閑話 わたしのお兄ちゃん
3/9の零時に『お披露目、桜離宮』を投稿しますので、そちらもよろしくお願いします。
ーーーソフィーナーーー
わたしの親は死んだ。『遠くの街に取引に行く』『お土産は何がいい?』それが親との最後の会話。それっきりだ。親の死を知らされたのは、伯父と名乗る毛むくじゃらの怖いおじさんが訪ねてきたとき。あまりに急で驚いた。何も考えられなかった。頭が真っ白になっちゃって。涙も出なかった。悲しいのに。本当に何も考えられなかったの。わたしは伯父に連れられて豪華なお屋敷に行った。ここはこの人の家らしい。馬車を降りると伯父と御者をしていた執事さんに誘導されて豪華な部屋に行った。そこではブタさんみたいに太ったおばさんと、男の子が二人いた。男の子たちは顔が全然違う。年上の男の子が親しげに話しかけてきたけど、何も考えられないし、誰かもわからなかった。他人の家だから緊張もしていたから、かなり適当な対応をしていたと思う。それからその子ーーフィリップとはあまり話していない。興味を失くしたんだと思う。でももうひとりの子は違った。同じように話しかけられて、同じように適当な対応をしたはず。でも彼ーーオリオンはそれ以降も話しかけてくる。わたしはそれを無視し続けた。もう対応するだけでも面倒だったんだもん。でも、どんなに適当にあしらっても、無視しても、オリオンはわたしに声をかけ続けた。わたしは鬱陶しくなって、
『もう放っておいて!』
罵声を浴びせた。普通、こんな風に言われたら怒る。わたしもオリオンが怒って声をかけてこなくなると思っていた。でも彼は普通じゃなかった。
『やっと反応してくれたね』
そう言ってかれは笑ったのだ。わたしは思った。この人にはプライドはないのか、と。いや、思っただけではなく、実際に口にした。
『あなた、プライドとかないの?』
それはもう、ど直球に。もちろんとっても失礼なこと。でも、これだけ挑発されて何も言ってこないことにとっても腹が立ったのだ。それでも彼は笑い続けていた。そしておもむろに答えを口にする。
『プライドならあるよ。実際、わりと腹立たしいし』
『じゃあどうして笑ってるのよ?』
『だって、悲しいんだろ』
『っ!?』
びっくりした。正確に言い当てられたことに、心の底から驚いた。
『どう、して……』
『身内ーーそれも親が亡くなることほど辛いことはないからね。だから君はイライラしているんだ。悲しいのに、執拗に気にかけられているから。だから些細なことでも腹が立って周りに辛く当たるわけだ』
『ならどうしてわたしに声をかけるの?』
『それでも寄り添うことは大切だからさ。それに僕も、そんな相手にいろいろ言われて怒り出すような人間じゃないよ。……腹は立つけどね』
なんだかお子様と言われた気分になった。ムカつく。でもオリオンはわたしが気分を害していることに気づいた様子もなく、
『まあ好きなだけ当たるといいさ。子どもなんだし、それくらい許してくれるだろ。でもちゃんと気持ちの整理もつけるんだぞ』
なんなんだろう、この上から目線は。まるで自分が大人みたいな言い草だ。やっぱりムカつく。
『いー、っだ』
わたしは精一杯、従わないってして見せたのに、オリオンはやっぱり笑っていた。
ーーーーーー
あれから数日経った。わたしはオリオンのあのニヤニヤした顔を思い出すと腹が立って、なんとか見返してやろうといろいろと考えた。そして思いついたのが、思いっきり甘えてみること。あれだけ邪険にしていたわたしが甘えてきたら、さすがのオリオンも驚くはず。
『お兄ちゃん♡』
自分でやっててなんだけど、気持ち悪い。こんな甘い声が出るんだ、って驚いた。わたしでもこんなに驚くんだからきっとーー、
『おっ。ついに吹っ切れたんだ』
普通に対応された。なんで驚かないのよ! ちょっと恥ずかしいのにっ!
『しかしあんなにツンケンしてた子がこんなに甘えてくるなんてな。ちょっと感動』
なんて言われながら頭を撫でられる。んっ……ちょっと気持ちいいかも。って、いやいや。ダメよわたし。こんな奴に懐柔されるなんて。他の手を考えないと。
ーーそしてそれから一週間、わたしは思いつく限りの方法であいつにひと泡ふかせようとした。でもその度に予想の斜め上な反応を返されて失敗に終わった。しかも必ず頭を撫でられるの。その気持ちよさに抗えない自分がいた。仕方ないわね。ひと泡ふかせは一時休戦。少しだけ、ほんのちょっとだけだけどわたしのお兄ちゃんとして認めてあげる。
ーーーーーーおまけーーーーーー
お兄ちゃんが家のしきたりで事業を始めることになった。面白そう。わたしも行く! なんて軽々しい気持ちでついて行ったけど、ほんの数日で後悔した。忙しすぎる! 最初のトラブルを覗いて、客足がほとんど途切れないんだけど! 月末の利益が金貨数百枚になってるんだけど! ここ老舗!? 違うよね! お兄ちゃんが新しく立ち上げたお店だよね!? なんで書類が山のように積まれてるの? あれそれも? こっちも? ものの数秒で書類の山が連なった。これは……山脈? 書類山脈が出来上がったわ! おかしい。こんなはずじゃなかったのに……。でもやってやるわ! わたしを舐めないで。それにこの仕事が続けば続くほど、わたしの復讐は捗るんだから。実はわたし、気づいたの。書類は確かに多いわ。利益だってすごく上がってる。でもそれを支えているのはお兄ちゃんだってことに。どんな魔法を使っているのか知らないけど、新築同然の家を買って支出が金貨百枚以下なんてあり得ない。顧客の案内をひとりが担当するなんて絶対にあり得ない。でも逆に考えれば仕事が増えればお兄ちゃんが忙しくなって、それがわたしの復讐につながる。まさに一石二鳥。さあ、頑張って仕事して営業して、仕事を増やしましょう。ふふっ。
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