5-13 戴冠式
拙作『お約束破りの魔王様』の方も是非ご覧下さい!
ーーーオリオンーーー
宰相としてアリスの戴冠式の準備に追われること半月。ようやく本番を迎えた。玉座の間には文武百官と儀仗兵が並び、周りは衛兵で固められている。玉座には王様が座り、脇にはカールさんが立っていた。そして俺はアリスと一緒に広間の外にいる。共に最上級の礼装に身を包んでいた。出番はお姫様が先だ。
「では行って参ります」
「いってら〜」
決然とした面持ちのアリスとは対照的に、俺は世の不条理を悟った高僧のように気のない返事で送り出した。
ーーーアリスーーー
オリオン様に見送っていただきながら、私は玉座の間に入りました。普段はドレスを着ますが、今日は男性用の礼装を着ています。オリオン様には凛々しいと言われました。本当は可愛い私をお見せしたいのですが、今日は戴冠式。女王となる私は淑女ではいられないのです。嗚呼、なんて悲しい運命なのでしょう。
「王太女殿下、ご入来ッ!」
入場の声が響きました。これは広間にいる人々に誰が入ってくるのかを告げるためのものであり、また入場を促すものでもあるのです。重厚な扉が門番二人によってゆっくりと開かれ、私はゆっくりと入っていきます。お父様の少し手前で片膝をつき、臣下の礼をとります。そこでお父様からの声かけを待つのです。
「アリス。そなたは先のダンによる国乱をブルーブリッジ侯爵以下、多くの貴族たちと協力し、見事に鎮めた。また政務を任せればわずかな間で反逆者たちの処罰を終えた。その手腕を見て、余は決心した。ここにフィラノ王国第十四代国王、ルドルフ・ガイアス・フィラノは退位し、アリス・マリア・フィラノに譲位することを宣言する!」
そう高らかに宣言されたお父様は玉座から立ち上がり、王冠を脱いで私の頭に載せました。
「これからはそなたとオリオンの時代だ。この国を任せたぞ」
「承りました。しかしながらただ一点、親不孝をいたすことをお許しください」
「そなたが決めたことだ。余はもう何も言わぬよ。それがそなたの決断なのだから」
お父様はこれまでにない優しげな声をかけてくださいました。思わず緩んだ涙腺を引き締め、壇上へ。玉座へ登ります。お父様は王族の席に腰かけられました。そこはお兄様が座られていた席です。あんまりなことをしでかして、今や国賊。親子の縁を切ってはいますが、やはり寂しさを感じずにはいられないようです。ーーいえ、そんなことよりまず目の前のことを済ませましょう。新王の即位宣言です。
「皆さん。私は多くの方々に支えられてこうして王位に就くことができました。王国の秩序を守れたことは嬉しく思います。ーーですが、このままでは苦境に立たされるのは事実。そこで私は強力な同盟相手に頼ることにいたしました」
事情を知らない下級貴族たちがざわめきます。しかしそれはすぐさま上位貴族たちに鎮圧されました。そして広間に静寂が訪れると、
「オリオン・ブルーブリッジ様、ご入来ッ!」
素晴らしいタイミングで門番がオリオン様のご入場を告げました。さて、主役のご登場です。
ーーーオリオンーーー
門番に促されて玉座の間に入った俺はアリスの前にやってきて平服ーーしなかった。
「ブルーブリッジ侯爵。臣下の礼をとらぬか。失礼であろう」
「上国の王は下位の王に礼はとらぬものだ」
「なっ!?」
おそらくこの瞬間、下級貴族の間には衝撃が走っただろう。またダンのときのような騒乱が起こるのか、と。しかしその心配は無用だ。これは芝居でしかない。だから事情を知る上級貴族たちは黙っている。
「おやめなさい。オリオン様は私の大切な同盟者なのですよ」
「様? 女王陛下。それはどういうーー」
彼らが困惑するなか、アリスは玉座から立ち上がり、傲慢な態度を崩さない俺のところへやってきた。互いに同じ場所に立っている。つまり、彼我の立場は同格ということだ。だがこれだけでは終わらない。アリスは俺の前で片膝をつく、臣下の礼をとった。そして、
「どうか我らを受け入れてくださいませ、国王陛下」
「承知した。かねてからの約束通り、余はフィラノ王国を併合しよう」
との宣言がされたのである。このウルトラCを考えついたのはアリス。戴冠式の直前に俺をカチンの国王だったことにして、仮称カチン国にフィラノ王国を併合させようという計画だ。ただここに俺は手直しをした。地球ーー特にヨーロッパーーでは国王でありながら他国の貴族であることがあった(イングランド王など)。それに倣い、俺をブルーブリッジ侯爵兼カチン国王と位置づけたのだ。ま、その上をいく人物が現れたのだけれども。
「ありがとうございます。では私もお約束通り、併合の象徴として陛下の妻になりましょう」
というわけで、俺は国王になった。その場で結婚式の日程が発表され、舞台はカチンへと移る。
ーーーーーー
その日のカチンは晴れていた。内乱最大の激戦地だったカチンだが、その面影はどこにも見られない。死体はすべて片づけたし、城壁も破損箇所は修繕されている。張り巡らされていた有刺鉄線は取り払われ、空堀も埋め戻されていた。街にも沈鬱な空気はなく、軽いお祭り騒ぎだ。それは戦勝記念凱旋式と、領主の結婚式の挙行が発表されたからである。めでたいことの連続に住民たちはテンションが上がりまくっていた。これと同時に式場ーーという名目の禅譲台ーーも築かれ、いよいよその日が近づいてきたことを感じさせた。
そんななかで俺たちの帰還だ。五万の大軍が整然と並んで街を行進する。住民たちは彼らを大歓声で迎え、兵士たちは誇らしげに歓声の雨のなかを闊歩した。パレードは第二区画の大通りをすべて通り、なるべく多くの人々が軍の姿を見られるように工夫した。これは一種の宣伝だ。この姿を見て、自分もあんな風に喝采されたいーーそんな野望を抱いて入隊してくれる人を募集する。俺は軍国主義者ではない。しかしこの時代、この世界、平和を標榜したところで絶対に攻められないという保証はない。そのときに必要なのは筆の力ではなく暴力である。残念ながら。そして他者に負けない暴力(軍)とは、技術力、戦術は無論のこと、国を守るという兵士個々人の意思も必要となる。この凱旋式はそう仕向けるためのショーなのだ。
パレードが終わると結婚式アンド戴冠式となる。用意されているのはフィラノ王国の王冠ではなく、新たな王冠である。実はエキドナをファフニールのところへ送って、王様になるからよろしく、と伝言を頼んだ。すると彼は自らやってきて、俺に皇帝の座を勧めてきた。なんでも自分より強い者が自分と同格なのは不満らしい。これにアリスが同調し、かくして俺は皇帝になることになった。これに伴って家紋も変更。鶴丸の鶴がドラゴンになった。名づけてドラ丸ーーは格好悪いので、荒ぶる鷹ならぬ、荒ぶる竜で荒竜である。それをあしらった旗が無数に掲げられ、その下を俺は壇上に向けて歩く。頂上で俺に冠をかぶせるのはエキドナ。本当はファフニールにやってもらいたかったのだが、人型になれないので娘の彼女が代役を務めている。王冠をかぶれば、真の意味で皇帝となる。壇の下にいる兵士や民衆、貴族たちがこの姿を目にしているだろう。冠がかぶせられた瞬間、大歓声が沸き起こった。
思えばいち商人の庶子が、気づけば皇帝だ。我が事ながらとんでもない出世をしたものである。だがこれで晴れて自由の身。絶対権力者として君臨するのだ。我がニートライフを阻む者などいない! ハハハッ!
そして同じ場所へ、今度はドレス姿のアリスが登ってくる。王様ーーいや、前王様に手を引かれ、ゆっくりと。そして頂上で指輪を交換した。地球のように誓いのキスはない。ただ神へ宣誓するだけだ。妻/夫を愛することを誓う、と。それを終えれば結婚式は終わり。終幕に群衆の大歓声が轟いた。そのなかで、
「実は婚約した日から怖かったんです。本当にこれは現実なのかなって。本当は夢で、目覚めると全然違った世界にいるんじゃないかって」
「今は?」
「怖くありません。指輪を嵌めるときのオリオン様の手の温もりは本物でした。夢じゃないんです。現実なんです。私嬉しくて嬉しくて……最高です! こんな幸せをありごとうございます」
と、とても可憐な笑顔を見せてくれた。俺はこのときの彼女の表情を一生忘れないだろう。
ここに竜帝国が誕生した。




