5-1 太子立つ
同時に投稿している『お約束破りの魔王様』の方も是非、ご覧ください!
ーーーオリオンーーー
宰相が重傷という報は、王都のシルヴィからもたらされた。エキドナは事件の前に帰っていたため、伝達方法が通常の早馬しかなく、届いたときには一ヶ月が経過していた。俺は仕事をすべて放り出してエキドナとともにカチンへ転移。そこから彼女に乗って王都へ乗り込んだ。一度屋敷へ行き、マクレーン公家へ先触れを出す。そして王城に対しても登城を願い出た。事件の経緯を知りたい。返事を待っている間にその場にいたというソフィーナから経緯を聞こうと思っていたのだが、商談で留守にしているらしい。代わりにシルヴィが教えてくれた。
「注意されたら逆上して宰相を刺した?」
「そのようです」
子どもかよ。いや、凶器を持ち出してるわけだから子どもより性質が悪い。
しばらく待っているとマクレーン公家から使者が戻ってきた。許可が出たーーむしろアポなしでもいいからきてくれと言われたーーので馬車に乗り込んでマクレーン公家の屋敷へ向かう。屋敷では使用人たちが期待に満ちた目で出迎えてくれた。いや、なんで?
「実は事件以来、お嬢様が塞がれておりまして……」
ショックを受けたんだな。小悪魔チックで大人びているレオノールちゃんも、やっぱりまだ子どもなわけだ。しかしそこで婚約者の俺に言われたってどうしようもないんですが? そう素直に伝えてみたところ、
「とんでもない。お嬢様は侯爵様とお話になられたことを嬉しそうに我々に話されるのです。我々にとっての最後の砦は旦那様と侯爵様ーーそう思っております」
「そ、そうか」
聞かなきゃよかった。それならこんな話にならなかったのに。
「だがまずは公王様との面会が先だ」
「お嬢様もそこにいらっしゃいます」
あ、さいですか。
俺は使用人に案内されて屋敷の奥に通された。そこは暖かな降り注ぐ部屋。その中央に設置されたシングルベッドに宰相が横たわっている。……暑そうだな。
「ご無沙汰しております、宰相閣下」
「おお、侯爵ーーいや、婿殿か」
む、婿殿って……。将来的にはそうなる予定だけど、まだ婿じゃないですから。それはともかくとして、宰相はかなり弱っている様子だ。胸を刺されたんだから当然か。
「旦那様……」
腰にベッドの傍らにいたレオノールちゃんがしがみついてくる。だから旦那じゃないーーって、そんな軽口すら言って大丈夫なのか心配になるほど、彼女は憔悴しきっていた。髪ボサボサ、目にクマ、肌荒れし放題。その瞳に普段宿る理知の色はなかった。今すぐ倒れたとしても驚かない。
「ちゃんと休んでるのか?」
「そうだ、聞いてくれ婿殿。レオノールがずっと側について離れんのだ」
「だってお父様が心配で……」
「とはいえ、いつまでもここにいてはいかん。習い事もずっと休んでおるし。それに半年もしないうちに婿殿との結婚式もあるのだからな」
「はい……」
「あー、その件なんですが」
「式のことか?」
「はい。それをしばらく延期にしましょう」
「それはどうして?」
「閣下が倒れられたからです。レオノール嬢は宰相のひとり娘。そのご寵愛ぶりも並々ならぬものがあると存じます。愛娘の一生に一度の晴れ舞台ーーそれを是非とも見ていただきたいのです。ですから式は閣下のご快癒のお祝いも兼ねて行いたいと思います」
「それは……なんともありがたいことだ。婿殿、そなたのような立派な御仁が娘と婚姻することを心から光栄に思う」
「そんなことありませんよ。それとレオノール嬢」
「なんでしょう?」
「あなたも無理をし過ぎです。父親が心配なのはわかりますが、それであなたが体を壊したのでは本末転倒です。もっと自分を大切にしてください」
「……はい」
レオノールちゃんは渋々頷いてくれた。
「なら早速やりますか。まずは身支度から」
そう言って俺は近くのメイドに指示を出す。彼女たちは飢えている。一ヶ月も開店休業状態で暇と情熱を持て余していた。それはさながら、飢えた獣。そんな彼女たちに俺は一ヶ月ぶんのオシャレをさせてあげてくれ、と声をかける。そしてレオノールちゃんを突き出した。
「え?」
レオノールちゃんが困惑するのも無理はない。というのも彼女はメイド(着付け担当)二人に腕を左右から組まれたのだ。それは囚人を連行するような誘導の仕方で、どう考えても主人に対する扱いではなかった。しかしメイドたちは気にせずにレオノールちゃんを別室へ連行して行った。
「……これは閣下を心配させた罰として赦してあげてください」
「そうしよう」
正直ここまでやるとは思っていなかったので、宰相に恩赦をお願いする。宰相も快諾してくれたし、めでたしめでたし。
「めでたしではありません! あれからずっとメイドたちに着せ替え人形にされたんですよ、わたし!」
レオノールちゃんから猛抗議を受けた。でもめでたし!
ーーーーーー
レオノールちゃんが少し元気になったのを見届けてから邸宅を後にした。晩餐に料理を振る舞おうと思っていたのだが、王様から呼び出しがかかったため断念した。
緊急ということで近衛騎士が侯爵邸、次いでマクレーン公家を訪ねたそうだ。ご苦労様です。乗ってきた馬車に乗って王城へ駆け込む。服装はもしもの場合に備えて最上級のものを用意させていたから問題はない。王城に入ると執務室に直行。そこで王様と面会した。
「ブルーブリッジ侯爵。よくきてくれた」
「宰相閣下に大事があったとのことで文字通り飛んで参りました」
「うむ。カールも喜んだだろう。だが事はそれだけではない」
「王太子殿下ですか?」
「うむ。余はあ奴を廃嫡しようと考えておる。ひとり息子だからと大事に育ててきたのが裏目に出た。こうなったらアリスに任せるしかない」
王様が言っていることは間違っていない。人を大した理由もなく刺すような人間を王にしないというのは倫理的に正しい。だが、
「それでは他国の介入を招く恐れがあります」
この世界にも男尊女卑の風潮がある。王様の子どもは三人。一男二女だ。お姫様は次女。上の姉は他国へ嫁いでいる。それは王家を嫡男の王太子殿下が継ぐからできたことだ。もしお姫様が継ぐような事態になれば、姉かその子ども(いるかどうかはわからない)に継がせろ、と他国がちょっかいを出してこないとは限らない。俺はそれを懸念していた。
「わかっておる。これまでは考えなしでも周りの補佐でなんとか治められると思っておった。嫁選びだって自由に恋愛できない身だから、なるべく好みに沿った相手を宛てがおうと好きにさせていた。だが今回の件ではっきりわかった。諫言で腹を立てるだけならまだしも、その相手を刺し殺そうとするなどありえない。あってはならない。あれは王の器にあらず。しかるべき家の養子に出して、アリスを次期王ーー王太女とする」
王様の決意は固いらしかった。さっき言った懸念を検討した上でお姫様に王位を継承させるつもりなら、俺は反対しない。いや、むしろ賛成する。
「というわけで侯爵。そなたにはカールの代わりに宰相になってもらう」
「ーーえ!?」
急な指名に驚く。マジで!?
「カールが倒れた今、穏健派の上級貴族で宰相が務まるのはそなただけなのだ」
「他にいないのですか? 事務方の優秀な人は?」
「家格としてはボークラークが適当だろうが、あの男は事務専門だ。内政のみらず外交、軍事などを束ねる宰相には向かん」
本当に切羽詰まってるな、穏健派。新米貴族を宰相にするなんていう力技を使わないといけないなんて。
「しかしそれではますます強硬派を煽ることになりかねません」
「それではどうしろと?」
「トップは変えずに行きましょう。宰相を補佐する役職を置いて、そこにわたしを任命するのです。それならーー」
「不満を多少は抑えられるか」
名目上のトップは変えていないから言い訳できる。いや、もう少しいい手があるな。
「補佐は二人にしましょう」
「なぜだ?」
「穏健派と強硬派からそれぞれ一名ずつ出して、決定は宰相も交えた多数決にするのです。これなら文句も出ないでしょう」
「なるほど。新たな役職に両派閥から均等に任命し、不満をなくすわけか」
「はい」
結論が決まっている国会の委員会みたいなものだ。表面上は議論の上で多数決という体裁をとっているが、中身は違う。委員の数が多い与党が勝ち、野党はただいるだけ。フランスの某男爵の言葉を借りれば『参加することに意義がある』という状態なのだ。ま、だいたい空回りしてるだけなんだけど。
そしてここでの狙いは強硬派を野党にすることだ。建前と中身は別。それに強硬派が気づく頃には宰相も復活しているだろう。
「よし、それで行こう」
王様は早速、お姫様を立太子する旨の命令と、俺と強硬派の公王を宰相補にする命令を出した。これを担当する役所が文章化して、王様が公の場で発表するのだ。
ただここで不可解なことが起こる。同じ日、同じ時に発したはずの命令が、次に開かれた評定では片方の宰相補が設立されたことについてのものしか出来上がらなかったのだ。王様は役所に発破をかけて翌日には完成させて、臨時で評定を開くことにした。無事に文書は完成したものの、今度は王様が突然倒れた。そして強硬派の貴族たちに熱烈に推され、王太子殿下が践祚した。




