2ー13 陞爵とオリオン商会
ーーーオリオンーーー
ブラック経営者によって来る日も来る日も屋敷/別荘の建設×10くらいというハードスケジュールを無心でこなしていたーーそうでないとやってられないーーある日、俺は王様からの登城命令を受けた。思い出してみれば王様に呼ばれたのはお姫様を助けたとき以来た。今度の用件はなんだ、と考えて桜離宮の件だと悟る。また金品だろうなぁ。ーーと思っていたのだが、事態は予想の斜め上に推移した。
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王城は謁見の間にて。
「オリオン・ゲイスブルク卿、前へ」
「はい」
呼ばれた俺は玉座の段の前で跪く。さほど間を空けずに王様から声がかけられる。
「ゲイスブルク卿。まずは離宮の造営大義であった。アリスも気に入っておったし、他国の使節たちもその壮麗さに驚嘆しておった。国威を示す、大変良きものを造ったことは大変な功績である」
「ありがとうございます、陛下」
「うむ。そこで功績に値する褒美を用意した。宰相」
「はっ。まずオリオン・ゲイスブルク卿を、今回の功績を鑑みて名誉貴族より伯爵に陞爵とする」
はぁっ!? ちょっと待て。話が違うんですけど。どうなってるの、王様!? 俺は困惑して王様に視線を送るが、ニヤニヤとしているだけで何の反応もなかった。この状況を楽しんでる。確信犯だ。俺も困惑したが、一番驚いたのは謁見の間にいた貴族たちだろう。宰相の言葉にざわめきだす。ーーしかしそれも宰相の『静粛に!』という言葉で静まる。おい、もっと頑張れよ! 一切の抗弁をしていないくせにそんなことを思う。クズだわ、俺。うん、自覚はしてる。だから皆まで言うな。
ここまででも十二分に驚かされたが、褒美はこれだけではない。
「伯爵家の新設につき、伯には家名の新設を許す。さらに伯が創業したオリオン不動産はゲイスブルク家より分離、独立させ王家御用達とするとの王命である。また伯には王都の開発事業を任せる。加えて金貨千枚、ほか、金品を与えるものとする」
謁見は俺への莫大な褒美を発表するだけで終わった。謁見の間を退出した俺に、他の貴族たちから好奇の目が向けられる。居心地悪く感じていた俺を救い出してくれたのは、王城で執事をやっている人だった。……どうやら王様はまだ話があるらしい。俺もあったから丁度いい。堂々と文句を言ってやる。通されたのは王様の執務室。そこには王様と宰相、そしてお姫様がいた。
「呼びつけてすまんな、オリオン伯」
王様はにこやかに話しかけてくるが、俺は憮然とした表情を崩さない。
「王様。約束と違うんですけど」
「すまぬ。こちらにも事情があるのだ」
俺がやや責めるように言っても、王様はまったく悪びれた様子がない。くっ、これが為政者か。
俺がピリピリしているためか、いつもなら祝いの言葉を言いそうなお姫様も黙っている。とりあえず事情を訊いてみよう。
「事情とは?」
「機密にも一部触れるのですべては明かせんが、現在、貴族は内戦を始めた隣国へ侵攻するか否かで揉めておるのだ」
「優勢なのは、侵攻に賛成の強硬派。が、陛下が穏健派であるため実行には至っていない。まあ、辛うじて、という修飾語を入れねばならないでしょうけど」
要するにタカ派とハト派の争いというわけね。話からすると、劣勢である穏健派の主張が通っているのはトップが王様だから。でも宰相が『辛うじて』と言った。つまりは王様という、国の絶対権力者によってもたらされていた均衡が崩れたのだ。……この国でこの均衡を崩せる人材といえば王族ーーそれもかなり上位の。お姫様はこの場にいるから除外として、王太子と宰相を除く三人の公王たちの誰かだろう。あくまでも推測だが。
「そこで王都の開発を行い、さらなる経済発展により国を富ませることで不満を抑えようというわけだ」
へ〜、ほ〜、ふ〜ん。……一見いいことを言っているようだが、それは表向きの理由。裏の理由は新たな上級貴族を生み出し、政争を誘発して意識を国外から国内へ逸らすことだ。
「他の貴族が追い落とそうとするだろうが、余と宰相とで防ぐから協力してほしい」
「要するにサンドバッグですか」
「その通りだ」
サンドバッグという表現は皮肉を込めた比喩だったのだが、王様はあっさりと認めてしまった。いや、自分で言っといてなんだけど、もうちょっとオブラートな表現はなかったのか?
俺が少し呆れていると、王様はさらなる爆弾を投下した。
「ついでにアリスをもらってくれるとありがたいのだがな」
「お、お父様!?」
「それは本格的に危ないのでお断りします」
唯一の王女を嫁にするーーこれ以上ない挑発カードだが、そこまでやると命が危ない。あ、お姫様。もちろんお姫様をお嫁さんにできたら嬉しいよ? でも今は時期が悪い。時期が悪いだけだから。ーーだからそんな悲しい顔をしないで。
「この問題が片づいたらその功には酬いよう。それまでは辛抱してくれ」
「わかりました」
逆らうだけ無駄なので大人しく受諾する。はぁ。地味にこういった(王家への)貸しが増えてるんだけど、いつ返してくれるんだろうか? 踏み倒されることなんてないよね? そうなったら全力で抗議しよう。
ーーと、ブラックな話はここまで。あとは伯爵になるにあたって注意事項を細かく伝達された。主な内容は、
一、ゲイスブルクの家名を捨てて新しい家名を名乗ること
二、オリオン不動産改め、オリオン商会の会長を俺ではなく別の人間(貴族ではない)にすること
といったところだ。前者は家名への愛着もこだわりもないので快諾。後者については特例で五年の猶予期間をもらった。まだできたばかりの店だから後継者なんてすぐに決められない。やることも多すぎるし、少し落ち着いてからということになったのだ。……ま、ソフィーナに任せれば間違いないだろう。
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王城を辞した俺はひと晩ずっと欧米人の名前を思い出していた。ジョニー・デップ、ジャッキー・チェン、ビル・ゲイツなどなどエトセトラ……。結局どれもしっくりこず、神の思し召しによってブルーブリッジに決まった。なんのことはない。木の棒を用意して、右に倒れればあれ、左に倒れればそれというようにルールを決めて棒を倒してみたのだ。ちなみにブルーブリッジの由来はいつぞや乗った船の名前だ。
それだけではない。上級貴族になるから、身辺整理はきっちりしなければね。ーーということでオリオン商会と名前を改めた。変わったのは名前だけではない。これまではゲイスブルク家の系列店であったのが、完全に独立した店になったのだ。レナードには資本金である金貨百枚、耳を揃えて返したし、母さんも引き取った。レナードは『今までの恩を忘れたのか!』って激怒していた。あと『手切れ金ならもっと出せ』とも言っていたな。母さんを無理矢理手篭めにしておいておこがましい。そんな風に色々と角の立つ手切れの仕方だったが、少なくとも表向きの干渉はないはずだ。王家御用達となった俺の商会は、いわば王家の庇護を受けている存在。そこに手を出すということは王家を敵に回すことになる。そんな勇者はまずいないだろう。裏から手を出されても王家ーーというか王様たちが押さえてくれるはずだし、ソフィーナも裏世界とつながりを持ち、怪しい動きにはアンテナを張っている。だからまず大丈夫だ。あとは商会の運営を完全にソフィーナに任せてしまえば俺は晴れて自由の身となる。ニート生活も間近に違いない!
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