5-9 カチン籠城戦Ⅴ 大反攻
拙作『お約束破りの魔王様』の方も是非ご覧下さい!
ーーーカールーーー
「公王様。兵糧の蓄えが乏しくなって参りました」
「どれくらい保ちますか?」
「今のままではあと半月ほどかと」
「……食事を一日一度に制限しましょう。それでひと月は保つはずです」
「はっ」
部下の報告にそう答えました。それにしても、まさか領民が外から流入してくるとは予想していませんでした。おかげで兵糧の消費が想定より速い。このままでは飢餓状態に陥ります。婿殿に大見得を切った手前、落とされるわけにはいかないのですが……厳しいですね。とにかくなんとかしなければ。
「公王様。ブルーブリッジ侯爵様がいらしています」
婿殿が?
「こんにちは、カールさん」
「おお、婿殿」
「厳しそうですね」
「恥ずかしながら。婿殿はどうなのです?」
「夜襲をされたときを除けば城壁にも取りつかれていませんよ」
「それはすごい」
正直信じられない。聞けば婿殿のところは五万の兵に囲まれているという。城攻めには籠城側の三倍の兵が必要とされる。婿殿の兵は一万五千。その差は三倍以上。なのに城壁にさえたどり着かせないとは。
「ところで本日はどうなされたのかな?」
「反攻の準備が整い、部隊は既に動いています。北はまず、マクレーン軍五千を解放します。マクレーン軍には王都への街道を封鎖してもらい、我々と合同して王都を攻めます」
「そう上手くいくのか?」
「はい。ここは今晩にでも片づくはずです。もうすぐそこに迫っていますから」
「援軍がきているのか!?」
「島で編成した部隊、一万五千がマクレーン領の港に上陸してここへ」
「島から……」
完全に計算の外だった。短期間にそれだけの兵を動員できるほどに手懐けるとは、婿殿は末恐ろしい。
「そして明日から早速動いていただきたいのですが、何かお困りのことはありますか?」
「申し訳ないのだが、兵糧が尽きかけていて……」
「わかりました。あとで蔵に入れておきます」
何も言わずに支援してくれる。これが他の貴族であれば嫌味のひとつでも言うものだが、さすが婿殿は出来人よ。
ーーーーーー
婿殿から貰った兵糧で兵たちにたらふく食わせる。久しぶりに腹一杯食べたことで皆満足そうにしていた。何よりだ。そして婿殿の話では今夜にも城を囲む敵は一掃されるそうだが……果たしてそんなことは可能なのか? そう思っていたら、
「公王様! 城外に火の手が!」
見張りからの伝令が部屋に駆け込んできた。本当に味方はきたのだ。
ーーークレアーーー
わたしはオリオン様のご命令で島の軍勢をまとめて訓練を施していました。ブルーブリッジ軍で採用されている訓練マニュアルに一番精通しているのはわたしたち、旧パース氏族の兵たち。彼らを中心に、これまでの氏族という単位にこだわらない新しい軍隊を作ることがわたしに与えられた使命です。エリックの補佐を受けながら何度も何度も繰り返して、ようやくオリオン様から合格点をもらいました。するとすぐさま船に乗せられて大陸に上陸します。オリオン様の作戦の第一段階、マクレーン軍の解放作戦を遂行するためです。敵は一万。夜襲で一気に蹴散らしちゃいましょう。事前に放った斥候によれば、敵はこちらの存在にまったく気づいていません。いけます。
「行け!」
エリックの号令一下、密かに忍び寄っていた一万五千の全軍が敵に攻めかかります。完全に不意を突かれた敵はなす術なく敗北。エリックに追撃を任せ、わたしはマクレーン領のトップに挨拶します。
「お初にお目にかかります。わたしはクレア・パース・ブルーブリッジです」
「婿殿の縁者か?」
「妻になります」
「……なるほど」
マクレーン公王は難しい顔をされました。何か無礼をしたのかしら?
「此度は救援感謝する」
「いえ、任務ですから。そして早速ですが、公王様は兵を率いて王都へ向かう街道を封鎖してください。露払いはドラゴンのみなさんがしてくださってると思いますので、防備だけに傾注していただければ」
「承知した。クレア殿はどうされるのだ?」
「兵を一日休ませ、明後日には五千をカチンへと、残り一万をマクレーン軍の後詰として動かします」
すべてオリオン様のご指示なのですけどね。
ーーーエキドナーーー
わたくしは主様のご命令でドラゴンを率い、王国の各地を飛び回っています。主様に刃向かう敵を殲滅するためです。追い払うだけでいい、と主様はおっしゃいましたが、わたくしの気が済みません。主様に刃向かうことの愚かしさを教育します。あの世で反省して、生まれ変わったら主様の忠実な下僕として働くのです。
ーーーアダルバートーーー
「報告します! マクレーン領にいた味方が壊滅しました!」
「なんだと!?」
「報告!」
「今度は何だ!?」
「ブルーブリッジの旗を掲げる一隊がこちらに向かってきます。その数、およそ五千」
「むむっ。復帰した兵たちをそいつらの対応に回せ」
「公王様! ドラゴンです! ドラゴンの群れが現れました!」
「そんなバカな!?」
なぜこのような報告が一斉にもたらされるのだ? いや、わかったぞ。これはワシを混乱させるための敵の罠だ。うむ。そうに違いない。
「公王様。すべて現実でございます」
わかっている。わかっているが、そう思わなければおかしくなりそうだ。正面に難攻不落の要塞。背後に敵兵とドラゴンの群れ。いったいどうすればいいのだ。そして、何人が生きて帰れるかな?
「包囲を解け。逃げるぞ」
「な、何をおっしゃいますか!?」
「逃げるんだ! 勝ち目はない!」
勝てない戦いはしない。王都に戻って策を練るのだ。それに、数が多ければ多いほど逃げ延びる者は多くなる。ワシは全軍に撤退を命じた。ところが従わない者がかなり出る。クソガキと、義兄に近い貴族たちだ。前者はともかく、後者は義兄の敵討ちに固執してしまっている。何を言っても無駄だった。やむなく彼らを見捨てて撤退する。だがまるでその瞬間を見計らったかのように、今まで固く閉ざされていた敵の城門が開いた。魔法によってワシらを阻んでいた障害物は綺麗に撤去され、平らな道が出来上がる。そして騎兵を先頭に籠城していた敵軍が出てきた。彼らはクソガキたちの軍を紙のように容易く破ると、勢いそのままにワシらに襲いかかる。しかもその数は一万と少しの兵数ではない。明らかにその倍はあった。つまりこちらとほぼ同数。そんな相手に当たられてはたまったものではない。ただえさえこちらは逃げ腰なのだから。さらに逃げ道は敵の新手とドラゴンが塞いでいる。味方は大混乱だ。収拾がつかない。ワシは幸運にも逃げ延びることはできたが、街道で合流できたのはたった三千ほど。北には六万の兵がいたはずなのだが……。あの大軍の姿は影も形もない。マクレーン軍を迂回してワシらは王都へ戻った。もう北へ向かうのは無理だ。守ることも難しい。なんということだ……。
ーーーオリオンーーー
ずっと温めてきた反攻計画はその第一段階を完璧に達成した。島で錬成した部隊を投入してマクレーン軍を自由にし、その動きに呼応してドラゴンという最終兵器を動かす。カチンに籠っている兵士も。これでカチンを包囲する敵を一掃する。同時にエキドナにドラゴンの一部を率いて友軍を救出してもらう。これで形勢は穏健派に傾く。北に向けられている敵の主力は殲滅されるからだ。そんな計画を立て、実行したら大成功。すべてが予定通りに推移した。もう嬉しいを通り越して怖いくらいだ。そして残敵を掃討しつつ、マクレーン軍と合流する。そこにはクレアがいた。エキドナもやってくる。俺は今回の功労者である二人を労った。たっぷり褒めちぎって、嫌というほど可愛がる。翌日、二人とも立てなかった。やりすぎですね、すみません。
「婿殿は本当にすごい。やはりレオノールを任せてよかった」
「自分は考えただけです。賛辞は実行してくれた方々に送ってあげてください」
カールさんが褒めてくれたけど、本当に俺は計画を考えただけだ。実行者にこそ感謝すべきだろう。
俺たちが合流したことで、北から王都へ向かう兵は五万。敵の逆のことをやっている。意図したわけではない。なお一万は北部の治安維持のために残してきた。未だに敵軍の残兵がちらほら現れる。たいがい投降してくるのだが、今日の相手は違ったようだ。たった十名足らずで敵意を振りまいている。となればこちらも戦闘態勢をとらなければならない。って、あれは……
「フィリップか?」
「オリオンか! お前、庶子の分際で嫡子のボクを馬上から見下ろすなんて無礼だぞ!」
「はぁ。俺とあんたは敵なんだけど?」
まだそんなことを言えるのはすごい。ある意味大物だ。ま、皮肉だけど。
「捕らえろ。このゴタゴタが終わったら裁判にかける。どうせ国家反逆罪で死刑だけどな」
「なっ!?」
なぜ驚く? 当たり前だろうに。……もしかするとフィリップはこの内戦で負けるとすべてを失うということを理解していないのか?
「こ、こんなところで捕まってたまるか!」
フィリップは一目散に逃げ出した。ところが、
「ぎゃっ!」
一緒にいた仲間に刺された。
「や、やめ、殺さなーーあああァァァッッッ!!!」
そして呆気なく殺される。胸糞悪いな。つか、お前たち仲間だろ?
「こ、侯爵様に逆らう愚か者の首を献上いたします。どうかお目こぼしのほどを……」
「い、妹が人質になっていて逆らえなかったんです!」
などと、フィリップを刺した奴と首を刎ねた奴は供述する。ふむ。
「とりあえず捕まえろ。んで、この二人については暫定で死刑。人質の件は事実確認をしっかりとるように、申し伝えろ」
「「「はっ!」」」
側に寄ってきた兵たち(憲兵)に指示を出す。人質を取られていて従ったことまでは理解できるが、もはやどうしようもなくなった状態で裏切ることはどんな理由があろうとも許されない。それが俺の判断だった。何事か喚いていたが無視する。さて、次はいよいよ王都の攻略だ。




