4ー1 二年後
四章突入!
ーーーオリオンーーー
伯爵になって二年ほど。王都の開発は進みに進み、拡張を続けていた。王都への出入りを管理する検問所を統括する部署に訊ねたところ、推定の人口は六十万人となっていた(以前は三十万人。推定なのは戸籍管理をしていないため)。
この件で王様からお褒めの言葉があるらしい。……経験上、言葉だけでは済まないのだが。何かある、と覚悟はしておこう。
「オリオン・ブルーブリッジ伯爵、ご入来!」
門番のひとりが大声で俺の入室を報せる。毎度ご苦労様です。
扉が開かれると、作法に従って王様の前に進み出る。そして跪き、言葉がかけられるのを待つ。いい加減慣れた。
「ブルーブリッジ伯爵。よくきてくれた。王都はかつてない賑わいを見せている。これも伯の優れた手腕のおかげだ」
「いえ。これもすべて、陛下が我ら臣民を善く導いてくださっているがためでございます」
間違ってもここで『そうだ。すべては俺様ひとりの成果だ!』などと言ってはならない。もちろん王様に対してストレートにそう言い放つことなどまずないが、たまに言葉の端々に毒を混ぜるような輩がやらかすのだ。貴族は揚げ足取りが大好きだからな。日本人は言葉遣いなんかを厳しく叩き込まれているからその辺の心配はあまりない。
「王都の発展が伯の手腕によるところが大きいのは、多くの者が感じておることだろう。謙遜も過ぎると嫌味になるぞ?」
「格別のお言葉を賜り恐悦至極。今後は気をつけます」
「うむ。それで、今回は伯を労うために呼んだのだ。まずオリオン・ブルーブリッジを侯爵に陞爵とする」
おお、と場がどよめく。そうだよね。侯爵といえば普通の臣下がなれる最高位の爵位。まさしく位人臣を極めるといった快事だが、それをたったの五年で成し遂げたのだ。さもありなん。なんか豊臣秀吉にでもなった気分だ。えーっと、彼の場合は1582年に信長の後継者として名乗りを上げ、北条氏や東北の諸侯を下したのが1590年。この間、約八年。……勝ったな。
そんなくだらないことを考えている間も王様の言葉は続いていた。
「さらに金貨五千枚、魔道具や宝石を与えよう。そして王都開発事業は宰相のカール・マクレーン公王に継承させ、代わってオリオン・ブルーブリッジ侯爵にはカチンを与える」
カチン!? ちょっとーーいや、かなり驚いた。驚きすぎて言葉もない。
カチンのことは、王国のことを未だよく知らない俺でも知っている。
カチンは王国の北ーードラゴンの領域になっている山脈の先ーーにある。大した産業もない極貧の街として有名で、税収はほぼなし。ただ街の側に広がる森さえ開拓できれば広大な土地を確保できるため今まで数々の有能な貴族が封じられたが、広大な木々とその利便性の悪さから数年のうちに財政が赤字に転じて没落していった。そこからついたあだ名は『貴族の墓場』。ここに封じられるのは有能だと認めてもらっていることだから嬉しい反面、没落決定だよ(涙)。親戚の皆さん、ヨロシク! 貴族にとってカチンの街はそういうものだ。
ではなぜそんな辺境の地に人が住んでいるのかというと、宗教だ。先に述べた通り、カチンの街はドラゴンの領域となっている山脈を越えた先にある。つまり、ドラゴンの住処にほど近い。ここにドラゴンを崇めるドラゴン教なる宗教団体が住みついているのだ。過去には反乱を起こし、圧政を敷く領主を殺したこともあったという。
そんなハズレ領地を俺に与えてくれるそうだ。功績を労うと言ったのは方便である模様。だってまったく労われてない。いや、王様の考えはわかるんだけどね。でも労うって言ってるんだから、言葉と行動の整合性くらいつけてほしいな。少なくとも言ったその日に正反対のことを言うのはやめてほしい。
色々言いたいことはあったが、それを言えないのが貴族。王様の命令には『はい』か『イエス』か『わかりました』しか返答のしようがない。それが貴族。
「謹んで拝命いたします」
こうして俺は領地持ちの貴族になった。
ーーーーーー
「カチンの領主か。お兄ちゃん、王様に恨まれてる?」
「そんなはずない……と思いたい」
思い当たる節はないわけではないーーというかぶっちゃけありすぎるーーので、今回の命令は王様が俺を始末しにかかったととれなくもない。だが、
「ま、王様に限ってそれはないね」
「ですよね〜」
ソフィーナはその可能性をバッサリと切り捨て、俺も同調した。
俺が成り上がってきた背景についてはあまり隠されていない。そしてその背景をきっちり調べ、かつ少し勘のいい者であれば、王様の命令の真意には容易に気づくことができるだろう。要は王都と同様に開発しろということだ。俺の能力でカチンの近くにある森林を切り拓き、カチンを豊かな土地に変えるーーそれが俺に与えられた使命だった。
「いつご出発なさるのですか、オリオン様?」
そう訊ねてきたのはシルヴィ。彼女は女の子を抱いている。そう。俺とシルヴィの間にできた子どもだ。名前はエリザベス。一世、二世ともに有名な、大変縁起のいい名前だ。そして超可愛い。親バカだと言われようと、娘が可愛いことに変わりはない。
現代日本なら大問題かつ訴訟沙汰になるのは確実だが、この世界では当たり前である。子どもができたことを喜びこそすれ、非難するようなことはない。子どもができて問題にするのは、ある意味で贅沢なのかもしれない。
妊娠したと教えられたときには困惑したね。頭が真っ白になった。それでそこから立ち直って少し冷静になると、今度は若年出産だから体は大丈夫なのかと心配になった。その危険性は高齢出産に匹敵ーーいや、将来性を考えるとそれ以上かもしれない。現代では若年出産は帝王切開で行われるが、この世界でそんなことができるはずないーーいや、できるか。幸い、俺の能力は一部条件はあるものの万能だ。産婦人科の設備と医者を用意することなど容易である。そんなわけで俺は能力をフル活用。シルヴィは帝王切開で無事にエリザベスを出産した。子どもはもちろん、母体も健康である。
そんな彼女に慈しみの目を向けながら答える。
「半月後になるな。事業の引き継ぎをして、必要な家財を持ってカチンへ行く。王都の屋敷なんかはソフィーナに任せる。シルヴィは留守番だ」
「エリザベスがいるからですか?」
「ああ。……って、そんな顔をするな。向こうに着いたらすぐ迎えにくるから」
最近、遠距離を楽に移動できる汎用的な手段を得た。転移の魔法陣である。今までは俺自身が転移の魔法を使っていたのだが、これを誰でも使える魔法陣にしたのだ。これなら密かに移動できる。
転移の魔法陣が生まれたきっかけはお姫様だ。というのも、彼女が以前にブルーブリッジ伯爵家がホストとなって開かれたパーティーに出席した際、そこで提供された料理を気に入った。俺との会話で毎日ここで食べたいと言ったが、王女がいち伯爵家を理由もなく頻繁に訪れるわけにはいかない。しかし食べたいコールは止まず、ついには屋敷と屋敷の間に地下道を掘るなとと言い出した。だが防衛上の観点からそれは受け入れられず、やむなく転移の魔法陣を作ることになった。以後、お姫様は嬉々としてやってくる。お姫様に仕える料理人たちは悲嘆に暮れた。このままでは俺たちクビだ、と。そして彼らは考えた末、俺のところの料理長・トクゾーに弟子入りを懇願。自分たちも現代の料理を作れるようになろうと日々奮闘している。
お姫様は知らない。日々食べている食事に、彼女のところの料理人が作った品が混ざっていることに。
まあそんなわけで、我々は非常に便利な移動手段を手にしたわけだ。カチンに着けば速攻で屋敷を建設。シルヴィを迎え入れる準備を整えるつもりだ。
「屋敷から領地まではイアンさんに任せようと思う」
シルヴィ(武官長)が使えないなら、イアンさん(文官長)に任せるのが妥当だと思う。
「お兄ちゃんはどうするの? さっきから他の人のことばっかり言ってるけど」
「俺はエキドナの里帰りついでに山脈を突っ切る」
「それズルい」
「あうあ」
ソフィーナが非難すると、エリザベスが賛同するかのように声を上げた。
「ほら、エリちゃんもズルいって言ってる」
こいつ。娘をダシにしやがって。
「ズルくない! ないったらない!」
「そこまで必死に言ってると逆に怪しい」
揚げ足とるなよ……と、非難めいた視線を送る。ーーってそんな話がしたかったわけじゃなく、
「商会としてバックアップしてくれ。頼むぞ、ソフィーナ支配人」
「了解。お兄ちゃん会長」
お互いに短く言葉を交わす。
オリオン商会の権限委譲だが、これについては無事に完了している。俺が会長という肩書きのまま名誉職に退き、新たに設けられた支配人というポストにソフィーナが就任することで決着した。いわゆるCEOである。彼女は既にゲイスブルクではなくブルーブリッジの人間だ。ゲイスブルク家から度々縁談が出されるそうだが、すべて蹴っている。酷かったのは許嫁と名乗る男が商会に我が物顔で乗り込んできたときだったな。一同困惑。ちなみにそいつは事情を聞いてつまみ出した。
ゲイスブルク家がこんな強引な手段をとるのも、オリオン商会が大きくなりすぎて彼らのシェアを奪っているからだ。王都のみの不動産業だったはずが、ソフィーナはその才能を発揮して瞬く間に事業を拡大。卸売業に小売業、運送業、製造業などなど。実態は俺も知らない。ただその規模は王国のみならず他国にまで支店を増やし、従業員は軽く一万を超えるということは知っている。
オリオン商会が躍進する一方で、ゲイスブルクの方は不振が続いていた。原因はフィリップである。王都の好景気に乗ってホテル業を始めたところ大盛況。その利益で次のホテルを建てるーーと、やり方は正しいのだがやりすぎた。地方に建てたものが軒並み赤字。さらにレナードから救済のために引き継いだ仕入れの仕事も殿様商売のせいで失敗。多くの取引先をオリオン商会に奪われてしまう。その負債をひた隠しにしていたが、人の口に戸は立てられない。負債の件は瞬く間に業界へ広まり、多くの傘下が新進気鋭のオリオン商会に鞍替え。事業規模は瞬く間に縮小していった。今では王都のみならず、地方でもオリオン商会の後塵を拝している。当然、今まで王国随一の商会として通ってきたゲイスブルク家からすると面白くない。汚名返上のためオリオン商会はゲイスブルク一族のものと主張しているが、背後に伯爵家はおろか王家の影さえちらついているオリオン商会に面と向かってものを言う勇者はいなかった。
そんなわけでオリオン商会は王国一の大商会に。ブルーブリッジ家も侯爵になり、新進気鋭の貴族家である。俺の勢いが圧倒するか、カチンが飲み込むかーー勝負だ!
矛盾を修正しました。




