4-6 要請
ーーーオリオンーーー
俺は大和の艦橋から乗艦した島の代表一行を見ていた。彼らは出迎えの乗組員たちによる礼砲に驚いている。先頭の大男は剣を半分抜いていた。へえ。あの人が代表かと思っていたけど、あれは護衛だな。動きが違う。となるとーー後ろにいる黒髪の女の子が本当の代表か。イニシアチブを取るために策を弄したのだろうけど、場所を指定された時点で負けている。さて、どうやって嵌めたものかと思案する。
ーーーーーー
会談場所に指定した部屋は会議室だ。それも大和で最も格式が高い司令官用のもので、内装も豪華になっている。そしてこの会議室の特徴は、その横にある長官室に繋がっていることだ。俺はそこに今回の会議に参加メンバーを集め、プランを伝えた(一部伏せていることがある)。そして相手が着席した、と案内した士官が報告してきたのを受けて、俺たちも入室する。
先頭は例の大柄の兵士だ。次に俺。そしてカチンから呼び寄せたシルヴィアと、大和艦長以下の幕僚たちが続く。ここで大事なのは、偽の代表者同士、本当の代表者同士が向き合うこと。挨拶の折に相手がしかけてくる『本当の代表者はーー』という攻撃に『実は我々もーー』とカウンターを決めるのだ。服装は全員が海軍の第二種軍装ーー簡単にいえば白い詰襟服ーーを着ている。肩章は本当の地位を表してあるが、それに気づきはしない。そもそもこの時代の船乗りが鎧を着ていない時点で十分、混乱させる要素になっている。
「自分はエリック・ウィズマーという」
「港の代表をしているライモンドだ。早速だが面談の用件をーー」
「その前に少しいいか。実はーー」
エリックという男が待ったをかけて唐突に切り出す。きた。
「本当の代表者はこちらのクレア様なのだ」
「「「ええっ!?」」」
こちら側が一様に驚く。俺も驚いたような演技をしているがーーま、こんな十代前半の少女が代表とは思わないわな。なお伏せていた内容とは、少女が真の代表だということだ。俺が先頭にいないのは、悪戯をしたいからという理由からだ。そのときは全員に呆れられたものだが、これがどんな評価になっているのか楽しみだ。
「みなさまを騙すようになって申し訳ございません。ですが、女だと侮られるわけにはいかず、近衛のエリックに偽りの代表者をさせておりました。わたしは隣の島でパースという街を治める豪族・パース氏の当主、クレア・パースです。今回はこの港町を支配下に置かれておられる方にご助力を請いに参りました」
「ーーいやはや。まさかこちらの可憐なご令嬢が代表であるとは。これは一本取られましたな」
俺が冗談めかして言うと、仲間内からはどの口がそんなことを言うんだ、とばかりの冷たい視線が、相手からはお前誰だよ、というやはり冷たい視線が飛んできた。ふっふっふ。答えてあげるが世の情け。耳の穴かっぽじってよく聞け!
「申し遅れました。わたしはこの港町を治めるフィラノ王国の侯爵、オリオン・ブルーブリッジです」
「「「なっ!?」」」
完璧なカウンターパンチ。まさかまったく同じことをやり返されるとは思っていなかったのか、相手は全員、目を見開いている。
「いえ、隣の島の方と聞いてこの港町と友好を結びに来たなら口を挟まないつもりだったのですが、助勢となれば話は別です。この街には軍権がありませんから。なのでこうしてお話することにいたしました」
無論、あからさまな言い訳である。だがこれくらい看破してもらわなければーー助ける価値を見せてくれなければ、俺は容赦なくこの話を断るつもりだ。
相手を観察していると、大半の者が納得顔だ。しかし二名だけは疑念を持っている。そして真実に気づいているのはクレア嬢だけだ。彼女が立案した策なのか歯噛みしていた。逆手に取られて悔しいのだろう。顔に出すのは減点だが、ひとまず及第点ということにしておく。
「とりあえず状況をお聞かせ願いますか?」
「いえ、その前に援軍を出すことを確約してください」
「はい?」
クレア嬢の言っていることが理解できない。なぜまずそこから入るのか。
「それはなぜですか?」
「状況を聞くだけ聞いて、侵略するつもりかもしれないからです」
「はぁ……」
俺は呆れて全力でため息をついた。今、彼女の評価が地に落ちたぞ。
「オリオン様」
「だってさ」
シルヴィにたしなめられたが、ため息くらい許してくれよ。ほら、相手の人たちだって慌ててるし。
「何がおかしいのですか?」
ひとりだけわかっていないらしいクレア嬢。あまりにもバカバカしいが説明しておく。
「まず、あなたがたが非常にマズイ状況に陥っていることは百も承知です」
「な、なぜ……?」
「なぜって……窮していなければ援軍なんて請わないでしょう?」
「あ……」
ここまで言ってようやく気づいたようだ。とてもへこんでいる。……もう少し叩いてみよう。まだいける。
「それにあなたの懸念はもっともです。その心配ができるのは素晴らしい」
クレア嬢の顔がパァ、と輝く。
「しかしその懸念は口に出さないものです。申し出をして状況を確認されるーーそれは相手が受けるという意思をちらつかせているのです。なのに侵略するつもりか? などと言われたら、思わず席を立ってしまうかもしれません」
上げて落とす。辛口の指摘にクレア嬢は涙目になっている。自分の失態に加え、俺の脅しにも気づいたのだろう。ちなみに一番慌てているのは彼女の付き人たちだ。完全に相手のペースだから当然か。
「わ、わかりました。お話しします」
ショックで使い物にならなくなったクレア嬢と、彼女を慰めているエリックに代わってひとりの文官が説明してくれた。
「ーーというわけです」
ふーん。要は跡目争いの内乱が大きくなったわけね。んで、一族は空中分解と。まあなんとかなるか。
「条件は?」
「……戦争で得た捕虜です」
「話にならないな」
文官もですよねー、と言わんばかりの表情だ。彼もこれだけでは動かせないとわかっていたのだろう。
「クレア様はご自身の婿にブルーブリッジ侯爵様のご子息を迎えてもいいとおっしゃっておられました」
「残念だがわたしに息子はいないし、そもそも外戚の地位など一時的なものだ。もしいたとしても動く理由としては弱すぎる」
二、三世代もすればほぼ他人だ。外戚などという地位はいらない。
「……今回はお開きにしましょう。もう一度考え直されるといい。そして一週間後、またここでお会いするということで」
「お待ちください。侯爵様はどのような条件なら援軍を出してくださるのですか?」
「ん? ああ。こちらはまだ要求を言ってなかったか。うーん。最低限は戦費をそちらに持っていただくことですね。あとはそちらのお気持ち次第、ということで」
「……」
文官が苦い顔をする。ま、普通は嫌だよな。戦費なんていくらかかるかわかったものじゃない。だが援軍を出すということは、俺たちに負担が多くかかるということは目に見えている。なぜならクレア嬢が引き連れている船団の一五〇〇名のうち、全員が戦闘員とは限らないからだ。苦い顔の文官に確認すれば、やはり戦えるのは五〇〇名ほど。あとは怪我人や非戦闘員だという。島に根拠地も持っていないため、序盤においては俺たちが矢面に立たなくてはならない。戦果は持っていかれるのに損害はこちらだけ。損ばかりだ。ゆえに戦費を賄うことでイーブンにし、他の条件でその天秤を利益の側に傾けてもらう。皿に載せるものを考えるための猶予期間は一週間だ。
「その間は港に停泊するといい。許可は出す。対価を払うのならば食糧も売るし治療もしよう。その程度なら監視の兵士に声をかけてくれればいい」
もちろんタダではない。だから『対価を払うのならば』とわざわざ言ったのだ。これで貸しが増え、天秤は不利益に傾いた。さーて、どんな結論を出してくれるか。俺は期待しながら席を立った。
ーーーーーー
さて、島の人々が条件を考えるのに頭を絞っている間に、俺もやるべきことを片づける。シルヴィに軍の錬成を急ぐよう指示し、自分は王都へとんぼ返りした。目的は王様に戦争の許可をもらうためだ。さすがに勝手に戦争をするわけにはいかないからだ。
「構わんぞ」
謁見して目的を言うとあっさり許可が出た。それでいいのか、と突っ込みたい。楽ではあるのだけど。もっと何かないのか。
「兵は足りるのか? なんなら王都の騎士団を派遣しよう」
「いえいえ、大丈夫です。というか、王都にいる騎士団は守りの要では?」
「そうだが、王都に攻め込こんでくる敵などいないので、たまには戦わせてくれとの要望が多くてな。そのガス抜きでもある」
「なるほど」
王様の言い分に納得する。
「ーーというわけで騎士団一五〇〇ほどを派遣するから、少し戦わせてやってくれ。費用は後で請求してくれて構わない」
ん? ちょっと待った。俺は『戦争することになるかもしれないんですけどいいですか?』と仮定の話をしたのに、王様は確定的に話しているんだが?
「派遣の用意を整えさせよう。すぐに出発させるから、よろしく頼んだぞ」
ちょっ、待って! まだ決まったわけじゃありませんよ!? そんな俺の思いが伝わるはずがなく、なんとしても戦争をしなくてはならなくなった。……無理だと思うんだけどな〜、相手の状況的に。どうしよう?




