【お正月スペシャル2】マーシャのその後
ギリセーフ。タイトル詐欺感は許してください。
ーーーオリオンーーー
今年もこの時期がやってきた……。
この言葉を言うのは何度目だろう? 新年のパーティーがある度に同じことを言っている気がする。だが、それだけ大変なのだ。椅子でぐったりしているどうも俺です。
「大丈夫ですか、お父様?」
愛娘であるエリザベスが心配してくれる。エリザベスちゃんマジ天使!
「ああ」
手を上げて応えるも、力はない。そんな力は出てこない。対してエリザベスは元気そうだ。やつれた感じがない。これが若さか……。
「くすくす」
そんな俺たちのやりとりを見てシルヴィが笑っていた。
「……どうした?」
そう言う俺の声は少し不機嫌だった。無理もないだろう。疲れているのに、それを笑われるのは気分が悪い。ちょっと恨みを込めて見ると、シルヴィは笑みを崩さずに答えた。
「すみません。この光景、前にも見たような気がして」
そのときはオリオン様が心配する側で、エリザベスがされる側でしたけどね、とつけ加える。そういえばそうかもしれない。朧気ながら記憶がある……かも?
エリザベスもすっかり大人になり、幸いなことにシルヴィに似た美人に育った。性格もいい。親バカではないぞ。客観的な事実だ。貴族たちから婚約の申し込みが殺到している。絶対に嫁には出さんがな!(←ここ重要)
「お兄ちゃん。そろそろ始まるよ」
そのとき、レオノールが呼びにきた。もうすぐ朝賀が始まるらしい。
「よし、行くか」
周りでぐったりしている皇族たちを叩き起こし、朝賀に向かった。
ーーーーーー
遥拝、招待客との挨拶を済ませ、昼の充電を挟んで夜を迎える。年末年始の過密スケジュールでダウンしていた者たちも、かなりが復帰してドンチャン騒ぎをしていた。どこからそんな元気が湧いてくるのか。……思考が徐々に年寄り臭くなっているな。いかんいかん。俺はまだ若い、俺はまだ若い……と自己暗示をかける。これで若いと思える人間の何と単純なことか。
「お義父様」
そんなことを思っていると、唐突に声をかけられた。振り返って驚く。
「マーシャ?」
「はい。ご無沙汰しております」
そこにいたのはマーシャ・マクドネル。父親が反逆罪で無期懲役(強制労働)となったため、天涯孤独の身となった。そんな彼女を俺は養子として引き取り養育したのだ。
その後、マーシャは結婚した。相手はキャンベル侯爵家のトーマス。陸軍少佐だ。彼と結婚し、マーシャの出身であるマクドネル伯爵家を再興した。国家反逆罪を犯した家など再興すべきではないという声が上がる一方、フィラノ王国時代から続く貴族家を中心に再興を願う嘆願があった。彼らの狙いは少なくなった仲間を増やすことである。
歴史ある名家と新興貴族の対立は根深いものがあった。まあ、貴族が一枚岩でなければ相対的に皇帝の力が強くなる。だから狙ってやっているのだが。とにかくマクドネル家の再興問題は、そんな貴族の対立に端を発している。
俺としてはどちらでもいい。だが、あまりに適当だと皇帝に対抗するため、と貴族たちに連合する口実を与えてしまうことになる。どうしようかと悩んでいたところ、マーシャからトーマスとの結婚を認めて欲しい、との打診があった。相手の家柄など特に問題もなく(庶民だったとしても認めていたが)結婚となった。そのときにつけた条件が、トーマスを婿養子とすること。すなわち、マクドネル家の再興である。
マクドネル家の生き残りであるマーシャが婿養子をとり、家を再興する。これで歴史の古い家からの要望は満たした。だが、新興貴族に近いキャンベル家からの婿養子とすることで、彼らの勢力が増すことを防いでいる。両者の要望を文句の出ないラインで叶える素晴らしいアイデアだと我ながら思う。
そんなマーシャだが、昨日から体調不良でパーティーを欠席していた。血の繋がりこそないが、彼女は娘も同然。大丈夫なのかと心配していた。
「もう身体の調子はいいのか?」
「はい。おかげさまですっかり元気です」
ギュッと拳を握って元気アピールをする。その姿にほっこりして癒されるのだ。視線を横にずらせば、マーシャの夫であるトーマスの姿がある。彼はリアナと同期で、王族であるリアナを除けば昇進するのが最も速いグループに属していた。いわばエリートである。にもかかわらず前線での戦闘指揮経験もあり、実戦経験済みである。上司からも高い評価を受けていた。同期の将官候補ナンバーワンだという。
「お久しぶりです、陛下」
そのトーマスは二種軍装(礼装)に袖を通し、俺の前で見事な敬礼を見せる。これだけでも、彼の真面目な性格が見てとれるというものだ。つい苦笑してしまう。
「トーマス。いつも言うが、そこまで畏まる必要はないんだぞ?」
「そうですよ、あなた。お義父様もこう仰っているのですから」
「いいえ。陛下に対して礼を失するようなことがあってはなりません。このままで。ーーそれとマーシャ。お前ももう少し陛下に対してだな……」
俺に返事をしてから、小声でマーシャをたしなめるトーマス。だが、彼女はあらあらと笑みを絶やさない。そんな姿に毒気を抜かれたか、次第にトーンダウンしていく。夫婦仲がいいようで何よりだ。
トーマスがひとしきり言いたいことを言ったタイミングで、マーシャが『あなた』と言って何かを促す。すると、トーマスもそうだな、と頷いて居住まいを正した。
「陛下。実は、ひとつご報告があります」
「どうした? 急に改まって?」
雰囲気が変わったのを察し、どうしたのかと訊ねる。だが、その質問にトーマスが答えることはなく、彼は一歩下がった。代わって一歩前に出てきたのはマーシャ。そして、彼女はあっけらかんと告げる。
「子どもができました」
……
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「あー、その、なんだ……おめでとう?」
どう反応していいかわからず、カンペを読んだみたいな気のない返事になってしまった。仕方ないと思う。だって、いきなりだったから。心の準備というものをさせてほしい。だが、マーシャが妊娠したということを聞かされて、頭のなかでピースがはまった。
「……ということは、体調が悪かったのはーー」
「はい。子どもができたからです」
医者に診療してもらって妊娠が判明したらしい。
「そうか……。ありきたりだが、これからは二人分の命を背負うことになるんだ。くれぐれも身体に大切にな」
「はい」
マーシャは微笑み、頷く。だが、いくら子どもがたくさんいるとはいえ、男の身でわかることは少ない。そこでシルヴィをはじめとした妻たちを呼び、事情を説明。妊婦としての心構えなどなどを教えるように言った。
これに色めき立ったのがアリスだ。義理とはいえ初孫であり、妊娠としてのイロハを教えます! と張り切っていた。マーシャを少し離れたところへ連行する。その横ではオーレリアがやれやれといった様子で苦笑しており、俺は手綱は握っておいてくれ、と頼んでおいた。アリスはたまに訳がわからない方向に暴走することがあるからな。
さて、女性陣が去ったことでここには男しかいなくなった。俺も女性のことはわからないが、男のことはわかる。周りを固めている者たちにジェスチャーで人払いを頼みつつ、トーマスに男親としての心構えを説く。
「トーマス。妊娠している女性は色々と大変だ。お腹が大きくなれば、歩くこともひと仕事。それに、精神的に不安定になることもあるだろう。不快な思いもするかもしれない。だが、それも自分の子どもを育んでくれているからだと考えてほしい。常にその感謝を忘れるな」
もちろん、妊娠している間だけではなく、常日頃からそう思っていてほしい。普段、奔放にやっている俺を陰に日向に支えてくれるアリスたちには感謝しかなかった。そんな彼女たちの多少のわがままくらい、甘受すべきだろう。トーマスも軍人ゆえに遠隔地での勤務が多い。マーシャにかける苦労も多いはずだ。その感謝をいつ返すの? 今でしょ。
「承知いたしました」
トーマスは再び直立不動の姿勢をとる。陛下のご意志に背くことはしない、と誓った。相変わらず堅苦しいな、と思いつつ、俺は頷く。そして早速、言ってやった。
「なら、ここで油を売っている暇はないぞ」
するとトーマスはハッとした表情となり、失礼いたします、と断ってマーシャの許へ駆けつけた。そこでアリスたちに捕まっておもちゃにされていたが、それもきたるべきマーシャのわがままの予行練習ーー忍耐力の訓練だ(正当化)。
その成果もあったのか、トーマスとマーシャの夫婦は妊娠期間中、これといった喧嘩もなく出産を迎えた。産まれたのは女の子。出産に立ち会った産婆は、これほど元気な子は滅多にいない、と太鼓判を押した。
これにはたまたま手が空いていた俺も立ち会っていたのだが、このときトーマスから名前をつけるように求められた。トーマスがつければいいと言ったのだが、初めての子どもだから特別に、と言われて押し切られてしまう。とはいえ、急に振られても困る。ちょっと考えさせて、と言える雰囲気ではない。なぜなら、その場にいたすべての人間が俺に注目していたからだ。
結局、俺はミーシャという名前を捻り出した。マーシャの『マ』から一段下がって『ミ』としただけの安直な名前だ。しかし、意外に喜ばれた。どうも、彼らからすると名前はどうでもよくて、俺(皇帝)から名づけられたということが重要らしい。なんだか釈然としないが、とにかくこれでマーシャの妊娠騒動は終息した。
トーマスとマーシャの夫婦は大変仲睦まじく、以後も多くの子どもを儲けた。三男二女であり、息子たちは軍に入って優秀な指揮官として名を挙げる。そして娘たちは、准皇族として育ったためか、二人とも皇族男子と結婚することとなった。