3-7 教師オリオンー2限目ー
ーーーオリオンーーー
二限目。魔法特殊講義。
授業は二限目に突入した。場所は変わって実技棟。普段は体育や魔法の授業で使われている場所だ。実技棟の大きさは高校の体育館程度でしかない。が、中は広々とした平野が広がっている。空間魔法で建物内を改変したためだ。これは俺の能力ではなく、王様からもらった魔道具の効果である。ちなみに設定は自由に変更可能で、普段は板張りの体育館と射撃場になっている。
今回は魔法を披露するだけなので、すべての教員と生徒が集まっていた。事前に見たい魔法のアンケートをとっていたらしく、直前にソフィーナからメモを渡された。そこには世界で数人しか使えない稀少な魔法や、神話やおとぎ話に出てくる(実在する)魔法が羅列されている。これ、能力の及ばない場所だとひとつ使えば魔力切れでぶっ倒れるぞ。それが燃費の悪い魔法ばかり書かれたメモを見た率直な感想だった。
他にツッコミどころといえば、メモ欄の最後の方に『催淫魔法』があることだ。そういえば教員にひとり、催淫魔法を熱心に研究している奴がいたな。学校の教員は優秀な人材が揃っているが、誰もが一癖も二癖もある曲者ばかり。まとめるのも一苦労だ。とりあえず催淫魔法は披露する魔法から削除。あと、生徒に手を出さないように監視させよう。
さて、いよいよ授業開始の鐘が鳴るというところで、生徒たちがざわめきだす。何事かとメモから顔を上げると、入り口に護衛の騎士に囲まれた王様が立っていた。え? なんであの人ここにいるの?
誰もが固まって動けないなか、最初に声を上げたのはお姫様だった。
「お、お父様。どうなされたのですか?」
彼女の質問はこの場にいる人間、全員の気持ちを代弁するものだった。なぜ一貴族が運営する学校に、突如やってきたのか。もちろん、アポなしである。
全員が固唾を呑んで返答を待つ。お姫様の質問に対して、王様の返答は実に簡潔なものだった。
「余も伯爵の魔法が見たいのだ!」
理由が私的すぎる! それでいいのか一国の王! 吉本なら全員が転ぶレベル。
だが王様が望むなら叶えなければならないのがこの世界の掟。急遽、ソフィーナと護衛の責任者とが話し合い、王都の北にある峻険な山々に魔法を撃ち込み、それを城門の上から王様や生徒、教員たちが見学することになった。
ーーーーーー
『続いては荒ぶる神を氷漬けにしたという伝説の魔法《永遠の氷棺》です!』
司会を務めるソフィーナに従い、俺は淡々と魔法を行使する。目標は王都の北にそびえる山脈、そのうちもっとも近いものだ。とはいえ標高は五千メートルを超える。そんな山の周囲に白い煙が立ちこめたかと思えば、一瞬にして氷山ができあがった。目測だが、氷の厚さは五メートルほど。山ひとつを氷漬けにするのだから、威力は折り紙つきだ。ま、使う場面があるとは思えないが。
魔法を行使する度に観衆から拍手がわき起こる。王様に見物してもらうために外へ出てきたが、これだけ派手なことをしていれば民衆も気づき、何事かと寄ってくる。そして催し物だと勘違いしたのか、城門周辺に固まって見物を始めた。そこへ商人たちが集まって物を売り始め、城門周辺はお祭りのような雰囲気に包まれている。生徒の一部が抜け出して遊んでいた。一応これ、授業なんだけど……。
氷漬けにされた山は、続いて発動された重力魔法によって押し潰される。氷が砕けると同時に山自体も砕け散った。伝説と呼ぶに相応しい、馬鹿げた威力だ。このような自然破壊を繰り返し、観衆を沸かせ、王様と護衛の騎士たちを唖然とさせていた。山を崩したときの、観衆のボルテージの上がりようが凄まじい。ちなみに今ので山崩しは五つ目である。王都の北にスペースができたな。開拓すれば田畑として使えそうだ。
そんな調子で七つ目の山を崩したとき、天空から咆哮が轟いた。
ーーGRYYYYYYU!!!
バサ、バサとゆっくり翼をうちながら迫ってくる漆黒の巨体。その名をドラゴンという。
「ど、ドラゴンだ!」
「ドラゴンが出たぞ!」
「逃げろ!」
下でお祭りを繰り広げていた観衆は、ドラゴンを見るや我先にと逃げ出した。
城門の上もなかなかに慌ただしい。まず動いたのはシルヴィ。俺の前に立ち、臨戦態勢をとる。続いて騎士たちも動く。生徒や教員に避難するように促し、城へ伝令を走らせる。さらに王様にもこの場を離れるように進言した。さすがは選ばれしエリートたち。見事な対応だ。しかし生徒のなかには先程の咆哮を聞いて気絶した者もおり、運ぶのに手間取る。また数が多いために避難は遅々として進まず、王様にいたっては椅子に座って一歩たりとも動かない。さすがの騎士たちも焦る。
焦る騎士たちを他所に、王様は落ち着き払った様子で俺を一瞥する。
「伯爵。あのドラゴンを討伐せよ」
その命令に一同が衝撃を受けた。ドラゴンとは最強の生物。その鱗は生半可な剣や魔法は通用せず、その爪や尻尾は一撃で城壁を瓦礫へと変え、ブレスを吐けば山ひとつ消え去る。討伐は困難であり、前例は片手の指で数えられるほどしかない。その数少ない例も、何年もかけて入念な準備をし、数多の犠牲の上に成り立った。単独で討伐をしたことなどない。それを為せるのはおとぎ話の主人公だけだ。
ーーと、ここまでは通説。では実際問題、現実に討伐が可能かというと、可能だ。ファンタジーといえばドラゴン。だからかつて、能力でこの世界で最強のドラゴンの鱗を生み出し、魔法で攻撃してみたことがある。さすがに一般に普及している魔法(初級〜上級)では傷ひとつつかなかったが、伝記などに登場する超上級魔法では呆気なく傷がついた。それらの結果から推測すれば、討伐は十分に可能だ。……そういえば、そのとき使ったドラゴンの鱗は、今こちらに敵意剥き出しのドラゴンのように黒かったな。
ま、ここで討伐が成功するとまた要らぬ注目を浴びそうなので、ちょいと痛めつけてお帰りいただこう。
「承知しました」
王様の命令に従って行使したのは《神鳴》。魔導書ではなく、巻物に収録されていた和名のつく不思議な魔法だ。効果は単純で、雷を発生させて対象に当てるというもの。上級魔法にも同様の魔法があるのだが、この《神鳴》は超上級魔法に分類されている。違いはよくわからないが、何らかの理由があるのだろう。深くは考えないことにした。
魔法によって生じた雷は二発。一発目はドラゴンを気絶させるため、二発目はドラゴンを蘇生させるためのものだ。さすがに雷だけでドラゴンを倒すことはできない。しかしダメージは大きく、本能的に不利を悟るはずだ。あとは元いた場所に逃げ帰ってくれればいい。
雷に撃たれたドラゴンは落下し、大きな地響きを起こす。そしてそのまま動かない。もしかして、加減を間違えた?
騎士たちと一緒にドラゴンの落下地点へと向かう。死んでいるかどうかを確認するためだ。山が崩れた場所であるため、起伏に富んで歩きにくい。人間サイズであれば隠れるのは容易だろうが、ドラゴンの巨体は遠目からでもよく見える。ドラゴンまで残り三百メートルというところで、ついてきた騎士のひとりに呼ばれた。
「伯爵様」
「ん? ーーん?」
俺を呼んだのは騎士たちの隊長。剣を差し出している。
「これをお預けしますので、ドラゴンを見てきてください」
「いや、ついてこいよ」
生死を確認するように言われたのは騎士たちで、俺は万一のときの護衛である。つまり騎士たちが主役で俺は脇役。OK?
「ドラゴンが怖いので」
おい、それでいいのか騎士。
「命あっての物種です」
しばらく問答していたが、騎士たちはプライドを捨ててまでドラゴンには近づきたくないらしい。仕方なく、シルヴィだけを連れてドラゴンに近づく。彼女にもドラゴンに近づくのは怖くないのかと訊いたところ、
『怖いですが、オリオン様の行かれるところが私の居場所です』
と、実に男前な言葉が返ってきた。騎士たちにも見習ってほしいものだ。
そんなことを思いつつ、ドラゴンの一メートル手前までやってくる。そして騎士に預けられた剣を抜き、ツンツンと突いてみる。カツ、カツと硬質な手応えが返ってくる。が、ドラゴンはピクリとも動かない。……ただの屍のようだ。ーーと、思いきや。
ーーーGRYYYYYYU!
起き上がった。
「お下がりください、オリオン様!」
シルヴィが咄嗟に前へ出る。その動きに迷いはない。ドラゴンは怖いと言っていたのに前へ出ることができるのは、護衛としての職務を果たそうとしてくれている証拠だ。なんとかして彼女の忠誠に応えてあげたい。今度、好きなものを与えることにしよう。そう決めた。
その一方で、攻撃に移ろうとしているシルヴィの肩を掴んで動きを止める。そしてドラゴンと相対した。目と目が合う。見合うこと暫し。やがて、ドラゴンはゆっくりと頭を下げた。
近々、二章の閑話を投稿します




