6-2 講和会議
拙作『お約束破りの魔王様』の方も是非ご覧下さい!
また、前回の投稿ではアクセス数が1200を突破しました(最高記録!)。篤く御礼申し上げます。これからもよりよい物語をお届けできるよう精進いたしますので、今後ともよろしくお願いいたします。
ーーーオリオンーーー
遠征しているシルヴィから手紙が届いた。それによると黄色作戦は成功し、教国軍とも合流に成功したらしい。ただ気になるのは一点。教国が新教国の住民を根絶やしにしかねないという。実際、彼らが占領した街や村は虐殺が起こっているそうだ。……これだから宗教は嫌いなんだ。居もしない神のせいにして、自身の罪悪感を軽減するこのやり口が。自分で責任を持て。シルヴィは教国との交渉により、帝国が先に占領した街についてはそのような行いをしないという約束をとりつけたそうだ。グッジョブだ、シルヴィ。さて、返事だが、
「『貴官の賢明なる判断に敬意を表する。また、今後の作戦では帝国側を進軍し、人民の保護と掌握に努めよ』ーーと、こんなところか」
教国側については警告するに留めよう。あとは自己責任だ。つまり、積極的に保護はしない。シルヴィには辛いだろうが、頑張ってもらおう。
「教国側の住民は見捨てるのですか?」
「イアン。もう少し言い方があるだろ」
ブルーブリッジ侯爵家の家宰から、国の宰相に華麗な転身を遂げたイアンさんが辛辣に表現する。俺はそれをたしなめた。
「ですが、どう言い繕ったところでそういうことですよね」
「……まあそうだが」
しかしイアンさんは退かない。最近、彼の口調が刺々しい。貴族にしたことを怒っているのだろうか? ボークラーク家の分家とはいえ、一応伯爵にしてあるのだが。
「貴族にしたことを怒ってるのか?」
「いえ。とても感謝しております。ボークラーク家の勢力が拡大したのですから。それに妹を側室に迎えてくださり、わたしに娘ができれば入内させていただける確約もいただきました。格別のご配慮をありがとうございます」
「ならどうしてそんなに言動が刺々しいんだ?」
「いえ、いつも通りです」
そう言ってイアンさんは仕事へと戻っていった。うーん。家臣の不満はなるべく解消してあげたいけど、本人があそこまで頑なだと対策も立てようがない。ここは身内に聞いてみよう。俺は近くに控えていたメイドにある人物を呼びに行かせた。その間にシルヴィへの手紙を書き上げ、封をしてから衛兵のひとりに持たせる。そうこうしているうちにドアがノックされた。
「陛下。オーレリア第六皇妃殿下が参られました」
「通せ」
「承知しました。ーーどうぞ」
かくして入室してきたのはオーレリアさんーーもとい、オーレリア。反攻開始前のアタックを受けて、彼女を奥さんに迎えた。ま、帝国建国に際して永代貴族たちと皇族の団結を示すという政治的な理由もあったのだが。永代貴族のうち、公爵家は俺の奥さんばかり。だからあとは侯爵家から奥さんを娶ればいい。そんな話になり、俺はボークラーク家からオーレリアさん、ウェズリー家からラナさんを迎えた。キャンベル家については今後、女子が生まれたらということになった。実はベリンダさんはあの騒乱でお相手を見つけていた。しがない地方の騎士だったのだが、それを知ったアリスが『ベリンダさんにも春がきたのね』と件の騎士くんを子爵にしてしまった。これならギリギリ家格も釣り合うだろう、と。三侯爵家と俺との縁談話が持ち上がったときには別れさせようという動きが出たが、愛し合う人々を引き裂くのはしのびなかったので、また女の子が生まれたらということで引き延ばしにしておいた。しかし当代のキャンベル侯爵は生真面目らしく、新しく若い奥さんをもらってきて頑張っているらしい。……お疲れ様です。
まあそんなわけで、
第一皇妃(皇后)アリス・マリア・フィラノ公爵
第二皇妃レオノール・マクレーン公爵
第三皇妃シルヴィア・シル・ブルーブリッジ公爵
第四皇妃クレア・パース公爵
第五皇妃ソフィーナ・ミリ・ブルーブリッジ公爵
第六皇妃オーレリア・ボークラーク
第七皇妃ラナ・ウェズリー
妾フィオナ、エキドナ
となった。ついでにいえば、レオノールちゃんとシルヴィ以外は妊娠している。直系の氏族が増えると喜んでいたな。さすがに血縁者が俺、ソフィーナ、エリザベスの三人はマズイ。ーーと、話が逸れた。今はイアンさんの話だった。
「呼び出してすまない」
「いいえ。妊婦になってから暇をしておりましたので、むしろ喜んでいます」
「……含みがある言葉に聞こえるのは気のせいか?」
「さあどうでしょう?」
言葉のなかに毒を混ぜてくるのはさすが兄妹といったところか。このまま会話を楽しむのも悪くないが、生憎と予定が詰まっている。ただえさえ忙しいのに、さらに戦時ときた。俺を忙殺せんとばかりの忙しさである。
「なあ、最近お前の兄が冷たいのだが……」
「なるほど。そういうことですか」
彼女にはこれだけで通じた。ならばさも画期的な解決策を聞けるのだろうと思っていたが、彼女は難しい顔をする。
「すみません。私からはその件についてはなんとも……。ただひとつだけ。兄が怒っているのは陛下が変わってしまわれたからだと思います」
「俺が?」
「はい。今一度考えられてはいかがですか?」
俺が変わった? 彼女の言いたいことがさっぱりわからない。
「陛下。臨時会議のお時間です」
「そうか。呼び出してすまなかったな。忠告は承知した。よく考えてみることにしよう」
「こちらこそ、出しゃばった真似をしてすみませんでした」
「気にするな。ではまた夜に」
「はい」
こうして俺たちは別れた。
ーーーシルヴィアーーー
今日、新たな軍令とともに皇帝陛下からのお手紙が届きました。それによると私の方針を支持してくださるとのことでした。事後承諾になってしまって申し訳ないと綴れば、私に軍の全権を預けてくださるとのことです。陛下はいつも私の願いを叶えてくださいます。軍令は『帝国側を急進し、敵の主力を釘づけにせよ』というものでした。となると新たな部隊の投入が決まったようですね。では派手に動いて敵を引きつけましょう。
「全軍、前進!」
陛下曰く『行軍の第一は速度』です。敵に迎え撃つ準備をさせないためには一刻も早く敵軍と激突する必要があるということです。考えればまったくその通りです。今回の侵入方法もこれまでの常識ではありえないことですが、非常に合理的でした。今、戦い方は大変革を迎えているのかもしれません。
さて、新教国領内に雪崩れ込んだ私たちはいくつかの小勢を撃ち破りました。しかし敵の首都が目前に迫ったところで十万の大軍勢が立ち塞がりました。これはさすかに慎重に当たらなければなりません。私は全軍を止め、皇帝陛下に指示を仰ぎます。すると鷹便で『援軍近し』との報がもたらされました。もう後発の軍が発ったのかと思いましたが、次の日、ドラゴンが大挙して飛来したことで私は理解しました。陛下はこの戦を終わらせようとしているのだと。ドラゴンという最終兵器を投入されたのも、そのためです。ならそれにお答えしましょう。私は諸将を集めて言いました。
「明日、総攻撃を行います。七日以内に敵首都を包囲、陥落させます。これは皇帝陛下の勅命です」
「「「ハッ!」」」
翌日、ドラゴンたちを先頭に私たちは総攻撃を開始しました。ドラゴンたちは猛威を振るい、その姿を見た敵兵たちはその士気を大きく落とし、一時間もしないうちに潰走します。私たちはそれを追いかけます。捕虜は後ろに任せ、どこまでも追いかけました。彼らは首都へと逃げ込みます。私たちは後続の兵士たちをまとめ、包囲させました。敵は籠城に出たのかもしれませんが、ドラゴンが現れ、城壁の一部を崩させれば呆気なく降伏の使者を送ってきました。私は教国のダリオ殿に連絡してその情報を伝えました。後日、帝国と教国、新教国の三者が集まって会談することが決まりました。
ーーーオリオンーーー
俺は今、いち外交官として交渉のテーブルについている。皇帝が敗戦国に乗り込む必要はないから、肩書きそのままでは出席できない。そこで特命全権公使ジュタローとして出向くわけだ。 念のために魔法で顔立ちを変えている。ちなみに公使とは大使の一段下の存在である。各国(新教国を除く)に派遣している外交官のトップは大使の身分を与えている。今回、新教国に公使を送り込むとはつまり、おたくのことを軽視してますというメッセージである。もっともそんな位置づけなど彼らは知らないだろうから、気づくのは当分先になるだろうが。
さて、議場は新教国の首都である。制圧から約一ヶ月、この都市は帝国軍の軍政が敷かれていた。教国は一枚も噛んでいない。なぜなら軍司令官のシルヴィが彼らの干渉を事前に交わした約束を盾にはねつけていたからだ。ま、彼らが乗り込んでくればまた粛清の嵐が吹き荒れるだけだろうし、それが正しい。着々と教国との外交関係は悪化していっているが、敢えて帝国東部で軍を編成することで黙らせている。新教国で変な動きをしたら、侵攻するよ? と脅しをかけているのだ。しかも集まっているのは旧王国騎士団を再編した第一師団である。軽視はできない。ともかくシルヴィはよく治めていた。教国がどのような手法をとっているのかは新教国の人々にも伝わっているらしく、徐々に帝国の支配地域に逃げ込んできている。教国はそのような移動を禁止しようと躍起になっているようだが、それは悪手である。
それはさておき、議場には教国、新教国それぞれの代表が既に集まっていた。教国の代表は軍を率いている枢機卿のダリオ。新教国は教皇(聖女に次ぐ地位)。もともと仲が悪い二国の人間が向き合って座っている。言うまでもなく、雰囲気は最悪だった。そこへひょっこりと入っていく。俺もなかなか図太くなったものだ。
「やあ、お待たせしてしまったかな?」
「これは帝国の代表殿。ようこそいらっしゃった。ささ、こちらへ。おい! 早く代表殿にお茶を差し上げろ!」
教皇が手早く指示を出し、召使いたちーー聖職者見習いの少年少女ーーが動いて紅茶を差し出してくる。
「これは聖域で栽培された特別な茶葉と、湧き出す聖水によって作られた最高級のお茶で、限られた者しか飲むことができません」
まるで自動車ディーラーの営業のごとく、おべっかを使いながら饒舌にお茶の説明をしてくれる。あんた、聖職者なんか辞めてセールスマンでもやった方がいいよーーそんな言葉が喉元まで出てくるが、どうにか引っ込めた。だが、そこに水を差すのがダリオ。
「ふん。そんなものを聖水とはいわん。ただの湧水だ。帝国の代表殿もそんなものは飲むに値しない。教国を訪れる機会があればわたしのところにこられよ。本当の聖水を振る舞おう」
「貴様! 絶対神様がお恵みになられた聖水を貶すか!」
「黙れ! ただの湧水を聖水と称する詐欺師どもが! そもそも聖水とは、聖都に絶対神様がお恵みくださる水のことだ。ただの湧水のことではない!」
「なんだと!? いいか。聖女様は絶対神様の神託を受けられた。それによれば貴様らの信仰心は既にない。絶対神様に絶対的に帰依する絶対なる信者たちとともに南へ移れ。さすればその地に祝福を与えよう、と」
「祝福ぅ? はっ! 真に祝福を受けていればこのように他国に国土が蹂躙されることなどなかっただろうな!」
「そんなことはない! そもそもーー」
実に醜い争いだ。俺は今更ながら後悔した。こんな面倒な奴らの間を取り持ちつつ、交渉を進めなければならないことに気がついたからだ。くそ、こんなことなら適当な人間に任せればよかった。だが後悔先に立たずで、また一度やると言ったからにはやり遂げなければ示しがつかない。反対を押し切ってここにきたのだから。
「まあ二人とも落ち着いて」
「「これが落ち着いていられるか!」」
ハモった。仲のいいことで。
「そういえば、帝国の前身であるフィラノ王国は絶対神様を信仰していたはず」
「ならば帝国代表はどちらの主張が正しいと思われますかな!?」
すみません。自分、無宗教です。……ここははぐらかす方針でいこう。
「帝国では国家の最高法規たる憲法において、信教の自由が保障されております。ですからなんともーー」
「では個人的に、どう思われますかな?」
「すみません。それについても国家公務員法により、己の信教によって物事の尺度としてはならないという規定があるのです。なのでどうかご容赦を」
「それは……宗教に厳しくはないか?」
「いいえ。帝国において信教は自由ですが、公務員ーーつまり、社会に奉仕する立場の者が私心に惑わされてはならないのです。そのため、公務員をはじめとした一部の者がその規制を受けるのです」
「さっぱりわからん」
だろうな。これは近代法の概念。そう容易には理解できない。なのでとりあえず各官僚にはマニュアルを配布し、その通りに動くようにさせている。現在、学校制度を整えている最中だ。まだ普及してはいないが、俺が生きているうちには近代教育を受けた者たちが国の中枢に登ることになるーーと、余談はここまで。そろそろ本題に入らなければ。
「ともかく、本題に入りましょう」
俺のこのひと言で場の空気が引き締まった。これで会議での主導権は俺ーー帝国が握ったことになる。
「結論から言えば新教国は解体ーーというところに帝国と教国は合意しています」
「……」
黙って聞き入れる教皇。彼だってバカではない。これくらいは予想していただろう。どこまでこの要求を引き下げられるかがこれから彼に求められる。逆に俺たちはどこまで要求を釣り上げられるかが大切だ。戦後の交渉とは基本、この二つの対立関係にある。あとはその落とし所を探るのだ。
「帝国は事前に話がついたように、教国と領地を折半で進めたいがーーそちらは何か?」
俺はダリオに視線を向ける。
「教国としては偽の教皇以下の処刑。聖女も連行したい」
「なっ!?」
教皇が驚きを露わにする。ま、目の前で殺すと言われれば当然か。
「これで互いの意見は出ました。では今日は終了。各自これを持ち帰って共有するとしましょう。明後日、また集合ということで」
こうして一旦お開きとなった。
竜帝国の役職
皇帝:オリオン・ブルーブリッジ
皇太女:エリザベス・シル・ブルーブリッジ
宰相:イアン・ボークラーク
外務大臣:オーレリア・ボークラーク
財務大臣:ソフィーナ・ミリ・ブルーブリッジ
陸軍大臣:フレデリック・キャンベル
海軍大臣:エリック・ウィズマー
内務大臣:クレア・パース
工務大臣:ラナ・ウェズリー
宮内大臣:アリス・マリア・フィラノ
文部大臣:レオノール・マクレーン
神祇官長官:フィオナ
第三軍司令官:シルヴィア・シル・ブルーブリッジ(新設の近衛第一師団長に内定)
といった具合です。




