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異世界最強の自宅警備員  作者: 親交の日
第二章 自立
28/140

2ー8 ご指名ですよ

長らくお待たせいたしました。今回はニューヒロインなダークホースの登場です。





ーーーアリスーーー


 私、アリス・マリア・フィラノの朝は早いです。本当はもう少し寝ていたいのですが、それはお付きの侍女、トリシアが許してくれません。王族たる者、民衆の模範となる行動を心がけねばなりません、といつも言われます。残念です。

 起きるとまず湯浴みをして身を清めます。浴場から出ると侍女たちが今日の衣装を用意してくれています。今日はオリオン様がいらっしゃる日ですからお洒落に気を抜けません。少しでも綺麗な私を見ていただきたいのです。あの方ほど強く、お優しい殿方を私は存じません。お父様もオリオン様を認めておられるようです。でなければいくら王女の命を救ったとはいえ賞金に名誉貴族位、さらに多くの魔道具を下賜したりしません。私の命が安いとはいいませんが、普通はそのどちらかでしょう。オリオン様には大恩があります。おそらくこれは一生をかけても返せないものです。できるなら金品のみならず、私自身がお仕えして少しでも返すことができればいいのですが……それはできそうにありません。オリオン様は商人の次男。実家は大きな商家ですが、次男なのです。せめてご長男ならよかったのですが……残念です。でもまだできることはあります。聞くところによるとオリオン様は商いを始められたとか。その後押しくらいならば私にもできます。お父様からも許可をいただきました。ああ、早くお昼にならないかしら。オリオン様にお会いしたいわ。


ーーーオリオンーーー


 今日はお姫様に呼ばれている。例のお茶会だ。最初の頃は月一ペースだったのに、最近は週一くらいになっている。事業も始まって忙しいからもう少し頻度を抑えてほしい。相談しましょう、そうしましょう。ーーそんなことを考えながら王城へ向かう馬車に乗り込む。この馬車は王城から派遣されているものだ。そして中には、


「お待ちしておりました、オリオン様」


 お姫様がいる。最初は腰を抜かさんばかりに驚いたね。王女様自らがお出迎えなんて。もちろんいつものことではない。お茶会が行われる日に外回りの公務があったときだけだ。それでも二回に一回くらいの頻度でいるのだが……気にしたら負けだろう。


「お久しぶりです、王女殿下」


 にこやかに笑いかける。もういい加減に慣れた。対応もかなり手慣れている。なにせ最初は引きつった笑いしか返せなかったのだから。しかしお姫様は何が不満なのか、可愛らしくぷくっと頬を膨らませる。


「ここは私的な場ですからどうぞ『アリス』とお呼びください」


「いえ、そういうわけには……」


 いくら私的な場でも最低限の礼儀は必要だと思う。


「そうですか……残念です。まだまだ真の交友関係には遠いのですね。オーレリアとはあんなに仲良くしているのに」


「ぐっ」


 痛いところを突いてくる。たしかにオーレリアさんとは名前で呼び合っていた。お茶会のフリーダムメンバーのうち少数派のツッコミ役同盟の仲間として親近感が湧き、自然とそういう仲になっていたのだ。お姫様がそれが不満なようだ。……ならもう少し態度を改めてください。


「ですが私は諦めません。いつか必ず、オリオン様に名前で呼んでいただくのです!」


 ふんす、と乙女としてはいささかはしたない方法でやる気を表した。努力するのはいいが、そのベクトルを完全に間違っている。

 今回は少々脱線していたが、ここまでが一種の様式美。あるいはお約束という。最初は精神年齢も相まって軽くあしらっていたのだが、年々奥ゆかしい深窓の令嬢系金髪美少女に成長していくお姫様に俺の食指が反応してしまっていることは秘密だ。なぜこの子は俺の趣向どストライクに育つんだ? まさか好みがバレているのだろうか? 王族侮りがたし。ま、そんなはずないんだけどね。それからものらりくらりとお姫様の攻勢をやり過ごす。しばらくして彼女も諦めたのか話題を転換した。


「ところでオリオン様は商いを始められたとか。何をなさっているのですか?」


「不動産業をしています。古い家屋を格安で買い取り、改築して部屋別に貸し出すのです。五部屋ある長屋を三つに重ねたものを我々はマンションと呼んでいます。他には家族向けに一軒家も扱っていますね」


「なるほど……。そのマンションというものは王都で暮らす労働者向けのものなのですね。彼らの多くは出稼ぎですし、永住するわけではないため、家に住まずに宿を使っています。ですが労働者が増え続けているせいで王都を訪れる行商人を中心に苦情が来ていたのですが……これはそれを解決する素晴らしい手段です。さすがはオリオン様です! 王都の人口増加に乗じて利益を上げるばかりか、それに伴う問題まで解決する手段を講じられるなんて!」


「いえ、それは誤解ーー」


「早速お父様に申し上げて助成金を出していただけるように手配いたします!」


 まったく人の話を聞いてくれないんだけど、この子! しかも話がどんどん大きくなっている。なんとしても止めねば。


「あのーー」


「大丈夫です」


 あ、やっぱり冗談ですか。よかっーー


「必ず金貨一万枚以上出せるように手配します」


 金の問題じゃないんです! 規模の方ですよ! 声を大にして訴えたいが、断るとお姫様の面子を潰しかねない。それに善意からの行動を否定するのは心苦しかった。断る勇気が出ず、お姫様の暴走を許したまま時間だけが過ぎていく。そしてタイムリミット。馬車が止まった。扉が開かれる。引き止める間もなくお姫様は馬車を降りていった。


「それではお父様のところへ行って参ります。すぐに戻りますので」


 そう言い残して足早に王宮を駆けるお姫様。見かけは楚々としているが、速度はオリンピック競歩くらい出ていた。淑女らしさを損なわずに急ぐ。俺は呆気にとられてその後ろ姿を見送った。


ーーーーーー


 お茶会はつつがなく進行した。お姫様はさすがで、別件をお茶会の直前にねじ込んだというのに時間はきっちり守っている。ただいくら話を振っても首尾は教えてくれない。そこが知りたいんだよ、俺は! (万が一、億が一やることになったとして)真面目にやらんぞ。だが結果がわからないというのはとても不安だ。内心では焦燥に駆られながらも表面上は和やかな会話を交わす。うう。こういう貴族スキルが年々板についてきていることが悩みだ。前にレナードに会ったときも『貴族らしくなったな』と言われた。貴族になんてなるつもりないのに……。焦りは体感時間を早めるのか、気づけば一時間ほど経っていた。ーーと、ここでお姫様付きのメイド(トリシアさん)がお茶会の会場になっているバルコニーにやってきて何事かを彼女に耳打ちした。お姫様の目がこちらを向いてキラン、と光った(気がした)。あれ。嫌な予感がする。そしてお姫様は唐突に切り出す。


「皆様。楽しいお時間は過ぎるのが早いですね。もう少し続けたいところですが、すみません。急用が入ってしまいました。本日はお開きということで。また次の機会にいたしましょう」


「そうですね。王女殿下もお忙しいでしょうし、今日は退散するとしましょう」


 お姫様の発言に便乗して解散を奨励する。オーレリアさんをはじめとした令嬢たちも席を立つ。もちろん俺は真っ先に帰る。妙なことに巻き込まれてたまるか。故人曰く『君子危うきに近寄らず』だ。


「あの、ゲイスブルク卿。少しよろしいでしょうか?」


 早々に立ち去ろうとする俺を呼び止めたのは本日初参加のご令嬢で、宰相のひとり娘であるレオノール・マクレーン公女だ。王国に四つ存在する公国の公女であり、王様の血縁だ。レオノールちゃんはまだ七歳。貴族令嬢といえどまだまだ子どもだ。怖がられないように視線を合わせて話す。


「何かご用でしょうか?」


「アリスお姉様と親しくされているゲイスブルク卿と、わたしも親睦を深めたく思っております。つきましてはお屋敷にご招待したく……」


 用件は家へのご招待だった。ただしこれは貴族のご招待。日本のように気楽に行けるものではない。どこそこの家はどこそこの家と親しいから行っていい、ダメなどと諸々の(しがらみ)に縛られてしまう。さらに誘われた場合、相手の目的を看破することも必要になる。今回は王族からの誘いなのでまず断れない。狙いとしては俺の為人を確認したいのだろう。もちろん確認する相手はレオノールちゃんではなくその父親の宰相だ。お姫様と親しい俺に探りを入れるつもりなのだろう。この手の誘いは面倒なのですべて断ってきたが、今日ばかりは渡りに船。この場を脱出できるのであれば甘んじて受けよう。


「それは光栄です。喜んでお伺いいたしましょう。いつがお暇ですか? それに合わせてこちらが調整いたします」


 乗り気であることを前面に押し出して答えると、レオノールちゃんはやった、と喜びを露わにする。可愛い。だがすぐに淑女らしからぬことをしていることに気づいて顔を赤くした。もう一度言う。可愛い。

 俺がレオノールちゃんの招待に応じたため、他の令嬢たちも次々に招待したいと申し出てきた。誰か招待を受けた後で断るのは不自然なので快諾する。最終的にレオノールちゃん、オーレリアさん、ラナさん、ベリンダさんの屋敷にお邪魔することになった。


「ゲイスブルク卿。早速ですが、今日などはいかがですか? わたし、これからお稽古などがありませんので」


「それは丁度いいですね。私も、これからの予定はないのですよ。では早速参りましょう。ええ。すぐにでも」


「はい。行きましょう」


 レオノールちゃんが俺の手を取って案内してくれる。その表情は誇らしげだ。気分的にはおつかいを果たして帰る子どもみたいなものだな。


「お待ちください」


 その行く手を遮るのはトリシアさん。レオノールちゃんから非難が込められた視線が飛ぶ。トリシアさんは謝罪してから本題に入る。


「お話に割り込んだ非礼をお許しください。ゲイスブルク卿は国王陛下より呼び出しを受けているのです」


 なるほど。それなら止めなきゃな。……くそっ。逃げられなかった。ここで足掻くほどバカではないので、大人しく受け入れる。


「レオノール嬢、国王陛下のお召しでは仕方ありません。お宅には後日お伺いいたします」


「はい……」


 レオノールちゃんは一転して悲しげな表情になる。さすがにこのままにしておくのは可哀想なのでフォローを入れておく。


「次のお茶会の後、というのはいかがですか? その際には美味しいお菓子を持参しますので」


 お茶会の席に持ち込むお菓子はお姫様をはじめとした令嬢たちの胃袋を掴んで離さない。彼女たちの間で評判になっていた。前にお姫様がお茶会への参加希望が多くて捌くのが大変だと言っていた。その原因は王女との面識ができることと、俺のお菓子にあるらしい。ガレットやスコーン、チュロスなどのメジャーなものばかりだが、ものの見事に受けた。しかもベリンダさんが方々へ自慢して回っているらしく、俺のお菓子を食べたことがあるというのは令嬢たちにとっての一種のステータスとなっているそうだ。すげえな。能力で生み出しただけなんだけど。その提案に心惹かれたか、レオノールちゃんは、


「楽しみにしています」


 と満足気に帰っていった。その後、他の令嬢たちとも同じ約束をさせられたのは言うまでもない。


ーーーーーー


 お茶会を終えた俺とお姫様は応接間で王様の到着を待っていた。しかし、


「あの、叩くの止めていただけませんか?」


 さっきからお姫様が膝をペチペチと叩いてくるのだ。痛くはないが鬱陶しい。止めてくれるようにお願いしたのだが、


「お断りします」


 と、実にいい笑顔で断られた。……ちょっと怖い。謎のペチペチ攻撃は王様の登場まで続いた。


「なぜ拗ねておるのだアリス。今朝はオリオンと会える、とあれほど楽しみにしておったのに」


「べべっ、別に楽しみになどしておりませんよっ!?」


「そうなのか? 鼻歌交じりにーー」


「もうっ! お父様ッ!」


「ははっ。ちょっとした戯れだ。どうせオリオンが他の令嬢に色目を遣ったとかそういう理由であろう? 執心なのはオーレリアであったか?」


「オーレリアさんとも仲がよろしいですけど、今回はレオノールです」


 あれ!? なんか俺が悪いみたいな言い草だ。それからしばらく、俺と王様はお姫様の愚痴ーーレオノールちゃんとオーレリアさんについてーーを聞かされる羽目になった。


「ーーこほん。では本題に入ろう。オリオン。アリスからだいたいの話は聞いた。そなたの商売はとても興味深い。賃貸、だったか。その方式が普及すれば治安もよくなるだろうし、王都のさらなる発展にもつながるであろう。正式な貴族に叙し、王都の開発を主導してもらおうと思う。まずは子爵から。伯爵の位までは確約しよう。功績次第では侯爵とすることもあり得る。助成金については今年は金貨千枚。まあ手付金とでも考えてくれ。来年からは一万枚を予定しておるが……どうだ?」


 いや、どうだと言われましても……。まさかここまで話が大きくなるとは思っておらず、俺は事態を呑み込めずにいた。


「考えさせてください」


「ならぬ。今ここで決めるのだ」


 日本人的な先延ばし作戦に出たが拒否されてしまった。マジかよ。いや、考えろ俺。他にも手はある。


「別に私でなくとも他に適任者がーー」


「おらぬ」


 言い終わらないうちに却下された。おい、この国に優秀な人間はいないのか!


「誰か適当な人を立てて私はアドバイスなどをーー」


「皆忙しい」


 人材不足ッ!


「他にも家格とか利権とか!」


「ふむ……たしかにその問題はあるな」


 よっしゃ! 苦し紛れに言った言葉が思わぬラッキーパンチになった。このまま押し切る。


「ですよねー。実績もない若造に王都の開発なんて重要な役職を与えるなんて他の貴族の皆様が許しませんよ」


「そうだな。実績は大事だ。うむ。ならばこの事業、オリオンの不動産屋に任せよう」


 あれ? なんか雲行きが……。


「いえ。そういう問題じゃなくてですね……」


「安心せい。利権に五月蝿い者どもは余が黙らせよう」


 そういう問題じゃねえ! 論点を微妙に取り違えるーーわざとか?ーーところは似た者親娘(おやこ)だな!


「形は違うが、助成金は先に言った通りに出そう。人も必要なら紹介するし、爵位も同じように授ける」


「お父様、私からも。オリオン様、私のお屋敷を造っていただきたいのです」


「新築ですか? 生憎、私の不動産屋では扱っていないのですが……」


「いえ、改築です」


「以前、アリスの姉が使っておった屋敷で、嫁に行ってからは誰も使っていなかったのだ。だがアリスももうすぐ十になる。これを機に花嫁修行を始めさせようと屋敷を与えることにしたのだ」


 王様は訊いてもいない事情をペラペラ話してくれる。俺にとっては至極どうでもいいことなのだが、偉い人の話を遮るのは失礼なので我慢して聞く。


「報酬は弾もう。それに王家の屋敷を手がけたことはステータスになる。受けてくれぬか?」


「受けましょう。殿下は屋敷へのご要望を紙に書いておいてください。可能な限り実現します。詳細が決まればすぐに取りかかりましょう」


「そうか! それは心強い」


「ありがとうございます、オリオン様」


「いえいえ。商売ですから」


 ちゃんと正面から依頼してくれるのなら快く受ける。権力を盾にごり押ししてくるならともかく、礼儀を弁えてくれるなら断る理由もないし。さて、これでまとまったーーと思いきや、


「さて、授爵の件だがーー」


 その話、ここで煮詰めるんですか? この調子で忘れてくれればいいなと思っていたのに。結局、十五歳で伯爵になることが決まった。むう……。




以前お知らせした閑話ですが、だいぶ形ができてきました。近日中に順次投稿できると思います。なるべく気づいていただけるように、最新話と同時に投稿します。

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