5-2 新体制と内戦
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ーーーダンーーー
親父が倒れた。その報告をもたらしたのは宰相補なる役職についた公王だった。
「殿下。今、宮中は混乱の極致にあります。どうかその指導力を発揮なされて、この混乱を鎮めてください」
「もちろんだ」
ようやくあの老いぼれもくたばるか。これでようやくオレの時代だ。王になれば王国はすべてオレのもの。玉座につけば何をしようか。まず隣国への出兵は確実だな。ああ、そこから大陸全土を支配しよう。さらにゲイスブルクのオヤジが言っていた、別の大陸にある大国も支配して歴史に名を残すのだ。比類ない優れた大王として。
ーーーオリオンーーー
王様が倒れた。その報告を受けた途端に感じたのはきな臭さだ。宰相と王様ーー国の重鎮二人、しかも穏健派のみが立て続けに倒れるなんて偶然があるだろうか? かなり怪しい。
だがそんなことはどうでもいいのだ。問題は謹慎処分を受けていたはずの王太子が出てきて執政を始めたことである。本来、太子は執政権を持たない。それは国王の専権事項であるからだ。太子が政務を行うことができるのは、王から許可を受けた場合のみ。ただ普通は国の直轄領のひとつを任され、そこで政務の経験を積む。領地は小さな国ともいえるからだ。例外は国王が急死した場合だが、今回はあてはまらない。だって王様生きてるし。つまり王太子がやっていることは間違いなく違法行為なのだ。当然、心ある貴族ーー全員穏健派ーーは反対した。宰相府会議(宰相と宰相補の三人で構成される会議のこと)でも反対の議決を出している。ところがそれを王太子は『王太子の命は国王の命と思え』という謎の訓示によって一蹴した。何度も言うが、違法行為である。
あまりの暴走特急ぶりに辟易していたところにさらなる激震が走った。それは新貴族の大量任命である。その筆頭は俺の父・レナード。爵位は驚くなかれ、侯爵である。平民から一気に侯爵へ。それは前例のない大抜擢だった。王太子の陣営はこれを『新体制運動』といっているそうだ。
さすがに見かねた穏健派貴族は俺と宰相のもとに集まってくる。彼らの要求はただひとつ。
『アリス王女殿下立太女の王命が書かれた文書を開示せよ』
というものだ。王様の意向は既に貴族たちの知るところとなっている。強硬派はその存在を知りながら王太子を支持しているのだ。たしかに、文書の存在が明らかになれば彼らの行為に正当性はなくなる。肝心の文書は既に宰相府へと届けられていた。開示しようとすればできる。しかし、
「捏造といわれたら反論のしようがない」
「だが国璽が押されてあるのだぞ?」
「ええ。陛下が倒れられる前に作られたものであることは誰もが知っています。ですが、あえて無視されてしまえばどうしようもありません」
ついでにいえば王様がダウンしているため国璽が形骸化してしまっている。要は王様がいなければ俺たちは動けないのだ。我々は静観するしかない。
騒ぐ貴族たちをなんとかなだめて帰ってもらった。ところが事件は次々に起こる。王太子たちは役職を勝手に変えたのだ。宰相がマクレーン公王から宰相補をしていた公王に。財務卿にはレナードが任命されている。俺も宰相補の職を解かれた。王太子は強硬派で固めるつもりらしく、穏健派は次々と職を解かれていっあ。
さらに隣国への出兵論が浮上し、兵の動員を始めるらしい。当然、穏健派の貴族たちは反対する。すると数日後、その貴族は軒並み何かしらの罪で拘束された。あら不思議。
そして出兵論に関してはもうひとつ事件が起こる。王太子は出兵にかかる費用を賄うために商人からの寄付金を募った。一番の出資者はゲイスブルク家。そして一銭も出さなかったのがオリオン商会だった。もちろん俺の指示である。ところが王太子たちは国の大事に金を出さないとはどういう了見だ、と激怒。そして兵を商会の支店に送り込んで金品を略奪したのだ。被害額は金貨にしておよそ千枚。俺とソフィーナは連名で抗議した。だが当然のように黙殺され、挙句に屋敷には暗殺者がひっきりなしにやってくる始末である。はぁ。とりあえず地方の支店は国外のものを除いてほぼ閉鎖。そして本店を王都からカチンへ移し、そこで国全土からの食糧品や軍需物資の買い占めを行った。金に糸目はつけずに国の在庫を空にしろ、と厳命している。こうなりゃ経済戦争だ。王国で物資が欠乏していることを他国へ吹聴する。これだけでは儲けのチャンスだと売りさばく者が出てくるので、国内の出兵論をリークしてその動きを国に制限させた。こうして供給地をオリオン商会にほぼ限定し、高く売りつけて損失を補填するのだ。窓口は王都とカチンしかないから、前回のように武力に訴えることはできない。なぜなら家の兵士が目を光らせているからだ。即座に鎮圧に動くことができる。もう一銭もやらん。
ーーーーーー
そんな調子で三ヶ月が経ち、宰相ーーいや、カールさんも歩けるまで回復していた。王様はまだ眠っている。カールさんには病み上がりで申し訳ないのだが、急いで領地に向かってもらう。既に穏健派貴族のほとんどが領地に戻っており、カールさんが王都を離れれば、残っているのは俺だけになる。相変わらず暗殺者は送られ続けており、始末しただけでも三桁に達した。
「さて、どう誘ったものか」
「オリオン様はお兄様を討たれるのですか?」
「はい。それが今のところの陛下のお考えですから」
免職されて暇を持て余しているので、カチンに戻って政務をこなしつつ、暇な時間をお姫様とお茶会をしたりして潰していた。そしてそのお茶会で頻繁にあるやりとりが、王太子をどうするかというものだ。文書もあるので、基本方針は排除。カールさんとも意見を一致させていた。
穏健派は現在、出兵論に乗じて軍備を増強している。お姫様の脱出を待ってから挙兵するという計画だ。このうち主力はカチンとマクレーン公家だ。カールさんの話では動員予定は五千だという。ちなみにカチンは例の経済戦争によって物資が豊富にある都市となり、移民が押し寄せている。軍は商会の事業規模が縮小したため常備軍は千に留めているが、予備役も入れると潜在兵力は一万五千に達している。ほぼ同じ広さのマクレーン公家より三倍も多い。やはり金の力は偉大だ。
「そうなのですか。……実はーー」
といってお姫様がおずおずと話してくれたのは、しばらく前から王太子に結婚を斡旋されているというものだった。しかもその相手はフィリップ。彼女も王様の意向を無視するわけにはいかないので、病気だなんだと角が立たないように逃げていたらしい。ところが相手も痺れを切らしたのか、最近になって毎日のように催促されているそうだ。……ビッグチャンスの到来である。
「そのまま断り続けて、相手が動くのを待ちましょう」
そして一週間も経たないうちに相手は動いた。
夜。屋敷の警報装置が鳴った。また暗殺者かと思ったが、すぐにいつもと違うことに気づく。これは桜離宮の警報だ。ついに動いたらしい。転移で桜離宮の一室に移動して、外の様子を探る。そこでは離宮に配置された近衛と黒装束の男たちとの間で戦闘が起こっていた。さほど苦戦しているわけでもないが、念のためお姫様のところへ顔を出す。部屋の前を守っていた近衛に斬りかかられた。パニックになってるのかな? 俺だよ、俺、俺。落ち着かせて説明すればわかってくれた。
「大丈夫ですか?」
「はい。オリオン様がつけてくださった魔道具のおかげで侵入者を察知できました。ありがとうございます」
「探知できても対応できないと意味がありません。労いのお言葉は近衛の方々にかけてあげてください」
なんて謙遜しておく。
「オリオン様は相変わらずですね」
それはどういう意味ですか、お姫様?
「ところでこの襲撃は誰の差し金なのでしょう?」
「間違いなく王太子でしょう。あるいはそのシンパか」
「決めつけるのは……」
「賊を退治した後、ひとり二人ほど訊問すればすぐにわかりますーーよっ」
振り向きざまにナイフを投擲する。ナイフは一直線に飛翔し、忍び寄っていた刺客の喉に刺さった。刺客は倒れて動かなくなる。あ、つい殺してしまった。やらかした。
軽く後悔していると、袖が引かれる。お姫様が怯えていた。
「オリオン様。どうして刺客が?」
「正面の者たちは陽動だったのでしょう。本命は別にいる」
警報装置は敵の侵入を報せるだけで、細かい位置まではわからない。侯爵邸はチートな使用人(不眠不休でサイボーグ並みに強い)が守っているが、桜離宮は違う。当然、こういった陽動に引っかかってしまうわけだ。それからも何度か襲撃を受けたが、すべて退けた。このうち数名の捕縛に成功している。そのうち襲撃も終わった。すっかり怯えきった様子のお姫様を寝かしつけ、別室を借りて刺客を訊問する。するとこの襲撃を依頼がゲイスブルク家によるものだと判明した。ただし俺のように暗殺ではなく誘拐目的であったようだが。
ーーーーーー
翌朝のこと。外が騒がしいせいで目が覚めた。明け方まで動いていたせいで寝不足なのだ。もう少しゆっくりさせてくれ。心の中で愚痴りながら起き上がって窓から外を見るーーって、なんだと!? 外を見てびっくり。桜離宮、商会、そしてこの屋敷が兵士に取り囲まれていた。
「オリオン様。使者が面会を申し出ております」
執事のセバスチャンが入ってきて来客を告げた。慌てて身支度を整えて使者に会う。するとその使者は開口一番、
「降伏しなさい。ならば命までは取りません」
意味不明なことを言いだした。なぜ降伏しなければならないのか。
「は?」
相手の物言いが無礼であったので、自然、こちらの対応もそれなりのものになる。というか、説明プリーズ。
「降伏せよと言っているのです。言葉も理解できないのですか?」
「理解はしている。俺は理由を訊いているんだ」
「あなたには国家反逆罪がかけられています。まず死刑になる罪を犯していながら、減刑してくださるという王太子殿下のご温情ーー速やかに降伏して当然と思いますが?」
「俺がいつ、国家反逆罪に該当するような行為を犯した? 理由を提示してくれないとただの私刑だとみなすが」
「オリオン商会の動きです。外征という国家の大事に物資を買い漁り、値段をつり上げるなど反逆に他なりません!」
「商会についてはソフィーナに任せていて俺の下にないからお門違いだ。ついでに言えば、売らないわけではないのだからそれほど問題視する必要はないはずだが?」
「あります! 在庫のほとんどがカチンへ移った本店にあるということで、王都で発注しても莫大な費用がかかるのです。これは味方に仇なす行いだ!」
「利益を出すための工夫だろ。特に輸送費は当然の請求だと思うが?」
「王都に本店を置いて、在庫を置いておけばいいでしょう!?」
「安全をとったのだろう。この前も襲撃を受けたそうだからな。御用達だからカチンなら保護してもらえると思ったんだろう」
「王家御用達ではないですか!?」
「そうだな」
「ならなぜ王都に留まらないのです!?」
「いや、だって襲撃したのは国軍だし」
誰がその親玉のいる場所に拠点を構えるのだろうか。そんなことも考えつかないとはーーこの使者、バカだな。王太子の腰巾着をしていて成り上がっただけの新貴族だ。
「まあいいでしょう」
いや、よくねえよ。
「第二に、あなたの領地で兵の動員が少ないことです。これをどう説明しますか?」
「新しくできた領地で財政難なんだ」
「嘘ですね。あなたの戦闘報告を読みましたが、最終的には五千もの軍勢を用意していたではないですか」
「あれは(元)傭兵だ。金で雇った。おかげで勝てたはいいが財政難になったよ」
「ではドラゴンはどうなのです?」
「一日あればやってくるぞ。ま、維持費が騎兵の比ではないから今は無理だが」
あいつらとにかくよく食うのである。彼らを動員するために領内では農業改革が行われていた。農作業には軍馬として使えなくなった馬を従事させ、代わりに牛をドラゴンに食べさせるために繁殖させる。そのため各所に大規模な牧場が多数建設されていた。
「ーーと、とにかく降伏しなさい! いいですね!?」
「いや、全然よくないから。降伏もしないし。さあ、帰った帰った」
使者を帰らせると、使用人に屋敷の防備をさらに固めるように指示した。それからお隣に移動する。
「逃げます」
「どこへですか?」
「カチンへ。そこで王太子打倒の兵を挙げます」
「勝てるのですか?」
「もちろん」
「わかりました。準備します」
「お待ちください」
お姫様の同意を得たところで、メイドのひとりが制止してきた。
「侯爵様。どうやってこの場から脱出するのですか? 周辺は軍に囲まれているようですが」
「もちろん抜け道がある。この屋敷はよく知ってるぞ。なにせ俺が作ったからな」
俺は幻術の魔法陣を描いて離宮に兵士が残っているかのように偽装した。そして元いた人々は転移陣でカチンへと飛んでもらった。同様の手口で商会や侯爵邸にいた人々も移動させる。彼らにはたまたま発見した古代の遺物と説明しておいた。これで大騒ぎはしないはずだ。避難が完了して残ったのは俺とエキドナだけ。二人で忘れ物はないかを調べる。家具や商品、貴重品はしまった。屋敷の装飾も能力でただのコンクリートの壁にしてある。地下への通路は完全に塞いだ。……問題なし。それを確認するとエキドナに乗り、空から王都を脱出する。慌ててこちらに矢を放ってくるが、風の魔法ですべて防いだ。敵が突入してきても中はもぬけの殻。無駄足だと気づくだろう。
ーーーーーー
カチンに帰ると王都から移した人々に寝床を用意し、予め用意してあった檄文を穏健派の貴族たちに届けて回る。俺は宅配業者ではないのだが、移動が一番速いのだから仕方がない。
かくして穏健派貴族がお姫様を旗頭に挙兵した。その数五万。対して王太子側は国外出兵のために動員していた軍を転用した。その数は十万に上る。そのうち五万が北方に差し向けられた。ブルーブリッジ、マクレーン連合軍(二万)が穏健派の主力であることに気づいているらしい。マクレーン軍(五千)は領内の防備を固める一方、ブルーブリッジ軍は単独で王太子軍と対峙した。




