5-8 カチン籠城戦Ⅳ 密かに
拙作『お約束破りの魔王様』の方も是非ご覧下さい!
今まで細々と投稿してきましたが、前回のPV数が1000を超えているのを見てギョッとしました。とても嬉しいですし、励みになります。
改めて、この『異世界最強の自宅警備員』を読んでくださっている皆様に篤く御礼申し上げます。
ーーーオリオンーーー
ここ一ヶ月ほど敵は攻め込んでこない。前回の総攻撃で受けた被害をまだ補填できていないのか、それとも別の攻撃方法に切り替えたのか。個人的には後者であるように思う。用心に越したことはないと神経を尖らせていれば、周囲に張り巡らせた網に引っかかった。地下坑道を掘っているらしい。これで城壁を崩すつもりか、それとも城内に侵入するつもりか……。どちらにせよ黙って見過ごすわけにはいかないので、早速対応する。とはいえこの城は坑道戦術への防備も備えている。城壁の手前には地下室が存在し、城壁に到達する前に敵を迎え撃てる仕組みだ。だから俺がするのは対抗坑道を掘ることではなく、地下の兵員を増強することだ。
ーーーとある兵士Aーーー
オラは田舎の三男坊。親父は自作農だけど、土地は兄貴が継ぐから、オラは別の家の小作人になるか、開拓民になるか、商人か職人になるかという道しかない。どうしようかなって悩んでたら、新しい領主様が徴兵令とかいうものを出したせいでオラは兵隊になった。半年の訓練を受けるだけでよかったけど、兵隊はオラの性に合っていたからそのまま軍に残ったんだ。島への遠征には参加できなかったけど、今はカチンを守るために戦っている。
そんなオラが配属されたのは地下。……オラ、何か悪いことした? なんで地下を守るんだ? オラにはよくわからない。上の連中は敵が攻めてきて活躍していた。でもオラのいる地下には敵がこない。暇だなぁ。
なんて思っていると、領主様から伝令がきた。やべ、サボってたのがバレた!?
「敵が来襲する公算大。地下は厳戒態勢を敷くように」
敵がくるの!? どうやって? 伝令の人の話だと地下道を掘っているそうだ。気を引き締めないと。
「いいか! 少しでも違和感を感じたら報告するんだ! 間違っててもいい! とにかく異変に素早く気づくことが大事だからな!」
「隊長! 甕に水を張って置いておくのはどうでしょう?」
「よし、許可する」
あいつ頭いいな。彼の進言は容れられて地下の各所に水が張られた甕が置かれた。見回りは水面が波打っていないかを見て回るのだ。今度はオラたちが見回る番。よし、頑張るぞ! 見逃さない。
「そんなにやる気出さなくてもいいじゃないですか、分隊士」
「油断するな。その一瞬が命取りになるぞ」
「真面目だなぁ……」
彼はぼやく。だけどもうそんなことは言わせない。
「ほら、見ろ」
「なんですかーーって!?」
オラが指さす甕の水面は波打っていた。
「敵だ!」
オラの報告ですぐさま警報が出た。水面の揺れは日に日に激しくなり、そしてついに敵が現れた。待ってたぞ。生きて帰れると思うな。
ーーーとある兵士Bーーー
オレは囚われの兵士さ。奴隷たちが密かに地下道を掘って、一気に城内へ雪崩れ込むはずだった。オレはその指揮監督を任されていたんだ。そしてあと少しで城内に到達するというところで、敵の待ち伏せを受けた。奴らはオレたちの動きを察知して大きな対抗坑道を掘ってやがった! 人数の差は歴然。逃げようにも後ろは土砂をノロノロ運ぶ鈍間奴隷が道を塞いでやがる。オレたちは矢が刺さってなす術なく囚われた。掘った坑道は土魔法で埋められちまった。この城はおかしいぜ。この前の総攻撃だって、城壁にさえたどり着けなかった。そして今は、坑道戦術をとってくることを見越して対抗坑道を造っていた。冷静に考えれば、戦争が始まってからあれほどまでに整備された対抗坑道を造るなんて不可能だ。聞けばこの城は農地を城内に取り込んでいるという。包囲しての兵糧攻めも意味なし。オレたちはいったい何万の屍の山を築けばこの城を落とせるのか? オレはまず落とすことが無理だと思うけどな。
ーーーオリオンーーー
敵は坑道戦術を繰り出してきたが、警戒線に引っかかったこともあって容易に排除できた。敵兵を訊問して得た情報では坑道は一本だけ。しかしハンゾーによれば他に五本ほど掘られているらしい。しばらくは様子見をさせて順次潰していく。反撃の準備も完了しそうなので、最後の仕上げを俺がやらなくてはならない。さて、たっぷり後悔してもらおうか。
ーーーーーー
そんなわけで転移でやってきたのはボークラーク領。穏健派の首領の狗として、彼らを督戦するためにきた。
「こんにちは、ボークラーク侯爵」
「ブルーブリッジ侯爵! そちらはどうですかな?」
「何度か攻撃を退けている。だが度重なる攻撃で城壁が痛み、死傷者が多数出た。特に城門をひとつ破られたのが痛い」
「なるほど。では負傷兵については魔法で直すとして、突破された門はバリケードを強化することで対応しましょう」
そんな感じでさっと兵士を治していく。自領ではないので重傷者を完璧に治すことはできないが、それでも体が動く程度には回復させることができた。これなら多少は戦力の足しになるはずである。それから破られたという城門を見せてもらい、簡易バリケードの作り方を指導し、有刺鉄線を張った。
「感謝しますぞ、侯爵」
「これくらい当然ですよ」
「そんなことはない。ささやかだが、お礼の宴会を用意した。さあ、こちらへ」
そうしてごく自然に屋敷へと入っていき、二人きりになる。
「それでマクレーン公王は何と?」
「半月後に動くので持ちこたえよ、とのことです」
「承知した。ならば一ヶ月は保たせよう」
「頼もしいお言葉です」
ボークラーク侯爵は笑う。お世辞抜きで頼もしい。なかには不安で不安でたまらないのか、無茶な要求ーー援軍の派遣ーーなんかをされることも予想されたしな。
「ではこれでーー」
「いや、待ってくれ。宴を用意したのは本当だ。是非とも参加してくれ」
「え? いやーー」
「オーレリアが会いたがっていたのだ。付き合ってくれ」
そういえば彼女とは最近、あまり顔を合わせていなかった。最後に会ったのは一年以上前か。……少しくらいはいいかな?
「お久しぶりです、ブルーブリッジ侯爵様」
俺は彼女に会って驚いた。ドレス姿なのだ。しかも絹でできた一級品。黒いドレスを抜群のスタイルを誇る彼女が着ることで、実にエロい。アクセサリーはプラチナの枠にはめられた大きなサファイアペンダントにダイヤモンドのイヤリング。まさしく淑女といった出で立ちだ。このまま王都の社交界に連れていっても何ら問題ない。一方の俺は軍服である。カーキ色の地味なやつ。……いや、だって戦争してるから。最悪、ここで戦闘に巻き込まれることも覚悟してたわけでして、わざわざオシャレするバカはいないと思うのです。とはいえもしこの格好で社交界に出ようものなら、いくら侯爵といえども叩き出されるだろう。気後れしながらもその感情を押し殺し、
「久しぶりですね、オーレリア嬢」
なんて挨拶をしてみたものの、なんとなく居心地が悪いので、
「着替えましょうか?」
なんて訊ねてみる。するとオーレリアさんはコロコロと笑って、
「どうぞお気になさらず。侯爵様のお姿は戦装束なのですよね? でしたら何の問題もございません。ここは戦場であり、社交界ではありません。ならば戦装束を着ることに問題があるでしょうか? わたしがドレスを着ているのも、これがわたしの戦装束だからです。……少し、良き殿方を魅せたいという気持ちもありますが」
なんて嬉しいことを言ってくれる。ちょっと恥ずかしい言葉を添えて。彼女はお堅い印象を受けるが、時折こうした茶目っ気を見せてくれるのだ。
この宴ーーというより会食は終始和やかに終わった。最後にオーレリアさんとお姫さまたちを交えたお茶会をしようと誓って別れた。
以後も俺は穏健派の貴族たちのもとを巡って作戦を伝え、負傷兵を治したり城壁の修理なんかをしていく。物資が足りないところには十分な量を与えた。かくして下準備は着々と進み、いよいよ反攻に転じる。




