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異世界最強の自宅警備員  作者: 親交の日
第三章 ブルーブリッジ伯爵家
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3ー2 嫁騒動




ーーーオリオンーーー


 新生伯爵家誕生ーーそのニュースは貴族社会を大いに賑わせた。社交界や貴族同士のちょっとした小話にも常に話題に上るほど注目を集めていたようだ。それでも俺は、近所のおばちゃんたちがやっている井戸端会議の延長線上というような認識でしかなく、特に実害はないと考えていた。人の噂も七十五日。すぐ別の話題が出てくるだろうと。

 だからこそ、あんな目に遭うなんて夢にも思っていなかった。


ーーーーーー


 ブルーブリッジという家名と家紋(前世の家紋だった鶴丸)を王様に届け出て、即日承認を受けた。そして屋敷に戻ってきたのだが、そこで俺は留守を任せていたセバスチャンから驚くべき報告を受けた。


「オリオン様。面会の申し出がございました」


 きたな。貴族の面倒事その一、貴族外交だ。予想していたとはいえ、思った以上に早い。


「どこからだ?」


「それが複数でして……。家柄順に申し上げますと、侯爵家一、伯爵家二、子爵家八、男爵家十六、騎士家三十二、商人や豪農が四となります」


「多いな!」


 新興の伯爵家になぜそんなに面談を申し込んでくるのか。貴族の神経は理解できない。


「それで如何いたしましょう?」


「受けるしかないだろう。だが一度断る姿勢を見せろ。それでも申し込んでくるなら受ける」


 こういう場合、ノリとか流れで申し込んできているところもあるはずだ。その辺りにはなるべく篩をかけたい。


「承知しました」


「それと、面会は午前だけにしてくれ。午後は仕事に回したい」


 こちとら商人に加えて伯爵、事業の責任者と三足のわらじを履いているのだ。それくらいは許してほしい。

 そんなわけで貴族たちとの面会が設定された。ちなみに面談する数は減っていない。どこも『絶対にお会いしたい』と譲らなかったそうだ。そしていざ彼らに会ってみると、


「ボークラーク侯爵だ。ブルーブリッジ伯爵、此度は叙爵されたこと、心よりお喜び申し上げる」


 まずはオーレリアさんの父親であるボークラーク侯爵。彼とはオーレリアさんにお茶会に招かれた際に会っている。それをきっかけにして親交を深めようとしたのかと思いきや、


「今回、面談を申し込んだのは他でもない。ブルーブリッジ伯爵、貴殿は未婚だったな。実は我の分家にサマンサという、気立てのいい娘がおって、年も貴殿と同じだ。そこで嫁にどうだ?」


 いきなり見合い話になった。

 さらに、


「ウェズリー伯爵です。早速ですが、我が家の娘のラナを嫁にもらってくれませんか? あいつもそろそろ結婚させたいと思っていたのですが、なかなか相応しい相手が見つからず……。ですが、ブルーブリッジ伯爵とは姫殿下のお茶会でも頻繁に顔を合わせていますし、あれも伯爵を憎からず思っております。また愚息も商会で雇っていただけて、本当にありがたい。なのでどうかラナを嫁に!」


 ラナさんの父親からは彼女を嫁にと猛プッシュされ、


「キャンベル伯爵だ。ブルーブリッジ伯爵の武勇は聞き及んでいる。そこでそんな貴殿に娘のベリンダをお任せしたいと思う」


 ベリンダさんの父親からは、あたかも結婚が決定事項のように申し込まれた。

 他にも、


「うちの娘を嫁に」


「妹をーー」


「姪をーー」


「養女をーー」


「嫁に」「嫁に」「嫁に」


 ーーって、嫁だ嫁だやかましい! こちとらまだ十二じゃい! 出直してこい! と、思わずキレそうになるくらいには異口同音に同じことを言われた。キレてこそいないがノイローゼ気味である。夢にまで出てきた。さすがに耐えきれずにお茶会メンバーに相談すると、


「お父様が……申し訳ありません」


「親父が悪いことしたな」


 オーレリアさんとベリンダさんが深々と頭を下げて謝罪してくれた。


「お二人が悪いわけではありませんし、頭を上げてください」


「いえ。身内の恥は家の恥です。それにどうしてサマンサなんか紹介したのか……」


 オーレリアさんが額に手を当ててやれやれといった風に首を振る。……こういう仕草はできる女っぽくていい。グッときます。

 それはともかく、オーレリアさんは申し訳なさそうにしているが、そんな姿は見たくない。実際に彼女たちが悪いわけではないのだ。

 現在、回答はすべて保留にしてある。とはいえ断るつもりなので、まずは身近な人から確実にというわけだ。この件はお姫様にも相談して了承を得ている。彼女も断ることに力を貸してくれることになっていた。だから、


「ではこの件は白紙に戻すということで」


 と援護射撃をしてもらえる。彼女の発言はイコール王族の意向ーーと解釈できなくもない。この調子ならお断りの方向に向かうだろうと思っていたら、


「おーちゃんとなら〜、わたし〜、結婚してもいいかも〜」


「「「「え?」」」」


 それまでの流れをぶった切るラナさんの発言。その場にいた者全員、理解が及ばずに呆ける。


「だって〜、おーちゃんって〜、お金持ちだし〜」


 目的は金だった。そうだよね。研究には何かと物入りだからね。お言葉は嬉しいが、金目当てというのがなんとも。男として喜んでいいのか悲しんでいいのか……微妙なところだ。


「それはダメです!」


 ここでお姫様が席を立って猛抗議。まあ自分の意向がさらっと無視されたのだから当然か。

 しかしラナさんのひと言で形勢は思わぬ方向に傾いた。


「なぜですか、殿下。ラナさんは伯爵家の子女です。それが同じ伯爵家に嫁ぐのですから妥当でしょう。それに彼女はそろそろ嫁ぎ先を決めなければ」


 オーレリアさんが正論で返す。お姫様はたじろぎつつ、


「ダメなものはダメなのです」


 一歩も譲らない。

 以前、お姫様は語った。オーレリアさんがこの中で一番交渉に長けているのだと。まったくその通りで、論理的に話すオーレリアさんにお姫様は打つ手がなく、意見を崩さないように同じことばかり言い続けている。結果、両者の議論は平行線をたどった。

 二人が議論する横で、俺は他の二人に訊ねる。


「ところで、貴族ってどれくらいで結婚するんですか?」


「男はほぼ十五歳からだな」


「だね〜。女の子の方は〜、相手次第かな〜。男の子が成人すれば〜、結婚するね〜」


「たまに赤ん坊同士で婚約することもあるよな」


「あと〜、おじいちゃん侯爵の後妻に〜、十歳くらいの男爵令嬢が嫁いだりもするね〜」


「基本的に女は婚姻の道具だからな」


 結婚はこの世界でもかなりシビアなようだ。内容からすると近代以前の地球と同じ事情かな。

 と、俺がこの世界の婚姻事情について教えてもらっている一方で議論を続けていた二人だが、オーレリアさんが一方的にお姫様をやり込めていた。


「ぐすっ。これにて今日のお茶会を終わりまずぅ」


 半べそをかきながらお姫様がお茶会の終了を宣言する。

 オーレリアさん、やりすぎです。


ーーーーーー


 翌日。突如として登城命令がきた。なんで!? 俺、何もしてないんですけど。……まさか、昨日、お姫様が泣いたからか? となると、命がないかもしれない。


「シルヴィ。俺がいなくなっても強く生きろよ」


「? よくわかりませんけど、陛下がお呼びなのです。行きましょう」


 シルヴィはこてん、と首を傾げ(可愛い)つつ、出立を促す。まあ彼女なら死出の旅にもついてきそうなので怖いのだが。

 色々なことに怯えながらも王城に到着。そして俺は謁見の間ーーではなく王様の執務室に通された。

 重厚な扉を開けると、そこには王様と宰相、そしてレオノールちゃんがいた。なお、お姫様はいない。大人二人はニヤニヤといやらしい笑顔、レオノールちゃんは目が合うと朗らかに笑った。

 レオノールちゃんは天使だ。だがしかし、心の中の警鐘がけたたましく鳴る。これはヤバイ。逃げろ、と。そう精神が理解した。だが悲しいかな、貴族とて雇われの身。雇い主(王様)には逆らえないのだ。

 ともかく時間を稼ごう。まずは定型文の挨拶から。


「国王陛下におかれましてはご機嫌麗しくーー」


「世辞はよい。余とブルーブリッジ伯爵との仲ではないか」


 いえいえ陛下。(前世の)祖国では『親しき仲にも礼儀あり』と申しましてーーなんて言えるわけねえ。すぐさま矛先を宰相に向ける。


「宰相閣下もーー」


「私にも不要です」


 断られた。くそ、こうなったら仕方ない。


「レオノール嬢、お久しぶりですね」


「はい。ブルーブリッジ伯爵様」


 会話終了。話題がなさすぎてヤバイ。引き延ばし作戦は失敗に終わった。


「ところでブルーブリッジ伯爵。嫁取りで困っているそうだな」


 単刀直入に訊いてきた。この話はダメだ。先が見えている。また誰かを紹介されるパターンだ。ここはなんとかはぐらかさねば。


「はい。夜空を彩る星々よりも輝かしい貴族の方々から数多くの縁談をいただきました」


「ふむ。気に入った女子はおったか?」


「どの方も自分にはもったいないほど素晴らしい方々でございました」


 もちろん嘘である。見知らぬ人物の容姿や人柄なんて知るはずがない。何人かは実際に連れてこられていたが、デブだったりブサイクだったりと散々だった。なぜ連れてきたのか理解に苦しむ。

 そんな内心を見透かしているのか、ますますニヤニヤとする親父二人。その片割れである王様は、


「ふむ。その様子では気に入った女子はおらんかったようじゃな」


 宰相も、


「そのようですな。しかしながら、貴族家の当主に妻どころか婚約者がいないというのは、いささか外聞が悪いかと」


 などと三文芝居をする。

 ええい、面倒くさい。さっさと『自分が勧める嫁を取れ』と言えばいいのに。じれったい。

 ……いや、それを言われたらダメなのか。王様の言葉はイコール命令。言われた後に断るのは難しい。先手を打たねば。


「その点についてはご心配なく。既に心に決めた相手がおりますので」


「ほう。そのような相手がおるとは、伯も隅に置けんの。して、それは誰なのじゃ? もしや、ボークラーク侯爵の令嬢か?」


「違いますよ。オーレリア嬢はよき友人です。心に決めた相手とは、護衛のシルヴィアです」


 相手がいるとなれば王様も引き下がらざるを得ないだろう。本人の了解を得ていないために心苦しいが、建前なので勘弁してほしい。


「その者は……たしか奴隷ではなかったか?」


「はい。ですが、折を見て解放します」


「ふむ……余としては依存はない。ただ、他の貴族たちが何と言うか……」


「伯爵の正室が元奴隷というのは……他の貴族は納得しないでしょう」


 げっ。ここで邪魔をするのか貴族! なんだか雲行きが怪しくなってきた。が、ここは押し通す!


「覚悟の上です」


「その心意気はよいが、事はそう単純ではないのじゃ」


「伯爵は王都屈指の大商会の設立者であり、その資金は領地持ちの貴族にも負けない。加えて我々から王都の開発事業を一手に任されている。新しい家なので他の貴族との関係が薄い。率直に言って、伯爵は超のつく優良物件なのです。自身の縁者を送り込もうとする貴族は多いでしょう。その結果、ブルーブリッジ家が我々の手元から離れてもらっては困るのです」


 うわ、宰相さんぶっちゃけた。俺は王様たちのマリオネットらしい。


「そこで余は伯にいい話を持ってきた」


「ブルーブリッジ伯爵。レオノールをもらってくれないか?」


 は? さらりと何言ってんのこの人? 俺がレオノールちゃんと結婚? んなバカな。


「どうだろう? この子は気立てもいいし、容姿も整っている。さらに私ーーマクレーン公家には息子はいないから、次の公王は伯爵だ。王族との婚約だから、文句を言う者は少ないだろう。それにちゃんとレオノールを愛してくれるなら、伯爵の護衛を側室にしてもらってかまわない」


 宰相さんが頭を深々と下げてレオノールちゃんとの結婚を勧めてくる。声も雰囲気も真剣そのもの。鬼気迫る感じさえ受けた。

 ……これは俺も真剣に答えるしかないか。


「身に余る光栄ですーーが……」


「伯爵様……」


 レオノールちゃんの純粋無垢な瞳が俺を捉える。


「です、がーー」


「……(ウルウル)」


 つぶらで潤んだ瞳が俺を捉えて離さない。


「ですーーーーーーね! ありがたくお受けいたします」


「うむ。これで決まりだ」


「娘をよろしく頼む」


「伯爵様。不束者ですが、よろしくお願いします」


「こらこらレオノール。違うぞ。彼は今日から『旦那様』だ」


「そうでした。旦那様。不束者ですが、よろしくお願いします」


 宰相さんに指摘されたレオノールちゃんはてへ、と舌を少し出したあと、そう言い直した。

 か、可愛すぎる。

 こうして俺の婚約者はレオノールちゃんに決まった。別に彼女の魅力の前に陥落したわけではない。断じてない。ないったらない!


ーーールドルフーーー


 オリオンが去った後、余とカールは部屋でしばし談笑していた。話題は当然、オリオンについて。

 普段、貴族たちと舌戦を繰り広げ、そのために磨かれた技術により、彼の内心を推し量ることは難しい。だがこの時ばかりはそれが手に取るようにわかった。それはすなわち安堵だ。


「いやはや。オリオンがレオノールを嫁にもらってくれてよかった」


「ですな。マクレーン公家は優れた後継者を得ることができました。そして陛下はーー」


「うむ。余の計画が一歩前進したわけだ」


 今回の婚姻は互いの利害が一致した結果だった。強硬派が攻勢を強めている以上、この計画は早期に確実に成就させなければならない。そのためには派閥の結束は不可欠。その要石たる余とカールとの間に隔たりが生まれてはならない。この婚姻は、それを防止するという意味も持っていた。オリオンは余を裏切らぬだろうし、レオノールがカールとも繋げてくれる。これで穏健派の布陣は盤石というわけだ。そして、次なる計画は……。




※カールとはマクレーン公王(=宰相)です


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