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異世界最強の自宅警備員  作者: 親交の日
第四章 動乱の序章
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4-3 使徒様

 



ーーーオリオンーーー


 数日ほど里に留まっていたが、その間ドラゴンたちとの交流を深めた。里の訪問は成功といえるだろう。ではどの程度成功したのかというと、


ーーGryyyu!


ーーGryyyu! Gryyyu!


「なんだって?」


「『ぜひ街まで送らせてください』『お願いします、お願いします』と」


 このように、同行を懇願されるほどには慕われていた。まるで南蛮征伐を終えた諸葛亮孔明にでもなった気分だ。となるとドラゴンたちは孟獲になる。間違ってはいない。なら俺もそれに倣うべきだろう。カチンに居座る宗教団体はドラゴンを信仰対象としているから、領主がドラゴンに認められた存在であるとアピールすれば円滑な統治につながるはずだ。そんな打算もあって俺はドラゴンたちの同行を許可した。

 見送りにはファフニールをはじめとした里のドラゴンすべてが参加した。別れ際、


「前にも言ったが、我らドラゴンはオリオンに力を貸そう。必要ならば呼ぶといい」


「ありがとうございます」


「父上、行って参ります」


「うむ。オリオンの下で励めよ。次はーー孫の顔でも見せてくれ」


「頑張ります」


 親娘の会話なのに、なぜか催促された気分だ。そんなに簡単にできたら苦労しないんだけどね。隠れたメッセージには気づかないふりをして里を後にした。

 カチンの近くへ行ったことがあるというドラゴンに先導され、再び平穏な空の旅に出る。道中はエキドナのみならず他のドラゴンとの会話も楽しんだ。やはり大勢でいる方が話題も豊富だ。一方でエキドナにいちいち通訳してもらわなければ細かな意思疎通が不可能なのがネックだ。さもなくば言葉がわからない外国にひとりで放り込まれた哀れさを味わっていたことだろう。

 やがて先導するドラゴンが高度をゆっくりと下げ始めた。その先には街が見える。あれがカチンの街のようだ。その見た目は貧相。王都のような石造りの家ではなく、そのほとんどが木でできている。ひどいものだと麦藁や木の枝でできた竪穴式住居もある。街の外れーー柵の外側ーーに倒壊した石造りの建物があった。これがかつての領主邸だったのだろう。なお、王様によればカチンは直轄領だったが、徴税はマクレーン公国にいる役人に任されていたそうだ。とても住めた場所ではなく、また領主や代官といった支配者は排斥されたそうだ。……そんな場所に送り込まないでほしい。

 空を飛ぶ俺たちに街の人間も気づいたようだ。途端に慌ただしく動き始める。街のあちこちから武器を持った人間が集まってきた。皮鎧に槍や弓矢などを装備している。それらはすべて石器で作られており、金属製の武器を持った者はほぼいない。ここにも街の貧しさがよく表れていた。

 ドラゴンを信仰する者たちが攻撃してくるとは思えないーーが、用心するに越したことはない。エキドナにゆっくり降下するように伝えた。着陸するポイントは街の北を流れる川の側だ。そこなら問題ないだろう。

 かくして地上に降り立てば、俺たちの姿を追ってぞろぞろとついてきた街の人々ーー領民たちによって半包囲された。だが敵意は感じられない。というのも彼らはその手に武器こそ持っているが、それらを構えたりする敵対行動をとっていないのだ。むしろボケ〜、としていて隙だらけである。

  領民たちを前にした俺は、まず第一声はどうしたものかと考えていた。実はまったく考えていなかったのだ。だからといって行き当たりばったりというわけにはいかない。この街は支配者を認めない難しい場所なのだから。対応を誤れば総スカンを食らう羽目になる。

 しかしそのシンキングタイムは唐突に終わった。まず領民のひとりが、


「使徒様だ……」


 などと呟く。は? 使徒?

 俺にはまったくの意味不明だったが、周囲の領民にはそれだけで十分に伝わったようだ。


「おおっ」


「確かに!」


「『天之雲割り、竜に奉られて人現る。それ即ち竜神が使徒也』ーー教典第二章『使徒』の序文そのままだ!」


「教祖様をお呼びしろ!」


「いや待て! 教典では使徒様が教祖様をお迎えに行かれるんだ! 教祖様のもとへ使徒様をご案内するんだ!」


 何やら論争が沸き起こり、すぐに決着した。念のためドラゴンたちにはエキドナから待機するように言ってもらい、俺は領民たちに案内されて一軒の家へ入った。そこは一見すると藁葺きの粗末な家だが、中は木組みの綺麗な家だ。部屋の中ほどから薄いベールで仕切られており、薄っすらと小さな影が見える。あれが彼らの言う教祖様なのだろう。俺についてきた領民のひとりが前に進み出てベールの先にいる人物に話しかけた。


「教祖様。お喜びください。使徒様が現れました。今、こちらへお連れしました」


『使徒様が? なんと、それは喜ばしい。すぐに歓待のご用意をしなさい。その間、使徒様は私がおもてなしいたします。それと、私が許可するまでここには入らないこと』


「承知いたしました」


『恐縮ですが、使徒様はそちらでお待ちください』


「わかった」


 教祖の声は鈴が鳴るような可愛らしいものだった。声が幼い。ドラゴン信仰団体はかれこれ百年ほど存在し、その間に教祖が交代したことはないそうなのだが……。

 そんなことを考えているうちに領民たちは出ていき、残されたのは俺とベールの先の教祖だけになった。


『使徒様。ベールの先へお進みください』


 教祖の言葉に従ってベールの間を潜るーー


「っ! ーー手荒い歓迎だな」


 と同時に飛んできた魔法を防ぐ。これは……血塊?

 正面を見ると、声から推察した通りに幼い見た目の少女がいた。しかし彼女は威嚇する猫のようにこちらを睨んでいる。


「あなたは何者? 私の信者たちを上手く騙したわね!」


「待て。それは勘違いだ」


「勘違いなわけないでしょう! あなたからは強大な力を感じる。魔法でみんなを催眠にかけたのよ!」


「違う! 街にきてすぐにドラゴンから遣わされた使徒だって勘違いされてここに連れてこられたんだ!」


「そんなのありえない。だって教典にはドラゴンに乗った人間が使徒だって書いてあるのよ! そんな人間がいるわけーーいえ、まさか!?」


 はぁ。ようやく気づいたか。これで誤解も解けーー


飛竜ワイバーンで誤魔化したのね!」


「違うって言ってるだろうが! ちょっと来い!」


 教祖に一瞬で近づいてその腕をとると、エキドナのところへ転移した。カチンは既に俺の領域として認知されているため、かなり自由に行動できる。転移だってわざわざ魔法陣を使わなくていい。


「やめて! 離して!」


 教祖はジタバタと暴れる。俺が腕から力を抜いていたこともあり、彼女はあっさりと解放される。そして周りをキョロキョロと見て、


「ふわぁぁっ」


 見た目年齢相応の声を上げる。ドラゴンを見て興奮しているようだ。


『主様。この者は?』


「この街を支配しているドラゴン信仰団体の教祖らしい」


『なるほど。そこな娘よ』


「ひゃ、ひゃい!」


 教祖は噛んだ。緊張しているのか? だがエキドナはお構いなしに話を進める。


『この魔力、そして耳ーー吸血鬼だな』


 エキドナの指摘を受けて教祖の耳を注視する。するとやや尖った耳がストレートにした髪からちょこん、と出ていた。なるほど。これが吸血鬼か。


『名は?』


「フィオナです」


『そうか。ーーフィオナよ。そなたはわたくしの主様に対して暴言を吐いたのだ。その罪、どう償う?』


「ひっ!」


 エキドナの容赦ない威圧が教祖ーーフィオナを襲う。思わず下半身を濡らすフィオナ。さもありなん。しかも悪いことに、この場にいるドラゴンは俺に敬意を抱いている連中だ。エキドナの言葉を聞いて怒って威圧感たっぷりに咆哮を轟かせる。ここにいたってフィオナは泣きだした。


「す、すみません! すみません! 本当に人間がドラゴンに乗ってくるなんて思わなかったんです! 教典だって、元々私の妄想を書いたノートだったんです! でもそれを見た人が勘違いして、気づけば宗教団体になってこの街に居ついていたんです!」


 ギャン泣きしながら洗いざらい白状する。妄想から宗教になったなんて、ある意味凄いな。


「つまりはあれか。妄想が勘違いに勘違いを受けた結果、宗教団体ができあがったと」


「そうよ」


 泣き止んだフィオナは不貞腐れたように答えた。そこでエキドナから殺気が飛ぶ! 副音声は『主様に反抗的な態度をとるとは何事だ』である。


「ひっーーそうです」


 フィオナは言葉を改めた。エキドナさん怖い。しかし本人はご満悦だ。


「あー、事情はわかった。とりあえず自己紹介すると、俺はオリオン。オリオン・ブルーブリッジ侯爵。このカチン一帯を治めることになった。そしてこのドラゴンはエキドナ。俺の騎竜だ。その他のドラゴンはあの山に棲んでいて、俺の仲間だ」


「貴族……」


 フィオナは目を丸くした。こんな若い侯爵が意外かね? すると、突如として彼女は跪く。はい?


「ご領主様とは知らず、数々のご無礼をお許しください」


 いや、そんな風に跪かれても困るんですけど。しかし俺が何かを言う前にフィオナがまくし立てた。


「ご領主様の裁量権で裁かれることは承知しております。しかしその責はすべて私が負います。なので信者たちには何もしないでください」


 ……思い出した。領主はその領地において絶対の権力者となる。領民が犯した犯罪は軽微なものであれば官吏が裁くが、反乱の首謀などの重罪は領主が直接裁く。今回、フィオナが俺を攻撃したことも、領主の殺害を実行したということでこの対象だ。そして通常、領主やその家族を害そうとすれば死刑である。その対象は実行犯のみならず一族郎党、あるいは関係者にまで累が及ぶ可能性があった。だから彼女は信者たちには手を出さないように請願しているのだ。


「懇願するのはいいけど、俺を殺そうとは思わないのか?」


「できなかったじゃないですか」


「あれが全力? てっきり室内だから手加減してるもんだと……」


「加減はしてました。でももし全力でも勝てません。身体能力も、魔力量も私の方がはるかに下です」


「吸血鬼って、最強の魔族だよな」


「そうです」


「なのに俺より弱い」


「ご領主様が強すぎるんです!」


 俺は魔族より強いらしい。どんどん人間離れしているな、俺。


「まあいい。とにかく処分だが、信者には何もしない。そしてお前も赦す」


「あ、ありがとうございます」


 俺の寛大なーー寛大すぎる処分に困惑しているのか、フィオナは素直に受け入れられないようだった。ま、ただ赦すはずもないわけで、


「その代わり、カチンの統治に協力すること。もちろん断らないよな?」


「……はい」


 暗殺未遂をなかったことにする代わりに統治に協力させる。これを断れば信者共々処刑されるかもしれないのだ。フィオナに選択肢はない。元ある共同体のトップを押さえることで円滑に支配するーー地球ではありふれた手法だ。

 フィオナは早速、信者たちの説得に向かった。その説明としては、『使徒様はこの地を治めるために遣わされた。竜神様は使徒様にこの地を豊かにせよと命じられている。だから我々は喜んで使徒様に協力しようではないか』というもの。これに信者たちは納得し、俺の支配下に入ることを誓ってくれた。ここまではよかったのだが、なぜか信者たちはフィオナを妻にすべし、と訴えてくる。どうも教典(フィオナの妄想ノート)には、教祖は使徒と結ばれ、荒廃した地を再生して幸せに暮らした、との記述があるらしい。こいつ(フィオナ)は妄想ノートになんてことを書いてるんだ。断ろうとしたーーただえさえシルヴィにレオノールちゃんにエキドナがいるのだーーが、フィオナに教義を曲げるわけにはいかないと押し切られてしまった。たしかにそうとしか解釈できない文章であるが、納得いかない。しかもフィオナ本人が満更でもないのも腹立つ。というか、これまでのやりとりのどこに惚れる要素があったのか。


「ドラゴンを従えるほど強い人が私の好みなので」


 そりゃどストライクですね。上手く事を運んだかと思えば、最後の最後で落とし穴にはまってしまった。不覚。




カチンの街


人口:約300(戸籍調査をしていないため詳細な数字は不明)


規模:村?

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