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異世界最強の自宅警備員  作者: 親交の日
第四章 動乱の序章
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4-2 ドラゴンの里

 



 ーーーオリオンーーー


 イアンさんに率いられた引越し部隊が出発した後、俺はドラゴンの姿になったエキドナの背に乗らんとしていた。目指すは北の山脈。目的地はその先にあるカチンだが、日程的に余裕(陸路なら一ヶ月かかるところ、空路なら一日)があるため、途中エキドナの里帰りも兼ねて竜王ファフニールのところへ寄り道することになった。

 見送りはシルヴィとエリザベス、ソフィーナと屋敷の使用人たちーーと、ここまではいい。レオノールちゃんーー微妙なところだがまだわかる。しかしお姫様。あなたは一体何をしているのか? 王様は祝賀会で別れを済ませましたよね? いち貴族の領地赴任に王族が複数名ーー豪華すぎる見送りメンバーに、しかしうちの使用人たちは驚くことなく全力で見送ってくれる。彼らのメンタルがすごい。まあお姫様もレオノールちゃんもよく来るからね。さすがに王様には驚いたようだけど、あちらは護衛なんかにガチガチに守られていて近づける雰囲気ではない。近づけないならいないものとして扱うようだ。……王様なのに。


「ブルーブリッジ侯爵、道中気をつけるのだぞ」


「はい。王様」


「オリオン様。頑張ってください」


「ありがとうございます、姫殿下」


「いってらっしゃいませ、旦那様。来年はわたしもカチンへ伺いますから」


「わかった。少しでも住みやすい場所にしておくよ」


 レオノールちゃんの発言は来年に迫った結婚式を指している。この世界でも前近代的な男性優位の社会が成立しており、婚姻は男性が成人を迎えた時点で結ばれるのが基本だ。俺は来年に十五歳になるから、結婚式も来年ということになる。結婚については色々と諦めることにした。レオノールちゃんも悪い子ではない。時折腹黒さを見せるが、心憎からず思っているのも事実だった。お嫁さんのために少し頑張ってみようと思う。


「わ、私も来年行きます!」


 と、ここでお姫様が乱入。


「なぜに?」


「レオノールが結婚するのですから、王族が出席しないと!」


「いや、マクレーン公王がいるじゃないですか。領地も隣ですし」


 ここに王様の作為を感じる俺は間違っているのだろうか?


「レオノールの縁者ではないですか! それとも私が行くとご迷惑ですか?」


 お姫様いい笑顔だね。とっても怖いよ。

 俺もここで断るほどバカではない。


「いえ、お待ちしています」


 角の立たない返事をして、


「では」


 と言って出発の準備ーーエキドナの背に乗るーーを整える。ここで引き止めるのは無粋である。


「GO!」


 これがエキドナへの離陸の合図だ。それに従ってエキドナが力強く翼を打つ。するとその巨体にもかかわらずフワリ、と舞い上がった。何度かそうすると、たちまち上空三千メートルほどに達する。さすがに生身だと寒いので、地上の空気でできた膜で体を包む魔法を使っていた。

 そこからはエキドナと会話しながらの優雅な空の旅だ。主な話題は目的地のこと。ドラゴンの生活についての話題だ。その最中、ふと気になったことごあったので訊ねてみる。


「そういえば空を飛んでいて場所がわかるのか?」


 この時代に航法装置などあるはずがない。感覚としては渡り鳥のようなものだろうが、彼らがどうやって目的地へ正確に飛んで行くのか興味が湧いた。渡り鳥には訊けないが、ドラゴンは会話することがてきる。是非ともその極意を教えてほしい。


「里に帰るときには父上を目印にしています」


「目印? 見えないだろ」


「すみません。言葉が足りませんでした。正確にはドラゴンの気配です。ドラゴンはその個体ごとに異なった気配があります。父上はそれが特に強いので、遠くからでもよくわかるのです。今も感じています」


 なんか武道の達人のようなことを言われた。とりあえず渡り鳥が迷わず飛んでいる原理とは異なっていることだけは理解した。


「里に戻るときのことはわかった。なら他所へ行く場合はどうなんだ?」


「その場合は目的の方向へ飛び、近くのドラゴンに詳細な位置を教えてもらいます」


「近くのドラゴンって……他にもドラゴンが住んでいるのか?」


「四方の守りを担うドラゴンがごくわずかですが外に住んでいます。たしか……カチンの森にもいた気がします」


「なっ! それは……大丈夫なのか?」


 下手したら森を開拓する過程で戦闘になるかもしれない。しかし俺の懸念をエキドナは一蹴した。


「大丈夫です。わたくしが竜王の娘であることは知っていますし、いざとなれば父上をお呼びすれば片づきます。いえ、わたくしだけでも勝てますね。主様が戦われる必要はございません」


 それはなんとも心強い話だ。彼女に頼るのも悪くないな。うん。分業って大事。

 そんなことを話しているうちにドラゴンの里に到着した。峻険な山地の間にある盆地。周辺には大小様々な岩が転がっている。そこにドラゴンが散らばっていた。

 ……なんか思っていたのと違う。アルプスの少女のような牧歌的な空間を想像していたのだが、実際は原始時代である。

 すぐさま数体のドラゴンが寄ってくる。近くでギャアギャアと騒いでいたが、エキドナが咆哮すると沈黙して飛び去っていった。……何が起こった?

 岩場へ降りるのかと思えば、エキドナはスルー。さらに奥地へと進む。


「さっきのドラゴンは? 迎えじゃないのか? あとどこへ向かってるんだ?」


「先程の者はただのチンピラです。ナンパしてきたので追い払いました」


 ドラゴンもナンパするんだ……。誇り高い生き方をするドラゴンのイメージが音を立てて崩れた。


「あの岩場はいわば入り口です。本当に大事な場所はこの先にあります」


 双方ともに何事もないように話しているが、実際にはかなりのアクロバット飛行をしている。ロールして背面飛行までやった。俺は落ちないようにしがみつく。そうしてやってきたのは洞窟だった。ドラゴン形態のエキドナが余裕で通れている。洞窟の先には広々とした空間がある。そこでファフニールが待っていた。


「帰ったか、エキドナ」


「ただいま帰りました、父上」


「うむ。オリオンもよくきたな」


「今回、この山から見て北の地にあるカチンの領主になりまして。任地へ向かうついでに寄らせていただきました」


「ドラゴンの領域を通って領地へ向かうか。ははっ。面白い」


 ファフニールはさも愉快そうに笑った。


「色々と不便はあるだろうが、ゆっくり見ていってくれ。里でのことはエキドナには任せる」


「兄上たちは?」


「あいつらは揃って遠出だ。まあ五十年ほどは帰ってこんだろう」


「そうなのですか」


 五十年の旅が遠出とは。ドラゴンのスケールが大きすぎる。

 まあそんなこんなで俺はしばらくの間、ドラゴンの里で厄介になることになった。


ーーーーーー


 さて、ここで簡単にドラゴンの里について説明しよう。大まかな区分けでは最初に見た岩場が下層区画、アクロバット飛行で抜けてきた場所(洞窟が無数に存在し、そこにドラゴンが住んでいる)が上層区画、そしてファフニールが暮らす洞窟が竜王区画である。竜王というのはやはり特別な地位らしく、専用の狩場まで存在するらしい。エキドナによると歴代の竜王に狩りで獲物が獲れず悔しさのあまり暴れた者がおり、その二の舞を避けるために設けられたそうだ。ここにきてから俺の中でドラゴンの株が下がり続けている。

 それはさておき、俺たちは竜王区画に泊めてもらえることになった。エキドナはもともとここに暮らしていたというし、上層区画には空きがない。下層区画などは論外だそうだ。

 洞窟で生活、食料は森での採取と狩り、川での釣りーー原始時代の生活そのままだ。……体験だと思って頑張ろう。いざとなれば能力だってあるし。

 かくして生活の準備を進めているなかで来客があった。それも複数。お目当ては俺ーーなわけなく、エキドナである。プリンセスの帰還は瞬く間に知れ渡り、我先にとドラゴンたちが殺到したのだ。目的はもちろん、彼女をものにするため。ファフニールは体裁上、エキドナを俺への人質としたと説明している。そんな彼女が帰ってきた。人質生活で苦しい思いをしてきたに違いない。なら自分が優しく慰めればコロッと落とせるのでは? などと考えているのだろう。ラブコメにいるチョロインじゃあるまいに。

 そこでエキドナの提案により、俺とファフニール協力の下でひと芝居打つことになった。題名は『冷酷な主人と奴隷プリンセスドラゴン』である。……深くは突っ込まない。が、ともかく一部始終をどうぞ!


(※ドラゴンたちは言葉を喋らないため翻訳してお届けいたします)


『エキドナ様!』


『お戻りになられたのですね、姫!』


『お帰りなさいませ!』


 ファフニールに足止めされていたドラゴンたちがこぞって俺たちのいる小さな洞窟を覗き込む。ここしばらく人間と一緒に生活していたため、エキドナにとって人間形態で生活することは普通になっていた。ゆえに里に戻っても人間形態のままである。

 ドラゴンたちにとってエキドナが小さな洞窟にいることは不自然に感じなかった。彼らの脳内では人質生活で心が深く傷ついたエキドナは、誰にも見られないように人間の姿で洞窟に引きこもっているーーというように美化されているのだ。

 さて、そのように喜び勇んで洞窟を覗き込んだ彼らは、信じられない光景を目にする。


「おら、立て!」


 ーーバチン!


「きゃッ! 許してください。もう無理です」


「無理だと!? 奴隷の分際で口答えするな!」


 ーーバチン! バチン!


「ああッ! 申し訳ございません!」


 なんと、憧れのプリンセスが人間の男に虐げられていたのだ! 鞭打たれ、貫頭衣から覗く艶かしくも美しいエキドナの柔肌にミミズ腫れが生じる。彼女が何度懇願しても、人間は鞭打ちを止めない。容赦なく打つ。

 ドラゴンたちはしばし呆気にとられていたが、やがて理解が追いつくと激怒した。


『何をしている人間!』


『姫に鞭打つとはなんたることか!』


『エキドナ様から離れろ!』


 ギャアギャアと騒いでいると、男の目がドラゴンたちに向いた。男にドラゴンの言葉はわからない。しかしその声は決まって咆哮であるため、存在を主張することはできる。


「あ?」


 瞬間、ゾクっとした。視線をひとつ投げかけられただけで悟る。勝てない、と。ドラゴンたちは直感的に悟る。

 だが待て。単独では勝てなくても全員でやれば勝てるのではないか。仮にもドラゴンである。この世の最強生物だ。そんな自分たちが一度も戦わずに負けを認めるなんてことがあっていいのか。否だ! ドラゴンたちはすぐさま互いを見やる。


(なあ、全員でやれば勝てるんじゃね?)


(俺もそう思う!)


(なら全員で襲いかかって、トドメをさした奴が姫をゲットということで)


(賛成!)


(恨みっこなしだぞ)


(おうよ!)


 なんてアイコンタクトを交わし、


『『『決闘だ!』』』


 カードゲームのようなノリで決闘することになった。

 ーーというようなことを後で聞いた。

 さて、俺たちは決闘のために山の裏手にきていた。里に被害を出さないためらしい。うん。そうだよね。魔法が山に当たって住処の洞窟が崩落して生き埋めとか、シャレになんないもんね。

 なお、この決闘の立会人はファフニール。ドラゴンたちは俺の暴虐ぶりを訴えたそうだが、彼は取り合わなかった。そりゃそうだろう。そもそも彼は俺たちとグルであるし、外に出てきたエキドナは貫頭衣ではなく上品な服装になっている。俺も上級貴族の端くれであるから、自身のみならず家臣たちの服装もそこそこのものにしなければならない。名誉貴族ならばそんなことに気を遣わなくてもよかったのに、と思わなくもないが、それはそれと心に棚を作っておく。人間、過去には遡れないのだ。前向きに生きよう。なお、もし仮にーーないとは思うがーーエキドナが裸に剥かれても問題ない。迫真の演技(と思いたい)によって生じたミミズ腫れはすべて魔法で治してある。それが幸せだ。うん。ファフニールも娘が特殊性癖の持ち主だと知らない方がいい。世の中、知らなくてもいいことがあるのだから。

 そして勝負ーーは余裕で勝ち。がむしゃらに突撃してくるドラゴンを撃ち墜とすだけの簡単なお仕事です。マリアナの七面鳥撃ちならぬドラゴンの里のドラゴン討ちーー語呂が悪いからオリオンのドラゴン討ちということで。


ーーーーーー


 俺に負けてのびているドラゴンたちはファフニールに叩き起こされ、頭を下げさせられていた。俺はそれを受け取る。というかこの件に関してはこちらからも謝りたいくらいだった。事の経緯を洗いざらい話して、エキドナがやりすぎました、すみませんと。しかしそれはドラゴンからするとタブーらしい。決闘で負けた挙句に相手から謝罪されるなど、屈辱でしかないのだという。……ならエキドナにはお仕置きとしてしばらくノーマルに接しよう。抗議されたが無視だ。贖罪としてこれだけは断行する。

 だが敵もさるもので、俺が動かないと見るや切り口を変えてきた。エキドナは負けて悲嘆に暮れるドラゴンたちの前で、


「わたくしは父上とーー竜王ファフニールと互角に戦った主様を慕っております。そして主様は応えてくださいました。ゆえにこれからはずっと主様と共にありたいと思います」


 盛大に追い討ちをかけた。酷い! 鬼畜! 傷心にブレアズ16ミリオンリバース(世界一辛い食品。直接触ると火傷し、目に入ると失明する)を塗り込むような悪魔の所業だ。ショック死するドラゴンが出るかな? と思ったが、返ってきたのはとても意外な反応だった。傷心ドラゴンズが一糸乱れぬ動きでファフニールを見る。彼が鷹揚に頷くと視線をこちらに戻し、そして頭を垂れたのだ。え? 何事?

 困惑していると、エキドナが耳打ちしてくれる。


「ドラゴンにとって竜王と互角に戦える者は尊敬の対象なのです」


 なるほど。通りで目がキラキラしてるわけだ。それはさながら憧れのスポーツ選手とか芸能人を前にした子どものようで、


「まあ、よろしく」


 なんて何気ない言葉でも無性に嬉しく、貴重で、特別に感じてしまうわけで、


 ーーGryyyu!


 と、ドラゴンズが歓喜の雄叫びをあげる。以後、俺はドラゴンたちの尊敬の対象となった。




補足:ドラゴンは人の言葉を理解できます。しかし話すにはエキドナのように人間形態をとるか、長い時間練習するかしかありません。

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