1ー2 父
短いです
ーーーオリオンーーー
ある日のこと。
剣の鍛錬のために中庭へ出ようとしていたところを母に呼び止められた。彼女は普段のぽわぽわした雰囲気を引っ込め、シリアスな表情ををしている。相手が真剣なら自分も同じようにするのが普通だろうが、こちらはまだ子ども。空気を読まなくてもいいのだ。
ーーということで俺はニコニコと無邪気な笑みを浮かべて近寄っていった。
「ママ。なにかごよーじ?」
「ええ。お部屋に行きましょう」
お部屋とは寝室のことだ。この部屋があるのは屋敷の最奥部で、母の許可がなければ立ち入ってはいけない場所になっている。
部屋に入るや鍵を閉める。さらに消音の魔法をかけた。これで外からは中の声が一切聞こえなくなった。……厳重だな。
手の込んだ処置。それだけ他人に聞かれるのはマズイ内容なのか……。あまりの真剣さに演技の笑みも引っ込んでしまう。
「オリオン。明日、あなたのお父さんに会うことになりました」
「パパ?」
「ええ。もし会いたくないのなら病気だということにするけど……どうする?」
「……」
その後問いに俺は黙して考える。
意識を持つこと五年あまり。この間、子どもであることを免罪符にしてうら若き母親へのセクハラ行為に耽っていたわけではない。ちゃんと考えるべきことは考えていた。例えば、俺の境遇について。
きっかけは母が執事服を着た男と会っているのを偶然見たことだった。
たまにやってくる執事服を着た男。最初はそれが父親かと思ったが、次に見た時は別の男。人が毎回違うので、その線は消えた。ならば父親は何者かということになるのだが、答えは簡単。貴族や金持ちである。家を訪ねてくる執事たちは父の使者だろう。もちろん想像でしかないが。
となると俺は社会的身分はそれなりに高いことになる。だがそんな人間がこの世界で一般的な、石造りのこじんまひとした家に住むだろうか、いや住まない。この不可解な現象と母のメイドルックを加味すれば自ずと答えは出てくる。俺は不倫によって生まれた子なのだ。父にはその存在が邪魔だから、こうしてここに住んでいるのだ。それで説明がつく。
執事が派遣されてくるということは完全に見捨てられたわけではない。ないのだが、彼らと会った後は母が必ず不機嫌になる。もちろん俺や同居人に当たり散らすなんてことはなかったが、気持ちのいいものじゃない。
そのせいか、最初は父親に会いたいと思っていたのに、今ではそれほど会いたいとは思わなくなっていた。
……いや、それでも会っておくべきなのだろう。何も知らずにいるのは逃げだ。決別とは意味が違う。
「あう。パパとあう!」
「そう……分かったわ」
小さく頷くと母は表情を和らげた。同時に雰囲気もいつもの優しいものへと戻る。
「お話はこれで終わりよ。アーロンさんが庭で待ってるわ。遅れることは伝えてあるから、安心して行ってらっしゃい」
「うん!」
「頑張って! あっ、それと怪我しないようにね」
「は〜い!」
駈け出す俺の背中に母から声がかけられる。それに振り返ることなく答え、部屋を出た。
毎日が楽しくて充実している。こんな日々が続きますように、と俺は祈るのだった。