2ー6 初めての契約者
ーーーオリオンーーー
エルフ。エルフ。美少女エルフ! 嫁にしたいと思うこと十七年、ようやくその機会を得た。このチャンスを俺は逃さん! 逃さんぞぉぉぉッ!! ーーという喜びを心の奥底に押し込め、紳士的対応を心がける。
「いらっしゃいませ、お客様。お部屋をお探しですか?」
「は、はい」
「ではどうぞこちらへ」
椅子を引き、エルフ少女を座らせる。気分はお嬢様に使える執事だ。だてに五年間もプロ執事の仕事を間近で見てきたわけではない。淑女に対する礼儀は見て覚えていた。
「オリオン様……」
「お兄ちゃんなにしてんの……?」
シルヴィやソフィーナからの視線が痛いが気にしない方向でいく。近くにいた受付嬢にお茶を淹れるように指示し、俺はエルフ少女の対面の席に座った。本当は手ずから淹れたお茶を提供したいのだが、俺には彼女と商談するという重要任務がある。泣く泣くその役目を他人に譲ったのだ。
「ではご相談を始めさせていただきます。担当はこの店の店長をしております、私、オリオンが務めさせていただきます」
「アリアです。その、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします。アリアさんですか。素敵なお名前ですね」
ニコッと爽やか営業スマイル。生まれ変わってよかったと思えることに顔がよくなったことがある。前世の俺がやれば顰蹙を買うこと必至の斜に構えた言動も、現世なら許される。本当に母親似でよかった。たまに『女顔』っていわれるけど、父親に似るより百倍マシだね。お姫様は苦笑いで誤魔化していたけど、シルヴィやソフィーナはレナードの顔が怖いらしい。以前、冗談で『レナード似の方がよかった?』と訊いたことがあるが、『今のままで!』とかなり真剣に言われた。俺の爽やかスマイルはアリアに効果抜群だったようで顔を真っ赤にして俯いた。なぜ俯いているのに顔が赤いってわかるのかって? それは髪から突き出た耳までもが真っ赤になっているからだ。
「オリオン様……っ!」
「お兄ちゃん……っ!」
後ろから殺気が二つ飛んでくるが無視だ無視。今はアリアに集中だ。一挙手一投足に注意を払う。落ち着いた彼女はようやく顔を上げた。
「あ、その……ありがとうございます。お世辞でも嬉しいです」
照れ笑いを浮かべるアリア(可愛い)。自己評価がかなり低い。控えめな性格のいい子だ。高飛車な性格の子もいいけど、こういう奥ゆかしい子もなかなか……。ますます逃がすわけにはいかない。ギャルゲーで培った主人公のジゴロスキルが正しいことを証明する!
「本心ですよ。あ、もちろんお名前だけでなくお姿もお美しいですが」
美少女だし。エルフだし。エルフだし!
「はうっ!」
アリア再び赤面。しかしいい反応するなぁ。からかいがいがある。ちなみに今までの言葉はすべて本心だ。別の言葉はないものかと脳内フォルダに検索をかけているとダンッ、と机が叩かれた。衝撃が強い。音と衝撃で意識が引き戻される。それはアリアも同じだったらしい。目をパチクリさせて犯人を見ている。顔に『なんでそんなに怒ってるのん?』と書いてあるようだ。それは俺も同じ。つうか客相手に失礼な。『お客様は神様だ』って言葉知らないの? ともかく注意しなければ。
「シルヴィア、ソフィーナ、何をしたんだ?」
「机を叩きました」
「どうして?」
「二人がいちゃいちゃしてたからよ! お兄ちゃん、ちゃんと仕事して!」
なぜか俺が怒られた。たしかにアリアの心を掴むために色々と言葉を尽くしたのは事実だが、そこまで批難されることか? いや違う……はずだ。
「仕事しているし、いちゃいちゃなんてしてないぞ」
「ならどうしてアリアさんに男娼みたいな甘い言葉を囁くんですか?」
「いや。俺は別に甘い言葉なんてーー」
「言ってました」
「言ってた」
シルヴィとソフィーナによるダブルパンチ。身に覚えがない。無罪を主張する!
「無実だ!」
「まだ認めないんですね」
よくおわかりで。
「なら証拠を見せてあげる」
ほう。見せられるなら見せてみろ!
「お兄ちゃんがアリアさんといちゃいちゃしてたと思う人は挙手!」
ソフィーナの声に応えて挙げられた手は七本。彼女自身とシルヴィ、そして店員さんたちだ。つまり俺とアリア以外の全員である。そんな……バカな!
「オリオン様。これが現実です」
最後にシルヴィが容赦なく現実を突きつけてきた。俺は失意のあまり膝から崩れ落ちた。その後のことはよく覚えていない。残された書類を見ると、交渉はシルヴィとソフィーナの二人が引き継いだようだ。俺がしたことといえば家賃の値引きくらいのものだ。アリアはファンタジー系のラノベに出てくるエルフのように植物が好きで、趣味は園芸だという。彼女のお部屋カスタムは園芸用のスペースを確保するためにリビングを縮小してベランダを拡張した。大きな改装はそれくらいで、家具なんかはこちら側で用意してあるスタンダードなものでいいとのことだった。風呂とトイレは各部屋にあると知ると驚いていた。プライバシー保護のために置く魔道具(金貨五枚)を別にすると家賃は月々銀貨十五枚。これを十枚に負けた。さらに下限を銀貨三枚とし、五年住むごとに銀貨一枚値下げするというシステムを採用した。これで長期間借りさせようという狙いだ。これにアリアはとても喜んでくれた。
「ありがとうございます」
アリアが至上の笑顔でお礼を言ってくれる。可愛い。もうちょっとオマケを……殺気を感じた。あ、ダメですか。殺気=ダメ。人間は学習するのです。契約を済ますと早速現地に行って作業開始。指定された通りに仕上げた。見たことがない魔法ーー能力だがーーに興味津々のアリア。俺が秘密でお願いします、と言えば秘密ですね、と悪戯っぽく微笑んでくれた。可愛い。だがこれでお仕事終了。監視役のシルヴィには別れの挨拶しかさせてもらえなかった。でもこれで興味を持ってくれたのか、それからちょくちょくと店に姿を見せてくれるようになった。やがてバイトという形で店に入り、数年後には正式に店に入店することになる。やったね!




