閑話 王女様とのお茶会
閑話なのになんだかすごく長くなってしまいました……。
ーーーオリオンーーー
小鳥が戯れ、花の香りが鼻腔をくすぐって悪戯する。清々しい風が吹き抜けるいい朝を邪魔する者がいた。
「ゲイスブルク卿。アリス・マリア・フィラノ王女殿下より、お茶会への招待状です」
屋敷に突如現れたのは白銀のプレートメイルを身につけたイケメン騎士(死ね)。近衛兵を務めるエリート騎士。そんな彼が藪から棒にお姫様からの招待状を渡してきた。とりあえず受け取っておく。
すると今度は大きな箱を押しつけられた。ちょっと持てないーーことはないが苦しいーーんだけどとりあえず受け取っておく。
「これは?」
「お茶会用の衣装だそうです、ゲイスブルク卿」
騎士の言葉がトゲトゲしい。ひょっとして怒ってる? 貴人の雑用でいちいち腹を立てるなら宮仕えには向いてないよ。社畜根性を磨くか、転職すべきだと思う。
「王女殿下主催のお茶会に参加していただけますね、ゲイスブルク卿?」
「いや……」
「まさかお断りになられるのですか、ゲイスブルク卿」
「……」
俺はただ『ゲイスブルク卿』と呼ぶのを止めてくれと言いたかっただけなのに……。さっきから豚が陰で超怒ってるの。騎士が俺を『ゲイスブルク卿』って呼ぶたびに! 俺が最下級とはいえ貴族に叙せられたため、ゲイスブルク家を訪れる客が俺への面会を求めるケースが増えた。たとえ一代のみの貴族とはいえ、やはり魅力的なのだろう。面会すれば必ず縁談を持ちかけられた。『私の〜はいかがでしょうか? 将来は美人になりますし器量も抜群です』と、概ねそんな感じの言葉から始まる。その『〜』には娘や孫なんかの名前が入る。驚かされたのは六十過ぎのじいさん商人が妹を結婚相手に薦めてきたことだ。なんとその妹はバツイチ子持ちなのだとか。出戻りして居候していたのを体良く追い出そうとしたのだろうが、いくらなんでもまだ十にもなっていない子どもの結婚相手にするか? 正気を疑う。嫌だよ、自分より年上の子どもなんて。なおそれらの縁談はすべてレナードに持ち込むように言ってある。正直に言おう。押しつけた。面倒だし。そのレナード曰く縁談の申し込み件数はフィリップを越えるらしい。すげえな貴族。ーーとまあそんな感じで、念願の貴族位をあっさり手に入れ、フィリップよりも目立っていることが豚は気に入らないらしい。鳴りを潜めていたイジメも再開された。
「まさか。喜んでお受けします」
「さすがはゲイスブルク卿ですな。ではこれにて」
こいつわかってやってんじゃないのか? そんな疑念を覚えつつ、俺はお姫様のお茶会に出席させられた。自分から出席したわけではない。断じて違う。俺は強要されただけなのだ。
ーーーーーー
そしてお茶会当日。会場は王城にある王族子女用の庭に面するバルコニーだ。とはいえ第一王女は他国に嫁いだため不在、第一王子(王太子)は庭に興味はないそうなので、事実上お姫様が独占しているらしい。馬車から降りた俺は執事に案内されるがままに歩く。着慣れない服のせいで歩きづらい。こけるとみっともないそうなので頑張って歩いた。……歩くだけにこれだけ神経を遣うのにお茶会を乗りきれるのだろうか? 心配だ。
庭の草花は幾何学文様を織りなすように配置されている。その中心にあるのが噴水だ。水を噴き出している仕組みは魔道具なのだそうだ。ファンタジーな噴水はあるし草木の緑とカラフルな花の対比は綺麗だけど、俺が期待していたお城の庭園とは少し違う。まあでも中世みたいな世界だからいいのか。そう思うことにする。人生前向きに考えないとね。ポジティブシンキングってやつだよ。
緑の世界に佇む白いバルコニーはよく目立つ。そこにいるお姫様もまた同様に目立っていた。来ているのはお姫様ひとりだけのようだ。よかった、最後のひとりじゃなくて。……これでゆっくりお姫様を訊問できる。
「おはようございます、オリオン様。今日は晴れて嬉しいです」
「おはようございます王女殿下ーーところでこれはどういうことでしょうか?」
鏡がないからわからないが、おそらくこのときの俺はとてもいい笑顔だったと思う。決して『にこやか』ではなかったはずだ。実は俺氏、本日ど怒りである。それなりの威圧感があったはずだが、お姫様はそれをさらりと受け流してのたまう。
「どう、とは? 淑女のお茶会に相応しいお姿だと思いますが。ええ、とてもお綺麗です」
確信犯かよ! 幼くてもさすがは王族というべきか、俺に負けないいい笑顔だ。してやったりとかそういう言葉が似合う。っていやいや。そういうことじゃなくて。
「お茶会に参加するのはやぶさかではありません。ですが……女装する意味ってありますかね!?」
これが言いたかった。お姫様から届いたお茶会の招待状。それと一緒に届いたのが【淑女の宝玉】という魔道具とドレス、下着(女性用)、ローヒールの靴だ。そして招待状にはこれを着てくるように、と書かれてあった。なぜに女装せねばならんのか。そんな疑問を覚えながらも偉い人には逆らわないというーー上下関係に厳しい日本で育ったーー感性は文句はあれど着ないという選択肢を俺に与えてくれなかった。宝玉ーーペンダントになっているーーを身につけるとあら不思議。息子がいなくなり髪は伸び、胸元がほんの少し膨らむ。七歳児としては違和感がない容姿だろう。中身が男の時点で違和感の塊みたいなものだが、気づかれなければいいのだ。招待状に同封されていた宝玉の説明書によると、身につけている間は使用者の年齢と同じくらいに成長した女性になるらしい。ファンタジーだ。科学という現代文明の叡智に喧嘩を売っている。女体化が完了すると下着とドレスを着る。シルヴィにも手伝ってもらった。彼女の目が爛々と輝いていたのだが、百合属性でもあるのだろうか? 今後女装することかあれば気をつけよう。貞操の危機を感じる。それはともかく、シルヴィの助けを借りてアクセサリー類をお姫様が指定してきた通りに着用すれば、あっという間に女装が完了した。鏡で見てみたが可愛い。将来は美人になること請け合いの美幼女だ。でもなぜだろう。敗北感がする。フリルがたくさんついたドレスに気が滅入る。足元がスースーして落ち着かない。……絶対に文句のひとつでも言ってやる、と心に決めて登城したのだ。
ところがお姫様は澄まし顔でのたまう。
「あります。未婚の女子ーーそれも王女である私が殿方とお茶会を共にしたことが発覚すれば大事になりますから」
なら最初から呼ばない、という選択もあったんじゃないですかね?
「でもオリオン様とお会いしたいのでお呼びしないなんてことはあり得ません」
「別にお茶会じゃなくても普通に面会とか……」
「面会の予定は半年以上先まで埋まっています。そんなに待てるわけないじゃないですか!」
そう強硬に主張するお姫様。いや、ないじゃないですかって知らんがな。つか半年以上予定が埋まってるってすごいな。さすが王族。
「……それとも私と会うのはお嫌ですか?」
お姫様が潤んだ目を向けてくる。……それ反則。美幼女にそんな顔をされてなお『嫌だ』と言える人間を見てみたい。少なくとも俺には無理だった。
「そんなことありませんよ」
「でしたら何も問題ありませんね」
一転してニッコリ笑顔になるお姫様。知ってた。どうせ演技だって。でも圧倒的な魅力には逆らえなかったんだ……。
その後、他の招待客が来るまで俺たちは女装した俺の設定を詰めることになった。付け焼き刃すぎてすぐにボロが出そうなんだけど大丈夫か?
ーーーーーー
そこはかとない不安を覚えるお茶会が始まった。集まったのは俺とお姫様の他に三人のご令嬢だ。
「初めまして。わたしは先日、名誉貴族に叙されましたオリオン・ゲイスブルクの妹、オリビア・ゲイスブルクと申します。アリス王女殿下には兄とともに親しくさせていただいております」
まず新参である俺が挨拶する。続いて相手のご令嬢たちだ。
「お初にお目にかかります。わたくしはボークラーク侯爵家の長女、オーレリアです。以後、お見知りおきを」
水色の髪の落ち着いた雰囲気をまとっているのがボークラーク侯爵令嬢のオーレリア。年齢は俺のひとつ下のようだ。魔法が使えるという。
「あたしはキャンベル伯爵家の三女でベリンダ。あたしの家は代々将軍を務めている軍閥さ。一族は武芸に秀でていて、あたしも剣が得意なんだ。オリオン卿といえば、王女様を暗殺者から助けたんだろ。ぜひ手合わせしてみたいね」
赤の髪が示すように快活な性格をしているのがキャンベル伯爵令嬢のベリンダ。自己紹介の通り剣が得意なのだそうだ。年齢は俺と同じ七歳。
「はじめまして〜。わたしは〜、ウェズリー伯爵家の五女で〜、ラナだよ〜。よろしく〜」
いちいち語尾を伸ばすのはウェズリー伯爵令嬢のラナ。髪は金髪で、目に刻まれた濃いクマが特徴だ。年齢は俺の二つ上らしいが……九歳でクマを作るような生活をしているのだろうか。何をしている、親。俺の心中に気づいたのか、横からお姫様が補足してくる。
「ラナさんは王国の研究所で魔法の開発をしているんです。九歳にして超一流の魔法使いにして研究者なんです」
ああ。なるほど。研究者なのね。研究大好きでいつも研究所にこもっていると。……止めろよ大人。それとも子ども研究者が昼も夜もなく研究に勤しまなければいけないようなヤバい国なのだろうか、ここは? なら亡命も視野に入れないとな。
「ラナさんが特別なだけで、私たちは普通に暮らしていますから!」
お姫様が慌てて補足してくる。俺、そんなに感情が表に出るのだろうか? だとすれば直さないとな……。表情から感情が読まれ、ともすれば窮地に追い込まれるのが異世界モノの常である。なんとか矯正する方法はないものかと頭を悩ませる。だがこれがお姫様の誤解を助長してしまった。何を思ったか、お姫様は焦った様子で周りのご令嬢たちに確認を取る。私たち、別に忙しくないよね? と。……それが俺を絶望へ陥れるとは知らずに。
「はい。わたくしは陽が昇る前に起きて軽い運動をしてから湯浴みをしますね。それから朝食を食べて、午前のお稽古。昼食を終えると面会でしょうか。用事がなければ夕食まで、パーティーなどに出席するときは夕方まで面会します」
真面目な顔をしてさらりと過密スケジュールを述べるオーレリアさん。
「あれ〜。おーちゃん、もうパーティーに出られるんだ〜」
「ラナだってパーティーに出てるだろ。あたしなんて『まだ早い』って言って出してくれないんだ」
「でも〜、べーちゃんだって軍の訓練に参加しているじゃない」
ラナさんが絶妙なタイミングで合いの手を入れる。ベリンダさんは苦々しい表情で答えた。
「あれはキツいんだよ。オーレリアみたいに朝、陽が昇る前くらいならいいんだ。でもあたしは夜、急に軍の夜間訓練に駆り出されたり、オヤジの部下たちの子どもと遊びとか言って剣の試合をさせられたり……」
「こら。父君のことをそんな風に呼ぶものではありませんよ」
ベリンダさんの、貴族令嬢としては不適当な表現を真面目なオーレリアさんがたしなめる。一応彼女が一番年下ーーお姫様を除くーーのはずなんだけど、一番しっかりしている気がする。
「へーい」
「また!」
ベリンダさんの気の抜けた返答にオーレリアさんが憤る。いやはや、真面目だなぁ。でもさ、
「疲れませんか?」
「えっ? は、はい……。王女殿下やラナさんがたしなめてくださればいいのですが……」
そう言って視線をお姫様とラナさんの二人に送るオーレリアさん。彼女に釣られてそちらを見やると、
「ふふっ。おーちゃんとべーちゃんは仲がいいね〜」
「そうですね〜」
のほほん、としていた。縁側で並んでお茶を飲んでいるお年寄りみたいな雰囲気を醸している。
「はぁ……」
それを見て嘆息するオーレリアさん。若干六歳にして既に哀愁が漂っていた。マジでご苦労様です。だがこれではあまりにも可哀想だ。この調子だと数年のうちに彼女の胃に穴が空いてしまうかもしれない。未来ある若者にそれは酷な話だ。
「わたしもできる限りで協力しますから」
リップサービスではない。本心だ。するとオーレリアさんはこちらをキリッと振り返る。拒否られるかと思いきや、
「ありがとうございます。本当にありがとうございます。感謝いたします」
すごい勢いで感謝された。目尻には涙さえ浮かんでいる。その姿だけでこれまでの彼女の苦悩が偲ばれた。
「あれ〜。今度はおーちゃんとおーちゃんが仲良くしてる〜」
「本当ですね〜。ところでラナさん。オリビア様とオーレリアさんの呼び方が同じですけど、紛らわしくないですか?」
「あ〜、本当だ〜。ん〜、でもいいや〜。そのうち考える〜」
「そうですか。でもお二人ばかり仲良くなるのはなんか違う気がします。ーーオリビアさん。私も混ぜてください」
「あ、わたしも〜」
「あたしも忘れるなよ!」
のほほんと話していたお姫様とラナさんが俺たちの会話に加わろうとする。さらに訓練の辛さを話していたのに誰も聞いていないことに気づいたベリンダさんも続いた。なんだかまとまりに欠ける集団だな。とりあえずラナさん。あだ名をつけるのはいいですが、せめて他人に区別がつくようなものをつけてください。お姫様、しっかりして。あなたがホストでしょう? ベリンダさん。訓練、お疲れ様です。
「「はぁ……」」
再び出たため息は二人分。言うまでもなく俺とオーレリアさんのものだ。
「「あっ……」」
同調したことに気づいた声も一緒。
「ははっ」
「ふふっ」
それがどこかおかしくて、俺たちは目を見合わせて笑いあった。このお茶会での成果はお姫様と知り合いのご令嬢たちと知り合ったこと。特にオーレリアさんとは気が合いそうだ。ひとつ心配なことがあるとすればーー
ーー真面目なオーレリアさんが俺の性別詐称を許してくれるか、ということだろう。
それをクリアしなければ真の友情を結ぶことはできないだろう。当分先になりそうだけどね。
前回、閑話を複数投稿する予定だとしましたが、ストックがないために投稿が遅くなってしまうので、先行して二章の投稿を始めることにします。
会話の中で重大な矛盾が発生していたのを修正しました。




