4-11 統一と事件
四章の最後になります。
後書きにお知らせがあります。ご覧ください。
ーーーオリオンーーー
一向に進まない戦局にイライラしていた。それは俺だけでなく、この場にいるほとんどの兵も同じだ。最初は敵の数が多くて不利だからと胸の内に留めていたが、最近では『気合でなんとかなる!』『一人二殺』などと叫ばれていた。まるで旧日本陸軍のような標語だ。誰が考えたのだか。
暇つぶしにと作らせていた防御陣地は馬防柵が三重に張り巡らされ、空堀も備えている。野戦陣としてはなかなかのものだ。さらに自給自足の一環として畑を耕させた。いわゆる屯田制である。やはり獲れたての食材は美味しい。たがそれ以上に暇だ! 例外はドラゴンとラプトルたち。ドラゴンに聞くと暇なのはいつものことだから気にならないそうだ。
ドラゴンがいるのに戦局が進展しないのは、使えないからだ。ドラゴンを使えば敵を殲滅することはできる。だが敵を殲滅しては意味がない。俺たちは彼らを根絶やしにするためにきたわけではないのだ。それが俺の行動を縛っていた。
だがこのままでは埒があかない。娘の顔も見たいし、そろそろ結婚式の準備も始めたい。書類の山はーー考えたくもない。そんな私的な事情もあり、俺は禁を破ることにした。準備を整えるために俺はカチンへ飛んだ。
ーーーーーー
「侯爵。もう我慢の限界です! ドラゴンを先頭に攻め込みましょう!」
「そうです! ラプトルもいます!」
「とりあえず一度当たりましょう」
その日も血気盛んな幹部が俺のテントに乗り込んできた。俺は呆れる。なぜなら、
「フレデリック、お前もか」
これを言うと暗殺されるような気がしないでもないが、それはともかく。今まで幹部たちを諌めていたフレデリックまでもが積極論に加わっていた。
「オリオン様。もう兵たちは我慢の限界です。一度戦ってガス抜きさせるしかありませんーーって聞いてるんですか!?」
「聞いてるよ。あ、クレア。そこもうちょっと強く」
「もう、オリオン様。そんなに甘えて……」
「いいじゃないか。どうせ暇なんだし」
俺はクレアに肩を揉んでもらっている。闖入者に気を取られたのか力が弱くなったので修正の指示を出す。
「オリオン様!」
「そんなに急かすな。近いうちに動くから」
「その手は通用しませんぞ。それでいつもいつもーー」
「そうです。動くならなるべく早く動くべきです!」
他の幹部が口々に急かす。何も知らない人間からするとそうだろうが、
「あのさぁ。毎日毎日そうやって催促しておいて対応が遅いとか言われても困るんだけど」
そう。毎日壊れたレコーダーのように同じことを言われても、物事はそう簡単には進まないのだ。
「まだ時はきていない」
と、俺は取りつく島もないという態度をとる。すると彼らは矛先をクレアに変えた。
「クレア様はどうなのですか? 故郷は未だに戦火の影響が残り、一刻も早く復興に乗り出したいとは思われませんか!?」
「思いますが、パースの街はオリオン様が造り直してしまいましたし、あとは時間をかけてじっくりやっていきます。それにアバルア氏族は島の統一を狙っているといいます。ここでわたしたちが敗れればすべてを失ってしまいます。軽挙妄動は慎むべきでしょう」
もっともな意見だ。事実、兵たちはともかく幹部で血気に逸っているのはその大部分がブルーブリッジ侯爵軍の者たちである。これまで簡単に勝ってきたせいで我慢というものを知らない。この戦いをいいきっかけにしてほしいというのが俺の本心だった。
クレアは止めていた手を動かし始めた。ああ、気持ちいいなぁ……。
「なるべく早く動いてください」
「兵たちは本当に限界なのですよ!」
幹部たちはそう言ってテントを出て行った。残ったのは俺とクレア、フレデリックの三名だ。
「オリオン様に動かれるご意思がないことはわかりました」
「いや、動くよ? だからもう少し待ってくれっていつも言ってるよね?」
俺は政治家じゃないんだから、言ってることとやってることが違う、なんてことはまずない。今回だって嘘は言っていない。裏ではある出来事が進行中だ。本当に近いうちに動く。
「ではいつですか? 兵たちを納得させるためにも、今回は期限を定めていただきます」
なるほど。それはいい。
「いつまでに動かれますか?」
「う〜ん。三日だ。三日以内に動く。兵たちには明日から出陣の用意をさせておけ」
「わかりました。約束ですよ?」
そう念を押してフレデリックはテントを出て行った。
ーーーーーー
こちらが出陣の用意をしていることに気づいた敵も準備を始めた。いつ攻められるのかわからないのだから当然の反応だ。しかしすぐには動かない。じっとある報せを待っていた。そして一日目の夜にそれは届いた。
「そうか、やったか!」
理想通りの結果を聞かされ、俺は小躍りした。
ーーー???ーーー
「なんだと!?」
手に持っていた盃を落としてしまう。いつもこれを飲むのを楽しみにしていたのだが、そんなことは今どうでもいい。それよりもこの使者がもたらした情報が大事だ。
「本当にアバルアが陥ちたというのか?」
「はい。突如としてドラゴンと敵軍五〇〇が現れ、守備隊ではどうにもならずアバルアは陥落いたしました」
「誤報ではないのか?」
「そうだ! 俺たちはずっとここで敵と対峙しているんだ! そんなことがあるわけない! ご当主様! こいつは敵の間者に違いありません! 即刻首を刎ねましょう!」
「そうだ!」
「その通りだ!」
臣下たちも長期間の睨み合いに鬱憤が溜まっていたのか浅慮が目立つ。
「まあ待て。確かめてからでも遅くはないだろう」
なんとかなだめて斥候を送る。そしてもたらされたのは我がアバルアに鳥の旗ーーつまりたった今対陣しているはずの敵の旗が掲げられていたという情報だった。
「そうか……これは由々しき事態だ」
「はい。これでは食糧の輸送ができません」
「すぐに引き返しましょう!」
「待て。目の前の敵はどうする? まさか放っておくわけにもいくまい」
またしても議論が紛糾したが、これはいかん。臣下たちが短慮になっておる。
「待て待て。ここは諸部族に任せ、我らはアバルアに向かうぞ」
「お待ちください。他氏族の弱兵で大丈夫でしょうか?」
「なに、ほんの数日だ。五千はいるのだから、それくらい保つだろう。それに士気も心配だ」
アバルアが陥ちたことは秘密にしているが、情報はどこから漏れるかわからない。もしこのことが知られれば兵たちの士気は間違いなく下がる。素直に教えて士気を上げ、一気にアバルアを奪還すべきだろう。
「直ちに行動に移れ!」
「「「はっ!」」」
ーーーオリオンーーー
物見の兵士によると敵陣の動きが活発になったという。拠点陥落の報が敵にもたらされたようだ。もちろん落としたのは我々ブルーブリッジ侯爵軍。ではどのような手品かというと、空挺作戦だ。パラシュートもないのにどうやったのかというと、二五名ほど入る大きさの鉄の檻を作って兵士を乗せ、ドラゴンに運んでもらった。そして敵拠点近くに降り、ドラゴンとともに攻め込む。この島の街は環濠集落のような形態なので、攻城兵器のような大がかりなものは要らなかった。そしてその報告がエキドナによって届けられたのがつい先日。ようやく敵も気づいたらしい。俺も早速動く。そのために主だった将を集める。
「動くぞ」
まず事実を伝えた。将たちは沸き立つ。待ちに待った命令だから当たり前か。
「まずフレデリック。騎兵を率いて上流の浅瀬を渡り、敵の横腹を突いてくれ」
「承知いたしました」
「他は正面から攻める。当然、かなりの損害が出ることを覚悟しろ」
「「「はっ!」」」
「決行は夜だ。それまで英気を養うように」
軍議はこれにて解散。もちろん兵たちの士気が爆発的に上昇したのはいうまでもない。
ーーーーーー
深夜。渡河が完了したことを報せるフクロウが飛んでくるのを待って総攻撃が始まった。正面からの強攻だから瞬く間に多数の死傷者が出る。もちろんただやられるわけにはいかないから、敵の後方にドラゴンを送って圧力(戦力)を分散させる。これで彼らは挟撃されることとなり、注意は前後へ向く。そこへ折りよくフレデリックが率いる騎兵が突撃をかけた。前後に長く伸びていた隊列は騎兵に食い破られ、壊乱した。朝になる頃には多くの者たちが降伏した。
味方の兵たちは半年近く暇を持て余していた鬱憤を晴らすかのように追撃をかける。標的はアバルアに向かった敵の本隊だ。追いついたのはアバルアの手前だった。アバルアを守るドラゴンたちと睨み合っていた敵の後背から乱入する。前回の戦闘の勢いそのままにーー敵の降伏で不完全燃焼で終わったためむしろより激しくーー攻める。もうドラゴンを使えないということはないのでこちら側のワンサイドゲームだった。川を挟んで半年も睨み合っていたのが嘘のように、勝負は呆気なくついてしまう。
総合的に敵の損害は戦死者五千、捕虜一万三千。こちらは戦死者二千で決着した。アバルア氏族の当主や重臣は討たれるか自害していた。当主の一族はアバルア占領時に捕らえていたので血統は途絶えていないが、屋台骨となる家臣団が蒸発してしまった。これからの統治は困難を極めるだろう。なむなむ。
ーーーアリスーーー
私はお父様から謁見の間に呼ばれました。謁見の間の最上段にある玉座にお父様、中段にお兄様とカールおじ様がいらっしゃり、下段に文武百官や貴族、衛兵がいます。私は王族のスペースである中段の椅子に腰かけました。どなたがいらっしゃるのでしょうか? 王族総出、しかも最上級の衣装での謁見となると、他国の使節や王国にとって重大な事項を発表される場合にしかありません。
「皆の者。よく集まってくれた。今日はよき報せがあった。それを皆の前で改めて報告してもらうために集まってもらった」
それなら文書で周知すればいいですし、なにより最上級の衣装で集める必要なんてあるのでしょうか? 私と同じ疑問を抱いたらしい貴族たちもヒソヒソと話し始めます。やはりそう思いますよね? あ、お兄様は小さく舌打ちされました。あなたはこういう礼儀作法が一番嫌いですからね。
しかしお父様はそんな疑問を差し置いて話を進めます。
「入ってくれ」
分厚い扉が重々しい音を立てて開きます。そこから姿を現した方を見て、誰もが納得した表情になりました。
「エキドナ様だ」
「そういうことか……」
エキドナ様はオリオン様の騎竜で、かの竜王ファフニール様のご息女なのだそうです。彼女がいらっしゃるからこのような場を整えたのですね。……オリオン様はどこにいらっしゃるのかしら?
「ご報告いたします。ブルーブリッジ侯爵は現地の有力豪族との合戦に勝利し、島全土を占領いたしました」
「「「おおっ!」」」
場がどよめきました。主に貴族たちから。素晴らしい快挙ですが、それだけではないのでしょう。大きさはわかりませんが、それでも島の全土です。そこには利権がごろごろと転がっているでしょう。早速その獲得に動こうとしているようでした。
ところでオリオン様は?
「侯爵はどうした?」
「侯爵は戦後処理にあたっており、手が離せない状態です。しかし島を落としたという報告を一刻も早くお伝えしたい、とわたくしを使者に立てられました」
そうでしたか。ご無事でよかったです。……お父様。なぜ私を見てニヤリと笑われるのですか? 私はただ親しくお付き合いしていたオリオン様の身を案じただけですのに。それに転移を使えるオリオン様がいらっしゃらないから不思議に思っただけです。
「侯爵の活躍は素晴らしい。近いうちにそれに報いよう」
お父様のそのお言葉で謁見は締められました。
ーーーーーー
今日はパーティーが開かれます。戦勝記念ではなくーーオリオン様が戻られてから開かれることになっていますーーお兄様の婚約記念パーティーです。本来ならお兄様が王太子になられる際に決められるはずでしたが、懸想されているご令嬢は別の方と婚約しており、婚約解消させるかどうかで揉めに揉めていたのです。しかし結局は公家からご令嬢を迎えることで決着しました。長かったです。お父様も疲れておられました。
会場は煌びやかに飾られています。スペースはダンススペースと食事スペースの二つに分かれていました。ダンススペースでは男性たちが自身のパートナーと音楽に合わせて優雅にダンスを踊り、食事スペースでは女性を中心に歓談しています。私はお父様と一緒に挨拶回りをします。こうしているとダンスに誘われることはありませんから。初めてはオリオン様と心に決めているのです。それにこのパーティーには貴族のみらならず王都に滞在する有力者も招いています。円滑な統治に彼らの協力は不可欠。こうした機会に挨拶しておくのも大切なことです。
「ソフィーナ殿。ようこそ」
「陛下自らご挨拶してくださるとは恐縮です」
「いえ。あなたにはお世話になっていますから。これからもよろしくお願いしますぞ」
「もちろんです」
お父様が真っ先に挨拶に行ったのはソフィーナ様。オリオン様の義妹で、商会の運営を一手に担っておられる才媛です。実質、彼女が王都を仕切っているといっても過言ではありません。私たち王家とは先代のオリオン様からのつながりがあり、さらにそのオリオン様は侯爵となって商会の後盾となっています。商会の資金力も実家のゲイスブルク家を抜いて一番。当然、扱いは慎重になります。
二人は終始にこやかに会談していました。……ですが、ここで少し気になることがありました。このパーティーが婚約を祝したものだからでしょうか、ソフィーナ様は結婚されないのかと思うのです。敏腕経営者で、資産も多い。ソフィーナ様の結婚は王家にとっても関心事です。既にいくつかの貴族が申し込んだようですし。
「ソフィーナ!」
「王太子殿下。この度はご婚約おめでとうございます」
お父様とソフィーナさんが歓談しているところにお兄様が乱入しました。まるで子どもです。いえ、それよりも婚約者はどうしたのですか?
「ダン。婚約者はどうした?」
「ご心配にはおよびません。そのうちくるでしょう」
「「……」」
私たちは二人揃って呆れます。パーティーでーーしかも自分が主賓であるのにーーパートナーのエスコートを放棄するなんて。考えられません。
「殿下。女性は繊細なのです。もう少し気遣ってあげてください」
「ふん。あんな奴よりもお前の方がずっと大事さ」
ソフィーナ様がたしなめますが、お兄様は聞く耳を持ちません。むしろもっと不味い言葉が飛び出しました。……聞かれていないわよね!? それでもお兄様は止まりません。
「望むならお前を妻にーー」
「ダン! いい加減にしないか!」
さすがに看過できなかったのか、お父様から雷が落ちました。周囲が何事かと騒ぎだします。音楽も止みました。私たちは笑顔で誤魔化してパーティーを再開させます。その間、血相を変えたカールおじ様がきて事情を聞いていました。
「なるほど。そうですか。ダン殿下。女性を口説くのが悪いとは申しません。ですが時と場を弁えた行動をとるようにお願いいたします」
カールおじ様はやんわりと注意しました。お父様のように厳しく叱るわけにはいきませんから、これくらいでしょう。
「まったく。嫁選びで大人しくなったと思えば、違う相手に懸想しておったのか」
お父様は呆れ声だ。私も同感です。
「ーーさい」
「なんですかな?」
「うるさいッ!」
「えっ!?」
「何を!? ーーぐっ!」
「キャーッ!」
「カール!」
「おじ様!?」
お兄様が護身用の短剣を抜いてカールおじ様を刺しました。私は咄嗟のことで反応できず、体が動いたときにはおじ様は刺されて倒れていました。
「カール! 大丈夫か、カール!」
「おじ様! いや! 起きてください!」
私やお父様が必死に呼びかけますが、おじ様は目を閉じて動きません。胸に突き立った剣が痛々しいです。そうだ。抜かないと。そう思って剣に手をかけた瞬間、
「ダメです!」
ソフィーナ様から制止の声が飛びました。
「なぜです!? 早く抜かないとおじ様がーー」
「剣を抜くと出血量が増えます。むしろ刺さっている方がいいです。それよりもまず殿下を確保してください。それと兵士を数名、綺麗な布をできるだけ多く用意して!」
「「「はいっ!」」」
ソフィーナ様は次々と指示を出し、衛兵や使用人を動かします。それを誰も不思議に思いません。ソフィーナ様からは上位者の威厳みたいなものが出ていました。さすがは大商会の支配人です。
言われた通りの物が用意されると、ソフィーナ様は次の指示を出します。剣を抜き、すぐに綺麗な布で傷口を強く押さえるように仰りました。剣を抜くとドバドバと血が流れ、慌てて傷口を布で押さえます。
「もっと強く体重をかけて!」
ソフィーナ様が叱咤します。兵たちは代わる代わる布を押さえます。自分の番が終わると彼らは肩で息をしていました。王宮を守る近衛はかなり鍛えられた精鋭たちなのですが、彼らでも辛い仕事のようです。何度かやって無数の布が血で染まった頃、ようやく出血は沈静化しました。ソフィーナ様はすぐさま担架で医者に見せるように言います。すぐさま王都一の腕前と名高いベルショール先生に診ていただき、容体は落ち着いたそうです。先生は応急処置の的確さを褒めていらっしゃったとか。その功績でソフィーナ様は名誉貴族に叙されました。このときの手法を圧迫止血というのだそうです。
お兄様はしばらく謹慎となり、カールおじ様はしばらく静養されることになりました。
次週から五章が始まります。また、事前にアナウンスしていた新連載作品も投稿しますので、是非そちらもご覧になってください。
本作は水曜投稿、新連載は日曜投稿になります。
※第五章の一話については日曜投稿(新連載と同時投稿)とさせていただきます。




