2ー3 レッツ除霊
ーーーオリオンーーー
翌日。俺とシルヴィは購入した物件のひとつを訪れていた。見た目はとても悪い。敷地面積はそこそこで、家自体も石造りの二階建てと、この世界にしてはなかなか立派なものだ。しかしどんよりした暗い空気が漂い、壁面には蔦が這い、屋根の一部は剥がれ落ちている。完全なボロ屋だ。そしてさらにワケあり物件である。ブルーノさんからもらった資料をシルヴィが読み上げた。
「えっと……ここはとある商人の隠れ家だったそうです」
「隠れ家?」
「はい。十年前に愛人を囲うために購入したものだそうです。それが奥さんにバレてその愛人と刃傷沙汰になったそうです」
「昼ドラかよ……」
日本で放映されればお昼の奥様方に話のタネを提供しそうな話だ。
「それで殺された方がこの家に憑いている、と」
「いえ。両方だそうです」
「は?」
「奥さんと愛人は相討ち。さらに騒ぎを聞きつけた商人が家に来たところ、怨霊となった二人に襲われて死亡。同じく霊になって家に憑いているそうです」
「……」
呆れた。本当に昼ドラのような展開だ。俺は脱力感に襲われつつ、
「やるか。除霊……」
と力なく宣言した。
「わかりました。では神官様をお呼びしますね」
「え? なんで?」
「え?」
「「……」」
俺とシルヴィは共にきょとんとした表情でお互いを見合う。認識の齟齬から生じた意見の食い違いだ。しばし固まった後、シルヴィがおずおずと訊ねてくる。
「除霊をなさるんですよね?」
「ああ」
「神官様をお呼びにならないのですか?」
「そうだ。というか、なぜ呼ぶのかわからない」
除霊に神官ーーおそらく神のご威光(聖魔法)で霊を祓うのだろうが、代わりに莫大な費用がかかる。だが能力の力が及ぶ範囲なら俺にできないことはない。それに俺は神という存在を疑問視している。この世界では異端の考え方なのだろうが、科学が発達した地球ならポピュラーな考えだ。ザビエルのような宣教師が『アナタハカミヲシンジマスカ?』と訊いてくるイメージのあるキリスト教徒でさえ、先進国の信者の大半が信じていない。そして商売は出費を少なく、儲けを多くが基本。自分でできることは自分でする。
「やるぞ」
気合を入れて魔力を高める。発動させるのは中級の聖魔法《聖霧》。威力は同レベルの聖魔法では最も低いが、魔力量次第で広大な範囲をカバーできるうえ、効果が長時間継続するので霊にチクチクとダメージを与える。霊のおびき出しにはうってつけの魔法だ。出てきたところを待機させてある高威力の中級聖魔法《聖弾》で狙い撃つ作戦だ。生み出された聖なる霧が敷地を覆う。かなり大規模な魔法だ。ともすると上級魔法に相当するかもしれない。
「すごい……」
自身も魔法を使うシルヴィがその凄まじさを感じ取って驚嘆している。やっておいてなんだが自分でも驚いている。能力はあらゆることができるようになるとはいえ、それがなければ魔力量が多いだけの普通の魔法使いでしかない自分が、こんな魔法を使えるなんて……と。
魔法が発動して数分。早速の犠牲者が出た。霧はかなりの濃度で敷地を覆っているが、俺たちがいる部分に近づくにつれて薄くなるようにしてある。そこに霊が逃げてくるようになっている。最初に現れたのは男の霊。でっぷり太ったデブである。デブ男の霊は立派に飛び出たお腹をブヨブヨと揺らしながら近づいてきた。……足がないのになぜ腹が揺れるのだろう? 実に謎だ。そんな謎に直面しつつも油断はしていない。いつ襲われても対応できるように警戒は切らさなかった。待機させてある《聖弾》もいつでも撃てるようにしてある。変な動きを見せれば即刻あの世行きだ。そんななかデブ霊は、
『抵抗する気はありません。お礼をしにきたのです』
「礼だって?」
除霊しにきた人間に礼をしようとはとても思えない。罠だな。心の中でそう断定する。だがデブ霊はなおも言葉を継ぐ。
『はい。長い間ここに縛られておりましたが、あなた様のおかげでやっと成仏できます。そのお礼に参りました』
なら俺たちが敷地に入った段階で現われろ、と言いたい。だがこのデブ霊、意外に強かなようだ。
『しかしお若いですな。そのお年で中級魔法を複数展開できるとは……将来、栄達されること間違いなしですな! これからはどうか、我がフェルマー商会をご贔屓に。店は目抜き通りに構えております』
俺が不穏な気配を漏らしているのを感知してか、こちらをヨイショしてくる。自分の商会の宣伝も忘れない。クズの所業ともいえるが、利に聡いともいえる。後者は商人にとって必須のスキルだ。世間の評価は知らないが、俺的にこのデブ霊に対する評価はブラス。生前は意外にまともな商人だったのかもしれない。
『この家の地下には宝物庫がありまして。お礼としてこれらを進呈したくーー』
『『ちょっと待った!』』
『ひっ!』
俺たちに突如として投げかけられた声。それがした方を見やれば可憐な少女と肥え太ったオバサンの霊がいた。デブ霊は彼女たちに怯えて俺の背中に隠れた。
「霊が霊を恐れるなんて……」
『霊にも怖いものがあるんです』
呆れ声のシルヴィにデブ霊が反論する。気持ちはわからなくもないが、やはり情けなさの方が先に立つ。一方、女の霊たちはキャンキャン吠えていた。
『勝手に譲るなんて認めないわ! ここは私たちプレニム商会のものなんだから!』
『はっ。負け犬風情が偉そうに。いい? ここはフェルマー商会のものなの。だいたいあなたの父親が色街の女に貢いで破産していたところを助けてあげたというのに、まったく恩知らずな』
『色街の女はあなたたちの差し金じゃない! それに善意で助けたのならともかく、私の体目当てじゃないの!』
『奴隷に落とされなかっただけでもありがたいと思いなさい、恩知らず!』
『うるさいわね、恥知らず!』
どっちもどっちだ。
「というか聞いてた話と違うんだけど」
『どのような話だったのですか?』
デブ霊にブルーノさんからもらった資料に書かれていた顛末を話してやる。すると彼は納得顏で、
『それは弟の作り話ですね』
などとのたまった。
「作り話って……。普通はもっと体面よくするものだろ」
これでは事実をほぼそのまま伝えているようだが。
『これならわたしひとりが悪者になれば済みますから。本当はわたしがプレニム商会の会長を借金漬けにして、娘を差し出す代わりに借金を帳消しにしたのです』
「どうしてそんなことをしたんだ?」
『わたしには子どもがいなかったので。どうしても欲しかったのです。妻とも愛人ともできず……。ですがプレニム商会の会長一族は多産で有名でしたので、その娘なら子ができるかな、と。でも彼女はずっと家に籠って出てきませんでした。妻が家から引っ張り出そうと乗り込んでいって、そのまま刺し違えたようです。霊になった二人に現場の確認に行ったときに襲われて、わたしも霊になりました』
夫婦揃ってクズである。一番の被害者は娘だろう。
「さっさとあの世へ行け」
《聖弾》を撃ち込んだ夫婦はあっさり天に召された。すると娘の霊までもが消えていく。
『二人を滅してくれてありがとうございました』
その言葉を残して成仏していく。最後に救われたようでよかったよ。
補足。オリオンが除霊した家はブルーノに雇われた神官が何度か除霊を試みました。しかし女の霊が強い思念を持っていたため、初期でもかなり強い霊になっていたため追い払われてしまい、現在まで放置されていたというような経緯をたどっています。




