子はまさしく規格外。あるいは正しく“神童”なのかもしれない。

 戦慄すると同時に儂はとんでもない金の卵を見つけたと思った。蹴落とそうとして無茶苦茶な試験を課したことが幸いした。儂は放心しているロバートを部屋に残したまま、ミリエラを待機させている部屋へ急いだ。金の卵を逃してはならない。そう、儂の商人としての勘が告げていた。


ーーーオリオンーーー


 父と母が向かい合って座る。だが互いに向き合ったまま一言も発さない。しかし目線はピッタリと合わせたままなのだ。二人の間に火花が散っているような気がするのは気のせいではないだろう。空気が重い。

 そんな中、口火を切ったのは父だった。


「その子を引き取りたい」


「『その子』ではありません。この子にはオリオンという名前があるのですから」


「……」


 母の先制パンチに父は顔を(しか)めた。だが彼は言葉を改めて言う。


「オリオンを引き取りたい」


「お断りします」


 ワオ! 考える素振りもせずお断り。やだ、お母様がえげつなさすぎる。父もさすがに看過できず、いきり立った。


「誰が養ってやっていたと思っている! 儂だぞ! その相手の言うことが聞けんのか!?」


「お言葉ですが、わたしは()()()()()からオリオンの養育費としてお預かりしていたお金には一切手をつけておりません」


 ふうん。父はの名前はレナードというらしい。これまでは『旦那様』と呼んでたのに、ここにきて名前呼びねぇ……。


「なにっ!?」


「オリオンの養育費はすべてわたしの給金でまかないました。返せとおっしゃるのなら、これまでの明細書をお付けしてお返しいたします」


「待て。給金も儂がやったものではないか!」


 レナードは怒鳴って脅しにかかる。それでも母は引かない。


「養育費は特別に頂いたものですが、お給金はわたしが働き、その対価として得たものです。たしかに旦那様から頂いたものではありますが、その意味合いは異なります。その使い方に口を出される筋合いはございません」


 脅しに屈さず、毅然とした態度でそう言い切った。レナードはぐぬぬ……と歯ぎしりしている。今にも飛びかかりそうで、その姿は荒ぶるライオンーーいや、ただの野獣のようだ。母は美女……いや、見た目は美少女だから、美少女と野獣か。それにしてもレナードは短気だな。こんな性格で商人なんか務まるのだろうか。甚だ疑問だ。

 それはともかく、これはまずい。レナードが一方的にやり込められて我慢を強いられている。その願いは俺を引き取ること。しかし肝心の母は俺を手放すつもりはない。かといって妥協点を見出す交渉をしようとしているでもなかった。負けが続くと人はイライラする。負けず嫌いほどその傾向が強い。怒りは人間から分別を奪う。冷静な思考など期待するだけ無駄だろう。加えて母も静かにお怒りのご様子。しかも軽く、ではなくマジでキレていた。ほら、頬が引き攣っている。落とし所を探ろうという考えには至りそうになかった。

 ……仕方ない。


「ねえママ。ボク、パパのところでくらしてみたい」


「っ!?」


「おおっ!」


 俺の言葉に母は驚き、レナードは明らさまに喜んだ。もちろんこのままではレナードが一方的な勝ち、母が負けることになる。もちろんこんなクズレナードに勝ちをくれてやる義理はない。あくまでも引き分けでなくてはならないのだから。俺は悲しそうな表情を作り、


「でも、ママと離れるのもイヤ」


 と、なんとも子どもっぽい理由をつけ、その微妙な心の傾き具合をアピールした。これが落とし所を探るいいきっかけになるだろう。細かい条件はそちらで決めてください。


「……わかったわ。オリオンが望むのならそうしましょう。ただし、六歳まではわたしのところで暮らしなさい。七歳からは本宅で暮らしましょう。本宅で暮らすようになっても週に一度はわたしに顔を見せてね」


「うん!」


「それでよろしいでしょうか、旦那様?」


「あ、ああ。構わんぞ。儂もオリオンが七歳の誕生日までは別宅で、それ以後は本宅で暮らすことを認めよう」


「待遇はいかがなさいますか?」


「むっ……今更実子と認めるわけにはいかんぞ」


 レナードが渋い顔をする。隠し子というのは世間体が悪い。だからレナードは俺を実の子と認めることを渋っている。もちろん母もそんなことは百も承知だ。


「では養子ということならどうでしょう。これだけの才能です。幹部候補として育てようとしているのであれば不思議ではないかと」


「それならいいだろう」


 母の提案をレナードは呑み、これによって両者の間で合意が成ったのだった。




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