1ー1 チカラ
ーーーオリオンーーー
五歳になった。
剣術、魔法、教養を習っているが、特に力を入れているのは魔法だった。ほら、やっぱ異世界といえば魔法じゃん? そんな俺の偏見により魔法の鍛錬を重点的にやっている。以前は読書や昼寝の時間にしていた自由時間も、今はほぼ魔法の自主練習にあてられていた。
母曰く、俺の魔法の才能は群を抜いて高いらしい。母の贔屓目ではないのかと最初は疑ったが、アーロンさんやメリッサさんからも太鼓判を押されてしまった。
失礼な話だが、村娘からメイドと安全圏で暮らしてきた母よりも冒険者として死線を潜ってきたアーロンさんや軍人一家の娘であるメリッサさんの言葉の方が信憑性が高い。
まあ、つまり客観的に見て俺は優秀だということだ。
しかしなんだか面白くない。すごい才能を持っていて、強くなって無双するというのはいわば異世界転生もののラノベでのお約束。課題に対する答えを知っているような状態だ。具体的なシナリオは国や街、村で起こる問題に首を突っ込む。問題を解決する過程で女の子と恋に落ちる。解決すると大団円だ。噛み砕いていえば新作ゲームをプレイしているけど、初めから攻略本を片手にプレイしている感じ。それでゲームを一日足らずでクリアしたんだぞ、と誇れるだろうか。
魔法を集中的に特訓しているのもつまらないイージーゲームに変化をもたらすためだ。剣術に大差はない。だから変革のための要素は魔法にこそある、と俺は睨んでいる。
変わった異世界生活を送りたい。それだけを願って特訓に打ち込む。
そして、ようやくその能力に出会ったーー。
ーーーーーー
それはある日、展開見え見えの異世界生活から脱却すするために魔法の自主練をしていたときのこと。
「オリオン。魔法の練習時間よ!」
俺はつい思索にのめり込んでいたようで、時間をすっかり忘れてしまっていた。母に呼ばれて魔法の練習時間になっていることに気づく。
「あっ。ごめんなさい! いまいくね!」
慌てて部屋を飛び出して訓練場になっている庭に急ぐ。階段を降りるのももどかしく、一段飛ばしで駆け下りた。体が大きくなったからこんなこともできるんだぜ、へへん。……なんて調子に乗っていると、
ーーツルン
滑った!
ふわり、と体が浮く感覚。このまま落ちると痛いんだろうなぁ〜。階段が滑り台になれば痛くないのに。
叶わないと知りつつもついそんなことを願ってしまう。
すると突如階段が光る。そして現れたのは滑り台。ツルツルーっと流しそうめんよろしく滑り下りて着地。……決まった。オリンピックなら審査員は全員満点を出す(はず)。
少しの間悦に浸り、それから振り返って階段をーーいや、階段だったものを見る。滑り台だ。公園にある見慣れたやつではなく幅広で木製のものだけど、まごう事なき滑り台である。
これ、下りるときはともかく登るのが大変ーーというか登れるのか? 個人的には無理だと思うし、まず元に戻さねば。
するとまた光って滑り台が階段に戻る。……ふむ。これは……ちょっと実験。滑り台になーれ。
ーーピカー(←階段が滑り台になる)
階段になーれ。
ーーピカー(←滑り台が階段になる)
まるでよ◯もとだな。
しかしこれだよこれ。俺はこんなオリジナリティ溢れるフレッシュな能力を持ってたんだ! 俺氏大興奮である。これは母に見せねば!
俺は大興奮で母が待つ庭に出る。
「じゃあ魔法の練習を始めましょう。今日はママのとっておき、水の上級魔法をーー」
「ママ。そんなことよりみてみて!」
母の口上を途中でぶった切ってこちらの話に持っていく。
自称とっておきを実の子どもに『そんなこと』呼ばわりされて母はひどく落ち込んだようだ。しかしそこはメイドソウル&母ソウルを発揮して一瞬のうちに笑顔を取り繕う。
「なになに。どうしたの?」
「あたらしいまほうをおぼえたの!」
「新しい魔法? 魔導書でも読んだの? あれ、でもここにあったかしら……?」
母は不思議ほうに首を傾げる。俺は違う違うと訂正を入れた。
「違うよ。えっと……みててね」
百聞は一見に如かず。俺はたった今出てきた玄関を指さした。
西洋風の豪華な玄関を想像する。
ーーピカー(←白く荘厳な玄関が出現)
「なっ……えっ……?」
信じられない光景を目にして反応に困っている様子の母。それもそうだろう。なんの変哲もない石と木でできていた玄関が、突如として大理石を基本に、角へ金細工が施された立派な玄関に変わったのだから。
こうも玄関が立派だと後ろの家がしょぼく感じる。この世界ではかなり豪華な部類に入るそうだが、これを見て信じるひとはいないだろう。
あまりにもミスマッチなのですぐさま戻す。
「どう? すごいでしょ」
えへん、と胸を張る。俺は今、人生最高のドヤ顔をしていることだろう。そんな気がする。そんな、なんとも子どもらしい振る舞いをして母の反応を待つ。
ところがしばらく待ってもなにも言われない。
「ママ?」
さすがに不安になったので呼びかけてみる。
「異能……」
母はぽつり、と呟いた。
……まずったか? 異能がこの世界でどう評価されているのか分からないが、母の反応からするといいものとは思えない。脳裏に嫌な予想が浮かぶ。
例えばなんらかの宗教で異能を持つ人間は不浄な存在、悪魔の生まれ変わりだとして捨てろ、あるいは殺せなんて戒律があるとか。そうなら勘当でもいい部類だ。下手をすると処刑……。放り出すならせめて勘当でお願いします。そんな風に祈って母の反応を待った。
一秒が何時間にも感じられる緊迫した時間が過ぎーー
「ーーじゃない」
「え?」
「すごいじゃない!」
褒められた。俺の手を握って上下にぶんぶん振り回す。痛い。
だがそれに彼女は気づかず、すごいすごいと連呼する。訳が分からない俺はされるがままだ。
「どっ、どういうこと?」
「異能はとても珍しいの。同世代にひとりいるかどうか……。それくらい珍しい存在よ」
「へえ……」
とりあえず勘当されなくてよかった。いくら現代日本の知識があるとはいえ、五歳児にできることには限界がある。今放逐されたら生きていけない。
俺がひと安心する一方で母は困り顔になる。
「どうしたの?」
「んー。異能って個人個人で違うものなんだけど、似通ったものがほとんどなの。例えば魔法の威力が上がるとか、怪我の治りが速いとか。オリオンはどんな能力があるのかな、って。だから調べてみようか」
「しらべる?」
「うん。ーー《深眼》」
母はおもむろに眼を閉じると集中し、なんらかの魔法を使った。彼女の体から噴き出た群青色の魔力が眼に集う。しばらくして開かれた瞳は蒼く光っていた。とても神秘的だ。
「へえ……でも……なるほど」
母はなにやらぶつぶつと呟いてひとり納得していた。いや、説明プリーズ。
「メリッサ!」
「なんか用か?」
母が呼ぶや二階にある窓からメリッサさんが飛び降りてきた。
彼女は母に恩があって、恩返しとして俺の家庭教師をしてくれている。しかも家庭教師といえば高給取りの代名詞みたいな存在なのに、家への住み込みという破格の条件で。さらに家事なんかも手伝うようになり、気づけばここに母の舎弟的なポジションに納まっていた。
そんなメリッサさんは母がひと声かけるだけですぐに現れる。……完全に舎弟だな。
「メリッサ。《秘石》を買ってきてほしいんだけど……」
「それなら家から持ち出したやつがあるよ。けど、何に使うんだ?」
「オリオンに」
「え? ……ああ、そういうことか。すぐに取ってくるよ」
最初は訝しんでいたメリッサさんだが、母のひと言で納得したらしい。家の中に入ってしばらく待つと、その手に黒い石がついたペンダントを持って戻ってきた。
そのペンダントを母に手渡すと、用事があるからと街の方に出て行った。
母は彼女を送り出すとペンダントを俺の首にかける。
「これなーに?」
「黒い石は《秘石》といって、あなたのステータスを隠してくれるの。どんな時も必ず持っていてね。あなたの異能は特殊なんだから」
ステータスなんてあるんだ。さすが異世界。微妙にずれた点で感心していた。
ちなみに俺の異能は《自宅警備員》というそうだ。魔力を消費することで建物を自由にいじることができる能力だという。
能力自体はすごいのだが……ニートって。そりゃ前世、いじめられて引きこもり生活送ってましたけど、ニートって直接的すぎるだろ! もうちょっとオブラートな言い方なかったの!? 神様がいるなら文句を言ってやりたい。
「『ニート』なんて聞いたことない言葉ね。オリオンは知ってる?」
「しらなーい」
まさか意味を正直に答えるわけにはいかず、適当に誤魔化すのだった。