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異世界最強の自宅警備員  作者: 親交の日
第五章 建国
58/140

5-4 竃

新作『お約束破りの魔王様』の方も是非ご覧下さい!



 

ーーーフィリップーーー


 ボクは北方征伐軍の先手、二万を率いて王都を出発。街道を北上していた。父上はボクが初陣だからと心配してベテランの傭兵を雇ってくれた。その隊長が副官をしている。別にそんなことしなくてもいいのに。さすがに父上のように海賊と戦った経験はないけど、ボクだって何度か商隊を率いているうちに盗賊を相手にしたことだってあるんだから。

 この先手は国の騎士団が二割、貴族の私兵が三割、残り五割が傭兵たちだ。ボクは王太子殿下から征北副将軍に任じられていて軍勢の指揮官を任されているけれと、領地を持たないから私兵は用意できなかった。でも指揮官が一兵も持っていないのは格好がつかないので、父上に傭兵を用意してもらったのだ。今は傭兵に頼るしかないけど、この戦いが終わったら褒美にボクはカチンを、父上はマクレーン領を賜ることになっている。そしてボクがゲイスブルク家の当主になればマクレーン領も加わって北方の大勢力になる。王太子殿下からはアリス殿下を正室に迎え、公爵位を賜ることを約束してくれた。ふふっ。オリオンを殺したらシルヴィを妾にして、アリス殿下と一緒にボク好みに調教するんだ。北の巨大勢力である公爵ともなれば、他の貴族からも側室が送られてくるはずだ。うわー、楽しみだなぁ。


「楽しそうな顔をしてますなァ、坊ちゃん」


「坊ちゃんて言うな。将軍様と呼べ、将軍様と。ボクは平民みたいな下賎な輩とは違うんだよ」


「……あいよ、将軍様」


 馴れ馴れしい傭兵に身分の違いというものを教えていると、兵士がボクに近寄ってきた。


「報告! 敵の一隊が姿を見せました!」


「数は?」


「およそ三千」


 三千だって? オリオンはバカなのか? ボクたちは二万もいるんだぞ?


「これは怪しいな。伏兵がいるかもですぜ」


「わかっている。ーーん?」


 そしてボクは見た。敵兵の先頭を颯爽と駆けるシルヴィアの姿を。美しい、と素直に思った。彼女が乗る白馬は、乙女にのみ触れることを許すといわれる幻獣・ペガサスのよう。後ろに束ねたオレンジの髪が風にたなびく様も相まって、その出で立ちは戦乙女のようだった。

 欲しい。この女を自分の物にする。かつて自分が目をかけたのは間違いではなかった。すぐに全軍で攻めかかって捕虜にーーいや、それよりまず説得してみよう。彼女は賢い。この戦いがどれだけ無謀かわかっているはずだ。オリオンの奴に無理矢理参加させられているだけ。うん。そうに違いない。ならきっと説得に応じてくれる。ボクは馬を前に進めた。


「やあシルヴィア」


「フィリップ様。ご無沙汰しております」


「ボクのことを覚えていてくれたんだね。嬉しいなあ」


「ところで本日は何のご用ですか?」


「降伏してくれ。ボクはキミと戦いたくない」


「戦いたくないのなら、フィリップ様が降伏されてはいかがです?」


「? どうしてボクが降伏しなくてはならないんだい? ボクが率いる先手だけでもキミたちと同数。後ろには三万もの軍勢がいるんだ。合計五万。そちらの倍以上だ。勝ち目なんてない。降伏するのはそちらだろう」


「そう思われますよね……」


「降伏してくれれば悪いようにはしない。ボクは王太子殿下の親友だ。助命はもちろん、ボクの側室に迎えるよ。そこで今よりもっと贅沢な生活を送るんだ。ボクはいずれカチンとマクレーン領を統べる公爵になる。将来は約束されているんだよ。それに比べてオリオンはどうだい? 王太子殿下に反逆して、残されたのは滅亡への一本道。キミもオリオンに無理矢理参加させられているんだろう? 可哀想に。けど、ボクの妻になれば心配は要らない。戦場に出すなんてことはしない。屋敷で優雅な生活をして、子どももたくさん作って、幸せな家族になろう」


 ふふっ。これでボクの凄さがわかってくれたはずだ。もうオリオンみたいなクズには渡さないよ、シルヴィア。さあ、ボクのところへおいで。


「……御託はそこまでですか?」


「え?」


 今、なんて言った?


「あなたは昔からバカだと思っていましたが、相変わらずオリオン様の素晴らしさを理解できないようですね」


「何を言ってるんだ。奴は時流を読み間違えたんだよ! 時流は既に王太子殿下のものになっているのに!」


「それはただの幻想です。流れはこの戦で変わります。呆気なく。それにあなたのような愚鈍な方の妻になるなど想像したくもありません。贅沢な生活など必要ありません。今の生活で十分満足しています。それにオリオン様は大切な宝物をくださいました」


「本当か? ボクなら大金でも宝石でも、豪華なドレスだってあげるよ」


「そんなものは要りません。そんなものでは及びもしません。エリザベスに並ぶものなどあるはずがありません。オリオン様がいらっしゃって、エリザベスを抱いた私がいる。将来的にはレオノール殿下やソフィーナ様、フィオナさんにクレアさん、もしかするとアリス王女殿下も加わるかもしれませんね」


「エリザベス?」


「はい。私とオリオン様の娘です」


「なっ!?」


 シルヴィアとオリオンの娘!? そんなまさか!


「エリザベスとオリオン様がいらっしゃれば私は幸せです。ですので、あなたのお誘いはお断りします。二度としないでください。不愉快です」


 こ、この女ァ! 下手に出ればつけ上がりやがって。


「全軍突撃! 敵を叩き潰せ! ただし、先頭の女は生け捕りにせよ! 捕らえた者には金貨百枚を与える!」


「「「オオオッッッ!!!」」」


 ボクの言葉に兵士たちの士気が上がり、果敢に突撃していった。


「坊ちゃん! 無策の突撃はいくらなんでも無謀だぜ!」


「うるさい! 数で押せば勝てる! それとボクは将軍様と呼べと言っただろ!」


「将軍! 突撃を中断してください! 無茶です!」


「指揮官のボクの言うことが聞けないのか!? 殿下に言いつけるぞ!」


 左右から副官の傭兵と貴族がボクの作戦に口を挟んでくる。うるさいんだよ。ボクが正しいんだ。お前たちみたいな無能は優秀なボクに従っていればいいんだ。


「行け!」


 それに兵士たちはボクの言うことに従っている。そうだ。ボクが一番偉いんだ。行け! 押し潰せ!


「進め!」


 シルヴィアが剣を抜いて振り下ろした。すると敵の騎兵が突撃してくる。でも、


「なんだあれは。臆したか」


 奴らはボクたちの進行方向から逸れるように斜めに突撃してきた。騎兵が集団で突撃してくるときに感じるという恐怖なんてまったくない。はははっ。所詮は女か。やっぱり彼女はこんな戦場よりも、屋敷にいる方がはるかにいい。ボクがすぐに解放してあげるからね!

 だがそのまま離脱するかのように見えた敵に動きがあった。


「構えーー射て!」


 騎兵が振り向きざまに弓を射てきたのだ。たちまち何人もの兵が倒れる。反撃しようとこちらも弓を構えたときには敵は射程の外に出てしまったいた。


「き、騎乗したまま弓を射るだと……?」


「信じられん」


「なんて技量だ……」


 傭兵や貴族たちは呆気にとられていた。って、


「呆けている場合じゃない! 敵を蹴散らせ!」


 ボクは止まってしまった突撃を再開させる。


「待ってくれ。突撃の勢いが鈍っている。ここは魔法戦をして体勢を立て直すべきだ」


「うるさい! お前たちは文句を言うばっかりでなんの役にも立ってないじゃないか! 前に出て成果を挙げてから意見しろ!」


「……わかった」


 副官は前線に出て行った。ふう。これでボクの邪魔をするものはいなくなったね。これで自由にできる。


「さあ、突撃だ! 行け! 進め! 伏兵なんか恐れる必要はない! ボクたちは大軍だからね。百や二百死んだところで問題ない!」


 兵たちの後ろから発破をかける。敵の弓で倒れる者が出ているが、臆さず突撃するように。そうだ。お前たちはボクに従っていればいいんだ。死んでも関係ない。下賎なお前たちはボクのために死ぬのだから! 間もなく敵にぶつかる。これだけの数だ。すぐに決着がつく。


「うわっ!?」


「空堀だ!」


「さっきまでなかったぞ!」


「なんで急に!」


「知るか!」


 兵たちが突如出現した空堀に落ちていった。そして、


「射て!」


 ゾーッと大雨が降っているような音を立てて矢が飛んでくる。でもそれくらいじゃ止まらないよ。兵たちだって倒れた味方を踏み越えて進んでいるし。


「いかん! 隊列が伸びきっている!」


 副官がまたなんか言ってるけど、どうでもいい。ボクは攻め手を緩めないように徹底させた。数で押せば勝てるんだから。戦争って楽だよね。


「突撃!」


 敵と味方が激突したことでボクは勝利を確信したけど、そこに涼やかな声とともに水を差された。敵の騎兵がシルヴィアを先頭に雪崩れ込んできたんだ。たったそれだけで隊列が前後に分断されてしまう。その傷口は騎射によってさらに広げられた。一撃を加えるとシルヴィアはまた離脱していく。


「追え!」


 とボクは命令したけれど、


「て、撤退だ!」


「後退して体勢を立て直す!」


 分断された前衛が勝手に後退したせいで混乱してしまい、追うことはできなかった。しかも敵はこちらの混乱に乗じて悠々と撤退していった。


「追え! 追うんだ!」


「無理です!」


「部隊が混乱していて指示が届きません!」


 クソッ! この役立たずの無能どもめ! ボクは悔しさのあまり地団駄を踏んだ。


ーーーーーー


 結局、あの戦いで三千の兵が戦死して五千の兵が負傷した。大損害だ。ただ嬉しかったのは鬱陶しかった副官が、死んだことだ。矢に当たって死んでいた。よし、これで自由にできる。ボクは軍の再編成が終わるとすぐさま追撃をかけた。あの戦いから一日が経っているが、まだ追いつけるはずだ。半日ほど進むと野営した跡が見えてきた。竃が残っている。その数、


「ざっと見て四百ほどか」


「はい。敵がここで休んだのでしょう」


 これなら軽く踏み潰せるな。ボクは軍を急がせた。そろそろ野営しようと思ったところでまた野営跡を見つけた。


「二百、か……」


「敵はかなり数を減らしているようです」


 竃ひとつあたり四、五人分の食事を作る。それが前回の半分になっているということは、兵士の数も半分になっているということだ。どうせオリオンはボクたちの兵が少ないと騙していたのだろう。それが嘘だったとバレて兵たちは逃げ出したんだ。


「よし、今日はここで野営しよう。身体をしっかり休めるんだ。この調子なら敵兵は数百ほどに減っているだろう。明日からは休まず追撃するぞ!」


 そう宣言したように、翌日からは不眠不休で追撃した。何度か野営跡を見つけたけど、予想通り、竃の数は減っていった。最後は百ほどしかない。予想される敵兵力は五百。ボクたちは速度を優先して脱落した者は放置してきたため、五千ほどに減っているが、それでも十倍だ。勝てる。


「勝利は目の前だ!」


「「「オオオッッッ!!!」」」


 兵たちが時の声を上げて突撃する。その先に待ち受けていたのは瀕死の敵軍ーーではなく、やる気になっている敵たった。


「な、なんだこの数は!?」


 ざっと見て一万以上いる。ボクたちより多い! ボクたちが姿を現すと攻撃が始まった。味方がバタバタとやられていく。


「に、逃げろ!」


 ボクは慌てて逃げるように指示した。けれど遅れてやってくる味方と逃げる味方とがぶつかって大渋滞を引き起こしていていた。そこに敵の攻撃を受けてーーボクは負けた。


ーーーオリオンーーー


 俺は戦場を見回りながら戦後処理を進める。今回の戦いで確認した敵の死体は五千。捕虜も三千ほどいる。彼らは必要な処置を施したあと、千の兵を割いてカールさんのところへ送った。追撃した部隊は多くの敵を討ち取ったが、フィリップは取り逃がしてしまったようだ。まあこれだけの大敗をすれば失脚するだろう。シルヴィの報告によると、将来は北を治める公爵になる予定だったらしいが。

 今回、俺が立てた作戦はとても単純なものである。フレデリックに指示して野営跡を作らせた。この際、俺たちに近づくにつれて竃の数を減らし、待ち受ける兵士の数が少ないように見せかけるようにする。あとはエサ役のシルヴィが上手くフィリップをおびき寄せれば敵の先鋒を殲滅できるというわけだ。


「オリオン様。追撃に出ていたフレデリック様が戻られました。また、残っていた軍をまとめているシルヴィア様からは出立可能とのことです」


「わかった。全軍に伝令せよ。カチンへ帰還する、と」


「はっ!」


 まず初戦に勝った。敵の北伐軍は三万で二万の俺たちの相手をしなけれはならなくなる。となると彼らは他方面からの援軍を求めるはずだ。結果として味方へのプレッシャーが弱まる。

 次はカチンでの籠城戦だ。敵には地獄を見せてやろう。




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