2ー1 指令は突然に
では二章の開始です。
ーーーオリオンーーー
十二歳になった。色々と苦労が絶えない日々であったが、それでも母たち別宅の住人、シルヴィや義妹のソフィーナ、お姫様のアリスたちとの交流を心の支えに頑張ってきた。そんなある日のこと。俺はレナードに呼ばれた。さて今日はなんだろうか。というのも、王様と会った日から呼び出される回数が増えているのだ。そこでは決まって王城にあまり出向かないようにと注意される。とはいえお姫様のお茶会への誘いを、年中暇な俺が断るわけにはいかない。理由もなく断るのは不敬にあたるからだ。レナードとお姫様のあいだで板挾みになっている。……ま、どっちを優先するかは言うまでもないんだけどね。またその件で注意されるのかと思っていたのだが、
「これをやる」
藪から棒に金貨が詰まった袋を渡された。手切れ金か、と思ったがそれにしてはやけに多いし、隣にいるフィリップにも同じくらいの金貨が入っていると思われる袋が渡されていたのでその推測を否定する。
「これは?」
今日は豚がいないので気軽に質問する。もしあいつがいれば『そんなことも知らないの? これだから卑しい出自の者はーー』とか言われるのだ。それはさておき。
「資金だ」
「資金?」
帰ってきた答えはとても簡潔だった。簡潔ゆえに意味がわからない。しかしフィリップはその意味を正確に理解したようだ。
「では事業をやっていいのですか、父上!?」
「ああ。その袋には金貨が百枚入っている。それを元手にどれだけ増やせるかが勝負だ」
「あの……どういうことですか?」
「そうか。オリオンは知らぬのか。実はなーー」
レナードの説明を要約すると、ゲイスブルク家のしきたりに十五歳になると家の後継者を選定するため金貨百枚を元手に商売をさせ、最も儲けた者が次の当主になるというものがあるそうだ。ゲイスブルク家の本家の男子には誰にでもその権利があるのだという。なるほど。理解した。だが、
「俺、まだ十二歳なんですけど……」
元手を渡されても年齢が足りたないのだから意味がないだろ、というのが俺の主張だ。それに何かと立場が弱い俺が次期後継者候補とされていること自体驚きである。だがレナードは、
「周りからどう思われていようと、お前は本家の人間だ。それにお前は賢い。十二歳でも十分にやっていけるだろう。これはその信頼の証だ」
そう言って取り合わなかった。そんな風に言われて引き受けない人間がいるだろうか。少なくとも俺はできなかった。
「頑張ります」
「よし。それでこそ儂の子だ」
「オリオン、勝負だ」
「負けません」
俺はフィリップとバトル漫画みたいなノリで言葉を交わしあった。
ーーーーーー
「とはいったもののどうすれば…」
俺はどんな商売をするかと悩んでいた。異世界といえば冒険で、商売を扱うものはあまり記憶にない。ポピュラーなものでは現代日本の商品を売って大儲けするような話があるが、決まって大変な目に遭っているので手を出すのは控えたい。剣だ魔法だと鍛えてはいるが、それ自体が目的であって魔王や竜を討伐しようなんて気はさらさらない。そもそも魔王や竜がいるのかどうかも知らない。ともかく俺は厄介ごとはお断り。楽に稼いで楽に暮らしたいのだ。長年のニート根性が染みついたともいえる。いい稼ぎ方はないものか……。参考までにと知人たちに訊ねてみたのだが、
「オリオン様なら何でも成功すると思います」
「ゲイスブルク卿なら大丈夫です」
「むしろやり過ぎないか心配だな」
「おーくんなら問題ないよ〜」
お姫様以下のお茶会組からは無条件の信頼を寄せられていた。その信頼が重いよ。
「何をなされるのでも精一杯協力いたします!」
とシルヴィ。
「お兄ちゃんならむしろできないことがないんじゃない?」
とソフィーナ。
まったく参考にならなかった。つうかなんでそんな信頼されてるの、俺? なんかしたか? してないはずなんだけど。
「ーーというわけなんだけどどうすればいいかな?」
結局考えがまとまらず母に相談しにきていた。メリッサさんも同席している。何かいい案が出してくれるはずだと期待している。
「うーん。でもやっぱりオリオンのやりたいことをすればいいんじゃない?」
「そうね。オリオンは頭がいいから、もしかすると突拍子もないことを思いついて大金持ちになったりして」
と、多少は趣が違うものの他と似たようなアドバイスしかもらえなかった。だからなぜ俺の評価はこんなにも高いの?
「オリオン様は多才ですから。必然、色々と期待されるのですよ」
外が雨なので建物内に引っ込んでいるアーロンさんがそう説明してくれる。過大評価なんだけどなぁ。
「あーあ。どこかに商売のネタでも転がってないかな」
どうしていいかわからずソファーに深く沈んで天を仰いだ。
ーーポチャン。
「冷たっ!?」
突如として身を襲った冷たさに飛び上がらんばかりに驚く。見れば天井から水滴が落ちてきていた。
「雨漏り……?」
「あらここも?」
「このお屋敷は古いですからね……。アーロンさん」
「はい」
メリッサさんに促されてアーロンさんがたらいを水が落ちてきている場所に置く。断続的に水滴が落ちる音がする。
「ここも直さないとね……」
母が困ったように呟く。
「母さん。『ここも』っていうことは、ここ以外にも雨漏りしているところがあるの?」
「食堂や玄関など、逆にしていない場所が少ないくらいです」
「直したいけどお金がないから……」
アーロンさんとメリッサさんが現状を報告してくれる。そういえば母は自分の給料以外は使わないのだったか。
「なら俺が直すよ」
毎日部屋を一時的に改造しているので、《自宅警備員 》の能力を完璧に扱うことができる。魔力量もすごいことーー測定不能ーーになっていた。これは母の言である。ともかく魔力量にものをいわせて屋敷全体を改造する。内装はそのままに、外見をホワイトハウスそっくりのものにしてみた。
「なっ、これは……」
「凄い……」
俺の能力が使われたところを初めて見るアーロンさんとメリッサさんの二人が絶句する。
「いつ見てもすごいわね」
「さすがオリオン様です」
母とシルヴィは賞賛してくれる。この反応の違いは慣れなんだろうなぁ……。
「材料もなしに家を改築ーーいやもう新築ですね。そんなことができるなんて凄い能力だ。これなら不動産業でも起こせばいいかもしれません」
アーロンさんがなんとなしに言った言葉。それはまさしく天啓だった。
「それだ!」
俺は思わず立ち上がる。一瞬にして俺の脳裏にはあるボロ儲け計画が思い浮かんだ。これならニートしながら稼げる。いけるぞこれは。思い立ったが吉日と早速準備を進めることにした。士族の商法ならぬニートの商法の始まりだ。
お茶会メンバーが出てきた時点でオリオンが男として接していますが、彼は十歳くらいで自分が男であることを明かしています。詳しい経緯は後日、閑話として投稿しようと思います。




