6-1 甘くない世の中
物語もいよいよ終盤に突入です。自分としては年内に終わると思っています。それからは完璧にサボっていた閑話を書きつつ、翌年の一月にはリメイク版も出したいと思っています。感想で疑問点を頂きましたので、そこを解消すべく設定を大幅に改変しようと思います。魔王様とともに、新版自宅警備員もよろしくお願いします!
ーーーオリオンーーー
皇帝の座についた俺は諸侯を集め、とある布告を行った。それは貴族位の解体である。正確には世襲の禁止であるが。そして一般奴隷の解放だ。俺の発表にざわつく。
「こ、皇帝陛下。それはどういう!?」
「文字通り、貴族はこれから指定する家以外の世襲を禁じるということだ。それと奴隷を犯罪奴隷以外を禁じる」
「それではどうなさるおつもりで?」
「国政は朕の名の下に運営される議会が担う。地方の統治は官僚に任せる。司法もまた、朕の配下たちが司る」
俺が目指すのは中央集権国家である。モデルケースとしては明治維新を経た日本。最終的な目標はイギリスだ。あの国ほど王制と民主主義が調和した国はない。だからこそそこを目指すのだ。
「それでは国は成り立ちませんぞ」
「だろうな。だからこそ世襲を禁止するのだ」
つまりは貴族の当主が全員くたばる頃には立派な官僚統治機構が出来上がっていることだろう、ということだ。これに気づく奴は気づく。
「陛下! それは横暴ではありませんか!?」
「そうです! 先の騒乱で協力した我々にあんまりな仕打ちです!」
「ご再考を!」
貴族たちが次々と反対の声を上げる。あー、わかったわかった。
「なるほど。そなたたちの考えはよくわかった。ならば再考するとしよう。また明日、ここに集合とする」
そう言って俺は一日目の謁見を切り上げた。
翌日。俺は貴族に最上級の礼装をして参内するように通達を出した。全員が集まったことを確認すると、
「ではこれより任命式を行う。代表としてボークラーク元フィラノ王国侯爵に任命書を与える」
「「「おおっ」」」
俺の掌返しに貴族たちが喜ぶ。かくして彼らは帝国貴族になった。ただし、その大半は一代貴族である。あまりの嬉しさに文面を確認し忘れたようだ。後日、多くの貴族から抗議がきた。しかし彼らは一度任命書を受け取っているのだ。返すならどうぞご自由に。その場合は貴族籍も剥奪されますけど。反乱? どうぞ勝手に。そちらがいくら集めたって、こちとら五万以上の兵を抱えていますけど。同日、国の最高法規たる憲法ほか、主だった法律が発布された。施行は半年後である。それまでは各地域の従来法を適用することとした。結局、永代貴族になったのはフィラノ公爵家、マクレーン公爵家、パース公爵家、シル・ブルーブリッジ公爵家、ミリ・ブルーブリッジ公爵家、ボークラーク侯爵家、ウェズリー侯爵家、キャンベル侯爵家の八家だけである。この八家は帝国最古の貴族家として続いていく。
こうして俺は内政関係を二日ほどかけて処理したわけだが、これまでずっと待ちぼうけを食らっていた人物がいた。新教国からの使者である。とうとう堪忍袋の緒が切れたらしく、旧王都ーーフィラノーーで暴れているらしい。俺は同地の領主となったアリスとともに事態の収拾を図る。といってもやることといえばこれまでの経緯の説明である。そして俺とアリスが先王の意向で結婚したこと、フィラノ王国は竜帝国に吸収されたことを懇切丁寧に説明した。
「だからそんな言い分は通用しない! そもそも我々はその竜帝国なる国家を認知していないのだぞ!」
「そんなお宅の諜報力不足を暴露されても困る。既にフィラノ王国はなく、現に竜帝国は存在するのだから」
「絶対神の絶対なる託宣で動く我が国を愚弄するか! ともかく、アリス姫は引き渡してもらう!」
「それは困る。アリスは皇后であると同時に、このフィラノの地を治める公爵なのだ」
「そんなこと、知ったことではない!」
「とにかく、情勢は動いた。ここは一度、その絶対なる託宣を授けてくれるという絶対神(笑)に問い直してみてはどうかな?」
「貴様、よくもぬけぬけとーー」
「他国の国家元首だぞ。それに向かって貴様とは、なんと外交儀礼の『が』の字も知らないらしい。使者がこれでは、その絶対神とやらの格もしれたものだな」
「我らが絶対神まで虚仮にするか……ッ!」
使者は額に青筋を浮かべて怒り狂う。顔は既に赤い。茹でたタコのようだ。それと、元日本人の俺に信仰心を期待しても無駄だ。おそらく地球上で最も不信心な国だろうし。年末年始は特にそうだ。ジングルベル、とクリスマスを祝ったかと思えば大晦日にお寺で除夜の鐘を聞き、年が明ければ神社へ初詣。少なくない数の日本人が最低でも三つの宗教行事には関わっているのだから。
「とにかく一度帰って上からの指示を仰げ。宿も今日限りで提供しない」
じゃないと王国財政の決算ができない。
「覚悟しておけ! 必ずや神罰が下るぞ!」
結局、使者は捨て台詞を吐いて帰っていった。そしてそれから半年後ーー新教国から宣戦布告がなされた。随分と遅かったな、と思いつつ、俺は既に編制と集結を完了させていた帝国軍三個師団と一個旅団の計五万(指揮官ほシルヴィア・シル・ブルーブリッジ公爵)に越境命令を出した。そしてその数日後には教国軍も新教国へ向けて征伐軍を送り込んだ。
ーーーシルヴィアーーー
私は今、新教国との国境線にいます。オリオン様ーーいえ、皇帝陛下のご命令で新教国を攻撃するためです。ソフィーナ様ーーじゃなくて、ソフィーナさんの諜報によれば、つい先日、新教国に帝国討伐の託宣が下りたとのことでした。そのため奇襲を警戒して対新教国方面に三個師団と一個旅団が配備されました。その指揮官に公爵であり、また帝国陸軍元帥という位をいただいている私が選ばれたのです。……私は数年前まで捨てられる寸前の奴隷だったのですが、今や五万人という大軍を指揮する立場になっていました。さらに皇帝陛下のお情けをいただいてエリザベスという娘が生まれ、その娘は皇太女になっています。人生はわからないものですね。今の境遇を捨てられかけていた奴隷時代の私に話せばどう言われるでしょうか? まず信じてもらえないでしょうね。
「司令官。お手紙です」
「ご苦労様です」
副官が差し出してきた小さな紙筒を受け取ります。これは鷹や梟などの猛禽類を使った伝達手段で、あまり文字数を書けませんが、簡単な内容のやりとりならこれで行えます。やり方としては符丁を書き込むだけです。その符丁の意味は作戦前に予め決められています。作戦指示はこの符丁で、私たち指揮官が暗記しています。なので目標だけを地図で確認します。今回の紙には『ニイタカヤマノボレA1』とありました。ニイタカヤマノボレは開戦の符丁。それも侵攻作戦です。そしてA1というのはーー
「国境近くの街ですか……」
皇帝陛下はまずこの街を橋頭堡にするおつもりなのでしょう。予定通りですね。既に教国と共同戦線を張ることになっていますし、焦る必要はありません。
「全軍に通達。『黄色作戦開始』と」
「はっ!」
そして私たちはすぐさま行動に移りました。攻撃目標までの道のりにはソフィーナさんの配下にいるオリオン商会の息のかかった商人たちが水と食料を用意していました。そのため歩兵は重い盾や鎧を脱ぎ、武器と簡単な防具のみを身につけて道を駆け抜けます。この軍の三割は実戦経験のあるベテランで固められています。そして彼らに鍛えられた兵士たちも、そんな彼らの厳しい訓練を耐え抜いてきた強者揃い。結果、通常五日かかる行程を二日で踏破するという超高速の行軍が成功しました。鎧などの物資が届くのに一日待たされましたが、兵士たちにはいい休憩時間になりました。そして物資が届くとそれらを受領し、攻撃をしかけました。まさかこれだけ早く攻撃されるとは思っていなかったらしく、敵はまったくの無防備。ほんの数時間で占領します。兵士たちには略奪の禁止を徹底させました。もし違反しようものなら憲兵の餌食です。損害を確認したところ、戦死十余名、戦傷五十余名という驚異的な少なさでした。
私たちは街に物資が貯められるのを見守っていましたが、皇帝陛下からB15へ進撃するように鷹便で通達されたため、進撃を再開します。先頭を行くのは騎兵で編成された第一騎兵旅団。彼らは立ち塞がる有力な敵は迂回し、途中の村々は支配下に置きます。そのあとにやってくる私たち三個師団の主力部隊が敵を掃討していき、最初に占領した街と目標地点との間に一本の線を引きます。皇帝陛下はこれを『点と線の戦略』と仰っていました。たしかに街村が点、道が線といえます。私たちが目標としたのは教国軍との合流地点として定められた街でした。そこには教国の旗が翻っていました。彼らも街を落としたようです。しかし街に入った私は戦慄しました。
「これは……ッ!?」
街の大きな道は左右に磔にされた人々の遺体が並んでいました。老若男女問わず、無数に。そんなときに声がかけられました。
「おおっ、これは美しい姫君だ」
「何者だ!?」
「おっと、これは失礼。わたしは教国の枢機卿第三席のダリオと申します。今回派遣された聖騎士団の取りまとめ役を担っております」
「部下が失礼しました。私は帝国陸軍元帥のシルヴィア・シル・ブルーブリッジ公爵です。帝国第三軍の司令官を務めています」
「あなたがかのシルヴィア様ですか。あなたのお噂は教国でも聴いておりますぞ。帝王の寵姫にして、戦場に咲く白百合の戦乙女と。いやぁ、お会いできて光栄だ」
そのような噂があるのですか……。いえ、そんなことよりも、
「ダリオ殿。この惨状はどういうことですか?」
「ん? ああ、これですな。なに。少し異端者を掃除しただけですよ」
彼は平然と言う。少しって、間違いなく百や二百は超えています。それが住民の何割だと思っているのでしょう。
「では今後の計画を決めましょうか」
ダリオはそう提案してきました。この短いやりとりだけで私は悟ります。いずれ彼らとは雌雄を決するときがくると。考え方が決定的に違いすぎます。今の私の力では、新王国の民たちに警告することくらいしかできません。あくまでも新王国の民たちを根絶やしにしようとする教国に、帝国が保護した村に手を出さないように約束させるのが限界でした。もしかすると、ここにいるのが私ではなくてソフィーナさんやレオノールさんだったら……そう思わずにはいられないのでした。




