1ー15 王女(後編)
ーーーオリオンーーー
王様はレナードと会談、お姫様は豚とフィリップが接待することになっている。俺とソフィーナはお役御免。現在は別室で待機中だ。王様たちのお見送りに駆り出されることになっている。だがその間の予定はなく、暇だ。
「つかれたー」
ポフン、とソフィーナがソファーにダイブした。五歳幼女のダイビングを、ふかふかの高級ソファーはどうにか受け止めたようだ。……ギシッ、と嫌な音はしたが。壁際に控えていたメイドのひとりがいい笑顔でソフィーナを嗜める。
「ソフィーナ様。仮にもゲイスブルク家ーーこのフィラノ王国を支える大商家のご令嬢が、そんなはしたないことをしてはなりません。義娘でも、もう少し慎みというものを持った行動を心がけてください」
「……わかったわよ」
了承きつつもソフィーナはぶすっ、と頬を膨らませて不満を訴える。不満気になる原因は『義娘』という部分を強調したメイドの言い方にもあっただろうが。このメイドは豚のシンパなので仕方がない。半日ほどの我慢だ。……長いな。忘れよう。いやー、ソフィーナの仕草は可愛いな〜。義妹の微笑ましい姿に微笑んでいると、
「オリオン様もですよ」
Why!? ボク、ナニモ、シテマセーン。
「養子とはいえゲイスブルク家の次男として、ソフィーナ様をご注意ください」
「はいはい」
メイドの注意に生返事と手ぷらぷらで返す。俺もソフィーナも豚に嫌われているので使用人たちに受けが悪い。ロバートさんと並んで屋敷の元締め的な存在になっている豚の機嫌を損ねるようなバカはいない。親身にしてくれるのは母と親しかったというメイド二人と、ソフィーナの養子入りについてきた彼女の世話役のメイドの三人くらいだ。特にソフィーナの世話役は外様ということもあり、爪弾きにされている。ロバートさんはあくまでも中立だ。
俺たちを注意したメイドは再び壁際に下がって空気と化す。見事な気配の消し方だ。アーロンさんに周りには気をつけるように、と言われて気配を読む訓練をしているが、彼女たちはそれをすり抜けてしまう。己の未熟を感じる瞬間だ。メイドは満足したのか、すまし顔がやけにすっきりしている。なんだか仕事をやりきった、みたいな感じだ。いやいや。あなたたちの仕事は俺たちを貶すことじゃないから。それとは対称的にソフィーナは仏頂面だ。
「あーあ。つまんないの……」
ソフィーナが王族を前に見せていたいいこちゃんの皮を脱ぎ捨て、素の状態で不満を口にする。彼女は活発な性格をしているが、公の場では本性を隠している。でないと豚が五月蝿いのだ。俺はというと、ソフィーナが不満を解消するためにはっちゃけている場を目撃してからなぜか心を許されて懐かれている。まあ冷遇されている者同士の馴れ合いだ。それはともかくとして、年齢的にも性格的にも待つという行為が苦手なソフィーナに娯楽もなしに部屋で半日ほど待機というのはなかなか酷な話だ。そこで俺は兄として助け舟を出すことにした。
「面白いものを持ってくるから少し待ってろ」
部屋にトランプやUNOがある。ルールも単純なものが多いし、楽しめるはずだ。
「本当!?」
「ああ」
ニヤリ、と笑って俺は部屋を出る。さっきとは別のメイドが後をついてくるが気にしない。ただのお目付役であり、それ以上でもそれ以下でもないからだ。気にせず廊下を歩く。中庭に差しかかろうというとき、
「きゃあっ!」
悲鳴が聞こえた。音源は中庭。何事かと急行する。
中庭にはお姫様がいた。彼女の横には傍付きらしいメイドと、屋敷を警備している私兵が二人。彼らを囲うように黒ずくめの男三人がいる。私兵のひとりが斬りかかった。だが男が持つ短剣に受け止められる。鍔迫り合いになっているところに別の黒男が斬りかかる。私兵は慌ててそれに対応しようとし、斬られた。注意が逸れたため、鍔迫り合っていた相手に致命的な隙を晒してしまったのだ。仲間の死を呆然と見ていたもうひとりの私兵もまた、その意識の間隙を突いた最後の黒男に斬られ、地に倒れる。家の私兵弱いな。俺はそんな場違いなことを考えながら誰何を飛ばす。
「何をしている!」
彼らの背後から声をかけたからだろう。彼らが一斉にこちらを向く。これであわよくばお姫様に逃げてもらいたかったのだが、彼女は足が竦んでしまっているのか動かない。まあ幼子にそんなことを求めるのは酷か。ここは大人に任せなさい。
「盗賊か?」
黒男たちに問いかけつつ、腰を落としてファイティングポーズをとる。子どもが精一杯背伸びをしたいるように見えるだろう。事実、男たちは俺を舐めていた。
「へっ、子どもかよ」
「可哀想に」
「ここに来なけりゃ長生きできたのにな」
そう言いながらひとりが無造作に短剣を突き出す。切先は俺の心臓に向いている。無力化せずに殺すつもりのようだ。殺されるかもしれないのに、俺は恐怖を欠片も感じなかった。至極冷静だ。意外に俺の体は大物らしい。
俺は恐怖で足が竦んでいるーーフリをして相手を引きつける。短剣をギリギリで避け、男の懐へと飛び込んだ。そして短剣を持つ手を強打すれば油断と驚きで注意散漫になっていたため、男は簡単に短剣を手放した。それを空中でキャッチ。逆手に持ち、男の胸元ーー心臓へと差し込んだ。
「グフッ! なん、だと……」
子どもに負けたのがそんなに意外か、驚きに目を見開いたまま黒男は崩れ落ちた。
「なっ」
「こいつ!」
残った黒男のうちひとりは呆気にとられ、もうひとりは怒り狂って突撃してくる。俺は突撃してきた方を手にした短剣で斬り捨てた。私兵たちを倒した手際を見るに相当の手練れなのだろうが、怒りのせいで精彩を欠いている。倒すのは容易だ。
「ひいっ!」
二人が殺られて怖気づいたか、最後の黒男が遁走を始める。もちろん逃がさない。風属性魔法の発展系ーー電気ショック程度の雷を発生させる《麻痺》の魔法で昏倒させる。
「ぐげっ!」
黒男は間抜けな声を出して倒れた。気絶しているので逃げる心配はないだろうが、念のため短剣を手足に刺して地面に縫いつける。ちょっとした人体標本だ。それからメイドを連絡に走らせる。俺についてきたメイドは私兵たちを呼びに、お姫様の傍付きは王様とレナードのところへ。それらの処置をしてから俺はお姫様に声をかけた。
「大丈夫?」
「……」
優しく声をかけるが返事がない。俯いて黙っている。無理もない。幼いとはいえ女の子。下半身が濡れているのに普段通り振る舞えるはずもないか。俺は見なかったことにした。急に温かい風が吹く。規模は違えどなんだか《温風》の魔法に似てるな〜。なんだかお姫様の下半身に強く吹いてるな〜。不思議だな〜。お姫様の下半身は瞬く間に乾いた。パッ、と顔を上げたお姫様の視線は俺をロックオンしているが、ここは知らんぷり。気づかないフリをしてジャケットを羽織らせてあげた。するとお姫様は、
「そ、その……ありがとうございます」
「ん? 何のことかな?」
「それは……」
言葉に詰まったお姫様は顔を赤くする。下半身のことに触れないわけにはいかないから言い出せないよね。別に言葉責めにしているわけではない。断じて違う。お姫様は二の句が継げないようで黙ったまま。俺は素知らぬフリをする。なんとも微妙な空気だ。たがそれも長くは続かない。連絡を受けた騎士がかっ飛んできて、お姫様を保護したからだ。騎士たちはお姫様を馬車に乗せて王城へ送還し、地面に縫いつけてあった黒男も回収していった。別れ際、
『命を救っていただきありがとうございました』
『いえ。当然のことですよ』
『後日お礼をしたく思います。是非、お城をお尋ねください』
と、招待されてしまった。お姫様とまた会える……最高のご褒美です。ま、社交辞令なんだろうけど。せめて今日くらいは夢を見させておくれ。
ーーーーーー
お姫様の見送りを終えると、俺は王様に呼ばれた。部屋ではレナードが土下座している。
「申し訳ごさいません! 警備の担当者は即刻処罰いたしますのでーー」
「構わん。アリスは無事だったのだ。それにどうせ過激派の連中の仕業だ。アリスを亡き者にし、己の立場を確固たるものにしたかったのだろう。それよりーー」
王様の視線が俺をロックオン。あれ、嫌な予感が……。
「そなたがアリスを守ってくれたのかな?」
「は、はい……」
「そうか。アリスを守ってくれたこと、感謝する。王として、何よりも父として礼を言うぞ」
王様が深々と頭を下げるーーって!
「陛下。頭を上げてください。そんな大したことじゃないですから!」
「何を言う。王女を救ったのだ。王が頭を下げることを躊躇わないほどの大事じゃよ。だがそう言ってもらえるとありがたい。ーーそれにしても頭もキレるし武にも秀でるか……。オリオンよ。そなた、余の子にならぬか?」
「へ?」
「陛下。それは……」
「ははっ。冗談だ。年寄りの戯れよ。許せ」
軽い感じで王様は笑った。レナードはそれに追従しながら安堵していたが、王様の目は本気だった。……王様に目をつけられちゃったんですけど(ガクブル)。その日、王様は上機嫌で帰っていった。
……あ、ジャケットがない。
そのことに気がついたのは、王様を見送ったときのことだった。
ーーーーーー
翌日。王城から俺に登城命令がきた。慌てて礼装を着て王城に行く。するとダイレクトで謁見の間に通された。ここまで案内してくれた衛兵の助言通り、玉座と広間の間にある段差の数歩手前で跪く。
「オリオン・ゲイスブルク。此度は第二王女、アリス・マリア・フィラノの命を救ったこと、大儀であった。この功を以って褒美を与える。宰相」
「オリオン・ゲイスブルク。第二王女殿下を救った功により貴殿に金貨一万枚、ミスリル短剣ひと振り、名誉貴族の称号と、王宮への出入り自由の特権を与える!」
王様に言われて出てきた宰相さんーー白髪頭の老人ーーが目録をつらつらと読み上げた。ってか多いな! 謁見の間にいる貴族たちがざわめく。まあそうだよね。
「これがその目録だ。そしてこれがミスリル短剣、これは名誉貴族の証明書。金貨は多いから実家の方に後日届けさせる」
「ありがたく頂戴します」
本当はこんなにいらない。返品したいところだが、そんなことをすれば王様の面子を潰すことになる。黙って受け取るしかなかった。てか、『はい』か『Yes』か『分かりました』の選択肢しか与えないって酷いと思うんだ。
これにて謁見は終了。ようやく帰れるーーとはならなかった。今度はお姫様に呼ばれて応接室に行く。そこで改めてお礼を言われ、さらにお茶会に誘われた。男の俺が参加していいのかと言ったが大丈夫と自信満々に断言されてしまった。いい機会だからあの日、お姫様に着せたジャケットの行方を訪ねたのだが、知らないと言われてしまった。メイドたちが捨てたのだろうか? 俺の一張羅だったのに……。若干惜しいと思いつつ王城を出た。
ジャケットについては諦めて新調することになりつつあったのだが、金貨を受け渡す日に追加の褒美として最高級のスーツが色違いで数着ほど贈られてきた。明らかに大きいものだったが、魔獣の素材でできているらしく大きさは自動的に調整されるのだそうだ。さすが異世界だ。超便利。
……ところで白いスーツが混じってるんですけど? え? 婚礼用? お姫様からのプレゼント? 結婚の予定はないんですけど……。釈然としないものの、便利は便利なのでありがたく受け取った。
これにて第一章は終わりです(二章が始まると同時に章分けします)。いくつかの閑話を投稿しつつ、第二章『自立編』へと進みます。
予定している閑話
・王女様とのお茶会
・オリオンと出会ったときのシルヴィア
・オリオンとソフィーナの馴れ初め(?)
・オリオンと出会ったときのアリス
の四話を予定しています。お楽しみに。




